エピローグ
「制服」
ハンガーに掛けられた私立才羽学園高等部の制服を指差し確認、よし。
「鞄」
勉強机の上に置いた学園指定の鞄を指差し確認、よし。
「中身」
鞄のホックを外して、中身の筆記用具に各科目の教科書データが入力されたタブレット端末を指差し確認、よし。
「PID」
鞄の傍に置いた個人用情報端末が充電ケーブルに接続されていることを指差し確認、よし。
「生徒手帳」
ブレザーの胸ポケットから学園指定の電子手帳を取り出して指差し確認、よし。
「準備完了」
八月三十一日の夜。
クロガネ探偵事務所の二階自室にて、安藤美優は翌日の新学期に備えた最終確認をし終える。
「いよいよ明日から学生デビューですか……少し緊張しますね」
そわそわと室内を落ち着きなく歩き回る美優。
クロガネと真奈を交えた会議は慎重に慎重を重ねた末、美優は『過去に受けた事故により、全身八割のサイボーグ化手術を受けた』という設定で通学することに決まった。
いくら精巧に造られているとはいえ、機械純度百%のアンドロイド/ガイノイドが学生として学校に通う事例は鋼和市といえど一度もなく、人外ゆえの迫害や差別から美優を守るための設定だ。
とはいえ、『緊張』という感情も認識している彼女がガイノイドだと看破できる者はそう居ないだろう。初見ならば尚更だ。
「……午前零時。今日は九月一日、いよいよですね」
視界の端に映る時刻を確認した美優は、「むんっ」と気合を入れる。
……そろそろ休もう。
勉強机に置いた照明リモコンに伸ばした手を止め、その近くにあった写真立てを見る。
先日の夏祭りの際に露店で購入した写真立ては、丈夫な樫の木に綺麗なペチュニアの彫刻が施された二つ折りの構造となっている。
開いて左側には、祖父と共に撮った記念写真が収められていた。
そして視線を右側に移すと、美優は幸せそうに微笑む。
そこには、甚平姿のクロガネと浴衣姿の美優が寄り添った写真があった。夏祭りから帰宅した後、この探偵事務所で撮影したものだ。
幸せそうな笑みを浮かべる美優とは対照的に、クロガネの笑顔はどうもぎこちない。本人曰く、「写真を撮られるのが苦手」とのことだが、探偵以前は写真どころか身元が割れるものは全てNGという(色々な意味で)ブラックな職に就いていたことも少なからず影響しているのだろう。
……少しずつで良いから、彼の笑顔を写真に収めたいな。
と。
素朴な願いを胸に、
「おやすみなさい」
自室の照明を落とした。