VS.ハリケーン
おかげ様でVRカテゴリの週間5位に入れました、ありがとうございます!
このゲームのフィールドボスってのは、複数人のプレイヤーによる真っ向勝負で漸く討伐出来るように作られてる。
アタッカー、タンク、ヒーラー、後はサポーターとかを合わせて計6人。単純計算、今の私は常人六人分のパフォーマンスを発揮出来なきゃ『ハリケーン』と勝負にならない。
ボスのソロ討伐ってのはつまりそういうもの。
全部躱して、同時に殴って、その莫大なHPを単独で削り切る地獄の作業。
──人、それを苦行と言う。
「多分君とは初見だなぁ! それか記憶に残らないほどの雑魚だったかァ!?」
はてさて開戦、思考の前に敢行していた取り敢えずの突撃。気が付いた時には体が動いてたってこういうことを言うんだろうね? 殺意が実にプルスウルトラだ。
加算上限を叩いちゃいないが『妖刀』で跳ね上がったステータスは強烈で、地を蹴れば肉体が急激に加速して刹那に肉薄を終えている。
敵の迎撃は腕の振り払い、私の対応は回避と打撃。
攻撃圏内ギリギリで足首を捻り、身を屈めながらその場で無理矢理体を回転。
頭上スレスレを大猿の巨腕が通り過ぎながら斜め左へ体を飛ばし、遠心力を乗せて燃える鉈を横腹に叩き付ける。
「ッ硬ったぁ……!」
斬閃の手応えは、硬質。
弾かれるまま刃先は空を切り、響いた音は疑う余地の無い金属音!
「なんだっけかそれ? ……ああ思い出した、鋼結草か」
続く槍の刺突も包帯のように巻かれた白い植物に弾かれ、そこで漸くコイツがどういうボスか知る。
"鋼結草"……水分を含んでいる状態であれば、字面の通り鋼のような強度になるこの森原産の植物。それが全身を覆っているとなれば、なるほどそれは正しく天然の鎧なのだろう。
「──水分を含んでる間は」
バックステップで相手の腕のリーチ限界まで退き、相手からのアクションを誘ってから……攻撃直後の隙で一気に距離を取る。
近場にはまだ燃えていない樹木。それにライターで着火して、追いついて来た大猿の突撃を回避。
轟音。
砕けるは燃え始めた直後の大木。木片が木っ端となり辺り一面に飛び散って、草木の炎上が更に加速する!
「ほらほら、鬼さんこちら☆」
今ので把握した、AGIは私の方が上だ。
伐採に掛かる時間を大猿の火力に肩代わりさせれば、後は火を手当り次第に着けるだけで焦熱地獄が勝手に出来るな?
咆哮。聞くに絶えない声を右耳から左耳へ受け流し、乱雑なローリングラリアットを股下をすり抜けて躱す。
追撃の裏拳は飛び退いて純粋な距離で、更なる踏み込みからの叩き付けはサイドステップ、で……っ!?
「あっぶね!?」
火力でぶち割れた地面、そこから飛び散った爆速の破片が頬を掠める。
完全に余裕を持って動いたわけでは無いが、それでもちゃんと避けれる距離にいたはずなのに、回避がギリッギリになっただと!?
「ッ『エアハンマー』!」
驚愕に染まる私を置いて、大猿の猛攻は止まらない。
巨躯を活かしたタックルを自傷跳躍も使って吹き飛ぶように躱すが、魔法を使って尚も回避はやはり紙一重。
身体能力に申し分は無い。事実直線速度ならギリ上回ってるし……となると畢竟──
(──私の反応速度が落ちてるのか?)
そうだった、この体は私の経験に反して、物理的な処理速度が二年前のままなんだ。
「通りで動きのキレが悪い!」
その頃の私と言えば丁度VRMMOから距離を置いていた時期だし、さながらコンディションは寝起きを超えて最早睡眠中まであるぞ。
「まぁ分かってりゃ対処のしようはあるけどさぁ!」
逃げる私と追う大猿。方や白兵戦は不利だと距離を取りながら放火を重ね、方や苛立ちを隠し切れないように追い縋る。
おお吠えておる吠えておる、ちょこまかと動かれるのがそんなに嫌いかね? 私は楽しいんだけどね、おちょくるの。
辺りはもう火の無い場所の方が少ない程炎の海に沈んでいる。踏み締める地面に草木は無く、あるのは焦げ付いた炭の匂いと尋常でない高温環境。
ゲームアバターであるから汗は伝わず、VITが強化されてるから炎を踏んでも大したダメージは入らない。
それは大猿とて同じことだろうが……大猿以外の部分についてはその限りじゃない!
