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巨人

     第七話   巨人



「うああああああ!」

 帝国への怒り。

 自分への怒り。

 悲しみと、大きな喪失感。

 アレイルは泣いた。

 アレイルは哭いた。

 自分は愚かだった。

 戦えば、戦争をすれば、必ず誰かが死ぬ。理屈では理解しているつもりだった。だが、それが自分の身近で起きるということを。そしてその意味を心のどこかで理解出来ていなかった。

 宝珠の力があれば帝国軍に勝てると信じて、疑いもしなかった。店長に弱点を指摘されて尚、だ。

 店長は正しかった。宝珠は万能ではない。そもそも、ゴミを集めるだけの珠であって、根本的に兵器ですらないのだ。

 店長は正しかった。極力交戦を避けようとするのは、死を正しく理解していたからだ。

 それでも、消極的ながら帝国に歯向かうと決めていたのは、戦わないことで奪われる命があることを知っていたからだ。

 店長は、戦うリスクと戦わないリスクを等しく検討し、判断していたのだ。

 それに比べ自分はどうだ。危険を危険と認識せず、安易に戦闘を主張した。その結果が、今目の前に散らばるイリアの姿だ。

(オレは、ゴミだ。救いようのないゴミだ!)

 心の底から、アレイルはそう思った。

 店長は何度指摘しただろうか。仲間になると決めた時も、町での戦闘後も、村での口論の時も、つい先程の森での議論の時も、今思えばアレイルの浅慮を危惧して注意していたのではないか。

 闇雲に戦うべきではなかったのだ。

 ただ店長にとって最大の想定外は恐らく。イリアが、既に自身の死すら織り込んで行動していたことだろう。命を懸ける、とは本当にその通りの言葉だった。

 恐らく彼女は、自分の死と、今ここでアレイルが立ち上がり反帝国の象徴となることを比較し、後者のメリットが大きいと判断したのだ。

「オレは・・・そんな大層な奴じゃないよ・・・大層な奴じゃ・・・無かったんだ」

 涙を流しながら、アレイルは呟く。

 それは少年にとっては絶望的な独白だ。

 自分は必ず何者かになれる。根拠なく信じ、結果として全てを失った。

「でも・・・・・・やるよ。やってやる」

 何者かなど、どうでも良いことだ。

 帝国を殴り飛ばす。イリアが望んだことであり、今自分が復讐心と共に決意したことだ。

 アレイルは、店長とイリアの決定的な違いを理解した。祖父を殺されたイリアは、今の自分だ。それは、堪え難い悲しみと怒りを、命を懸けて帝国に叩き付けてやろうという激情だ。

 理屈で感情は止められない。そういうことなのだ。

 復讐のためなら、命など要らない。

 偶々先祖が宝珠を得ただけの、元々何者でもなかった塵芥が、そのまま土へと還るだけのことだ。何を躊躇うことがあろうか。

「帝国!絶対に、絶対に報いを受けさせてやる!」

 固く拳を握り締め、アレイルは叫ぶ。

 それはまさに、イリアが言っていた暴力だ。復讐せんとする理念。悪意と敵意。

 今から自分が揮うのは謂れのある暴力だ。アレイルはそう信じた。

 アレイル自身は何者でもない、ただの無力な少年だ。しかし、先祖の功績によって今この手には戦う力が与えられている。

 気付けば、宝珠が光を放っていた。

(ゴミを集め、ゴミを自在に操る・・・ああ、成程。完全に理解した)

 薄紅色の光を身に纏い、アレイルの身体が宙に浮かび上がる。

 それはまるで、昏い復讐の炎の具現化だった。



「・・・許せとは言わん。だが、すまない」

 重機関銃が唸りを上げ、建物内で震えていた、か弱い命を散らして行く。

 酷く下らない、下劣な任務だ。

「リアスよ・・・お前は今どこにいるのだろうな」

 暗鬱とした表情で、リウスが呟く。

 3年前、妹リアスは突如として姿を消した。だが、それを責める気にはなれない。

 両親からは、体裁・体面・世間体・保身、そういったものしか感じられなかった。

 8年前、祖父が政治犯として処刑された時もだ。両親は率先して皇帝への絶対恭順を示し最低限の地位を守った。処世術として、それは正しいのだろう。だが、彼らは祖父を過剰に卑下し、貶めた。

