鉄槌
第三話 鉄槌
1機のWWが降り立った。
「見付かった!?こんなところが?」
緊迫した様子で店長が叫んだ。
都市からは随分な距離がある。街道からも大きく外れた、打ち棄てられた廃墟だ。地元民ですらこの廃墟を知るものは少ないし、帝国兵ならば尚更の筈だ。だが現実に見付かってしまった。この状況から安全に逃げる手段は、無い。
WWの戦力は正規軍ですら撃破が困難な程の、圧倒的なものだ。着地したWWは、都市制圧を目的としていないためか大口径砲は装備していないようだが、重機関銃だけでも十二分に人間を虐殺出来るだけの火力がある。
また、アレイルの宝珠の性能は未だ謎が多く、本来であれば現状の彼らが戦うべき相手ではない。
「まあ、仕方ないか」
いつの間にかWWの背後に回っていたパナックが溜息を吐いた。これまたいつの間にか、その手には軽機関銃が構えられている。
ガガガガガッッ!
軽機関銃の斉射が始まる。WWの背部は跳躍用装備のため、前面の装甲に比べ跳弾が起きにくい。また、パナックは射撃を続けながら細かく移動し、射角を微調整しているようだ。
「何だ!?」
WWの頭部が高速で180度回頭した。外部カメラが付いているのだ。
「軽機関銃だと!?何者だこいつら!」
帝国兵は驚愕したが、携行兵器の火力ではWWを貫徹出来ないようだ。とはいえ永久に耐えられる訳ではない。頭部の向きに合わせ、WWが方向を変える。
「こっちだデカブツ!」
フィダスがWWの側面に回りつつ何かを投げ付けた。命中と同時に爆ぜ散り、パン!と乾いた音が響く。かんしゃく玉のような物だろう。当然、WWに損傷はない。だが、音と煙で、注意を逸らす程度の効果はあったようだ。
フィダスは立て続けに玉を投げ付ける。煙で視界を制限しつつ時を稼ぐつもりなのだ。
「今のうち!こっち!」
イリアがアレイルの手を引いて走る。パナックとフィダスの逆方向だ。だが、僅かに数メートルを移動しただけでイリアが立ち止まった。
「この方向!」
イリアがWWを指し示す。直線状にはWWのみ。パナックとフィダスは左右に外れる角度だ。
事態の急変と周囲の迅速過ぎる戦闘行動にアレイルは混乱していたが、イリアの行動の意味するところは理解できた。
「急いで!」
切迫した様子でイリアが叫ぶ。複数方向からの奇襲で瞬間的に相手の反応を抑えているが、ひとたび射撃が始まればパナックとフィダスは瞬時に絶命するのだ。一瞬の迷いも許されない。
(やらなきゃ!)
アレイルは覚悟を決めた。宝珠を左手に、右手を叩く掲げイメージする。
超高速で瓦礫が収束し、天に掲げた腕のような巨大な瓦礫柱が出来上がる。高さで言えば敵機動兵器の倍はあろうかという巨腕だ。
「ウドの、鉄槌!」
叫びと共に振り下ろした腕に連動し、瓦礫の腕がWWに向かって倒れ込む。
パナックとフィダスが大きく飛び退る。夜間のため、瓦礫柱の影も目立たない。帝国兵に背後からの攻撃を察知する術はなかった。
ゴッ!