「ざんっ」
熱で揺らぐ視界の中へ、激熱のバトルフィールの中心へ。
大振りの横凪ぎを急停止から屈んで回避、そのままターンを決めて流れるままに首元へ刺突一閃。
槍のリーチでギリ届く距離。巻かれた包帯に防御を任せられた無防備な首筋に槍の穂先は吸い込まれ……容易く萎びた植物を切り裂いて、急所に一撃が確定する。
『グッ!?!? ッガアアアァァァァァァ!!!』
「うるせぇなぁ」
水分を起点に硬化すると言われても、こんだけ燃えてりゃそりゃ当然秒で乾くだろ。
肉を引き千切る手応え。抉り取ると形容するには槍の大きさが足りてないね。
激痛に顔を歪め、出鱈目に暴れ散らす大猿の攻撃を試しに避けてみる。
攻撃判定の嵐、その中に飛び込んでみて。
屈んで、反って、回って、飛んで。
自分の身体能力を確かめるように、レスポンスを把握するように。──狙った訳では無い紙一重の回避が続いて、反射的な対応じゃなきゃ問題無いなと理解した。
(ちゃんと先を視て動かすか)
脳死アドリブで動き続けたらどっかで捕まるの目に見えてるし。
大きく振り被ったのを視認。予め体を畳んでバネを作り、跳ぶ。
そのまま捻って回転、鉈と槍による空中乱舞。
眼下を通過する腕の上で、何にも触れられることも無く!
視界に映る瞬間に見える隙間を縫う刺突と、隙間をこじ開けるよう乱雑に振られる斬撃。
切っ先が繊維を裂き、抵抗を生むのは肉との衝突。傷跡はそれなり、数も同じ。手応えは……痛快!
「ギャラリー、利敵してない?」
切れ味は兎角、『露払い』の攻撃力の固定値上昇強ぇー! これならこんなんでも一端の武器じゃんねえ!
ハエ叩きのような平手打ちに『エアハンマー』をサイドから当て軌道を逸らす。INTも上がってるから魔法の使い勝手も上がってんね? 半身で着地すれば曲げられた先、ギリ隣の着弾地点が爆ぜた。
隙。当然逃さない。
……と、思う頃には反射的に放っていた急所への強襲。マジかよ、さっきから闘争本能が理性を置き去りにしてるんですが?
ともあれ喉笛へ走る閃光。ハリケーンの反応は大きく仰け反っての緊急回避。
踏み込んで追い縋る。
吹き荒れる攻撃判定の嵐、豪腕と豪脚が私を殺すために振るわれた。
それらは全て一撃必殺。
既に半分切ったHPで直撃すれば確実に死ぬだろう。
だとして何ではあるが。
目を見開く。
モーションを視認、記憶から次の動作を照合──先回りの対処。
魔法をマニュアルでセット、ベクトルは全て指定済み。やがてそれらは最適なタイミングと角度によって、大猿の攻撃範囲を適切に解体するだろう。
攻撃時間を強制確保。
後に剥がされるであろう迎撃を気にも止めず、入力するは殺意一辺倒のゴリ押しだ。
当たる前では無く、振られる前にそもそも攻撃範囲から逃れて、紙一重の生存を継続する。
腕へ、胴へ、足へ、首へ!
避けて、躱して、弾いて、逸らして!
咆哮が轟き、森は砕け、その中で私は舞う!
『オオオォォォォォン!!!』
「戦えやカス」
咆哮。
現実に業を煮やしたのか、幼児が駄々を捏ねるように大猿がその場で暴れ散らす。
張り詰めた筋肉は破壊の暴風雨と化し、飛び散るは火の粉と大地の断片。付き合うだけ無駄なので槍に着火し中距離から顔へ投の槍!
完全に想定外の択をぶち抜いた。
最後の仕事として猪牙は肩に完璧にめり込んで、燃える柄が肌を焼いて更にダメージが加速する!