 妹が家を疎んじたのも理解出来る。貴族としての誇りも魂も、そこには感じられなかったからだ。身内が謂れなく害されたなら誇りと命を懸ける。それが正しき貴族の振舞いだ。自分も妹も、皇帝にへつらう豚になるつもりなど微塵も無いのだ。

 だが、誇りと命を懸けて復讐するのが正義なら、誇りと命を捨てて武勲を上げ成り上がっても良かろう。軍属として身を立て、我が身と妹の地位を新たに獲得するのだ。

 そう決意した8年前、まだ14歳だった自分は今より少しだけ血気盛んだった。それが、内面はどうあれ外面的には両親と同種の行動であるとは考えもしなかった。

 妹の出奔の一因は自分にもあるのだろう。そして、結果としてそれは正しいようにも思う。今の自分は、軍命により民間人を虐殺している。それは気高い妹なら侮蔑するであろう暴挙であり、愚挙だ。

 だが、最早後戻りは出来ない。自分は軍属として上に行く。

 だがもしも。もしも妹がそれを望むのであれば。軍属の地位を利用して皇帝を弑するのも良いだろう。自分は帝国に仕えているのであって、皇帝個人に仕えている訳ではないのだ。願わくば、皇帝こそが帝国に仇なす愚物であらんことを。

 任務を遂行しつつも、リウスは大逆を夢想していた。

 その時。

 ドオオオン!

 どこかで爆音が響く。正確な位置は判らないが、そう遠くはない。

「馬鹿な!砲撃は禁じられている筈だ!・・・それとも、見付けたのか!?」

 WW(ダブル)を跳躍させ、町を見下ろす。

 一呼吸遅れて、散開していた他のWWも次々と跳躍索敵を開始する。どうやら味方の砲撃では無さそうだ。

(偶発的な爆発?或いはナブラ軍の工作か?)

 リウスは考える。

 WWに搭乗しているとあまり意識する必要がないが、ある程度の規模の町には当然に兵士がいる。携行兵器ではWWを撃破出来ないと見て、爆薬を持ち出したとて不思議はない。それが有効かは別として。

 とはいえ少し油断が過ぎたかも知れない。例の『遺産』以外の敵の可能性を失念していた。

「何にせよ、後手に回るのは避けねばな」

 先の都市制圧では、後方からの攻撃で無様にWWを破壊された。同じ轍を踏む訳にはいかない。

 跳躍移動を繰り返し、町の端、国境検問所の屋上に移動する。

 防壁というには若干お粗末だが、国境検問所の屋上は周囲より頑強で且つ高所にある。町の様子を窺うには適しているし、何より、背後がターマン領の森林地帯であるため背後からの奇襲を受けない。そこには瓦礫も鉄屑も存在しないからだ。

 眼下にナブラを一望し、背後からの『遺産』による奇襲も無い。完璧だ。

 ただ少し、完璧でない部分を挙げるとすれば。

(味方機の不甲斐なさが目立つな・・・)

 跳躍を繰り返し索敵をする味方機だが、内何機かは着地時に天井を踏み抜いて建造物を破砕していた。作戦上、非常に問題だ。

 とはいえ口を出すつもりはない。本作戦の元来の部隊構成は3個小隊相当。WW11機に支援車両1両だ。リウスはケーニス司令官によって捩じ込まれた客員に過ぎない。作戦には従うが、部隊員への口出しは越権行為だろう。

(まあ、それで敵を炙り出せるならそれもまた良し)

 作戦では瓦礫を作らずに襲撃をすることで『遺産』を無力化して撃滅する、ということだったが。敵が『遺産』の価値を正しく見積もっているならば、たとえ全ての住民が撃ち殺されたとしても現れないだろう。

