前世の贈り物
『悪役令嬢に転生したと思い込みました!推しヒロインのために完璧に悪役演じきってみせます!』のスピンオフです。
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どうして、こんなタイミングなんだろう。
「お前さえいなければ、俺は国を追われることもなかったのに」
乗り込んできたのは、隣国の王子……いや、元王子だ。
ワタクシが、軍を返り討ちにしました。
その所為で国を追われ、単身復讐に乗り込んできました。
「お前が全部悪いんだ」
この国は何もしていないのに。
戦争を仕掛けてきたのは、そっちなのに。
理不尽な理由を永遠とつぶやき続けている。
視線は焦点があっておらず、あまり食べ物を食べてないのか、頬は痩せこけ、かろうじて乗っている王冠だけが身分を示していた。
まるで、縋りついているようにナイフを握っていた。
ワタクシに殺意を向けて。
怯えるワタクシに、従者の悪魔が首を傾げながら言う。
「どうしたのだ?」
いつも付き従っている悪魔は、当然のように言う。
「こんな奴など、いつもの魔法で一撃であろう」
ワタクシが何も答えられずにいると、表情を見て、呆れたように言った。
「また切れたのか。前世との繋がりが」
悪魔の顔に失望が浮かぶ。
悪魔が従っているのは、ワタクシではなく、前世の私。
「くっくっく。さあ、この局面どう乗り切る」
悪魔は、実に悪魔らしく笑った。
本来そうであるように。
ワタクシの不幸に舌なめずりした。
王子が、ヨタヨタと近づいてきて、ナイフを振るった。
かろうじて、ワタクシは倒れるように躱した。
なんとか首をあげ、悪魔に言う。
「助けて」
ワタクシからの救援の声に、悪魔は笑う。
「悪魔すら、悪魔のように使役するのがお前だろう」
それは、前世の私だ。
前世に悔いは何一つなかった。
生きたいように生きた。
くだらなくあっけなく命の火が消えてしまっても、気にもかけない。
底抜けの元気があった。
それに比べて、今世のワタクシはどうだろうか。
言われるがままに生きて。
したくもないことをやって、
それすら、失敗し、親に失望されて罵られる毎日だった。
いえ、前世の記憶を見返してみると、
前世の私もワタクシと同じように、親に罵られていました。
親に失望されて罵られていたのは同じなのに。
同じ自分なのに。
どうして、これほど違うのだろうか。
「なにも変わらない」
状況はなにも違いはない。
ワタクシは魔法を使えないけれど、
前世にだって、魔法はない。
誰も助けてはくれない。
「助けられるのは自分だけ」
前世の記憶を思い出した。
本来、あり得ないことだった。
だけど、初めから私はワタクシだったとしたら?
ただ限界が来て、自分が溢れたとしたら?
奇跡のように。
コインの裏表のようにひっくり返った。
だけど、どちらが見えていてもコインはコイン。
ワタクシは、私だった。
草木の生えない淀んだ沼地ではなかった。
嘆きや怨嗟など一つもなかった。
綺麗な花びらが、色褪せていき朽ちて土に変わっていくように。
朽ち果てた花びらは、新しい色鮮やかな花を咲かせるのだ。
花びらが何色かと聞かれれば、透明。
まるで、どんな色に染まった布地も綺麗に落としてしまうほどの水のようで。
底抜けに、元気で
悪魔すら、ドン引きするほど大胆に。
誰よりも我儘に人の幸せを願う。
素敵な人。
それが前世の私。
輪廻の輪がぐるりと繋がる。
魂は、混ざり合い薬のように頭を綺麗に澄み渡らせる。
瞳が本来の翡翠の輝きを取り戻していく。
「もう大丈夫」
前世の私がにっこり笑って、心に沁み込んでいくようです。
今日はどんな日になるだろう。
きっと楽しい日になる。
いいえ、楽しい日にしてみせる。
私は、ワタクシです。
ワタクシは、胸を張り、紫ドレスを正しながら、ヒールの付いた靴を踏みならします。
そして、悪魔に命じます。
「悪魔様……いえ、ミラーやりますわよ」
悪魔が、顔を手で押さえ笑う。
「くっくっく。そうこなくてはな」
水を張ったようなどこまでも広がる魔力があふれ出てきます。
ワタクシは、元王子に真正面から向き合い言いました。
「あなたは、どこまでワタクシを楽しませてくれるかしら」
元王子の顔が、憎しみから絶望へと変わっていきます。
ああ、絶望は、ワタクシではなく、敵にこそふさわしい。
「ワタクシは、レインリー女王レティセル・ゼオンですわ!」