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メロディは手のひらに隠して  作者: アフタヌーン朝寝坊
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第3回 お泊まり会。情けない。誇らしい。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「ノア、入っていいですか?」


シャワーが水を床に叩き付ける音の切れ間に聞こえてきたのは、どこか寂しそうな声。


すでに浴室に立ち入っているようで、カーテンのすぐ向こうにいる。


「どうしたんですか?」


何かあったのかと焦り、シャワーを止める。


「今日はシャワーだけじゃなくて、湯舟にゆっくり浸かって欲しくて。」


「なるほど?」


「洗い終わるまで待ってますね。」


つまり監視付きなのだろうか。立ち去らないということは。特殊な使い方をする湯舟なのだろうか。もしくは一緒に入りたいとか?


カーテンに身体のラインは透けて見えるかもしれない、と少しでも色気や漢を見せつけようと腕を上げる角度や、脚を開く幅、胸が厚く見えるような角度を心掛けながら身体を洗い上げてゆく。


「お湯はこの蛇口でいいんですよね?」


湯舟にお湯を貯め始める前に念の為に確認する。


「はい、お湯と水一緒に出して湯加減見てください。」


「りょーかい。」


特殊なことなど何も無かった。もしかして100秒浸かるのを数えてくれるつもりなのだろうか。また息を切らしながら。


足の先までしかまだ貯まっていない湯舟の底に座る。浴槽の縁に頭を乗せ、ぐっと脚を伸ばす。まだ尻しか温まっていない。


「ノア、これ、」


カーテンの端から伸びてきた、その手には瓶。


「ん?なんですか?」


それを浴槽から手を伸ばして受け取る。


受け取った瓶の中には、飴玉のような丸いものが詰め込まれている。


「とりあえず、ひとつ入れてください。」


「これ、入浴剤ですか?」


「そうです、ラベンダーの匂いなんですけど、大丈夫ですか?」


「大丈夫ですよ、ラベンダーティーラテとか好きですし。」


「え……………」


「……一緒に行きますか?」


「はい。」


やった、と小さい呟きが聞こえてくるのをカーテン越しに愛でる。


入浴剤はラベンダー色の乗った乳白色。これならば下半身が隠れたらカーテンを開けても構わないだろう。


「私、ノアに話したいことがあったんです。」


「なんですか?」


「あのピアノのことです。」


「へぇ、なんだろ?」


カーテンを開けていなくてよかった。声に笑顔を乗せるだけで精一杯だ。


「あのピアノは、2年と少し前に突然現れた男性が寄付して行ったんです。」


「寄付?信徒からの?」


「いいえ、違いました。もしよかったらここに置かせてくれないか、維持する金も依頼も全て俺が出す。ただここに置いてくれるだけでいい。って頼み込んでくる姿が、あまりにも必死で。藁にも縋る、って雰囲気でした。」


「大切な人の遺品だった、とか?」


「私もそう思って、置く場所に困っているのかと思い承諾しました。でも、後日届いたピアノは新品だったんですよ。」


「盗品?何か曰く付きで世に出せないとか?」


「そう思いますよね、私も怖い人が来るかもしれないと怯えて過ごしましたよ。2週間くらい経ったある朝、彼が来るまでは。」


「ピアノの?」


「はい。外に居たら突然ピアノの音がぽーん、ぽーんって聞こえてきて、最初はおばけが出たのかと思って怖かったです。」


「それはびっくりしますよね、外でもよく聞こえますもんね。」


「そうなんですよ。おばけじゃないと信じて窓を覗いたら彼が居たんです。この時点ではまだおばけの可能性が残っていたので、正面扉から脚があるかどうか確認しました。」


「頑張りましたね。脚ありましたか?」


「はい、ありました。それで勇気を出して声を掛けたんです。そうしたらとても上手に演奏してくれたんですよ。すごく寂しそうにでしたけど。でもそれでわかったんです、あの男性は彼の為にピアノを贈ってくれたんだって。」


「え、そうなんですか?偶然じゃなくて?」


「そういう導きかな、偶然かなと思ってました。」


「違ったんですか?」


「ノアが突然居なくなった日、彼の他にも3人居たのを覚えてますか?」


「あー、はい、何となく。」


「その中に、寄付した男性がいました。演奏する彼を見つめる眼差しがとても優しくて。この人は彼の為に寄付したんだと確信しました。」


「つまりその男性は、彼のことも、ここに来ることも知っていて前もって寄付した?」


「ピアノの彼はここへは偶然立ち寄ったって言ってました。」


「じゃあその後にどこかで出会ったとか?それとも偶然に賭けてピアノを?貴族なのか?」


「どちらなんでしょうね。賭けだとしたら、お金を使い切れないほど持っていないと考えもつかないことですよね。」


「その男性の名前は?」


「聞きませんでした。」


「貴族だったら、まぁ関わりたくないですよね、何があるかわからないですし。」


「調律に来るのは隣町の楽器店の店主なんですけど、この前来た時に聞いた話では、その男性は自宅にも彼の為にピアノを置いているそうなんです。その自宅に今は彼も住んでいるそうなので、ここのピアノはもう必要ないのでは?と男性に訊ねたら、この教会で弾く彼の姿も好きだからたまに通う、調律は今まで通り適宜頼む、って話したそうですよ。」


