火の海と化した森にて
私がレベリングにこのエリアを選んだ理由は二つある。
一つ目の理由はログインした時間が夜であること。
光源の確保が至上命題である夜狩りにおいて、自然燃料に事欠かない森は今稼ぐなら理想的だった。
二つ目の理由は──
「──餌場そのものが火力に転用できること」
上がりに上がっていくレベル、それによって得たステータスポイントを適宜STRにぶち込んで、跳ね上がった筋力で炎上中の大木を切り倒す。
一撃とはいかないし、猿どもの追撃は止まっちゃないが……猿を両断しざまに何度か鉈をぶち込んでれば、やがて目に見えるくらいに木がぐらつき始める!
「『エアハンマー』」
魔法で倒したい方向に向けて衝撃をぶち込めば、メキメキと怪音を立てて木は──折れた。
それは大質量たる灼熱の殺戮兵器。
一瞬を経て、爆音と爆炎が断続する。
落下する鉄柱のように、無慈悲な物理が重力に従って。
叩き付けられたそれは、世界に破壊と炎を撒き散らす。
燃える破片が飛び散って炎上が伝播した。
地面に生える草花が燃えていく。地上にいる猿共が燃えていく。ついでのようにトレントが死んでいく。
無数に折り重なった悲鳴が、耳鳴りのように響いている。
夏夜の蛙のような、秋夜の鈴虫のような。鬱陶しい命の絶叫が破壊音と共に児玉した。
「わぁ地獄絵図」
餌場を荒らすことで起きる緊急クエストは極論どこでも発生させられるが、森はこれが出来るのがいい。
増援を呼べるし、雑にAoEになるし、明かりにもなる。効率的ィ!
「つかいい加減HPがやばい」
"猿の炎上耐性カスだから森燃やして木を薙ぎ倒す"という道徳の欠片も無いパワーレベリングは、効率の代償として無視出来ないダメージを支払うことで成立している。
猿のカスダメ、伐採中のちゃんとした被弾、炎に触れて発生する当然の地形ダメージ。
ポーションを飲む暇は無い。そもそも取り出すのに片手を使うし、んなことしてたら処理が間に合わなくて死ねる。の、で……
「おっとォ! こんなところにこんがり焼けてるHPが回復しそうな畜生用の餌がァ!」
文字通り炎の中にある果実を真上へと蹴り飛ばし、重力に従って落ちてくるそれを口でキャッtアッヅ!? あかん唇が火傷するぅ!?
「はあはいふふらはふふははふひ!」
痛いっつっても口の中が痛いだけだ、戦闘には何一つ支障はねぇ。この痛みの代償は経験値で贖ってもらう!
バナナみてぇな丸焦げの果物を皮ごとむしゃりながら鉈と槍で殺す! 殺す! 殺す! 殺す!!
彼らは逃げない、逃げられない。
火を見れば恐れて散るような性格であろうとも、このイベントの最中は逃亡がゲームの制約として許されていない。
ただ尻込みし、遠巻きに恐れ、警戒しながら、然し結局は私を殺しに来るしかない。
状況は正しく地獄だった。
最もそれは相手にとっての地獄だが。
肌を火の粉と熱風が撫でる。
地に着く足の近くには燃える木々とその匂い。踏みそうな距離にある炎が邪魔で、面倒なので普通に踏み潰してさあ踊れ!
容易に敵だけは近付けない、HPをコストにした刹那の安全地帯。それがあるだけでこの程度の物量なんざ実にヌルい。
槍をメインに群がる敵を吹き飛ばし、攻撃を抜けてきた、或いは仲間の背後から奇襲してきた猿は鉈で迎撃する。
火達磨になっている猿は蹴りと武器殴りでお仲間の元へ配送、ボーリングのように死のストライクが連続する。
木の実をちぎっては食い、蹴り飛ばしては食い、木を燃やしては隙間を見付けて切り倒して火力を作成。
数瞬遅れて爆音が世界を揺らしたと思えば、地上戦が馬鹿らしく思えるくらいに爆速で戦闘ログがキルで流れた。
「……もうこれ樹上で松明作成に従事した方が早いのでは?」
思い立ったが吉日。手近な猿を無理矢理掴んで前方上空へ投げ飛ばし、視界を埋めてくる生物をタックルで引き潰しながら前へ跳ぶ!
身体に走る衝撃と、生物が潰れる感触。
嵩増しされていく骨と肉を肩で貫いて、重量を筋力で踏み潰して!
