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魔界監獄

 グレゴリーに手渡された書類の束。

 そこに記載されていたのは、魔界監獄に収監されている凶悪な魔物たちだった。


「魔界監獄…魔王軍にも刑務所があったんだね」と、驚く魔王である僕。


「それはそうですよ。誰だって犯罪は犯します」

 グレゴリーは「何をあたりまえのコトを?」といった風に答えた。


「だって、魔王軍だよ?元から犯罪者の集団みたいなもんでしょ?容赦なく人間たちを殺し、金品を奪い、国や街を蹂躙(じゅうりん)して生きているんだから」


「魔王軍における犯罪行為。それは、魔王軍に対する裏切りでございます」


「あ、なるほど。仲間割れは、さすがに罪ってことね」


「その通り。ですから、魔界監獄に収監されている者たちは油断がなりません。いつ魔王様を裏切るか?背後から刺されるか?それすらわかりません」


「その代わり、能力は高いのだろう?」


「それはもちろん。能力的にはズバ抜けている者たちばかり。それゆえに、上司や以前の魔王様に反旗をひるがえしたわけです」


 僕はグレゴリーの言葉を聞いて、しばらく考えてから答えた。

「じゃあ、魔王が最強であり続ければ?武力にしろ、魔力にしろ、魅力にしろ、何らかの能力でトップに君臨し続ければ、彼らから文句は出ないのでは?」


「どうでしょうね~?わたくしめには、犯罪者の考えることはわかりかねます」


「とりあえず会ってみようか。その“魔王軍にとっての犯罪者たち”とやらに」


 こうして、僕は魔界監獄へと向かった。


         *


 魔界監獄は、その名の通り魔界の中にある。

 魔界は人間界とは別の空間に作られた世界で、特殊な方法を使わなければ行き来できない。

 僕が人間の勇者であった頃も、様々な冒険を経て、貴重なアイテムを手に入れ、ようやく魔界への道を切り開いた。


 “魔界”と一口に言っても広大だ。

 人間界に匹敵するくらいの広さがある。

 “魔王の城”も“魔界監獄”も、同じ魔界にあるけれど、距離は相当離れている。

 …とは言っても、移動魔法を使えば一瞬だ。


 ビュンッ!

 ひと飛びで、目的地へと到達する。


「ここが悪人どもの収監されている刑務所か…」


 石造りの巨大な建造物。周りは高い壁で囲まれている。

 もちろん、壁も建造物も特殊な魔力が込められており、囚人たちはおいそれと脱獄できたりはしない。


 移動魔法の欠点は“1度も訪れたことがない土地にはいけない”という点だ。

 今回はグレゴリーの移動魔法で一緒に連れてきてもらった。

 次からは1人で来ることができる。


「では、行きましょうか」

 グレゴリーにうながされ、重い扉を開いて、僕は監獄の中へと入っていった。


         *


 受付(うけつけ)にいたのは、ガタイのいい老ゴブリンだった。

 もちろん、こんな年寄りひとりで警備しているわけではない。あくまで、彼は外部との折衝(せっしょう)係に過ぎない。


「ま、魔王様!?」

 受付の老ゴブリンは飛び上がらんばかりに驚いて、すぐに所長を呼んでくる。


「これはこれは魔王様。よくおいでくださいました。本日は、どのようなご用件で?」

 所長はヒョロリと背の高いリザードマンだった。人型のトカゲ生物だ。


「実は、魔王様は優秀な人材を探しておいでで。そこで、この監獄に目をつけられたというわけだ」

 グレゴリーが説明する。


「じ、人材登用ですか!?」

 所長のリザードマンは、実際に飛び上がって驚いた。


「法の上では問題ないはずだか?魔王特権を使えば、どのような重罪人も即座に許される」と、グレゴリー。


「それはそうですが…」と、所長はあきらかに難色を示している。


 それはそうだ。魔王軍の裏切り者ばかりが収監されたこの施設。誰を外に連れ出そうとも、再び裏切られる危険性がつきまとう。

 しかも、能力的には非常に高いときたものだ。敵に回れば、やっかいなことになるのは目に見えている。


「とりあえず会ってみようか。いろいろと」と、僕も口をはさむ。


「魔王様がそうおっしゃるのでしたら…」

 所長は渋々、面会室へと案内してくれた。


         *


 面会室とは言っても、さすがに収監者たちと同室で2人きりというわけではない。

 囚人と面会者との間には頑丈な檻があり、同時に強力な魔法がかけられていて、一切の物質・魔法を通さないようになっている。


 僕はグレゴリーを横に置き、次々と囚人と面会していった。


「ウ~ン…誰も彼も、確かに能力は高そうだ。今回のことは別としても、特別に監獄から出して戦場に投入してもいいのではないか?」


 僕の提案にグレゴリーは難色を示す。

「魔王様。あくまで今回の処置は例外とお考えください。連れ出すのは1人だけ。人事担当の長官だけです。他の人材は、もっと信頼の置ける者にした方がよろしいかと」


「そうか?残念だな…」


 20名ほどと面会して、僕はついに目当ての者に出会った。

 彼の名は“アナジル・アジルトン”