鈍い衝撃音とともに、推定重量10t以上の単純な暴力が叩きつけられた。
銃弾をも弾くWWの胴体が陥没し、腕が折れ、頭部が千切れ飛んだ。背部装備が爆発し、炎が吹き上がる。
勝利だ。
「イエ~イ!」
余韻に浸る間もなくイリアがアレイルの腕を掴んで上げさせ、強引にハイタッチした。
そこに店長が静かに近寄り、アレイルの肩に腕を回し、廃墟の中へと導く。
「見事だったねアレイル君。イリアも良い判断だったよ」
「え?いや、あの?」
強引に移動させられ、アレイルは困惑する。
「店長!何もしてなかったじゃないですか!」
「いやいや、私は足を引っ張らない、をしていただろう?」
「現実じゃ、マイナスの否定はプラスにならないんですよ店長!」
言いつつ、3人は廃墟に入って行った。
それを見届けたのち、パナックが動く。
WWの胴体は変形し、本来密閉されている操縦席に僅かな隙間が出来ていた。パナックは無言でその隙間に銃口をねじ込むと、迷いなく斉射した。
ナブラ連合領内北西の港湾都市。
接収した新聞社を活用した臨時本部内で、リウスは待機していた。
作戦の主目的たる都市制圧は完遂した。後続の揚陸部隊の受け入れも完了し、故にこそ今都市全域を支配下に置き臨時本部が機能している。
副目的であった『遺産』も発見した。
だが、帝国全体でも100機少々しかない貴重なWWを実質的に失ったのは大きい。聞くところによると、他のナブラ領都市制圧部隊では装甲の損傷こそあれ、実質的な被害は皆無だという。
功罪を比すれば、罪が若干勝るかも知れない。リウスは降格を覚悟していた。
「リウス中尉、無線繋がりました」
通信士がリウスに声を掛ける。
未だ他国で実用化されていない無線通信である。現状では距離と安定性に難がある無線の欠点を補うため、ナブラ領上空に中継・増幅器を搭載した飛行船が待機している。ナブラ攻略の司令部もそこだ。司令部を空に置き各地と無線を繋ぐことで、有線の繋がらない区域まで含め、友軍の動きを網羅的に把握することが可能となる。各地の高射砲を優先的に破壊したのもこれが理由だった。
『リウスよ。報告は受けたが貴様の功績は極めて大きい。皇帝陛下もお喜びである』
飛行船の、ナブラ攻略司令官ケーニスだ。
『はっ!光栄であります』
『WWを失ったのは痛手だったが、『遺産』の発見はそれに勝ると陛下はお考えだ』
寛大な言葉だったが、リウスは違和感を覚えた。WWは強力かつ替えが効かない兵器だ。WWさえあれば更なる攻略も容易になろう。これでは、副目的に過ぎない筈の『遺産』の発見が、都市制圧よりも重要だとでも言わんばかりだ。
『確保までは至りませんでしたが』
『良い良い。ある、という事実が判明したことの価値は大きい。都市内では見付からなかったようだが、ということは移動しているということだ。既にそれらしき箇所を幾つかWWに当たらせている』
『僭越ながら。危険ではありませんか?敵『遺産』の能力は未知数ですが、少なくともWWを破壊できる威力があります』
『それで良いのだ。WWが戻らなかった場所が当たりだ』
それはつまり、WWと着用者(帝国ではWWの操縦者をこう呼ぶ)を捨て駒にするということだ。軽い嫌悪感を抱いたが、一介の小隊長に口を出せる問題ではない。
『貴様にも新しいWWをやろう。本来ならWWを破壊された者は欠格扱いだが、『遺産』絡みは特別らしいのでな。それと、陛下から何か褒美を取らせよとのことだ。何か要望があれば一応聞いておこう』
『それでは恐れながら。私事にて恐縮ですが、我が妹について・・・』
『おお、そうであった。例の一件以来、未だ行方知れずであったな。よかろう、情報部に言っておくとしよう』
『有難き幸せ。・・・例の一件とは?』
聞き捨てならない言葉だった。
リウスの妹は3年前突如として失踪したのだ。軍属であり家を離れていたリウスには事情が全く判らず、両親・使用人は何も知らないの一点張り。無関係の筈のケーニスが何かを知っているというのは奇妙な話だ。
『む・・・?・・・ああ、何でもない。こちらの話だ、忘れろ』
『ですが・・・っ!』
『リウス!』
遮るように、ケーニスの怒号が響いた。
『弁えろ。貴様の進退はワシの一存でどうにでもなるのだぞ』
