これから毎日森を焼こうぜ
このゲームにおける教会はリスポーン地点であると共に、一定額の寄付をすることでプレイヤーに加護を与えてくれる施設でもある。
街によってバフの内容は違い、初期スポーンでもある『はじまりの街』の教会で貰えたのは『取得経験値増加』と『デスペナルティ無効化』の二つ──だった。
「うろ覚えで有用だったのは記憶してたが、マジでタイムリーに使えるやつ来たよ」
言いながら飛びかかってきた角付き兎を斬り飛ばし、思えばレベリングなんて久々だなぁと感慨にふける。
カンストしてからもう半年以上過ぎてたし、三次転職辺りから要求寄付額馬鹿みたいに跳ね上がって使わなくなるし。道理で貰うまで忘れてるよ、効果。
「……にしても装備が貧弱過ぎる」
リターンはデカくはあったが、最初の所持金でお布施なんてすりゃ当然、装備更新に回せる余力なんて無い。
着のみ着たまま街を出て、深夜の真っ暗な平原を歩く私が持っているのは、サバイバーの初期配布装備である鉈とサバイバルナイフ、そして申し訳程度の腰に吊るしたランタンのみ。
防具? 何それ美味しいの?
なんなら回復用のポーションすらログイン時にプレゼントされた十本が全部である。何食らっても致命傷なの終わってるってー。
「他のプレイヤーがいねぇ」
半径5m程を照らすランタンが『カチャカチャ』と鳴り、澄んだ夜の匂いが鼻を撫で、偶に遠くから動物の遠吠えが聞こえるが……情報量なんて、ただそれだけで。
他の人は今頃バトロワを回しているんだろうか? 最初から光源を持つ数少ないプレイヤーの私だけが、この静謐な夜を歩いていた。
喋り声も、人気も、匂いも、何一つこの世界に存在しない。
光に釣られて走ってくる雑魚MOBを機械的に処理しながらの、進軍。
戦闘なんて語ることは無い。語るに足ることなど無い。
見える色は地面の深緑、黒に極めて近い茶、そして見通せないただひたすらの闇。
静かで一方的な殺戮道中。
「本当に私ってタイムリープしてんの?」
この状況も、やってることさえ、何もかも一日前と変わってなくね?
逆張りの変人プレイをしてたつもりが、待っていたのがいつもの光景な件について。それ暗にいつもの私が変人だとでも言いたいのか運命よ? 上等だコノヤロウ表に出ろ。
「さて到着」
それなりに歩いた。結果、森に着いた。
『はじまりの街』周辺はだだっ広い草原が広がっていて、それを東西南北どちらに進むかで次のエリアが変わる。森は東に進んだ先だ。
推奨攻略レベルは上から二番目。特徴は……パーティ攻略が難しく、障害物が多いので視界不良?
「ソロかつド深夜なので何一つ関係ないな?」
取り敢えず鉈で手近な大木に一撃。
インパクトと同時に鳴ったのは『ゴスッ』という鈍器で殴られたような音だ。……君さ、一応斬撃武器ではあるよね? 切れ味カス過ぎん?
『グッ……オォォォォオ!?』
「え、いきなりトレント引く?」
食い込んで出来た痕にもう一撃入れる直前、野太い咆哮を上げて殴った大木がわさわさと動き出す。
認識と同時、モンスターの擬態であった大木に『トレント:Lv16』というネームプレートが表示された。ふむ、存外に高いね?
「じゃあこの際お前から焼いていこう」
幹による大振りの横殴りを反って躱し、上半身を起こすモーションのまま鉈をスローイング。直撃先は眉間、刃先が刺さったのはラッキーだな。
「『エアハンマー』」
発声と同時、INT補正0から放たれた空気の塊が鉈の峰を叩き、頭蓋にまで刃をぶち込ませる。ほーん、消費MPは5%程か? 残弾20発はちと心もとないな。
「てか君に頭蓋はあるんだろうか」
『ガッ……グッ……ギギギギギ……!!!』
「あ? 分かる言語で応えろよ」
ついでの魔法の検証終わり、さて殺そう。
放り投げて空いた手でインベントリからライター(寄付後の余った金で買ったやつ)を取り出し、なんかもがいてる木偶に着火。
『ギィヤァァァァァァァァア!?!?!?』
「……話には聞いてたけど、ナーフ前ライターの現実強度高過ぎない?」
この世界は一見現実のように見えて、突き詰めちまえば結局はゲームである。
2Dゲームと違って見えるオブジェクト全てに判定があり、それは現実と同じような物理法則に従うように見えて……乾いてもいない木の枝が即座に燃えたり、ライター程度の炎で大木が炎上してしまう程度には、属性関係というゲームの法則に縛られている。
『イィヤァァァァァァァァア!?!?!?』
「……ハッ! しまった、投げるならナイフの方でよかったじゃん!?」
左手で握っているのはそれなりに刃渡りはあるけど、どこまで行ってもナイフに変わりはない。コレで切り倒すの流石にだるい、なので絶賛炎上中のトレントの頭目掛けて魔法を乱打。
それなりのMPを浪費して鉈を弾き飛ばすころには、トレント君はもう虫の息になっていた。
「え、よっわ。ライター如きで死ぬとかただのボーナスMOBでしかないじゃん?」
切り倒す前に死にそうだなコイツ。もう悲鳴も上げてねぇし……あっ、炎の中からシミュラクラ現象まんまな顔が見えるぞ。クネクネわさわさ揺れててそれはそれとしてキモイなお前。
「あっよいしょ」
根を伝って草木に炎が伝播し始める中、鉈を振りかぶりトレントの斬撃痕に更に一撃入れる。
多少切り込みと呼べる物が出来たぽい、刃が刺さった。力任せに引き抜き、そこに何度も鉈を叩いて叩いて叩き続ける。
「にしても熱い」
至近距離に火があるっつーか、燃えてる草木を普通に踏んでる上で、全身燃えてる大木を樵ってるから普通に熱い。
バコンッバコンッと痛烈な幹を砕く音を鳴らす。ある程度まで切り込みが行ったところで、全力の回し蹴りを切り込みの少し上にぶち込んだ。
すると……物理エネルギーで補強されたSTRがとうとう木をへし折り、燃える大重量が目の前へとぶっ倒れていく。
「暫くSTRにステ振るかぁ?」
重低音が地面を揺らし、炎上が地表の植物に伝播する。
薪のような、ぱちぱちと草木が燃えるBGMが森の中に生まれている。
夜と自然。次いで、焦げていく炭のような匂い。
変な取り合わせだが中々に心地がいい。本当に不釣り合いなのは今しがた流れた、レベルアップの通知音くらいだろうか?
「よし、明るくなったな!」
気分は日本史に出てきた紙幣を燃やして灯りを作るジジイのようだ。
アレ、戦争特需だかで生まれた風刺画だっけ? つまるところ大体今の私では? 金はさしずめ経験値が相当か?
「てなわけで追加」
引き続き三本ほどデカイ設置型の松明を作成、四方八方に転がせば、気付けば昼間のように明るい世界がそこに!
『グワァァァァァァァァァ!?!?!?』
「あ、トレントが鳴いてる」
伝播した炎が根に着火でもしたんだろうか? ざーこざーこ♡とか行ってやりたいレベルで可哀想な生き物だなお前達。
まぁ勝手に養分になってくれる分には結構。明かりが欲しくてやってるだけなんだけど、それで経験値まで入るなんて……なんて効率的なんだ放火って!
「じゃ、どんどん焼いてこー」
全てはそう、経験値のために!
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