 戦う気にさせる程度、最小限度の破壊は却って都合が良いかも知れない。

 爆音は幾度か続いた。どうやら意図的に建造物を破壊して廻っているようだ。それは即ち、相手は『遺産』を知った上で行動しているということだ。

 だが、今出て行って前回の二の舞は御免だ。恐らく『遺産』の初撃は不意打ちになるだろう。自分がそれを受ける気はない。

「悪いが、初撃は受けて貰うぞ」

 リウスは味方機の動向を注視した。被害は必ず出る。だが、その被害は絶対に無駄にはしない。

 味方の内の1機が砲撃を開始した。どうやら工作中の敵を発見したようだ。

 銃撃ではなく砲撃であること、通りに向けて撃ち込んでいるところを見るに、相手は車両だろうか。だが、跳躍状態から斜めに撃ち下ろす砲撃は、周囲の建造物を巻き込んで爆砕していた。

 砲撃は数度で止んだ。撃破したのか、或いは自滅したのか。

 何れにせよ、工作は止められたようだ。

 だが。

「してやられたな」

 リウスが僅かに顔を顰める。

 工作員は斃したのだろうが、そのために幾度も砲撃をさせられた。

 味方機は相手を撃破したのではない。「撃たされた」のだ。町には本来想定していなかった量の瓦礫が発生している。

「敵ながら、見事」

 顔も知らぬ工作員を、リウスは称賛した。



「瓦礫巨人」

 言葉と認識とともに、瓦礫が集まり巨人となる。

(イリアやパナックの命と引き換えに出来た瓦礫だ。無駄にはしない)

 巨人の中心で(・・・・・・)アレイルは思った。

 今までの瓦礫は、アレイルの周囲に独立して形作られていた。だが、今は違う。

 瓦礫はアレイル自身を中心に形成されている。

「宝珠は、こんな風にも使える」

 宝珠の力は「ゴミを集める」という、酷く曖昧で大雑把なものだ。これは、それ故に起きたバグのようなものなのだろう。

 即ち。アレイル自身がゴミである以上、宝珠はアレイル自身を自在に移動させ、瓦礫とともに操ることが出来るのだ。

 そして。

「ウドの、鉄槌」

 巨人が勢いよく右腕を振り下ろし、脇にあった建物を粉砕する。この辺りの住民は避難済みなのか、建物内は無人だった。或いは、イリアがそうしたのかも知れない。

 粉砕した建物を吸収し、瓦礫巨人は成長する。

 従前の巨人は、集中が途切れれば瓦解する酷く不安定な物だった。だが新巨人は崩壊しない。アレイル自身がゴミであり、ゴミと一体になっているからだ。

 意識せずともアレイルが瓦解しないように、瓦礫巨人も瓦解しない。そして、アレイルが腕を振るうのと同様の気安さで、瓦礫巨人の腕も振り下ろせる。今や瓦礫はアレイルの身体の一部に等しい。

