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ジャンクード

     第八話   ジャンクード



 気付けば、町はほぼ廃墟と化していた。

 町にいた機動兵器を片端から叩き潰し、吸収し、恐慌状態の機動兵器による誤射が生んだ幾つもの瓦礫や鉄屑を吸収した。

 恐らく巨人は、当初の数倍以上には成長していただろう。

 圧倒的な大巨人による蹂躙は、迂回路を含め、残る全ての機動兵器を叩き潰すまで続いた。

 大きくなり過ぎたことで、意図せず潰した建物も幾つもある。

 町の、そして住民の被害は甚大だろう。多くの命が失われた筈だ。

(やっぱり、オレはどこまでもゴミだよ)

 自嘲と自戒を込めて、アレイルは思う。

 無論、主たる被害は帝国軍の殺戮によるものだ。だが、それはアレイルが町の人々を害したことの免罪符にはなり得ない。何故なら、アレイル自身が、被害を最小化するための努力を怠っていたからだ。

 仕方のない被害では無かった。軽減出来た筈の被害だった。

 アレイルは町の全ての瓦礫を集め、巨人を構成していた素材とともに町の外へと廃棄した。

 既に起こしてしまった被害はどうしようもないが、復興は容易になるだろう。

 生身に戻ったアレイルが、町の外縁、フィダスと別れた場所へと戻る。

 少し落ち着いてみると、全身が酷く痛んだ。体が、重い。

 車の横転。瓦礫越しとはいえ砲弾の衝撃波、そして熱風。無事なのが不思議なくらいだった。

「フィダスさんは・・・」

 横転し無残に潰れた車の周囲を確認する。

 フィダスの姿は無い。

 身を隠したのだろうか。抜け目ないフィダスのことだ、どこかの建物の中に潜伏していてもおかしくはない。いや、そうであって欲しい。

 今日一日であまりにも多くの死を見た。叶うことならば、もう見たくはない。

「フィダスさん?フィダスさ~ん!」

 呼び掛けつつ、周囲を捜索する。

「フィダス・・・さん」

 それは車両から十数メートル、開け放たれたままの廃倉庫の中。

 フィダスは、既に息絶えていた。

 体には無数の銃創。パナックのように弾けてはいない、普通の死体だ。

 どこか冷静に判断する自分を、アレイルは嫌悪した。

 悲しみは当然ある。だがそれ以上に、「死」への感性が壊れたらしい。

 ああ、また「死」だ。見たくない。だが見なければならない。見て、知らなければならない。

 観察し、認識し、備えなければならない。「死」は己を軽視するものを連れ去る。

 「死」を忌避するだけでは、生き残れないのだ。

 アレイルは考えた。

 フィダスが撃ち殺されているということは、帝国の歩兵がいたということだ。機動兵器の重機関銃ならば、パナックのように、原形を留めない何かに変わり果てる筈。

 じゃりっ。

 背後で、足音が聞こえた。

(まずい!)

 アレイルに緊張が走る。

 瓦礫も鉄屑も全て町の外に廃棄した。パナック達と異なり、アレイルは携行火器を持っていない。今この瞬間、アレイルは無力な少年だ。

 もし帝国軍の歩兵と遭遇すれば、為す術もなく殺されるだろう。

(くそっ、こういう時も宝珠は役に立たない!)

 本当に、何故自分はこんなものを万能だと信じていたのか。

 緊張と、後悔。

 恐る恐る、アレイルは背後を確認する。

「アレイル様、ですね?お迎えに上がりました」

 不安を余所に、掛けられたのは友好的な声だった。



 ナブラ上空、硬式飛行船内部に所在するナブラ攻略司令部。

「ぜ・・・全滅したというのか・・・12機のWW(ダブル)が・・・!」

 報告を受け、ケーニス司令官は膝から崩れ落ちた。

 信じ難い結果だった。

 『遺産』を軽視していたつもりはない。むしろ、大いに評価していたからこそ、12機ものWWを投入したのだ。『遺産』との遭遇経験のある着用者(ウェアラー)も同行させた。『遺産』が真価を発揮しないよう作戦も立てた。

 これで敗北するということは、最早ナブラ方面軍の現有戦力では『遺産』には勝てないということだ。

「それ程の化け物だというのか!たった一つの『遺産』が!」

 帰還したWWはリウスの搭乗していた1機のみ。これでWWの損害は15機にも上る。

 これ以上の損害は、ナブラ領の制圧に支障を来し兼ねない。

「ケ、ケーニス司令!本国から通信がっ!」

 通信士が、上擦った口調で報告する。

「本国?このタイミングでか?・・・構わん、繋げ」

 ケーニスは訝しんだ。本作戦の結果はまだ本国に報告していない。ケーニス自身が今しがた知ったばかりなのだから当然だ。では本国が何の用事なのか。

『ケーニスよ。手こずっておるようだな』

 通信から声が流れる。精悍さと力強さを感じさせる声だ。

『こっ、皇帝陛下!?』

 ケーニスは驚愕した。

 それは、ファルダ帝国皇帝ファルド4世の声に相違なかった。

 だが、考えられないことだ。今皇帝からの通信が来るということは、本国は最新の無線技術を活用しているナブラ方面軍よりも更に早く敗戦の報を掴んでいたということになる。或いは、通信士の中に皇帝の密命を受けた報告員でも存在するのか。