触覚が動物で埋まる。質量で抵抗が重くなる。それを更なる踏み込みでゴリ押して、加速!
追い付いたマヌケ面の猿を、吹き飛んでる最中の顔面を、ジャンプ台として空に跳ねる!
「仮想曲芸が一つ──」
──更に。
空中でしゃがむように両足を畳む。
同時、風魔法『エアハンマー』を発動予約。
既に何度か使ったそれは私のステで放つ場合、衝撃が本体の貧弱な空気砲でしかなく。
されど、それ故に……私が絶対に必要だと取ったそれは、さしてHPを気にせずにコレに使えるのだ。
待機解除、魔法発現。
絶賛滞空中の私、魔法が組まれるのはその眼前!
「──自傷跳躍!」
射出ベクトルは下から上へ!
スパァン! という炸裂音。
空気の弾丸が下から私へ迫り、接触。刹那の抵抗、刹那の接地。
空中に一瞬だけ現れたありうべかざる空気の
足場、それを蹴る!
起きた物理現象は紛れもない、空中での更なる跳躍。
自傷跳躍。
魔法の速度と衝撃を自分の瞬発力に足すことで超加速するテクニック。
身体能力、魔法の理解、タイミング等々。全てを把握し調整しないと出来ないこの技は、古来より幾つものゲームで使ってきた私の十八番!
「丁度いいとこに私用の餌生えてるじゃん」
全長から見れば中腹程の位置の枝に着地。……おお揺れる、普通にこの小ささの足場に飛び乗れるの凄いな私? 流れるように木の実は齧るわ、もしや私の前世って斉天大聖か何かなの?
「全然猿の木登りに伐採間に合って草」
くだらないこと考えてる間に体は無心で幹を樵っていて、十分猿共を引き付けてからちゃんと燃やして樹上を蹴り落とす。
「まるで工事現場の鉄筋が事故で地表に落ちてく様子みたいだぁ(直喩)」
物理エネルギーが肉を潰して落下。やがて直撃した大重量は火の海に更なる火力と死を投下する。
「さ。次行こう」
そろそろ第二波が私のとこまで登ってくるので、離れた木に自傷跳躍をキメて退避。
猿共は数こそ多いものの本体性能は極めて貧弱、跳躍力や登攀力はそれなりにあれど、空を跳べる私に追い付けるものなど居ない。
宙の私に手が届かなかった追手は無意味に落ち、犇めく茶の頭蓋をその重量で割る者もいれば、燎原に刺さり悲鳴を迸らせる者もいて。
それを尻目に私は着地した足場に火を放ち、さっきと同じ流れで破滅を眼下へプレゼント!
『スキル『妖刀』のアンロック条件を満たしました!』
『スキル:妖刀
抜刀中、敵を10体討伐毎にランダムなステータスを+1(各ステータスにつき上限50)』
『スキル『無慈悲』のアンロック条件を満たしました!』
『スキル:無慈悲
敵の討伐から5秒間、武器攻撃力+10』
『スキル『露払い』のアンロック条件を満たしました!』
『スキル:露払い
自身を標的とする敵5体毎に、攻撃力+5』
『スキル『継戦能力』のアンロック条件を満たしました!』
『スキル:継戦能力
敵の討伐時、HP・MP・SPを2%回復』
「あはっ、漸く来たかよ加速装置!」
破滅で絶え間なく震える世界。
その下手人として空を翔ける最中、システムメッセージが"お前短い時間に殺戮し過ぎ"だと知らせてきた。
条件達成による、本来自力で習得不可能なスキルのアンロック。それが今多重解禁された理由なんて明白で。
一定時間内での常軌を逸したキルスコア、達成。
生えた4つ全てを習得、有効化──
「──無双開始だ」
もうHPを気にする理由は無い。
エアハンマーを眼前にセット、ベクトルは上から下。天地逆さまに体の向きを変え……衝撃を蹴り飛ばす。
刹那に迫るクッション。潰し、使って減速し、衝撃を一方的に押し付ける。
接地。同時、転身──一閃。
穂先では無く柄に引っかかる生物。加算されていく肉感、全てを潰して背後へぶん回す!
風切り音が、鳴る。
悲鳴と怒号を鋭利な一振りが引き裂いて、私の耳にそれが届く!