 周囲の瓦礫や鉄屑、廃車や鉄筋、そして巨人自身が新たに作り出す瓦礫。それら全てを巻き込んで、巨人は10メートルを優に超えていた。

 町にいた機動兵器たちが、慌てたように砲撃を繰り返す。だが、効かないのだ。

 先日の鉄屑巨人と同様、弾頭の残骸も、燃え盛る燃料も、アレイルがそれをゴミと認識出来る全ての物は巨人の素材にしかならない。

 砲撃を吸収しつつ、巨人が走る。

「炎の鉄槌」

 巨人の組成を操作し、右腕に燃え盛る燃料と赤熱した鉄屑を集中させ、機動兵器を叩き潰す。

 倍以上の質量を持った燃え盛る鉄塊という超常の一撃を受け、為す術もなく機動兵器が爆砕する。

「これはお前達の暴力だ。お前達の暴力が巨人を成長させ、お前達を叩き潰す」

 躊躇は無い。爆砕した機動兵器の搭乗者は確実に死んでいるだろうが、恐らくそいつは数十、数百倍の民間人を虐殺しているのだ。どこに躊躇う理由があろうか。

 鉄屑となった機動兵器の破片を次々と吸収し、巨人は帝国の機動兵器を蹂躙する。



「ば・・・化け物か」

 リウスは慄いていた。

 『遺産』が巨人を形成することは知っていた。だからこそ巨人を巨人足らしめぬよう動いていたのだ。

 実際、現れた瞬間の巨人は、想定通り小さなものだった。

 だが、巨人は即座に周囲の建造物を殴り壊し急成長、各所に点在していた爆砕済みの瓦礫をも吸収し、瞬く間にWWの倍を超える大巨人へと変貌を遂げたのだ。

 しかも、巨人は情報とは異なり俊敏に走り回り、自在に腕を振るってWWを叩き潰している。

「こ・・・こんなことが、本当に『遺産』一つで実現出来るものなのか」

 だとすれば、皇帝が都市の占領・制圧以上に『遺産』の発見を重視したのも頷ける。これはもはや兵器などという次元ではない。神の領域だ。

「神・・・神だと?『遺産』とは、まさか!?」

 刹那、疑念がよぎる。だがそんな暇は無い。眼前の脅威をどうにかしなければ、自分もここで潰れた肉塊になるだけなのだ。

「最早、手段も目的も構ってはいられぬ!」

 リウスは砲を構えた。

 砲撃は無効なのではない。効果はあるが、直後に巨人が再生しているだけだ。

 ならば狙うべきは。

「『遺産』の光の漏れ出る部位!『遺産』そのものを破壊するッ!」

 それは瓦礫巨人の組成上の特性だ。木漏れ出る光のように、巨人からは宝珠の光が漏れ出ているのだ。

 光は巨人の中心、人間で言う心臓から鳩尾に近い部位からより強く放たれている。

 皇帝の目的は『遺産』の奪取。破壊すれば罰せられるやも知れぬ。だが、今ここで戦死するよりはマシだ。自分はまだ、リアスと再会すらしていないのだ。

「死ぬ訳にはいかん、死ね!」

 狙いすました砲撃が巨人を直撃する。

 WWの砲弾は徹甲炸裂焼夷弾。装甲を貫き、内部を爆砕し焼き尽くす破壊の権化。正真正銘の『兵器』だ。現実的に「徹甲」が意味を持つ目標はほぼ存在しなかったが、巨人を灼くには丁度良かろう。

 問題は『遺産』の耐久性だ。WWの中枢たる青き宝珠は破壊可能だと聞く。相手の宝珠が同程度であれば砲撃は有効な筈だった。

 着弾した弾頭が炸裂し、内部で炎が吹き荒れる。吹き荒れた筈だ。

 だが、巨人が倒れる様子はない。一瞬の間をおいて、抉られた胴体が急速に再生する。

「ええい!化け物め!」

 吐き捨て、リウスは最大出力の跳躍移動で町を離脱する。幸い、巨人は追っては来ないようだ。町の残敵掃討が優先なのか、或いは迂回路に行った別働隊をやるつもりか。

 何にせよ、今この場でのリウスの命だけは助かったようだ。



 紙一重だった。

 或いは、一瞬アレイルの意識は飛んでいたのかも知れない。

 実際、機動兵器の徹甲炸裂焼夷弾は有効だった。

 それは今までの独立した巨人では存在しなかった弱点。アレイルが中にいるからこそ、高温で炙られればアレイル自身の身体が破壊され得るのだ。

「危ないところだった。あと少し素材が薄かったら死んでいた」

 機動兵器の砲撃は巨人の胴体を大きく吹き飛ばした。そこは、中心にアレイルと宝珠が存在する分、他の部位よりも瓦礫が薄い。反射的に組成を厚くすることで、炸裂した弾頭までは防ぎ切ることが出来た。だが、着弾と炸裂の衝撃は隙間のある瓦礫の特性から完全に防ぐことは出来ず、爆風と高温の影響で意識が飛びかけた。

 幸いにも一瞬熱風に煽られる程度で事無きを得たが、呼吸を止めていなければ肺を焼かれて死んでいたかも知れない。

「やっぱり、宝珠は万能じゃあないんだ」

 アレイルは改めて気を引き締める。

 帝国に報いを受けさせるまでは。

 イリアの悲願を叶えるまでは。死ぬ訳には行かないのだ。

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