独占欲が強い女の子は好きですか?
「大変だったんですからね? あの後!」
「……あのクソヤバい状況から気絶するくらい頑張って無傷で送り届けたのに私文句言われんの?」
「持ち方が雑だったし、街への入り方も雑でした! ……うそです、ちょっと搾られて意地悪言いたくなっただけで凄く感謝してます、ありがとうございました」
「どういたしまして」
その割には声のトーンがマジだった気がすんだけど……まぁ差し引きでも好感度は大幅プラスか?
──無罪放免で釈放されてから少し経ち、今は手近なカフェに寄って朝(昼)食を食わせている真っ最中。
当初は遠慮の姿勢を見せていたコヒメちゃんは何処へやら。久しぶりに美味しい物を食べた昨日の私が如く、今や目ェキラッキラさせて料理をパクつく彼女は、物言いに一切の躊躇が無い。
窓から射す日光に照らされた長い黒髪と紫の瞳は、そこだけ切り取れば良いとこのお嬢様のように綺麗で絵になるが、着ている服はそこらで売っている一般的な価格の子供用の物である。
いつの間にやら着替えておられる。
前着てたのはボロボロの黒い着物だったが、私のログアウト中に見繕いでもしたのだろうか? 折角お揃いだったのにね、私の服の状態と。
(小動物みてぇ)
見たまんまの感想。一生懸命生きてて偉いね。
チラと視界の端に出した掲示板を流し読みするが、予想通りエリア攻略の進捗は微々たるもの。……他のプレイヤーがここに来れるのは最短でもあと一日はかかりそうかな。
(…………さて)
「──で、君、これからどうすんの?」
「……むぐ」
問うて返ってくるのはバツの悪そうな場当たり的な反応。
頬張っていたBLT? を飲み物で流した彼女の表情は気まずげで、伏し目がちにこちらの様子を窺うのは寄る辺を亡くした迷子のようで。
「私は森で君に『街に連れてって欲しい』と言われた。そして偶然たまたま都合よく私の目的地もココだった。だから拒否する理由も無く依頼を受けて私は君を助けた。……まぁ道中明らか君が原因だろうアクシデントに遭いはしたけど、それはチャリオット戦の火力で相殺するとして……さて、これで注文は終わった認識でいいかい?」
指を一つ一つ折り曲げながら、子供に言い含めるように事実を淡々と羅列していく。
これは確認でありながら、認識のすり合わせでもある。
Qに対するA、依頼に対する契約の履行。言われたことはもう終わっていると明確にお互いに定めなければ、この手の話はその内爛れて腐ってしまう。
後腐れのない双方合意の上での契約。それをこの子と結ぶには、今の関係を一度切らなきゃ先になんて進めない。
「私は君の保護者じゃなく偶然出会った赤の他人だ。約束が終わった今だと知人~友達くらいの関係値はあるかもしれないけど、現状じゃこれ以上わざわざ君に付き合う義理も無いんだよね」
「……です、よね」
「短い時間一緒に居ただけでも分かるくらい、君って相当な厄ネタなんだよね。好き好んで付き合いたい奴はほぼ居ないだろうし、居たとてあのガーゴイルの亜種に秒殺されるのがオチでしょ、私以外」
この発言に嘘はない。帰路で遭遇した『黒天の従者』のレベル60とは、一ヶ月先のトッププレイヤーが漸く届くか否かというあまりにも馬鹿げたラインだ。
加えて奴らは名に『従者』と付くことから、アレらはこの子のイベントのお通しに過ぎないのも見て取れる。
そう、60という数字はイベント攻略における上限値ではなく、出現する雑魚の最低レベルである可能性がこの場合極めて高い。
並のプレイヤーが考えずに進行させようとした場合、まず間違いなく詰むレベルデザインがされている。チュートリアル直後にコレを踏んだ場合、報酬が気になろうと大半のプレイヤーは高確率で攻略を投げるだろう。
──私のような一部の例外を除いて。
「……その言い方、まるでセイさんなら何とかなるって言ってるように聞こえるんだけど」
