ゴブリン高等学校
「どうなさいます?魔王様?」
グレゴリーがたずねてくる。
「グヌヌヌヌ…」
魔王である僕はうなる。
最初は調子よく進んでいた人間界の支配だが、敵もさるもの。
ゴブリンやコボルト、オークといった低級のモンスターたちでは、しだいに太刀打ちできなくなってきたのだ。
そりゃ、そうだ。僕が冒険者であった頃もやはり同じ。敵が強ければ、それに合わせて修行をし、レベルを上げて対応していった。現在の人間たちに同じことができないわけがない。
「そうだな。とりあえず兵士の数を増やすか。それに加えて、より上位のモンスターも投入しよう」
そう命じてはみたものの、そのやり方が時間稼ぎに過ぎないことはわかっていた。こちらの戦力が上がれば上がるほど、人間たちもそれに合わせて能力を上げ、より強力な武器や兵器を開発してくるだろう。
「これじゃあイタチごっこだな…」
僕はつぶやく。
「歴代の魔王様も、同じことをやってこられたのですよ。そろそろご理解いただけましたか?魔王様のお仕事の難しさが」と、グレゴリー。
「ああ、理解したよ。存分に理解したとも」
かつて最高の味方だった人間たちが、今や敵となり。最大の敵だった魔王軍が味方となる。
逆転現象を経験し、僕は混乱していた。
「だが、乗りかかった船だ。戦うしかないだろう。人間たちの心が折れるまで。続けるしかないだろう。この命尽きるまで」
僕は後戻りできないことを理解した。
先代の魔王と同じように、どこかの勇者がやって来てこの命を奪うまで、戦いは続くのだ。いかに不毛な争いだとわかっていても…
それから、僕は先を見すえて、魔物たちの学校を作った。
いくら人間たちの成長が早いとはいえ、今すぐどうこうというわけでもあるまい。現在の魔王軍をおびやかすま存在になるまで、数年はかかるだろう。
その間にこちらも成長するだけ。部下たちのレベルアップをはかるだけだ。
*
魔物たちの学校の1つは、ゴブリン専用の育成施設だった。
その名も「ゴブリン高等学校」
僕は魔王の特権を生かして、ゴブリン高等学校を訪れ、見学することにした。
「やぁやぁやぁ!これはこれは魔王様!よくいらっしゃいました」
年を取りデップリと太ったゴブリンの長老が僕を迎えてくれる。彼はこの学校の校長先生だ。
「今日は、よろしく頼むよ」と、僕は片手を上げてあいさつをする。
「はい、もちろんですとも!魔王様がご訪問されると知って、生徒たちも皆、楽しみに待っております。では、こちらに」
さっそく教室へ通され、授業風景を見学する。
ゴブリンというと、野蛮で力まかせのパワータイプというイメージがあるが、実は人間と同じように学ばせてやれば、意外と魔法も器用にこなす。少なくとも、こなせるゴブリンも中にいる。
いわば、この学校に通っているのは、ゴブリン界でもエリートだ。
教室の中では、生徒たちが熱心に授業を受けている。
僕がこっそりと後ろ側の扉から教室に入ると、一瞬、生徒たちが振り向いたが、すぐに前に向き直り何ごともなかったのように授業は続いた。
なかなかしつけもなっている。
学校はできたばかりで、授業の内容もまだ初期魔法の段階だ。
なつかしい。僕も駆け出しの冒険者だった頃は、この手の魔法を熱心に学んだものだ。
どんな高レベルの大魔法も、しょせんは基礎魔法の組み合わせ。むしろ、基礎こそしっかりやっておくべきだ。いきなり応用から入り、実戦で活躍しようとする者は、すぐに行き詰まる。
魔法の授業が終わると、今度は校庭に出て、武器による訓練が始まった。
「ヨッシ!では、本日は槍の扱い方を教えよう!」
体育教師が重そうな長槍を持ち出して、生徒たちに持たせている。戦場で使うのと同じタイプの槍だ。
もちろん、授業中にケガをしないよう、槍の先は保護カバーがかぶせてある。だが、それ以外は全て戦場と同じ。実戦形式の訓練が行われている。