 エルフの一族である。


 エルフは長命で、賢く、自然を愛し、破壊活動を好まないとされている。

 ただし、何ごとにも例外というのはあるもので。アナジルも、その1人だった。


「私はね、退屈なこの世界が許せないのですよ」

 顔を合わせた直後、アナジルは言った。


「許せない?どういう風に?」と、僕はたずねる。


「何もかもがですよ。以前の魔王様は、安定した組織を作り出した。それは退屈に他ならない」


 フム。僕も、それには賛成だ。

 退屈な日常に耐えられないからこそ、勇者の称号を捨て、魔王になったのだから。


「だから、魔王軍を裏切った?」


「裏切った?違いますね。私は、世界をよりおもしろくしたんです。以前の魔王様を奮起させるためにね。けど、真意は伝わらなかった」


「でも、人間たちに味方して、魔王軍に損害を与えたのだろう?」


「それは事実です。けれども、真の魔王ならば、それすらも跳ね返せるはず。どのような逆境からも立ち上がり、必ず反撃してみせる。私は、そのような(あるじ)を望んでいるのです」


「やめましょう、魔王様。このような(やから)は。必ず、あなたに剣を向ける時が来ます。それも背後からズブリと一刺し」

 グレゴリーが進言してくる。


「それはそうなのだが…能力的にはズバ抜けているのだろう?人を扱うのにたけている」と、僕は誰に向けるでもなくつぶやいた。

 あるいは、その言葉は自分自身に向けたモノだったのかも知れない。


 けれども、アナジルが答えた。

「それは、もう。その点に関しては、ご安心ください。私以上に人を扱うのに向いている者はいませんよ」


「自分で言うかね?」と、グレゴリー。


 それから僕は、現在の魔王軍についてザッと説明した。


「…というわけなのだ。現在、優秀な人事長官を募集している。が、めぼしい人材が見当たらない」


「なるほど、なるほど」

 アナジルは楽しそうに笑っている。


「このままいけば、我々は人間軍に勝てると思うかね?それとも、人間たちに滅ぼされる?」

 試しに僕はたずねてみた。


「それはわかりません。今すぐにどうこうというわけでもないでしょう。けれども、長い目で見れば…」

 アナジルは言いかけてやめる。


「長い目で見れば、いずれ人間たちは大きな発展を遂げ、この世界を支配する時がくるでしょう。悪の大魔王を倒してね」


「やはり、そうなるか?」


「そうなりますね。けれど、それはあなたの責任ではない。物語というのは、そういう風にできている。誰が魔王をやろうと関係ない。いずれかならずやって来る運命のようなもの。必然なんですよ」


「たとえ、君が協力してくれてもかい?アナジル」


 今度の質問には、時間がかかった。

 しばらく考えてから、アナジルが答える。


「どうでしょうね?自分の運命は自分が一番わからない。だけど、侵攻を遅らせるくらいのことはできるでしょう。何十年か、何百年か。泥沼の戦いには持ち込める。それでご不満ですか?」


 今度は僕が考える番だった。

 侵攻を遅らせるだって?そこに意味はあるのか?

 いずれ魔王である僕が倒される運命にあるのならば、むしろ早い方がいいのではないか?

 いやいや、それもおかしな話だ。

「人はいつか死ぬ。ならば、今すぐ死んでしまった方がいい」となるだろうか?ならないだろう。


「わかった。それでも構わない。協力してくれないか?」


「いいんですか?私で?私は、あなた方の言葉で言うところの“裏切り者”ですよ。いつまた魔王を裏切るかわからない。それでいいんですか?」

 ニチャリと笑いながらアナジルが言った。


「構わない。君の言葉で言うところの“世界をおもしろくしてくれる”んだろう?受けて立とうじゃないか。だが、君が必要と感じる限り。つまり、私が君を退屈させない限り、私に協力してもらおう」

 僕は自信を持ってそう言った。


「いいでしょう。その条件飲みましょう」

 アナジルは再び楽しそうに笑った。


「バカな!?魔王様、おやめください!こやつは危険ですよ!」

 グレゴリーが再度忠告してくる。

 だが、僕はその言葉を無視すると言った。


「では、さっそく君をここから出す手続きをしようか、アナジル」


 こうして、僕は爆弾を抱える代わりに、優秀な人事長官を得た。

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