「なるよ? そりゃまあ私、全プレイヤーの中で最強だし」
「……さい、きょう?」
当然のように私はそう答えた。
一切の疑念の無いように、常識を語るが如くそう答えた。
自慢でも無いただの事実を、誇るものでもないとばかりに淡々と。
怪訝な顔で聞き返してくる少女に対して、私は──そう信じていることを、本心で語っていく。
「うん、最強。一番強いんだ、私って。逆に言えば私でどうにかならなきゃ誰であろうとどうにもなんない」
この発言に嘘はない。タイムリープを加味した時、私は私こそがこの世界の上限であると言い切れる。
こと化け物という存在ならそれなりに存在しても、知識チートも持つ化け物は私以外に存在しない。そんな私に対処出来ない問題が発生するならば、つまり誰であろうとその問題は対処不能であることを意味するのだ。
(……なんて、説明する訳には行かないんだけどね)
御託を垂れていいのは脳内まで、会話はシステムデータに記録されている。
下手なことは言えないので物証を出すことにしよう。目線で窓の外へコヒメの意識を促せば、そこにはがらんとしたメインストリートをNPCだけが歩いていた。
「今この街に私以外のプレイヤーが存在しないのがその証拠」
私以外、誰一人としてプレイヤーのいない世界。イベントの独占を邪魔出来る者はここに存在せず、それこそが分かりやすい私の実力の証明となる。
「私達が一斉にこの世界に降り立ってから大体半日。ここはログイン地点から一つ先の街であるエルロンド。……さてコヒメちゃん、君は私以外のプレイヤーをこの街で見たことある?」
卑怯な質問だと我ながら思う、無いに決まっているのだから。
行先の選択肢は二つあった。だが、私が選んだのはより手間がかかる方だった。
レベリングのためだと嘯いたような記憶があるが、占めても10%程の理由でしかない。
手に顎を乗せて微笑んだ。含みを持つ笑顔を少女へ向けた。
情報を与える。印象の問題で説明はしないけど、私の動機に辿り着きやすいよう僅かな手助けを君へと投げる。
状況と違和感。私の確信を備えた言動を、正確に咀嚼して。
一瞬、こめかみに皺が浮かんだのを捉えた。心の発露を隠そうとした努力は垣間見えるが、ジト目と冷や汗が出ちゃってるのが可愛いなぁ。
「……ねぇ、もしかして」
「うん、わざと☆」
──主語代わりの目線での批難に短く返す。
隠したところでどうせ後々バレるし、もう彼女に逃げ場は無い。あっけらかんと言い放った私は、まだ現状をちゃんと理解してないコヒメへ……待ちに待った自己紹介を開始する。
「確かに君は私以外のプレイヤーを知らない。でも現実として、今この街にいるプレイヤーは私一人だ。仮に誰かに助けを求める場合、物理的に選択肢は私だけ。困ったね? 一応明日までこの街で待てば私以外のプレイヤーもぽつぽつとココに辿り着くだろうけど、そいつらは全員私より確実に戦闘力では劣ってる」
まぁ他の選択肢塞いだの私なんすけど。
「他のNPCに助けを求めるのはおすすめしない、というか論外。衛兵や兵卒共が君に付き合う義理は無いし、冒険者なら理論上雇えはするだろうけど、君レベルの厄ネタに釣り合う報酬は君が出せない。最悪研究機関の実験対象にされてたり、或いは奴隷として売られてるかもね」
「っ……随分意地悪な妄想ですね……!」
「え? 身に覚えあるんじゃないの?」
絶句された。流石にノンデリが過ぎたかな? でも分かりやすいくらい君って実験素材じゃん。
……コヒメとの遭遇条件を考察した時、『サーバー最速での30レベル到達』か『サーバー最速での大ボス(ソロ?)討伐』が確率のツートップな筈だ。
私と他のプレイヤーの差異を洗い出すなら、何よりも分かりやすいのは叩き出した戦果の量だろう。
この際正解はどっちでもいい。重要なのは"この子と遭遇するのは超高確率でこのゲームでトップクラスの戦闘力を持つプレイヤー"であるというただ一点。
