大木
第二話 大木
ナブラ連合領内、街道を離れた道なき平野を1台の車が走っていた。
背後には焼け落ちる都市。脱出前に確認した限りでは、帝国に封鎖されたのか、街道を走る車は見当たらなかった。事前に脱出できた領民がどれだけいるかは不明だが、恐らくその数は極めて少ない。
「いやいや。危ないところだったなあ、少年!」
猛スピードで車を走らせながら、若い男が声を掛ける。年齢は20代半ばくらいだろうか。若干軽薄そうな印象を受けるが、当てのないアレイルにとっては一縷の希望だ。
「ありがとうございます。・・・ところで、これは?」
アレイルは乗っている車を指した。
蒸気自動車は見たことがあるが、この車にはボイラーが見当たらないし、もう結構な長時間走行している筈なのに給水をする素振りもない。そして何より揺れと騒音が酷い。おかげで先程から、大声と言わないまでも、多少声を張らなければならなかった。
「ああ、見るのは初めてかい?ガソリン車だよ。ターマンじゃあ結構走ってるんだが、ナブラじゃあ珍しいかもな」
「ターマンの方なんですか?」思わず問う。
「いや、オレはナブラ人だよ。仕事柄ターマンには縁があったんでね。こいつは給水がいらない分、蒸気より長く走れるんだ。スピードだって負けちゃあいない。揺れるし、うるさいけどな!」
そう言って男は笑う。
確かに、揺れは酷かった。道なき道を無理矢理走っているのを差し引いても、乗り心地は最悪だ。
「ところで、だ。少年」
男が横目でアレイルを見る。アレイルには、一瞬男の眼光が鋭くなったように見えた。
「丘の上の機動兵器がぶっ倒れて動かなくなったの、ありゃあなんだい?」
「え・・・ああ・・・」
言葉に詰まった。天の人の話を安易にして良いものか。誤魔化すべきか。そもそもどこまで見られていたのか。下手な嘘は信頼を損ねないか。情報が足らず、メリットとデメリットがはっきりしない。踏み絵を強要されているような気分だ。
「ああ、ムリにとは言わんよ。知ってる範囲、言える範囲で構わないし、言いたくないならそれも良いさ」
アレイルの逡巡を察してか、男が寛容な言葉を放つ。
打算かも知れない。だが、それでもその態度はアレイルが相手を信用する理由としては充分だった。というよりも、状況的に信じる理由を探していた。少なくとも、帝国兵に身柄を委ねるよりは幾らかマシな筈だ。
「わかりました。わかる範囲でお答えします」
アレイルは静かに語り始めた。
時は少し遡る。
一しきり機関銃を斉射した後、リウスは機体の上体を起こし周囲を確認した。
やはり少年には当たらなかったようだ。そこにはバラバラに粉砕された少年の家の残骸と。
「・・・瓦礫?」
先刻までは間違いなく存在しなかった瓦礫の山。破壊した家の残骸ではない。家は粗悪なレンガを乱雑に積み上げた程度のものでしかなかったし、明らかに質量が異なる。それどころか、そもそも素材の異なるコンクリートや鉄筋まで混ざっている。
「隊長!ご無事ですか!?」
異変を察知してか、部下のうちの1機が跳躍移動で付近に着地してきた。街道を抑えに行っていた部下だ。
「脚部がやられた。後方から攻撃を受けたようだ、都市部の様子は?」
「そのことなのですが・・・」
部下が言い淀む。
「どうした、未確認情報でも構わん。何かあるなら話せ」
「はい。あの、荒唐無稽ですが、都市の複数区画から・・・その、瓦礫が、射出されたように見えたので、発射元と思しき周辺を確認したのです」
「礫弾だというのか・・・それで?」
「何も、無かったのです。どう見ても破壊された建造物跡だったのですが、あるべき残骸の殆ども、射出機の類も、何も」