噴出するダメージエフェクト、悲痛な叫びが火の海に児玉して。
自業自得では? さっさとちゃんと殺しに来いよ、殺し返してやるからさ。
スキル『緊急召喚』及び『合成』起動、手元に出した『槍猪の牙』と適当な木枝で『猪牙の槍』を再生産。
壊れかけてたし丁度いい。MPが消し飛んだがここまでくりゃ最早誤差だ。
「PS再現──」
怒りのまま槍をぶち折って、理性も無く突撃してくるただのデカイ猿。
振られた初手はストレート、地面に膝が当たるまでの開脚で体を落として回避。
舞い上がった髪が拳圧に千切られる中、超至近距離まで的が迫る。
攻撃の影となり生まれるコンマに満たないステルス──その最中を縫う不可視の秘槍。
肩の横軸の可動に立ち上がる縦軸のバネを乗せ、圧倒的物理加速で大猿に繰り出したのは、刃すれすれの位置から手首のスナップで射出する銛のような突き。
脳裏に浮かぶのは過去何千回と放ってきた、スキルアシスト無しで出せるまで練習したアーツのモーション。
手中から解放され、前へと進んでいく猪牙の槍。
それに対して私の腕は背後へと、引き絞るように畳まれて……
「──"霞"」
射出されていた槍の軌道が変わる。
それは石突を掴みながら体を反ることで、刃先は逆再生するように私の体に吸い付いてくる。
攻撃先を認識し咄嗟に首を庇う大猿。が、遅い。
対して私は全力の一撃を放てる態勢。再配送先は無防備に晒された……顔!
解放、一閃。
全身の力を伝えた神速の一撃が、大猿の目を貫いた!
「気分はいかが?」
『ゴアアァァアアアァアァァァァァ!?!?!?』
「わぁ、元気なお子さんですね。まるで赤ん坊の産声みてぇだ」
絶叫。
『槍技』上級スキルを自力再現した刺突が皮を貫き、肉を抉る。
抵抗を引き裂いて、筋肉を引き千切る。
懐かしい殺戮の感触だ。
暴れる気配を察知して槍を抜く。同時、頬を膨らませたのを見て吹き飛ぶように緊急回避!
『エアハンマー』を追加で自分にぶち当て更に加速、直後に元いた場所が文字通りに爆発する。わぁ怖い。
あ、てかMP切れた。
まぁいいや、どうにかしろ。
飛び散るのは水飛沫、炎が局所的に消し飛んで、残ったのは甚大な破壊痕。
「ああなるほど? 最初の被弾って水ブレスか」
ん? てことはコイツ、最初の奇襲って手下の猿ごとパなしたの? うわぁよくそんな酷いこと出来るなぁ!? 優しい私じゃ考えらんないぜそんなこと。
はてさてそんなド屑な大猿君ですが、彼は今目を抑えて一目散に逃げてるよ!
「駄々捏ねて暴力振るって終いにゃ逃げるとか躁鬱か何かでしょうか」
行動に一貫性が無さ過ぎる、お前それでも群れのボス?
退こうにも周りが火の海で逃げれない小猿に突撃するハリケーン。そのまま踏み潰すかと思えば……ごく自然な流れで掴んでこっちにぶん投げてきた!?
「え、部下を道具か何かと思ってる派閥のお方?」
まるで獣の巨人みたいじゃーん! リソース補給助かる。
飛んでくる餌を軽く空中で始末、断末魔と共に糧となる経験値共。HPもMPも死んでたから回復がありがてぇ……利敵行為乙!
「でもそれを引っこ抜くのは聞いてない」
地を蹴る寸前、大猿が抱えた物を見て刹那に足を畳む。
でけぇ木炭持ってんじゃんかぁ……その倒木まだ燃えてんだけど!?
「怒りに支配された生物の考えることってわっかんねぇ〜!」
それ絶対に熱いじゃん、普通にダメージ入ってんのによくもまぁ攻撃に使えるな!?
リーチは5m弱。両手で握ってるとは言え攻撃範囲が馬鹿なんすけど!?
野球のバッターのように振り被って、一瞬で戦場に緊張が張り詰めた。
直後の、爆発。
振り抜かれた抜刀一閃、破滅の火災旋風が小猿毎空間を抉り取り、ジャストタイミングで躱してんのに掠った鉈が『ガキィン!!!』と音を奏でて飛んでいく!
「チィッ!」
切り返しを自傷跳躍で無理矢理避けるが、やべぇなこれジリ貧じゃん、速やかにケリ付けなきゃ削りと自傷で私の負けか?