法外なまでの攻略速度を叩き出したプレイヤー用に贈られるプレゼントなら、必然的にこの子の抱える問題の解決には"イカれた戦闘力が必要になる"のは容易に想像出来る。……あの『黒天の従者』のレベルがとち狂ってたのがいい証拠。
だから彼女に伝え説明すべきは、私という個の武力だけでいい。それ以外にこの口説き落としに必要な物なんてない。
「現状の私が君にわざわざ付き合う義理が無いってのは本当。だって私は君の背景も、目標も、障害も、何一つをちゃんと知らないから。君は問題を抱えてる。それは君一人で解決出来ないものだが、君にはまだ現状私以外を頼る選択肢が存在する。……そうだね、つまるところ不確定なんだよ。君がちゃんと私に賭けて、最後まで私を、私だけを未知に振り回してくれるかが」
最初、私は彼女を突き放した。
理由は単純。戦闘力をもしも数で担保されたら私の可食部分が削れるからだ。
未知に出逢った。
何一つとして未知の無い退屈な世界で、私は彼女に出会ったんだ。
言うなれば刺激と換言出来るそれを、他人に土足で踏み荒らされてなどなるものか。
「……独占欲、強くない?」
「我が弱いやつが最強を宣えるかよ」
"助けてやるから私と心中しろ"
要約してしまえば、それが私がコヒメに出した契約条件だ。
安請け合いしてしまった場合、何かの間違いで私から他のプレイヤーへと協力者を乗り換えられる可能性がある。それだけは何としても避けねばならない。
だから彼女に迫るのだ。実利という純粋な一点のみで、私だけとの契約を。
「どうして赤の他人の私を助けてくれるんですか? あなた風に言えば厄ネタである私のことを」
「興味関心趣味嗜好。私、刺激を求めて今生きてるの」
「どうしてあなたなら解決出来ると思ってるんですか?」
「私で無理なら誰であろうが無理だから」
「……冗談とかじゃなく、私にこれ以上関わったら人生壊れますよ」
「別段目的の無い旅だったし。話を聞かなきゃ分からないけど、別に人生君のためだけに賭けたっていいよ?」
「……出会って数時間の赤の他人相手に?」
「どうせ使い道無かったし。……だから君も。腹括って、私に賭けろ」
──もし、運命的な出会いというものを人生の中から一つ選ぶのなら、どれだけ歳月を重ねたとして、きっと私は彼女の名前を挙げるのだろう。
「……あの、」
「うん」
「……お、お願いがあります」
「うん」
腐るほどある絶望を越えてきた。
数え切れない程の奇跡を殺して来た。
意地と意思で踏み潰してきた自らの屍を、今底から拾い、その面を揃えて眺め、思い馳せようとも。
──あらゆる記憶を、やがてその出会いが凌駕する。
唸り、瞑目し、迷いに迷い。
数分は経っていた。テーブルに並んだ料理はとうに冷め、それにすら気付かず悩みに悩んだ、果て。
長い溜息だった。
心中の蟠りを固め、纏めて空気に溶かしていくように。
未だ不安が残れど、決意を秘めた瞳でもって……コヒメは言葉を口にした。
「──私のためだけに、神様を殺してくれませんか?」
『ワールドクエスト『九天奉姫』の契約条件を満たしました』
『ワールドクエスト『九天奉姫』の進捗状況によって、ゲームの難易度は上下します』
『ワールドクエスト『九天奉姫』の契約者は、ワールドクエスト攻略の代表者になります』
『概要:獣を屠り、原初を焼き、識を焚き、星を喰らい、九曜を携え彼方の空を落とす。
代表者よ、この世界に夜明けを齎せ』
『現在の『九天奉姫』契約人数:0名』
『巫女『コヒメ』の契約者になりますか?』
「──いいよ」
──システムメッセージに出てきた単語は、全て私の知らない物だった。
あは、どうやら想像以上の生きがいになりそうだね?
気付いたらサイコちゃんが孤立画策系のヤンデレムーブみたいなことしてる……!?
この小説の読者は大体好きそう