「ピアニストと、パトロン?」


「ふふっ、どうなんでしょうね。店主は聞けば教えてくれそうな気もします。でも、ここではないどこかでもふたりが幸せに暮らしているのがわかって嬉しかったです。」


「なんで。……なんで嬉しいんですか。」


私が入り込む隙なんてないんです、とか悔しそうにされても腹が立つけれど、喜んでいいことでもないだろう。それなのになんで。


「人が幸せそうにしている姿を見たら、幸せな気持ちになりませんか?」


ならない。俺はキースが他の誰かと幸せそうにしていたら、死ぬほど辛い。なのにどうして。どうして笑ってられるんだ。


「相手によります。キースは、それでいいんですか。」


「それ以外に、何かありますか?」


それ以外のことしか無いでしょ?どうして自分のことにも鈍いんだ。腹が立って仕方がない。


「彼のこと、好きなんでしょ?」


こんなこと口にしたくもないのに。


「好き?もちろん、嫌いじゃないですよ?」


「そういうことじゃなくて。恋だって言ってたじゃないですか。」


「言いました?」


「言いました。俺が黙って帰った日。彼が好きなんですか?って聞きました。」


「言われました。」


「恋だって言いましたよ。」


「えぇ、あの時気付いたんです。彼らは恋をしているんだなって。お互いを見る目がもう蕩けるようで


「待ってください。」


「なんですか?」


なんですか、じゃない。


「キースはピアノの彼に恋をしていたわけじゃないんですか?」


「してないですよ?」


じゃあなんであんな穏やかで優しい微笑みを彼に向けるんだ。


「本当に?」


「本当です。そんなこと、あり得ませんよ。」


「なんで?相手が同性だから?」


「性別は関係ありません。」


「じゃあ、どうして?」


「私は………愛はわかります。でも恋はわかりません。」


「恋は、したことがない?」


「ありません。」


「愛は?」


「愛は、神様の教えと同じです。存在する全てを受け入れ否定しないことです。」


「特別大切な人は?」


「特別……は、家族です。」


「そう、なんですね……」


なんで、なんで、なんで、なんで、なんで。


「……がっかりしましたか?」


「え、どうして?」


「声が……」


「あぁ、すいません、違います。がっかりじゃなくて、安心して、ほっとしたのをあからさまに出すわけにもいかず、誤魔化しただけです。」


なんで俺はあんなに振り回されていたんだ。心が真っ黒に焦げるほどに嫉妬したのは何だったんだ。恥ずかしい。勝手に思い込んでいた。誤解していた。でも嬉しい。


「なんで安心?」


性別は関係ないって今回も言ったし、ふたりのことも嫌悪感無く祝福していた。


「手が届きそうで?」


「あ、背中ですね?流しますか?」


いや、あなたにですけど?


