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メロディは手のひらに隠して  作者: アフタヌーン朝寝坊
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第3回 通話。どろどろ、辛い、 第4回 通話。無い、何も無い、



◇ ◆ ◇ ◆ ◇



仕事を終えて家に帰り、シャワーを浴びてから電話を掛ける。


すぐ側に居なくても汗臭い身体でキースの声を聞くのは失礼な気がする。


きっと朝だからリビングの受話器で応答するのだろう。


ちりりりん。


「もしもし。」


「もしもし、キース?おはようございます。」


「おはようございます。ノアはお仕事お疲れ様でした。」


「ありがとうございます。キースは今朝起きてから何してたんですか?」


「いつも通りですよ、掃除と散歩です。」


「散歩って言いますけど、あんまり深くまで入ったらだめですよ?」


「教会が見える範囲までしか奥には入らないですよ。」


「奥まで入っていいのは俺だけですからね。」


「ノアはそういうお仕事をしてたから?サバイバル術みたいなのとか詳しいんですか?」


「あぁ、フィールドが違えば通用する常識も変わってくるので俺もあの森の中では自由にできないですよ。ただ、詳しいことには詳しいですけど、生きて帰れる類のものじゃないですね。」


「つまり、九死に一生くらいの極限状態になれば強みを生かせるけど、それも現地調査を済ませてあるフィールドに限られる?」


「んー。俺は攻めなので、罠で標的の自由を奪って少しずつ追い詰めて…一気に狩ります。あえて極限状態ぎりぎりを保つのもいいですね。現地調査は絶対です。念入りに執拗に繰り返し何度でも。」


「極限状態を楽しむだなんて、絶対高等技術ですよね。現地調査段階で断念することもあるんですか?」


「いつかキースに高等技術披露しますよ。楽しみにしていてください。遂行不可能な現場はありません。確実に目的を遂行するために念入りに下調べをして地ならしをして、じっくりと順応させていくんです。」


「私はサバイバルより家に居ることが好きなので遠慮しておきます。不可能はないだなんて、すごい自信ですね。」


「家の中でできることなので安心してください。まぁ屋外でもできますけどね。キースだって、そこにお宝があったら絶対辿り着きたいって思うでしょ?」


「家でできるならいいのかな?でも痛いのは嫌ですからね。ノアじゃないんですから。お宝ですか……お宝が私にとってのお宝なのであれば、そう思うのかな?」


「俺に全てを委ねるだけです。最初少しだけ痛いかもしれないですけど、そうならないために俺がいるので大丈夫ですよ。きっと俺にとってもキースにとっても、それはお宝だと思います。泣いて喜ぶ未来しか見えません。」


