時代の転換期
時代は変わった。
アナジルが反逆を起こしてから、人間と魔物たちの関係は目に見えて改善していき、何度かの会合を経て、和平交渉が進んだ。
「無事調印式も終わったな…」
魔界城にあるバーで、魔王である僕はラミアのラミーを相手につぶやく。
店には他にも大勢の客が訪れている。もちろん、魔物だけではなく人間もエルフもその他の種族も。
まだ“完全に”とはいかないまでも、差別や偏見のない時代はすでに訪れ始めているのだ。
「これでよかったのかもねぇ」と、ラミー。
「ん?」
「だって、今どき殺し合いで優劣を決めるだなんて時代遅れよ。能力を示したいなら、もっといくらでも方法はあるでしょ?」
「まあ、な…」
そこへ1人のゴブリンがやって来る。
「魔王様!魔王様ですよね?おひさしぶりです」
「ん?誰だったかな?申し訳ない。顔を覚えていなくて」
「それは仕方がないですよ。だって、僕は魔王様に初めてお会いした時、まだ子供だったのですから」
「子供?」
「ええ、僕はゴブリン高等学校の卒業生なんです」
「ああ!」と、思い出す。
そうだ。僕が魔王になった直後、魔界にいくつもの学校を作ったのだ。その内の1つが“ゴブリン高等学校”
「学校ではいろいろ教わりました。特に戦闘に関して。けど、そっちの方はあまり役に立たなくて」
「そっか。君が戦闘に参加する前に、人間との和解交渉が設立してしまったんだな」
「ええ。実際には軍に配属されるところまではいったんですけど。幸いなことに戦場で戦うことはありませんでした」
「幸いなこと?」と、僕は問い返す。
「ええ、そうですよ。もちろんじゃないですか!」
「じゃあ、君は私の判断が間違っていなかったというのだね?」
「間違うなんてとんでもない!魔王様は正しい選択をされたのですよ。少なくとも、僕はそう思います。それに学校で一番役に立ったのは、魔王様のお言葉ですから」
「私の言葉?」
「ええ。覚えてらっしゃいませんか?」
「何と言ったかな?私は?」
「『命を粗末にするな。命は大切にせよ。ひいては、それが我が魔王軍のためにもなる。目の前を見るな。先を見て生きよ。今は我々大人が守ってやる。だから、その間に君らが成長して、やがて次の世代の子供たちを守ってやれるようになれ!』そうおっしゃったんですよ」
「ああ!」と、僕は再び驚く。
そうだ!確かにあの時の僕はそのようなことを言った。
あの時は口からでまかせのようなものだったが、今になって考えると、なかなかいいことを言ったじゃないか。
「形は変わりましたが、僕は今もその言葉を胸に刻んで生きているんです。戦場ではなくもっと別の場所で、次の世代の子供たちを守り、育てていく仕事をしたいと思っています!」
「そうか。ありがとう。それを聞いて安心したよ。正直、不安な部分もあったからね。『この選択は間違っていたのではないだろうか?』『もっと別の答えもあったのではないだろうか?』と、何度も何度も自答したから」
「それはよかった!プライベートを楽しんでおられたところをすみません!では、僕はこれで!」
そう言ってゴブリンの若者は去っていった。
「よかったじゃないの」と、ラミアのラミー。
「ん?」
「あなたはいろんなところで影響を与えているのよ、魔王ちゃん。自分で気づいている時も気づいていない時もあるでしょうけどね」
「そうなのか?」
「そうよ。事実アタシだって…」と、ラミー。
そうだな。
僕の勝手な判断で、ラミーの人生も狂わせてしまった。
もしかしたら、それは良い方向に狂ったのかも知れないが。
「アタシ、魔王城を出ようと思うの」
タミーが突然切り出した。
ブッと飲みかけていた酒をコップの中に吐き出すと、僕は答える。
「それまた急な話だな」
「せっかく人間と魔物が混在しておもしろい世の中になったでしょ?だったら、いつまでもこんな辛気くさいお城にいるんじゃなくて、人間たちの街に住み、人間たちの文化を学んでみたいなと思って」
少し間を置いてから僕は答える。
「そうか。それもいいかも知れないな。君だけじゃない。僕も身の振り方を考えなければ。いつまでも魔王なんてやっていていいのかどうか…」
「アラ?魔王ちゃんは、今のままでいいのよ。それにアナジルの奴が起こした反乱、沈めなきゃいけないんでしょ?」
「それは、まあな。だけど、そのあとのことは考えていない。いっそ君みたいに人間界で暮らしてみるか」
「それもいいかも。人間の街に引っ越したら連絡するわ。いつでも遊びに来てよ」
「ああ、わかった」
僕は答えながら思った。
移動魔法の発達したこの世の中で、どこに住むかはあまり関係ないけどね。
いつでもビュン!と、飛んでいけるのだから。




