この作品において彼は相棒と書いて真ヒロインと読む
「………………じゃま」
目覚めて覚えたのは不快感。
視界が塞がれている。頭が物理的に重い。
クッションでカバーしきれない機械の硬さが頭を締め付け、懐かしいその感触を苛立ちと共に無造作に投げ捨てる。
転換、瞑目。
閉塞感を脱いだ先にあった空気に触れて。
光に目を焼かれて「うぐおぉ……」と呻きを上げる等した。
朝日? いや、にしては透き通るような新鮮さがない。明色に赤は無く、眩しい白がカーテン越しから差し込んでいる。
「……昼か。脳の具合は……まぁ、平時の7割くらい?」
適性が低い中無茶な処理・回転を脳にさせてるせいで、ダイブした後はいつも倦怠感が酷い。大抵の場合寝るでは無く気絶で休息を取っているタイプの私の脳は、十分に回復すること自体が稀だ。
「比喩じゃなくマジで命を削ってゲームしてる」と言われて懐かしいかつての日常風景に、忘れて久しいログインの反動に顔を顰めるあの頃に、何の因果か私は居る。
「ログアウトって言葉自体が懐かしいな」
現実の体が死んでから半年くらいはずっと向こうに居たし、ログアウト先が無い故に物理的に出来なかったからな、それ。
「おなかすいた……おなかすいた? ああお腹って空くんじゃんそう言えば」
無意識に出たのは"生きる"に必要な人として当然の欲求。
意識してみれば困ったことに次々と湧いてくる生理的欲求の数々。邪魔で面倒臭くて鬱陶しい、非効率的なタスクの山。
「生きるって面倒臭ぇー……」
トイレと洗顔、後は風呂か? さっさと済ませてご飯食べよう、頭が回らねぇのって栄養不足の側面もあるし。
(……冷蔵庫に作り置きあるっつってたっけ?)
時計が示すは14時と少し。
それなりに寝てはいるけれど、サービス開始から14時間でエルロンドまで来れるプレイヤーなんざいないだろ。
これは当然の話だが、フィールドの攻略は日中にやるのが常識である。ただでさえ視界が不明瞭な上、明かりを通常の手段で確保しようものなら、暗闇の中でクッソ目立つ光目掛けて馬鹿みたいな量のエンカウントが押し寄せてくるのがオチ。
(そもそもバトロワがメインなゲームだ、まだ大半のプレイヤーはそっちに熱中してるだろ)
明るくなったからと攻略に乗り出した少数派も街を出てからよくて6~8時間。移動だけで1~2時間は食うとして、そっからエンカウントの対処や全滅もあるわけでして。
パーティは戦闘の貢献度によって経験値が分配される。それも考えればそもそも各エリアボスの推奨レベルにすら達してるプレイヤーすらいないだろ。
暫くは安全圏、それまでにフラグを立てて……
「……おっかしいなぁ? 元は暇潰しに覗くだけのつもりだったのに」
自然とログインするのを確定事項に、どうやって彼女を独占するか考えている自分の脳内に思わず笑う。
結局ハマってんじゃんか、ああさっさとログインしなきゃ。
******
「やめよっかなこのゲーム」
雑事を済ませてログインした私を待っていたのは鉄格子。彁ちゃんとうとうお縄につく。
掃除はされておれど清潔とは言い難い無機質な灰色の独房にて、私は何故かその内側にて投獄されていた。
うーんクソゲーかー? 脳内に沸く知人共が口を揃えて「いつかやると思っていました」とかほざきやがるんだが、こんな清く正しく生きてる私を捕まえるとか誤認逮捕もいいとこだろ。
「……お、起きたか。見た目はほぼ仮死状態だったのに、本当に生きていたんだな」
「……取り敢えず一つ、出れるの?」
「ん? ああ、まぁ問題無いと思うぞ。事情聴取はお連れの子で終わってるし、君がここに入れられてるのは一応、対外的な問題だ」
「政治かなんか?」
「緊急時とは言え静止を聞かずに街の門を破壊したんだ、すぐ直せるとは言えベッドや宿に無料で寝かすのは印象がなぁ」
「ふぅん?」
付け加えるなら私がプレイヤーってのもありそうかな。
信用の無い謎の生命体に対して、街の上の奴らが"こちらの方が明確に立場が上だ"ってアピールに使いたいとか、まぁその辺だろ。
勝手に私という看板が利用されるのは癪だが、コヒメとのフラグが確立してない以上、下手なことはしないが吉。
(じゃあ今の内に戦果の確認済ませるか)
これ以上看守の兄ちゃんから欲しい情報は無ぇな。時間が空いたのは好都合なので、スルーしてたチャリオット戦のリザルトでも処理しとこう。
栄養が行き渡り徐々に回復し始めた脳味噌で改めてステータスを眺めてみる。
『PN:彁 Lv31→38
種族:人間
職業:サバイバー
▪ステータス
HP:0
MP:0
SP:0
STR:50→55
INT:0
VIT:0
MND:0
AGI:32→37
DEX:0
ステータスポイント:4
▪状態
なし
▪習得スキル
職業『マッピング』『罠』『潜伏』『調合』『環境適応』『空間把握』『サバイバル』
技術系統『処刑』『武芸百般』
魔法系統『風魔法』『纏刃』
防御系統『被弾上限』
身体系統『STR強化』『AGI強化』『視力強化』『脚力強化』『集中』『加速』『疾駆』『跳躍』『軽業』
生産系統『合成』
特殊系統『虚空接続』『緊急召喚』『叛逆者』
▪称号
『一騎当千』『エイプキラー』『ベアキラー』『シレネの森の主』『夜明けの始まり』『夜明けの一等星』『冒険家』
▪魔法
風魔法『エアハンマー』
纏刃『エンチャント[炎]』『エレメンタルバースト』』
(前雑に振ってから逃亡中にレベル2つ上がってら)
チャリオット討伐後の記憶が確か36、振ったのはそこが最後だっけ。残りのステポはキリよくAGIを40まで叩き上げ、端数はSTRに1渡しとく。
後はアンロックされたスキルに『単騎駆け』『地形破壊』があったけど……一応改めて検討するか?
