ラミアのラミー
魔王軍の司令官のひとりにラミアのラミーというのがいた。
ラミアというのは、上半身が人間で下半身がヘビの姿をしているバケモノだ。
大抵の場合、魅了の魔法を使う。いや、魔法というよりも、天性の特殊能力のようなものだ。
生まれながらにしてラミアは男性を(時には女性をも)魅了して、自分の虜としてしまう。
ある日、僕らは魔王の城にあるバーで飲んでいた。
「魔王ちゃんも大変ね~」と、ラミー。
ラミアのラミーは、誰にでもちゃん付けで呼ぶ。
僕は、それをとがめたりはしなかった。彼女なりの処世術というヤツなのだろう。
「ああ、そうなんだよ。考えるコトもやるべきコトも山ほどあってね。できれば、誰かに代わって欲しいくらいだよ」
「アラ?じゃあ、アタシが立候補しようかしら?次の魔王に」
「それはいいかも知れないな。もしも、君が魔王になったら、何をする?」
彼女なりのジョークだとわかって、僕は答えた。
「そうねぇ。アタシが魔王になったら、全員を下僕にするわ」
「ゲボク!?」
「そうよ。男も女も魔物も人間も、み~んなみんなアタシの下僕」
「そ、そうなんだ。それって楽しいのかな?」
「楽しいに決まってるじゃないの!何もかもがアタシの思い通り、みんな命令に従ってくれるのよ」
「けど、それでうまくいくかな~?ただでさえ、魔王軍を維持管理するのは大変だっていうのに。そんなコトじゃ、ますますメチャクチャになっちゃうんじゃ…」
「アラ?いいじゃないの?メチャクチャで。元々、魔王軍なんてそんなもんだったんだから」
ラミーはサラリと言ってのける。
「そうなの?」
「ええ、そうよ。前の魔王様の時も、そのまた前の魔王様の時も。そんなにキッチリ管理されてたわけじゃないし。そりゃ、一時期アナジルの奴が指揮をとって人間の軍隊みたいになってた時期はあるわよ。けど、そんなのは一時期だけ」
「けど、グレゴリーはそうは言ってなかったけど。『経営管理能力のない魔王は短命だ』って…」
「グレゴリー?あんなチビハゲの言うコト真に受けるもんじゃないわよ!あんなの放っておきなさい」
「ウ~ン…そうなのかな~?」
グレゴリーの言ってるコトが間違っていて、ラミーの言うコトが正しい?
それもちょっとどうかと思うけど。
「それよりも、アタシを魔王ちゃんのアドバイザーにしなさいよ!グレゴリーなんてお払い箱にしてさ」
「え?そんなコトできるのかい?」
「できるでしょ。魔王なんだから。魔王特権を使えば、何だってできるわよ」
「そりゃ、そうか…」
考えてもみなかった。グレゴリーの代わりに別の者をアドバイザーに置くとは。
「ヨッシ!やってみようか!君をアドバイザーにする!」
僕は調子よく答えた。
「やった~!これで、明日からアタシがアドバイザーね!」
考えてみると。この時、すでに僕はラミーの魅了能力にかかってしまっていたのだろう。
だが、そこまで頭が回らなかった。仮にそのような考えが頭をよぎったとして、果たして彼女の能力を防ぐことができただろうか?
*
「魔王様!おやめください!あのような娘をアドバイザーにするとは!」
グレゴリーが猛反発する。当然だ。
だが、僕は全く聞く耳を持たなかった。
「ええい!うるさい!うるさい!お前は、今日でクビだ!魔王城の廊下でも掃除しておけ!」
「そんなぁ…」と、悲しそうな顔をするグレゴリー。
代わりに僕の側に立ったラミアのラミーは、ニコニコ顔。
これだけで仕事もはかどるというものだ。
薄汚いおっさんよりも、やはり若いかわい子ちゃんの方がいい!いいに決まっている!
「さあ、魔王ちゃん!一緒に魔王軍を変えていきましょうね♪な~に、アタシがいれば心配いらないわ!何も心配するコトないのよ」
「ハイ。君がいれば何も心配ない。千人力だ。何もかもを君にまかせるよ!」
「いい子ちゃんね~」
そう言って、ラミーは僕の頭をなでなでしてくれる。
最初はうまくいった。
ラミーの全身からあふれ出る太陽みたいなポジティブオーラが、みんなに活力を与えてくれたからだ。
だが、しだいにほころびが生じ始める。
ポジティブなのはいいのだが、何もかもがポジティブ過ぎて、間違った判断をしている時でさえ、そのまま前に突進してしまうのだ。
「前へ!前へ!」
そう言って、兵士たちは突っ込んでいく。
城の内部の仕事はまだしも、戦場でこれをやられてはたまったもんじゃない!
明らかに無謀な戦いでさえも、命を惜しまず突撃していく。おかげで、魔王軍は大損害をこうむった。
いや、勝つ時は徹底的な大勝利!代わりに、負ける時には全滅に近いくらいボロボロの敗北を喫してしまうのだ。
「明らかに戦闘が荒くなりましたね。細かいコンビネーションや連携が取れていない。このままだと、どんどん兵士は減っていきますよ」
人事長官…いや、軍師であるアナジルが言った。
「どうすればいい?」
おずおずと僕はたずねる。
「そりゃ、元に戻すんですね。ラミーは解雇。アドバイザーはグレゴリーに戻し、グレゴリーや私の進言もちゃんと聞く。そうすれば、損害も取り戻せるでしょう」
「トホホ…」
僕は反省した。
反省して、アナジルの言葉に素直に従った。
ラミーの魅了能力は、戦闘では確かに絶大な威力を発揮する。
人間たちに対するハニートラップにも使えるだろう。だが、上に立つ者としては失格だったのだ。
よってアドバイザーの職を解き、以後、ラミーは魔王城のバーのバーテンダーとすることにした。
*
ところが、意外なことにラミーは落ち込んではいなかった。
持ち前のポジティブシンキングを発揮し、今夜も元気にバーテンダーとして働いている。
「ありがとね、魔王ちゃん♪」
「え?」
僕はバーカウンターに座って、お酒を片手に声を発した。
「だって、アタシこっちの方が向いてたみたいなんだもの♪」
「今の仕事が?そうやってみんなにお酒を注ぐ仕事が?」
「そうよ♪お酒を作ったり注いだりするのは、お仕事のほんの一部。大切なのは人の話を聞いてあげること」
「ああ」
「どうやらこの仕事、アタシの天職だったみたい。ほんとサンキューね。魔王ちゃん♪」
まあ、本人が満足しているんだったら、それでいい。
それが一番いい。
だが、僕の方も学ばせてもらった。
見た目の美しさや好感度で人を採用してはならない。組織を維持するには、能力や冷静さが最も必要なのだ。
そのことは充分にわかっていた。わかっていたつもりだったんだが…
どうやら、僕は魅了や洗脳といった精神攻撃に弱いらしい。
「もうちょっと精神耐性をつけないとな…」
「え?なんか言った?」
ラミーが僕のひとりごとを聞いてたずねてきた。
「いや、なんでもないよ。ただのひとりごと。ただの自戒だよ」
「あっそ。ならいいんだけど」
けど、これが内部の問題でよかった。人間軍との戦いでなくてよかった。
もしも、この城に攻めてきた勇者たちによる精神攻撃であったなら、とっくの昔に僕は魔王の座から引きずり落とされていただろう。
そうなる前にもっと自分を鍛えなければ!
物理的な防御や魔法に対する耐性だけでなく、精神攻撃に対抗できる強さも身につけなければならない!
僕はそう決心するのだった。