確かに、荒唐無稽な話だ。仮に破壊された建造物の残骸を利用した精密投擲などという神業が可能だとして、そんな真似が出来る射出機が短時間で消えてなくなるとは思えない。
だが、そんな「あり得ない」を実現し得る物が世界には存在する。まさに今搭乗しているWWもそうだ。オーバーテクノロジーの、正体不明の超技術。
「『遺産』か・・・確定だな」
そう思えば合点は行く。ここに散らばる瓦礫は『遺産』の力で射出され、後方からWWの脚部に激突してひしゃげさせ、ここに積みあがったのだ。
「質量兵器の誘導機能、か?だとすると射出側にも『遺産』が?」
呟きつつ、リウスは考える。
こちらのWWのような機動式の射出機と、精密誘導用の宝珠とのセットなのかも知れない。本体が射出機側であるならば、宝珠を所持していたのが一見ただの少年であったことも説明がつく。宝珠ともども使い捨てのパーツという線もある。
「都市部内に強力な伏兵がいるかも知れん以上、単機では危険だ。港湾部を抑え次第、一斉に都市部を再捜索する」
「隊長はどうされます」
「幸いここは高所だ。脚部が動かずとも固定砲台程度にはなろう。あとは、後続部隊が来てからだな」
都市部をみすみす破壊させた以上、敵の『遺産』はWWのような交戦能力はないのだろう。ならばここから砲撃する構えを見せておけば自由には動けまい。先刻の少年をこのまま取り逃がすのは本意ではないが、現状では兵力が足りない。
「もう少し上手くやれると思っていたのだがな・・・不出来な兄を許せ・・・リアスよ」
リウスはそっと呟いた。
「『天の人』の宝珠か。そいつぁすげぇな。てことは、あの機動兵器はその宝珠を狙ってるってことか」
男は感嘆した様子で言った。
素直な感想なのだろうが、突き付けられた事実にアレイルは今更ながら恐怖を感じた。先程は無我夢中で状況を整理できていなかったが、恐らく機動兵器は宝珠の光を見て来たのだ。即ち、今後アレイルと宝珠は付け狙われるということになる。
「てぇことは、だ」
男は強調するかのように一度言葉を区切って続けた。
「お前さんがいるところは危険ってことになるんだが」
男がチラリとアレイルを見る。
至極正論だ。アレイルと宝珠が狙われるということは、アレイルの周囲に安全はないということだ。つまり、仮に彼が純粋な善意でアレイルを助けているとしても、彼はいつでもアレイルを切り捨てる可能性があるし、その正当性もあるのだ。それこそ、今この瞬間にでも。
「さて到着だ。降りな」
不安に思うアレイルを余所に、彼は車を停めた。
旧時代の宗教建築だろうか、そこは廃墟だった。幾つかの建物があるが、その大部分は倒壊し、残った部分も苔やツタに覆われている。見れば、天井の崩落した壁の陰に隠すように別の車も停まっているようだ。
「あの、ここは?」
不安げに、アレイルが問う。
「心配すんな。逃亡仲間と合流するだけだ」
そう言いながら、男は廃墟の中へ入って行く。
「おう、どうした、着いてこいよ」
男がアレイルを促す。
仕方がない。アレイルは恐る恐る男に着いていくことにした。
「よ~っす!戻りましたよ店長!」
男が声を張り上げた。
廃墟の中には3人の男女がいた。男が2人、少女が1人。男の一人は軽機関銃を持っている。機関銃を持っていない方の男が口を開いた。
「おいおい、店長はやめてくれないか。店はもう無いんだから」
年長者の年齢はアレイルにはよくわからないが、30代くらいだろうか。瘦せ型の、柔和そうな男だ。
「実は店長は元々ターマン政府御用達の技術屋でな。さっきの車も店長が作ったんだ」
アレイルを連れてきた男が、耳打ちのような素振りで手を口元に当てながら言う。だが、普通の声量で、全く隠す気はないようだ。
「フィダス。余計なことを吹聴しないでくれ。昔の話だよ」