「ほら、一方的な虐殺だとつまんないだろうから降りてきてあげたよ?」
感謝して死ね。
一撃の末、粒子と消えるは十三匹。
戦場に空白が出来た。
全方位への薙ぎ払いで消し飛んだ命は、私の糧としてこれまで以上に貪られた。
跳ね上がる攻撃力、キレを増す身体能力、そして──傷の治癒。
いいね、これなら炎の中も入れるじゃん!
鉈を握りながらライターを点火。これまで攻撃の瞬間しか点けなかったのを常時に変更。
当然ながら発生する自分へのダメージは、君たちの命で補填しよう!
鉈が燃える。槍が欠ける。
肉体へのダメージを無視して、動きはより強引に!
引き裂いて、捩じ伏せて、野性的に。もっと自由に私で暴れよう!
乱暴で残虐に、荒々しく出鱈目に!
目につくやつを片っ端からぶち殺して、感性のままに雑な攻撃を振り撒き続ける。
火力の跳ね上がった肉体の前に、数だけが取り柄の猿は余りに無力で。
タックルで引き潰しては、迫る大木を邪魔だと二三発で切り倒して!
やっぱ移動だけの時間って効率悪いからさぁ……こうして殺しながら伐採すりゃ一石二鳥だよなぁ!?
キルカウントが爆速で加算されていく。
レベルアップの通知が止まらず、ポイントの全てはSTRに!
『──ッグルゥアァァァァァァァァ!!!』
「……あ?」
──嫌に耳に響く咆哮。
喩えるなら反響する亀裂の中でドリルをぶん回したかのような、威圧的で不快極まるがなり声。
フィーバータイムに水を刺されたかのようなささやかな苛立ち。今更ンな大きな声で叫ばなくても聞こえてるよと、茹だる脳味噌で音の方へと振り返れった私が目にしたのは……迫る、大塊!?
「は!?」
反応する間もなく胸骨へ叩き付けられるは数多の生き物の重量。折り重なって一塊になった集団に体幹を破壊された直後、次の瞬間には更なる衝撃が私を吹き飛ばす!
「がはっ!?」
まるで車に跳ねられたかのように、私は宙を舞っていた。
……え、なんで? 何が起きた?
高速で強制的に移り変わっていく景色。
反射的に追撃警戒で『エアハンマー』を叩き込み、吹き飛んで行く軌道を逸らす。
炸裂音が私を叩けば、これまたゴリっとHPが削られる感触が。妖刀でステ上がったから魔法が痛ぇ、体勢を回復しながら乱雑に斬閃を走らせスペースとHPを確保。
スパイクが地を削る。
両足着けて勢いにブレーキをかける。
摩擦熱では無く放火によって燃えてる地面で擦過音を奏でながら、土埃を前へと巻き上げて後退しながら認識した眼前は……
「──不意打ちとは卑怯じゃんねぇクソザルが!」
着地狩りに来ない猿共は、来ないのでは無く来れなかったのだと知る。
私とそいつを中心とする闘技場のように、今や怯えた顔で遠巻きに取り囲むだけの猿共。
振動が足に伝わる。
それは足音だ。
単純な重量という物理によって、付近一体が歪んでいる。
迫り来るその者の顔は、抑えきれない憤怒に犯されている。
それは冠名を持つ巨大な個。群体を統べる無比たる王。
猿には無い筋肉があった。
猿には無い体躯があった。
4mはありそうなその巨躯は、分厚い筋肉で出来ていた。
その白い肉体……とりわけ首と両腕には、白い包帯が巻かれている。
『緊急クエスト『猿山の怒り』の分岐条件達成』
『シークレットボス『【大猿】ハリケーン』が出現します』
『クリア条件変更:『【大猿】ハリケーン』の討伐』
『参加人数上限:1PT』
『推奨攻略レベル:30』
エリアボス、その乱入。
システムメッセージが告げたのは、レベリング中の私に都合が良過ぎる難易度の上昇だ。
……はてさて? 今のこんなクソみてぇな装備で私はコイツに勝てるのだろうか?
握るはなまくら同然の燃える鉈と、壊れる寸前の自作の槍。
はたから見れば無謀と呼ばれるような、絶望的な状況を前にして──
「丁度テメェの配下じゃ退屈凌ぎにもならなかった所だよ!」
『ヴオオオォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!』
──刃に反射した私は、未だ悪辣に笑っている。
ブックマーク・感想・評価等下さると励みになります!