『失態をお見せし申し訳ありませぬ陛下。如何様にでも処罰を』

『良い。先にも伝えた通りである。『遺産』との交戦による損害・敗北は全て不問とする』

『寛大なお言葉、誠に恐縮であります』

『『遺産』の件はターマン方面軍に引き継ぐが良い。戦闘記録を仔細に伝え、帝国の勝利に資するのだ。ターマン方面軍の勝利は即ち貴公らの勝利であると心得よ』

『はっ!』

(陛下は人心をよく理解しておられる)

 ケーニスは心から敬服した。これは、組織内における足の引っ張り合いを見越した言葉だ。功を競い、功に焦る者の中には、他者の成功を疎む者もいる。こうして報告者の功を明言することで、それを回避しようというのだ。

『貴公は残存兵力を以てナブラ全域の完全制圧に移行せよ。ナブラを抑えれば、山脈の領有権は完全に帝国が独占することとなる。出来るな?』

『必ずや!』

 ケーニスは即答した。WWの損害は大きいが、そもそもWWは数機で都市を制圧できる超兵器だ。既にほぼ機能していないナブラを降す程度、問題なかろう。何より、これ以上の失態を犯す訳にはいかない。

『良し、では取り掛かれ。それと、技量に優れる着用者(ウェアラー)を1名こちらに送れ。代わりの要員が必要であれば手配しよう。心当たりはいるか?』

『それでしたら・・・』

 ケーニスは知り得る範囲で最強の着用者の名を挙げた。



「驚かせてしまい申し訳ありません。ターマン政府の遣いで参りました。本来は国境先でお待ちする予定でしたが、それどころでは無さそうでしたので」

 密入国してしまいました、と冗談めかして言う。

 年の頃は恐らく20代半ば、軍服を着た女性だ。

 下はスカートではなく、右大腿にはホルスターが装着されている。今のところ、拳銃は抜かれていない。

「ターマンの・・・?」

 オウム返しに問う。

「はい。我々は以前からパナック氏と連絡を取り合っておりました。国境を越えた時点で、ターマン政府として正式に保護する予定だったのです」

 初耳だった。ターマン入国後はアルムへと抜ける予定だった筈だが、ターマンで保護とはどういうことなのか。中継地点として助力するということか。アレイルには分からなかった。だが、いずれにせよ。