その言葉にリウスは言葉を失う。
反論の余地もない。没落貴族に過ぎないリウスが軍内部で立場を得たのも、ケーニスの推挙あってのものだった。そして、上げる力があるということは、下げる力もあるということだ。
『もうよい、通信を終わる』
苛立たしげな声が響いた。
アレイル達は2台の車に分乗し、東を目指していた。追撃を避けるため廃墟は即座に引き払った。今は一刻も早く遠くへ離れることが重要であるため、一旦走りやすい街道に戻って距離を稼ぎ、途中で主要街道を逸れて小さな町へと向かう予定だ。
ナブラ連合領への攻撃が始まっている以上、もはや安全な場所はアルム公国以外には存在しない。アルムに抜ける方法には検討の余地があるが、いずれにせよターマンまで抜けないことには話にもならないだろう。
或いは宝珠の力に頼って帝国に挑む道もあるが、単独で国家に挑むのは流石に蛮勇が過ぎる。
だが少なくとも帝国に従う道はない。それぞれ事情は異なれど、アレイルと店長たちの認識はその点では共通していた。
「ところでフィダスさん。なんでこの車なんだ?」
アレイルが、乗っている車を示しながら運転席のフィダスに尋ねた。
アレイル達は、廃墟まで乗ってきた車両ではなく、金属天井の付いた別の車に乗っていた。出力と重量の問題があるため、あまり見掛けないタイプだ。それどころかこの車両は、前部運転席、中部座席、後部荷台の三列構造であり、かなりの出力であることが窺える。乗員はイリアを含めた三名だ。
乗ってきた方の車には、代わりに店長とパナックが乗っている。
「ああ、パナックが機関銃持ってただろ?いざって時、天井が邪魔になるからなぁ」
事もなげにフィダスが答える。
戦闘を想定しているのだ。これが危険な道行きであることを改めて認識し、アレイルは身震いする。
「あと、天井があると雨に濡れなくて済むからね。それとか」
イリアが、後部に雑然と積まれている荷物を指して言う。
「そうだなぁ。他はともかく、火薬類と食料は濡れたらダメになるからな」
「ところでターマンに抜けるって言っても、どう抜けるんです?どこが安全かもわかんないのに」
イリアがフィダスに尋ねた。
「ああ、店長とパナックの予想では占領されてるのは大都市だけだろうってことでな。機動兵器で戦力的にはすげぇが、領民を抑え続けるには人員が足りないだろうと。だから、なるべく攻撃目標にならなそうな小さい町やら村を縫って行く感じだな。まあ、ナブラは小さい町ばっかりだから、割と適当で行けると思うんだが、一応な」
「へぇ~。色々考えてたんですね~」
感心したようにイリアが言う。
「そんなことよりだな。今のうちに話しておかなきゃあならんことがある」
フィダスがちらりとアレイルに視線を向ける。
「オレらにとっちゃあ帝国は敵で確定なんだが、お前さんにはそこまで強い動機はないだろう?成り行きで帝国兵を倒しちまった以上逃げるしかねぇのは確かだが、積極的に戦う必要はねぇよなあ」
若干オブラートに包んでいるが、それは決意を問う質問だった。逃亡者として同行するのか、闘争を視野に入れた運命共同体として同行するのか。
先程は破壊した機動兵器の操縦者に彼らがトドメを刺したようだが、彼らはそれをアレイルには見せなかった。殺人には関わらせないという意思表示なのだろう。だが、共に戦うとなればアレイルだけがその責任から逃げることは出来ない。彼らはその覚悟を問うている。
「戦うのは・・・正直怖い。でも戦わなきゃ殺される。あいつらは平気で街を焼いたし、オレにも銃を向けてきた。だから・・・でも・・・ごめん、考えがまとまらないや」
アレイルには決められなかった。戦うのは逃げられない時の最後の手段だ。戦いを否定はしないし戦う必要も感じる。だが、やはり命を奪えと言われれば安易に首肯は出来ない。今のアレイルには、それでも戦う程の強い動機や覚悟はない。
「まあ、すぐに決める必要はないさ。少なくともターマンまでは逃げ一択の予定だしな」
「・・・イリアは?どうして帝国の敵に?」
アレイルは疑問をぶつけた。イリアは元々帝国民の筈だ。何故祖国を敵に回す覚悟を固めたのか。
イリアが苦笑いを浮かべた。