4人ひと組になって、敵を取り囲んで攻撃したり。逆に、自分ひとりが大勢の敵に取り囲まれて、長槍を大きく円を描くように回転させて窮地を脱したり。場合によっては、槍を投げて攻撃することもある。
「このように、槍は短距離から中距離の武器と考えてもらいたい。逆を言えば、弓矢などの遠距離攻撃に弱い。相手との相性を考え、不利と判断した場合には即座に逃げ出すことも必要だ」
屈強な体をしたゴブリンの体育教師が説明している。
「はい!先生!」
ひとりの生徒が手を上げて質問する。
「なんだ?」
「逃走など、臆病者のすることではありませんか?僕は死など恐くはありません。最後の最後まで前進あるのみ!あらゆる手段を用いて、敵を殲滅したいと考えます!」
「バカモ~ン!命を粗末にするな!何のために戦場に立つ?その命、自分だけのものだとでも思ったか!」
体育教師の恫喝する声があたりに響く。
「ですよね?」
クルリと振り向き、体育教師は魔王である僕に向かってたずねた。
「ゴ、ゴホン…」と咳払いをしてから、僕は答える。
「その通り。命は1つしかない。命は大切にせよ。ひいては、それが我が魔王軍のためにもなる。一時的な撤退は恥ではない。目の前を見るな。先を見て生きよ。チャンスは必ず巡ってくる。長らえた命で、次は必ず敵を討てるであろう」
質問をした生徒は、ポカ~ンと驚いた顔を見せたが、次の瞬間には礼儀正しいに戻り言った。
「失礼しました!魔王様!僕が浅はかでした!『目の前を見ず、先を見て生きる』そのお言葉、肝に銘じておきます!」
「さすがは魔王様。遠大なお考えだ。命1つ、家族1つではなく、我々全員のコトをお考えになっておられるのですね」と、ゴブリンの体育教師もニコニコ顔。
(ふぅ…いきなり振られてビックリした。でも、どうにか窮地を脱したようだ)と、僕は心の中で安堵した。
*
学校の授業が終わり、放課後。
生徒たちの質問タイムが始まった。
「魔王様!魔王様は、どうやって魔王様になったのですか?」
ほんとのコトを言うわけにもいかない。
まさか勇者として先代の魔王を倒したなどと知られたら、今度は僕の命を奪って次の魔王の座につこうとする者も現われるだろう。
そこで、ウソはつかずに言葉をにごして答えた。
「ウム。なかなかにいい質問だ。力だよ。力こそが全て。剣術・体力・知力・魔力。そういった力が、私を魔王のイスへと導いたのだ」
「じゃあ、やっぱり力が一番必要ですか?」
「そうだな。ただし、力にもいろいろ種類がある。たとえば、経営能力とか」
僕は、魔王になってから学んだことを口にした。
「経営能力?」
「ウム。人はひとりでは生きてはいけない。他者の力を借りねばな。人を動かすためには金の力も必要だ。統率力・指導力、そのような力もある」
我ながらいいコトを言った!
「では、僕らはどんな力を手に入れればいいですか?」
「君らは、まだ若い。才能や資質といったモノは、人それぞれだ。まずはこの学校でしっかりと学びなさい。恋をしたり、遊んだりするのもいい。そうこうしている内に、おのずと自らの資質に目覚めるだろう」
「じゃあ、焦る必要はないんですね?」
「ああ、焦る必要はない。ゆっくりと、それでいて確実に学んでいくのだ」
「でも、人間たちも成長は早いんでしょ?世界各地で人間たちの反撃が始まっているって聞きますよ」
「だな。だが、そういうのは大人たちにまかせておけばいい。我々大人が、君ら子供を守る。その間に、君らも成長するのだ。そうして、今度は次の時代の子供たちを守ってやれ」
完璧だ!完璧に魔王らしいセリフ!
なんてこった!僕にもこんな才能があったなんて!
言葉は、次から次へと口をついて出てくる。生徒たちは感心し、憧れの目で僕を見つめている。
いや~!よかった!魔王やっててほんとによかった!
僕はゴブリン高等学校の生徒や先生たちの尊敬を一身に浴びながら、学校をあとにした。