「いや、今日は大丈夫です。今度お願いします。」


「そうですか。」


残念そうに聞こえたのも勘違いだろうか。


胸近くまで貯まったお湯を止める。


「……俺も、ですよ。」


恋だと思っていた。恋人たちに抱いていた、楽しいと気持ちいいを。


「ノアも?」


でも、こんな感情は知らなかった。


「はい。全然、わかりませんでした。」


これが恋じゃないのなら何なのか教えろと喧嘩を売りたい。否定するやつには。


「……そうなんだ。私だけじゃないんだ。」


もう俺は恋を知ってしまったけれど、いつかは、


「お揃いですね。」


そう言いたい。


「お揃いで、安心しました。」


どんな顔で。


お湯から腰から下が出ないよう気をつけながら腕を伸ばしカーテンを引く。


椅子の上で三角座りをしたキースは眼鏡を外し、膝に顎を乗せていた。


浴室にいるせいか頬を紅潮させ、眦を下げていた。チョコレートを食べた後のような蕩けた顔。


「……いい、匂いですね。」


可愛い、すき、という言葉では言い表すことのできず匂いに例えた。


「はい、落ち着きます。」


今その頬がどれほど柔らかいのか、その眦は舐めたら甘いんじゃないのか。


あまりにも繊細なそれは触れたら壊れてしまいそうで、ただただ目に焼き付けることしかできない。


話したいことはそれで全部なのか、話を続けることもせず立ち去りもしないキースを満足いくまで眺めてから口を開いた。


「聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」


「なんですか?」


「……ポケットの、中身を教えてください。」


この話の流れならば、家族写真だろう。


「それは……ごめんなさい。もう少し…」


違った。


「わかりました。でも、いつかは教えてくれますか?」


「……がんばります。」


またタイミングを間違えた。永遠に見ていたい愛おしい笑顔は気まずさに引き攣った。


「肩までしっかり浸かってから出てくださいね。あと、痛むかもしれないですけど、火傷にも効くそうなので左手にも掛けてみてくださいね。」


申し訳なさそうな顔で浴室から出ていくキースをぼんやりと見送った。


お湯に耳下まで浸かるように、つと腰を滑らせた。


好きな人はいない。誰かを好きになったことがない。それが本当ならば。


恋人は、いません。の意味がより一層受け入れ難い方向へと深まってしまわないだろうか。


親友ですねと笑って見せた顔は今にも泣きそうだった。


親友にはなれない、恋人にもなれない類の友だちがいるのだとしたら。親友としてその付き合いに口を出させて貰う。


どこのどいつだ。


そんなやつより、永遠に抱き締めて離さない系の親友を選んだ方が得だと思わせなければ。


ピアノの彼しかマークしてなかったから牽制と監視のために会いに来る頻度はあれでも充分だったけれど。もう、本当にここに住まわせて欲しい。


思い込みだとわかり、燻りも何もかも綺麗に吹き飛んで更地になったと思ったのに。


あの無垢さは偽りではない。作り物だと思い込もうとしたけれど、無理だった。


ならば、食欲と睡眠欲以外の欲は何も知らない純潔な人であって欲しいと、俺のような爛れた生活を送っていた人間が願うには、あまりにも烏滸がましい。


貴方の恋人になりたい。


今まで数えきれないほど言われてきた言葉。


その言葉を口にすることがこんなにも難しいことだなんて思いもしなかった。


きっと彼女たちの言葉の重さはそれぞれ違いはあったし、今の俺の感情と良くも悪くも同等だとは思わないけれど。


それでも。


情けない。


貴方の心が欲しい。なんて、もっと言えない。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「ノア、ここに収まってください。」


今日は私が抱き枕になる。


顎の下にノアの頭を押し込める。戸惑いと躊躇いを見せたノアの頭を遠慮なく、ぐいぐいと押し込み、ふわふわの髪の毛を抱きしめる。


慣れない位置なのか、向きなのか、そわそわと落ち着かない。


火傷した左手は背中に回させた。これできっと私の寝相に巻き込まれることはない。はず。


「キースさん?あの、ちょっとこれは、落ち着かないかなー?」


「だめです。今日はそこに居てください。」


抱きしめた頭を撫でる。


何かに怯えて怖い思いをしていた人は、守られながら寝るべきだから。


もぞもぞと忙しなく逃げ出そうとしていたけれど、やっとで諦めたらしくい。


左手がしっかりと背中を押さえ、右手は鳩尾に。


昼寝とチョコレートが、ノアの心に効いたらしい。夕方からは口数も増えて、冗談も言えるようになっていた。


まだ笑い方はぎこちなく、困ったように眉を下げ口角を片方少し上げるだけでも。


少しずつ強張った心が解けてゆくようで、そんな笑顔にも安心できた。


無理に笑おうとしなくてもいいのにと思っていたのにやっぱり。もっと、カラカラと笑って欲しいと思ってしまう。


大きな口を開けて、白い歯を見せて目を細めて笑って欲しい、だなんて。


欲深い人間を親友にしてしまったと嘆かれてしまいそうだから、絶対言えないけれど。


話は、もう聞かなくていい。だから忘れたふりをする。いつか、ノアが自分から話したい、聞いて欲しいと言うまでは忘れておくことにする。


だから代わりに、私が話したいと思っていたピアノの話を聞いて貰った。


私の推理が当たっていたらいい。素敵な恋でありますように。


幸せな人はどれだけでも増えたらいい。


デザートのチョコレートとホットミルクも、ノアを元気付けてくれた。チョコレートは、やはり偉大だ。


ぎこちなかった笑顔にも、少し穏やかさが混じるようになっていた。


ラベンダーのリラックス効果も出ているのかもしれない。


ラベンダーティーラテは、どんな味がするんだろう。楽しみだなぁ。


「武器はないけど、ノアのことは私が守りますから。」


「ぐっ……」


撫でる頭の下からノアの寝息が聞こえてくる。


「怖いの怖いの、お山の向こうへ飛んでいけ。」


ポッケの中の待機どんぐりを教えるのは、まだ恥ずかしい。それに、できれば成果が出てからにしたい。リスと仲良くなって、それを自慢したい。ノアもリスを好きだといいなぁ。


シャンプーとラベンダーの混ざった香り、腕の中の体温に擽られながら、眠りに落ちてゆく。


仲良くなったリスが、森を巡りながら自分が埋めたどんぐりから育った木を何本も紹介してくれる、そんな夢を見た。


リスのことを褒めるノアは白い歯を見せ爽やかに笑っていて、私も誇らしい気持ちで笑っている、そんな幸せな夢だったと思う。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇



お読みくださりありがとうございます。

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