店長と呼ばれた男が言う。
「失礼したね。私はヴァンス。しがない技術屋だ。そして」
ヴァンスが近くにいた少女を前に押し出す。
「この子が私の娘のイリアだ」
「ちょっと店長!嘘言うのやめて貰って良いですか!?初対面なんだから信じちゃうじゃないですか!」
イリアと呼ばれた少女が抗議する。
年の頃はアレイルと同じくらい、15歳前後に見えた。快活そうな雰囲気だが、身長はアレイルの方が少し高い。
「いや、だから養子にならないかと言っているじゃないか」
「それは何度もお断りした筈です!」
「店長・・・まだ諦めてなかったんですかい・・・」
アレイルを連れてきた男、フィダスで良いのだろうか。彼が呆れた様子で呟く。
「あ~もう!私はイリア。元店長の従業員です。働かせて貰ってるけど、養子じゃありません!」
そうイリアが主張する。ヴァンスは若干寂しそうだ。
「で、こっちの静かなのがパナックさん。優しくて力持ち」
何故かイリアが紹介した。先程まで軽機関銃を持っていた男だ。台詞を取られてヴァンスは口をパクパクさせているが。
「あ~。よろしく。呼び捨てでパナックで良いよ」
のんびりとした口調で言いつつ、パナックは手を振った。どうやら挨拶らしい。年齢は20~30代のようだが、アレイルにはよくわからなかった。落ち着いた雰囲気のせいか、若いようにも、中年のようにも見える。力持ちとは言うが、見た限りでは取り立てて屈強そうには見えない。
「で、だ。すまん自己紹介を忘れてたがオレがフィダスだ」
フィダスがあまり申し訳なくなさそうな口調で言う。
「ちょっと!?連れてきておいて名乗ってすらないの!?」
イリアが思わず突っ込んだ。どうも苦労性のようだ。
「いやあ、色々大変でさ。タイミングを逃したんだよ。で、ですね店長。この少年はまあ避難民なんすがね。えっと・・・名前は~」
言いかけて、フィダスが止まった。そう、フィダスが名乗っていないようにアレイルも名乗っていない。
「フィダスさん!?」イリアの再度の突っ込み。
見かねて、アレイルは自分で語る。
「オレはアレイル。えっと、帝国の機動兵器に追われているところをフィダスさんに助けて貰いました」
「そうなんすよ。我ながらマジでファインプレーしましてね」
フィダスが笑いながら言う。が、言葉の割に自慢している様子はない。
「で、ですね。ここからが本題なんですが」
フィダスが思わせぶりに言葉を区切った。癖なのかも知れない。
「ひょっとしたら、帝国の奴らに目にもの見せられるかも知れないです」
その後は再度これまでの話や、彼らの境遇や目的などの話をした。
ヴァンスは元々ターマンの機械技師だったが、学んだ技術を世界に還元しようと各地で行商を始めたらしい。フィダスとパナックとはその頃からの付き合いだそうだ。
だが、先端技術の独占を狙う帝国にとってそれは不快だった。帝国内を移動中、彼らは帝国軍の招聘を受けたがこれを拒否。招聘を断った彼らを帝国兵が襲撃した。紆余曲折の末、現地人のイリアを仲間に加えターマン経由でナブラに逃げ延び、そこで改めて細やかな店を開いたという。
だが、帝国の開戦とその圧倒的な優勢を知り、安全なアルム公国へ避難すべく脱出ルートの模索と、場合によっては強行突破を視野に車や物資の準備をしていたらしい。
当初計画ではターマン南方から海路でカロン王国へ、その後アルム公国に抜けるルートを検討していたが、航路が確立しておらず海賊も出るため危険が大きかった。だが陸路では帝国の勢力圏を横断せねばならない。或いは山越えでカロン王国の砂漠地帯に出る方法もあるにはあるが、恐らく体力的にヴァンスとイリアには不可能だ。結局これという結論が出ないまま今に至る。