「あはは。そうだよね。気になるよね。う~ん、そうだなぁ。色々あったのは確かだけど簡単に言うと」
イリアはそこで一度言葉を区切った。
「帝国は祖父の仇だからね」
普段とは別人のような、昏く重い口調でイリアが答える。怒りからだろうか、手も強く握り締めている。
「おいおい、重い話はその位で止してくれよ。空気が淀んでいけねぇや」
顔を顰めながらフィダスが言った。
「話振ったのフィダスさんでしょ!?」
心外だ、というようにイリアが文句を言う。もう今しがたの昏さは感じられない。
「だから話があんだって。空気が重いと本題に入れないだろうが」
「本題って、今までの話は?!」
アレイルも思わず突っ込む。これでは真剣に悩んだのが馬鹿みたいではないか。
「重い話なんか本気で出来るかよ。オレのモットーは楽に気楽に、だ。重い話なんてのは本題をより楽しむためのメリハリみたいなもんだろうが」
暴論を、フィダスはさも当然と垂れ流す。
「とにかくだ。今話さなきゃならんのはそんな重苦しい話じゃなくてだな。アレイルの宝珠の話だ」
「宝珠の話?さっきの実験の続き?」
きょとんとした表情でイリアが尋ねる。
「さっきの戦闘でも思ったんだが、パナックの言う通りかも知れん。言葉や強いイメージがある方が収束が速いし出来上がる形も安定してる。だから予めキーワード的なものを決めておいて、瞬時にイメージ出来るようにしとけ。さっきの鉄槌とか。あとは壁とか、出来れば巨人も作れた方が良いな」
「巨人も?ウドの大木ってバカにしてたのに?」
イリアが疑問を述べた。アレイルも同意を示すように首を縦に振る。
「ハリボテでも囮にはなるだろ?お前ら、何もないところから急に10メートルの人型が出てきたらどう思うよ?」
「私なら、物語の巨大怪物とか半神巨人とかって思うかな」
イリアが答える。
「まあネフィリムはともかく、そういうことだな。巨人は恐怖と畏敬の対象だ。間違いなくビビる。少なくともオレやパナックのチンケな火器よりよっぽど注意を引き付けられるだろ。隙を作って逃げるにゃあもってこいだ」
「じゃあ、防壁!とか巨人!とかそんな感じかぁ。う~ん」
アレイルは腕を組んで考え始めた。確かに漠然とイメージするより、目安となる言葉があった方がスムーズだ。実際、先程の鉄槌はかつてない速さと精度で瓦礫が収束したように思う。
「というか、いつまでも宝珠とか巨人とか言うのもダセぇな。なんかオリジナルの名称とか無いか?ウドの鉄槌もどうかとは思うが・・・」
どこまで本気で言っているのか分からないが、フィダスが尋ねた。
「瓦礫巨人・・・とか?」
「でも、素材次第で毎回違うものが出来るよね?さっきはたまたま瓦礫だっただけで、鉄屑だったり木材だったりもする訳でしょ?そもそも本来は埃とか塵を集める珠なんだし」
「埃巨人はダメだなあ。致命的にダサいし、なんか汚ねえ」
その後も、ああでもないこうでもないと、奇妙に和やかで楽しい時間が流れた。戦時下において不謹慎かも知れないが、アレイルはピクニックでもしているかのような錯覚を抱いた。
その間も、一行は夜を徹し車を走らせ続ける。そして夜が明けた頃、ようやく未だ戦火を浴びていない一つの町へと辿り着いた。店長とパナックが早々に宿を確保し、一行は数時間振りに揺れる鉄の塊から解放された。
「ああ~、これでやっと一息くらいは吐けるかもなあ」
夜通しの運転で流石に疲れたか、フィダスが溜息を吐きながら言う。
「ずっと車はツライ!もうお尻痛いし!」
イリアも泣き言を言う。アレイルも体の節々が痛むのを感じた。
そこへ店長が近付いてくる。
「ご苦労様。燃料や食料の補充に車の整備もあるから、今日はこの町で一泊する予定だ。買い出しが先だけれど、その後はゆっくりすると良い。あと、クッションを買っておいた方が良さそうだね。車中泊も考えられるし、流石に私も体が悲鳴を上げているよ」
そう言って、店長は肩や首を動かした。
「じゃあさっさと買い物!どうせならかわいいクッションにしよう!」
イリアが主張する。
港湾都市の脱出から廃墟での戦闘、そして新しい町。アレイルのこれまでの人生からは考えられないような激動の一日だったが、どうやら僅かばかり休息が取れそうだった。