「パナックさんは・・・もう」

 アレイルは俯いた。

「そうでしたか・・・残念です。ですが、アレイル様だけでも合流出来て幸いでした」

 遣いの女は、アレイルの言を全滅と捉えたようだ。

「いや、森に店長がいる筈なんだ。合流しないと」

「店長?ああ、ヴァンス氏ですね。彼が無事であるというのは朗報です。では早速・・・」

 言い掛けて、女は何かを思い付いた様子でアレイルを見た。

「アレイル様。宝珠で、町の人々のご遺体を移動することは可能でしょうか?多くの遺体をそのままにすれば、腐敗して疫病の元となる可能性もあります」

 女は、宝珠のことを知っているのだ。店長は宝珠のことを無闇に人に教えてはならないと言っていたが、既に知っている相手ならば問題無いだろう。

 それに、パナックが信用して教えたのなら、きっとこの人は信用して良い人なのだ。

「宝珠はゴミしか集められないんだ。だから、ごめん」

 人の遺体をゴミと認識できるほど、アレイルは堕ちてはいない。

 叩き潰した帝国の機動兵器を吸収した際、帝国兵の一部をも巻き込んで吸収していたかも知れないが、それとは状況が異なる。遺体を、遺体と知って操ることは出来ない。

「いえ、無理を言って申し訳ありませんでした。町のことは、町の住民に委ねましょう。それに、政府の許可なく他国への支援を行うのも軋轢を生みますからね」

 淡々と、女は言う。

 先程はアレイルの緊張を緩和するためか冗談を口にしていたが、どことなく店長のような、理屈と理論で行動しているような雰囲気を感じる。

「でもパナックさんとフィダスさんと・・・イリアの、墓は作ってあげなきゃ」

「そうですね。ただ、先にヴァンス氏と合流しましょう。彼にも、仲間の死を悼む権利はある筈です」

 尤もな話だったが、本音では無さそうだとアレイルは感じた。

 恐らく、彼女は保護の任務を優先したいのだろう。それは間違ってはいない。彼女にとっては、パナック達も町の人々も、等しくただの死体なのだ。

 宝珠で手軽に集団埋葬出来るならそれで良し、そうでないなら保護任務を優先する、といったところか。

 寧ろ、形式上でもアレイルの希望に沿う素振りを見せているだけ有情だと言える。或いは、命令の範囲で最大限の人情を発揮してくれているのかも知れない。

「ありがとう」

 自然と、感謝の言葉が出ていた。

「は!?あ、いえ。お礼を言われるようなことは?」

 突然の謝辞に、女は驚いたようだ。先程までの愛想笑いとは違う、自然な感情が表情に出ていた。

「と、とにかく。今はヴァンス氏との合流を急ぎましょう。帝国の車両は逃走したようですが、斥候の数人くらいは残っているかも知れません」

「うん。急ごう・・・車両?」

 知らない情報に、アレイルが問い返す。

「お気付きでは無かったのですね。私も今しがた町に入ったばかりなので詳細は不明ですが、猛スピードで街道を走り去る車両が見えました。フィダス氏を殺害したのも、恐らく」

 やはり直前までここに帝国兵がいたのだ。町の瓦礫を片付けている間に、逃走したのだろう。少しタイミングが異なれば、自分も帝国兵に遭遇していたのだろうか。或いは、町への罪滅ぼしと復興のことなど考えていなければ、フィダスが殺される前に・・・

(ダメだ。考えちゃいけない。それは町の人への八つ当たりだ)

 悪しき思考に、アレイルは首を振る。

 過ぎたことの責任を誰かに擦り付けようとするのは、決意と決断に対する冒涜だ。

 フィダスの死は、帝国の暴力とアレイルの選択によるものだ。

 自分が決めたのだ。今更その責を町の人に転嫁するのは、最早町の人に対する新たな暴力に等しい。

 復讐者として、復讐者の矜持を持たなければならない。恨んで良いのは帝国と、自分自身だけなのだ。

(イリアなら。誇りと覚悟を持って生きたイリアなら。きっとそう言う)

「そ、それにしてもアレイル様。宝珠の、ええと、恐るべき力でしたね」

 黙り込んだアレイルを見て何かを誤解したのか、慌てたように女が話を逸らした。

(思ったより、根は良い人なのかも知れない)

 こんな状況だというのに。

 いや、こんな状況だからこそ。少し心が安らぐ気がした。

 気遣いが、人間の心が、胸に沁みる。

 もう少しだけ、この人には心を開いても良いのかも知れない。

「欠陥だらけだけどね。店長にも注意された」

「いえいえ、素晴らしい力でした。あの・・・え~と?巨人、で宜しいのでしょうか?」

 瓦礫巨人の呼称に迷ったようだ。

 そういえば、フィダスも以前似たようなことを言っていた気がする。


『いつまでも宝珠とか巨人とか言うのもダセぇな。なんかオリジナルの名称とか無いか?』

『でも、素材次第で毎回違うものが出来るよね?』

 談笑した記憶が甦る。

 あの後で最初に作った巨人は、鉄屑(ジャンク)だった。

『んだよ、これじゃあウドの大木じゃねぇか』

『やっぱりウドの大木じゃあねぇか!』

 不安定な宝珠の力も、随分罵倒されていた。


 今となっては懐かしさすら感じる、遠い遠い、僅か数日前の記憶。

「ジャンク・・・ウド・・・」

 追懐が、思わず口に出た。

「ジャンクウド?・・・成程。ジャンクードですか。不思議な響きですが」

 女が、納得したように頷く。

「あ、いや、今のは・・・いや、良いや」

 訂正しようとしたが、すぐに思い直した。

 鉄屑で出来るウドの大木。決して万能にはなれない欠陥巨人。

 ゴミたる自分に相応しいではないか。

(それに、フィダスが喜びそうだ)

 ジャンクード。

 改めて、心の中で呟く。

 これから倶に帝国と戦う、頼りなく頼もしい巨人の名。

「今から、お前の名前はジャンクードだ」

 今は形を持たない巨人に向けて、そっと呼び掛けた。

「さあ、参りましょう。アレイル様とヴァンス氏、そして微力ながら我々ターマンの力を以て、帝国の暴虐を止めるのです」

 ターマンの女が、改めて先を促す。

 この先は逃走の道ではない。積極的な、闘争の道だ。

 アレイルは思う。

 ゴミのような自分だが、イリアの分まで。イリアのように。

 誇りと覚悟と、高貴なる復讐心を持って帝国と戦うのだ。

「行こう。店長と合流して、みんなを弔って、帝国と戦うんだ」

 アレイルの覚悟は決まった。

 イリアの誇りと、大切な思い出と共に。

「ええ。ターマンも全力でサポート致しましょう」


 だが、幾ら探せども、店長の姿は見当たらなかった。

 森にも、街道にも、町にも。

 店長は忽然とその姿を消していたのだ。

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