……コヒメと今後関わってくならソロ時の強化スキルはさして機能しなそう。最悪必要になってから取ればいいから『単騎』はスルー。
『地形破壊』も同様か? これ必要になる場面って何? ワンチャンあるとしたらスキル融合の種くらい。態々今に枠割くほどじゃねぇ、パス。
うん、結論要らないな。
(総じてただレベル上がっただけー。一応称号でダメージボーナスは付いたけど誤差の範疇)
シャバいなぁとぼやきながら続いて現物の方の確認に移る。
チャリオットの初討伐報酬は街への通行証なので実質無し、本命の初ソロ討伐報酬の遺装の方は……
『ズドォン!』
「うわぁっとぉ!?……え、うわ、うわぁ、うわぁ……!」
「……あの、一応捕まってる身分なんだから大人しくしt……
実体化と同時、爆音を立てて床へ突き刺さった超質量。
柄を握り、なんとか両手でそれを持ち上げて聖剣のように翳せば、暗い照明に刃が反射し空気を歪める。
暴威に満ちた外見は、鋭く、ドス黒く輝いて。
眩く塗り潰す光沢は、鈍く、刺々しく煌めいて。
それは言うなれば殺意の権化、例えるなら破壊の具現。
暴力的な外見だった。何処までも硬く冷たい鋼の柄の頭を喰らうは、血塗られた漆黒の巨塊。
闇を煮詰めて固めた、武骨で野蛮な黒刃は家のドアより大きくて。中心部から刃に向けて血走る赤いラインは迸る血管のようで。
それを鎮めるかのように、柄よりも硬いボロボロの鎖が雁字搦めに巻き付けてある。
その封じ込めはまるで意味を成していないように、ラインが今も不気味に蠢いている。
それは鼓動のように、脈動のように、暴力が息をしていた。
重く、重く、どこまでも重い。殺意の権化はその圧倒的な圧を、その外見以上の手応えでもって私の腕と感覚に、魂へと直接伝えてきた。
『暴血狂斧 悪魔:RANKⅢ
種別:巨大武器(大斧)
要求ステータス:STR50
斬撃60/打撃40/切れ味40/強度120/耐久値100%
PS『狂血渇望』
・与ダメージの30%を吸収
・攻撃時、最大体力の5%を消費
PS『暴虐[血]』
・60秒以内に、他者からの干渉以外によってHPが変動した対象への与ダメージ+50%
AS『暴走』
・武器攻撃力+50%
・攻撃時、最大体力の15%を消費
・AT60s、CT60s
AS『狂乱』
・武器攻撃力+50%
・体力上限を現在体力の50%に固定、防御力-50%
・AT120s、CT120s
概念戦争よりも遥か昔、焚歴より遺る呪物。その斧刃は余りに多くの忌血を貪り喰らい、嘗ての見る影無く自らが暴君へと成り果てた。
台頭せし血族への良くある復讐話。語るべもない筈のそれより頭抜けたのは、持ち手が英雄と成ったのか、或いは怨嗟の継がれた果てか。何れにせよ、それに断じて讃えられる聖性は無い。
命を捧げよ、暴虐はそう囁く』
「が、外見がイケメン過ぎるッ!」
「おっと、いきなりそんなこと言われたらお兄さん照れちゃうぞ」
「は? 黙ってろお前じゃねぇわ」
それは暴君たる獄色の巨斧。
まるで長年連れ添ってきた相棒かのように手に馴染む、血濡れで血塗れの殺意の権化。
一周目で見た事も使ったことも無い武器ではあるが、外見も性能も全てが私の好みドンピシャだ。
性癖の話をしよう、私はかっこいい武器が好きだ。
特にそれは野蛮だとか、暴力的だとか、攻撃しか考えてないような殺意に溢れた武器が大好きだ。
純粋な自分の実力で生きてる物をぶっ殺してる感覚が大好きだ。悲鳴毎全てを捩じ伏せる快感が大好きだ。そういうものを得るためだけに作られたような悪辣な武器こそ、私の趣味目的性癖に合致する物なのだ。
「どこまでも野蛮暴君丸だね君」
狂戦士が使いそうな特大武器だとか、ギザギザで傷付けることに特化したノコギリだとか、血や死がモロにこびり付いているような武器にロマンを禁じ得ない私にとって、コイツは最高にイカしてやがる。
うわぁ早速振り回してぇ……今すぐこれをぶん回して生物を引き裂きてぇ……ん? 別にすれば良くね? やりたいならやればいいじゃん今すぐに!
「よし、脱獄するか」
「──澄まし顔で何言ってるの!?」
殺戮欲求が抑えられない今日この頃。
後先考えずSTRでぶち破るかと、鉄格子の内側で素振りを始めた私を静止させたのは、息を切らして走ってきたコヒメからの全力のツッコミだった。
マサクルアックスで検索
コレをより赤黒く血塗れにした感じのイメージです