子分すり潰せば延命は出来るけど、それを知ってか知らずか、或いは親分の乱心に震えてか、周りの小猿は皆なりふり構わず逃げ出している。
「──ならもういい、ここで殺るしかないか」
目を細めた後、見開いて。
そうして捉えた戦場の景色に、私は久方ぶりに集中する。
思考にニトロをぶち込むように、感情で肉体を支配するように。
或いはスイッチが切り替わったように、若しくはスイッチが漸く入ったように。
錆び付いていた脳味噌を加速させる。
視界に在る全ての時間を減速させる。
スローモーションで映る大猿の動き。
次の構えは唐竹割り、更なる衝撃と爆ぜ飛ぶ地形のダメージで私を削りに来るのだろう。
──足裏を軽く浮かし、力のパルスを股関節から足へと意識しブチ通す。
それは体重と筋力を十全に乗せたアバターのモーション。STRにより出力されたパワーが大地を砕き、踏みしめると同時に、破砕音すらも全力で蹴り飛ばす。
入力した行動は踏み込みに過ぎない。
──然し、それは意図して、意識してアバターを操作したことで、爆発的な加速を体現した。
「仮想曲芸──」
──あるプレイヤーは問うた、『STRが筋力なら、AGIという速度に干渉しないのはおかしくないか?』と。
興味を唆られた幾許かのプレイヤー達が検証したその仮説は、やがてあるテクニックをこの電脳仮装空間に生み落とすことになる。
VRゲームにおけるSTRとは本来、攻撃の際に特別加算される物理エネルギーの量である。
だが……要は攻撃判定の出し方さえ覚えれば、正体が"物理エネルギー"であるからこそ……理論上どんな動作であろうと、STR分の物理エネルギーは、上乗せ出来る!
「──縮地!」
STR使用で出力された物理エネルギーを踏み込み時のAGIの初速に上乗せする俗に"縮地"と呼ばれるテクニックが、肉体を一瞬でAGIの最高速度に到達させる。
彼我の距離は目測10m、破壊の塊が真横に直撃して大地を捲り上げ、土埃が軽い煙幕と化す中を、圧倒的速度の弾丸が斬り裂いて!
十分な加速距離
猪牙の槍を大袈裟に引き絞り
喉を狙った私の渾身の突きは────
────ニタリと嗤う大猿に掴まれた。
「チェックメイト」
再度、踏み込み。
突きの姿勢のまま槍を手放し零距離へ!
『ッ!?』
「遅ぇよ」
スローで流れる世界の中で、一指一指確認するように、ゆっくりとその首に指を浸していく。
視界の端で折れる、槍。
代わって今掴んでいるのは、首。
全身が叩き出した速度というエネルギーは手に伝わり、今度はSTRをAGIが後押しする。
力を込める。
全身の運動エネルギーを前へ前へと、最先端に受け渡す。
ミキミキッ……という感触が手に伝わって、触れたモノに力を込める。
くしゃくしゃの植物越しに、皮膚に五指を力任せにめり込ませて!
このゲームの物理法則は現実通りだ。
草木を焼けば燃えるし、頭蓋骨を潰されれば生物は死ぬ。
現実で生命活動が停止することをされれば、生物は即死する。
それは如何に強力なボスだろうが変わらない。
故に強敵は大抵即死の危険がある状態では防御や回避を優先するし、例え怯んでようが生存本能だかなんだかで反撃するが……それは頭が正常な時に限る。
麻痺していればリアクションは緩慢になるし、熟睡していれば抵抗は薄くなるし、気絶しているなら力なんか入らなくて。
痛みで疲れているなら、完全に虚を付いたのなら、視界が不明瞭であるなら、反応は鈍くなる!
大猿にとっての脅威は今死んだ。
目を奪い、首を貫かんとした殺傷力を破壊した。
私単体には殺傷力が無いと彼はそう判断し。
対価として無防備な首を私の手に晒す。
ああ、余りにも軽率だ。
私の左手が猿の額に届いた。
力を込める。
何も中継しない現状一番攻撃力のあるものが、物理法則を十全に活かして柔軟に必殺を体現する。
打撃で砕けるかは分からないし、鉈で刎ねれるかは分からない。でも別に骨を折るだけなら、素手の方がやりやすいでしょ?