話している間に日は落ち、外は暗くなっていた。店長が火を起こし、廃墟内の暖と視界を確保する。
現在は、アレイルとフィダスによる人型機動兵器の話を終え、廃墟の外でアレイルの宝珠の実験をしていた。お互いに、宝珠の力には興味があったからだ。
「それってよお、帝国の機動兵器みたいに人型にして動かしたりは出来ないのか?」
フィダスが思い付いたように言う。
「どうかな。あくまでゴミを一塊に集めて捨てるだけだから。やってみる」
お互いの境遇の会話を経て、アレイルは少しだけ彼らと打ち解けていた。
(ゴミを、集める)
アレイルは宝珠に念じた。幸いここには相応の量の瓦礫が存在する。
宝珠が輝く。
倒壊した建材が収束し、まずは不格好な柱のような形状になる。その後腕と思しき突起が出来上がるが、すぐに他の部分と収束し、結局は柱のまま安定する。
「ごめん、ダメかも」
「んだよ、これじゃあウドの大木じゃねぇか」
フィダスが落胆の表情を浮かべた。
「動けないんじゃあ帝国の機動兵器とは戦えないかぁ」
「ねえ、それなら。柱にした後倒しちゃえば良いんじゃない?相手に向かってさ」
イリアが提案する。
「大木の倒木だな」フィダスが揶揄した。
「いや、意外と良いんじゃないかな」
火起こし諸々を終えた店長が廃墟から出てきた。
「話を聞く限りでは、その人型機動兵器とやらは跳躍移動が主のようだし。縦には速くとも横移動は不得手かも知れない。縦軸の攻撃は理に適っている」
「お~、さっすが店長!性格は別として頭は切れますね!」
イリアが称賛する。いや、これが本当に称賛なのか、アレイルにはよくわからない。
「じゃあいっそ、ハンマーとか腕の形にして振り下ろしたらどう?神の鉄槌~!とか言って!」
嬉々としてイリアが提案する。妙にテンションが高いのはなんなのだろうか。
「あのさ~?」
突然、パナックが口を開いた。
「はいどうぞ!パナックさん!」
何故かイリアが仕切る。
「その宝珠って念じると動く訳だよな~?」
「そうみたいですね」
アレイルは頷いた。
「じゃ~さ、声に出して念じてみたら、思考が固まって上手くいったりしないかな。自分の言葉で自分の思考に気付くことって、あるだろ?『巨人!』とか『ゴーレム!』とかさ。言葉にするとイメージし易いこともあるだろ~し」
「なるほど。それはちょっと思い付かなかった」
アレイルは頷き、再度宝珠に念を込めた。
「じゃあ・・・ゴーレム!」
宝珠が先程よりも強く輝く。瓦礫柱が先程よりもスムーズに成形され、両腕・両脚が分化していく。
「おおおお!?スゴイ!」
イリアが驚嘆する。
「出来た!」アレイルが歓喜の声を上げた。
が、その直後、仮称・ゴーレムの腕は自重によってもげ落ちた。落下の衝撃音と土煙が上がる。
「やっぱりウドの大木じゃあねぇか!」
フィダスが思わず突っ込んだ。
集中が途切れる。瓦礫の巨人は形を失い重力のままに崩れ、瓦礫の山に還る。
「なるほど。集中しないと形も保っていられないし、通常の物理法則を無視することも出来ない訳か」
店長が興味深そうに語った。
「ということは重力以上のエネルギーを持つ力場のようなものを発生させていると。であれば力場が素材の圧縮強度を上回れば圧壊する?いや廃棄物という性質上圧壊は問題ないのか。では成形は弾性ではなく?ならば巨人の可動部は・・・」
「な?」
呟き続ける店長の姿を指しつつパナックが口を開いた。どうやら、言葉と思考の関連性の証明だと言いたいらしい。
「あ~もう、店長が長考モードに入っちゃった。誰か何とかして!」
イリアが言う。が、彼らは店長の思考を停める手段を持ち合わせていなかった。そう、彼らは。
「そこの集団!両手を挙げて後ろを向け!」
爆風と共に、空から1機のWWが襲来した。