アトラクションのように大猿の体を蹴って。
腕の場所そのままに、体をその場で回転させて。
STRと、AGIと、重力と、重量が。
反応をされるより早く、速く。
余りにも一瞬に……一箇所へと叩き落とされた。
異常な音が、異様な感触が、伝わる。
壊す音が、殺す感触が、伝わった。
「じゃあね」
『ゴキリ』と鳴る頚椎、梟のように回転した頭。
手中にある隻眼は、恐怖に支配されたかのような顔を浮かべていて……
「あは、ぶっさいくぅ」
もう二度と動くことが無いのだと、システムメッセージが私に教えてくれた。
『緊急クエスト『猿山の怒り』クリア!』
『クエスト報酬を獲得しました!』
『シークレットボス『ハリケーン』を討伐!』
『初討伐報酬を獲得しました!』
『シークレットボス『ハリケーン』をソロ討伐!』
『初ソロ討伐報酬を獲得しました!』
『スキル『処刑』のアンロック条件を満たしました!』
『スキル『軽業』のアンロック条件を満たしました!』
『スキル『武芸百般』のアンロック条件を満たしました!』
『スキル『纏刃』のアンロック条件を満たしました!』
『スキル『叛逆者』のアンロック条件を満たしました!』
『スキル『火炎耐性Ⅰ』のアンロック条件を満たしました!』
『称号『一騎当千』を獲得しました!』
『称号『エイプキラー』を獲得しました!』
『称号『夜明けの始まり』を獲得しました!』
『称号『夜明けの一等星』を獲得しました!』
『称号『冒険家』を獲得しました!』
『風魔法『ブラストジャンプ』を習得しました!』
『レベルが上がりました』
『ステータスポイントを獲得しました』
《ワールドアナウンス!》
《シークレットボス『ハリケーン』を『彁』がソロ討伐しました!》
《セーフティエリア『シレネ森林休憩所跡』が使用可能になりました!》
(……随分と長いアナウンスだこと)
ポリゴンへゆっくりと変わっていく巨大な死骸の上で、ぼんやりと戦闘の余韻に浸りながらそんなことを思う。
残火が揺らぐ消し炭の匂いしか無い荒地にて、嵐を制した私を満たすのは少しの満足感と、それなりの寂寞感で。
「……あーあ、勝てちゃった」
大量の猿人合戦から始まって、そこからボス戦とかいうヘビースケジュールをこなしてみた。
それは死闘でもなければ、激戦と言うほどでも無くて。
苦戦と表するには解答なんて幾らでもあって、熱戦と呼ぶ間には心の揺れが温過ぎる。
集中すらろくにせず、テンションは大体平坦で、言語中枢も正常だった。
適切な言葉を捻り出すのなら、私がしたことは攻略だ。
持ってる知識と経験を使って、序盤のボスをPSの過剰火力で虐めただけ。
確かにレベリングに来てはいた。
が、その中でも楽しもうと頑張った私に待っていたのは、絶望的なまでにイカれていた私の戦闘力で。
『なんでわざわざモンスもイベントもランカーの顔も知り尽くしてるMMOで二周目をやらねばいかんのか』
ログインする前の自分の言葉だ。
それ楽しい? と自問自答して、内から「わざわざコレやる必要無くね?」と返ってきた、既に答えの出ていたこの冒険への感想。
新鮮さを失った世界にて、記憶もあやふやなボスと着のみ着たまま戦って、それでも何とかなってしまうことのなんと退屈なことか。
「…………もう十分遊んだかなぁ」
──端的に言おう、戦闘欲を発散したら懐古心より萎えが勝ってきた。
思えばログインしたのは言い表せない感傷に突き動かされたからだし、この世界で求めるような未知は、探したい希望は、果たしたい目的は持っちゃいなかった。
二年以上も浸ったこの世界をもう一度時間も最初からやり直せたとして、食べ応えのある初見要素なんて残ってる筈も無く。
或いは縛りを課して攻略しようと思える程、私はマゾゲーマーでも無きゃ頑張る理由も見つからない。
「……どうすっかなー、これから先」
その言葉が指すのはもうこの世界についてじゃないのだろう。
刺激不足が目に見える思い出の消化が済んだ世界から、私は意識を外しかけていた。
ステータスウィンドウを呼び出して設定を開き、躊躇も無くログアウトボタンを押そうとした……
──その瞬間。
「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?」
──可憐な少女の声が落ちてきた。
私の肩くらいまでの背丈で、腰まで届く艶やかな黒い髪。
悪魔みたいな二本の角と、薄紫に反射する瞳の虹彩が特徴的な……着物姿の美少女が、声の主だった。
裂けた目の前の空間から、心からの悲鳴を上げて。
ピンポイントで眼前に、その少女はプレゼントされるかのように捨てられた。
──未知は無く、希望も無く、目的も薄かったこの見知った筈の世界で、私は今日初めて絶句をしたのだろう。
この子がNPCなのは分かる。……だが、こんな分かりやすく目立つイベントは、私の記憶の中に存在しない。
ゲームが一番楽しい瞬間は、何時だって何も知らない一周目の攻略時だった。
好奇心を駆られるのは、何時だって悪辣な初見の罠に食らいつく瞬間で。
目の前の存在から歴戦の勘で直感したのは、物凄く悪意の詰まったとんでもない厄ネタの予感。
「うぅ……こ、ここどこぉ!?」
──私はこの日、生きがいに出会った。
次回、掲示板
それとあらすじ及び感想返信等をして行きます
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