「うん、痛くしないでくださいね。私にとってもノアにとってもお宝?なんだろう?泣いて喜ぶんでしょう?チョコレート?」


「もちろん、優しくします。チョコレート、惜しいですね。でもチョコレートみたいにすごく甘くてどろどろで中毒性があるので、殆ど正解ですね。」


「うん、ノアはいつも優しいから大丈夫。チョコレートで正解だったの?ノアもチョコレート大好きだったんですか?」


「はい、だいすきですよ。世界で俺が一番愛してます。」


「そんなに!?そんな素振り見えなかったけど、そうなんだ?」


「そんな素振りしかしてないのに?キースは何を見てるんでしょうね?」


「気付かなくてごめんなさい。でもいつもノアの顔見てますよ?」


「おかしいなぁ、顔を見てればわかるはずなのに。距離が遠いんじゃないですか?もっと近くで見てみたらわかるかもしれないですよ。」


「そっか、もう少し近くで見るようにしますね。好物に気付けなくて怒ってますか?」


「怒りませんよ。これから少しずつ身体で覚えていってください。」


「からだ?あ、一緒に食べるからか。うん、わかりました。」


「あー、ほんと食べたい。」


「家にチョコレート常備してないんですか?」


「はい……こんなに食べたいのに、側に居ないとか。」


「冷蔵庫あるでしょ?少しでもいいから常備して!禁断症状は危ないし、辛いから。」


「あーうん、禁断症状はさっきからずっと出てる。キースは?何の禁断症状が一番辛いの?」


「チョコレート近場で買えますか?息も上がってきてません?やっぱり辛いでしょ?チョコレート食べて早く休んで?」


「うん、辛いけど、大丈夫。それよりキースが何で禁断症状出るのか知りたいから、教えて。たぶん、聞いたら、楽になるから。」


「えっと、チョコレートと、フルーツサンドと、棒ドーナツ、かな?……ノア?」


「うん、もうちょっと。棒ドーナツ、どの味?」


「えっと、砂糖も、蜂蜜も、メープルも全部好きです。でもシナモンが一番すきです。昨日のドーナツ、すごく美味しかったです。あのドーナツ大好きです。」


「っ、、、あ、あー、棒ドーナツ食べてるところ見たいなぁ。」


「昨日散々見たでしょ?それに見ても面白くないですよ。息切れてる?」


「あれはずっと見てたいですね。いえ、もう禁断症状も治ったから大丈夫。」


「それなら良かった。ノア、朝ご飯は?もう食べましたか?」


「デザート先に食べちゃったので、今からご飯です。今日は前一緒に食べた麻婆豆腐と海老チリ買ってきましたよ。キースは納豆ご飯でしょ?」


「あれも美味しかったですね。うん、納豆ご飯。あとは鶏肉と青梗菜のミルクスープ。」


「それ食べたことないやつですね。俺も食べたい。」


「今度また作りますね。」


「うん。また夕方に掛けて良いですか?」


「えぇ、大丈夫ですよ。ゆっくり休んで。」


「キース、おやすみなさいって言って。」


「ノア、おやすみなさい。」


「うん、おやすみなさい。じゃあまた。」


「うん、また。」


受話器を置き、出たばかりの浴室へと舞い戻る。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇



ちりりりん。


ちりりりん。


暫く待ってもキースは出ない。


誰かがお祈りに来ているのかもしれないし、建物の外に出ている瞬間だったのかもしれない。


諦めて受話器を置く。


そんな時もあるよな、そう納得し職場へと向かう。


それでもやはり職場に着いたら電話を借りよう、そう決めてしまうと途端に足早になった。


話ができると期待していた分、その予定が突如立ち消えると落ち着かない。


事務室で事情を伝え電話を借りる。


ちりりりん。


ちりりりん。


さっきよりも長い間待ってみたけれどキースは出なかった。


お祈りに来た誰かがまだ居るのだろうか。それとも何か用事が出来て街に出掛けているのだろうか。


また後で貸して欲しいとお願いし、着替えるために更衣室へと向かう。


次はいつも夕飯を食べているくらいの時間にもう一度掛けてみようか。


利用時間が一区切りするまでは事務仕事か新人教育を任されていて、今日は教育の方。日によって異なるが大体は、新人2、3人と新人に構いたい先輩キャストや引退した俺を揶揄いたい同僚などなど、男女問わずひと部屋に集めて行う。


生真面目な時間ではなく、雑談に近い環境の中で細かい規則や多岐に渡る技術を伝える場になっている。


小難しい話をしているわけでない。片手間で答えられることばかり。


キースはどうして電話に出られなかったのだろう。


小石を投げ込んだ水面に小さく立った波紋が、時間の経過と共に広がってゆく。


もし電話に出たくても出られないのだとしたら。


もし体調が悪くなって倒れているのだとしたら。


日に5人も訪れる者の無いあんな辺鄙な場所で、誰にも気付かれずひとりで苦しんでいたら。


嫌な想像ばかりが湧き上がる。


まだ夕飯の支度さえしていない時間だろうけれど、もう一度だけ。


教育係の任務を放棄し、事務室へ小走りで向かう。


もしも、もしも、が積み重なり呼吸が浅くなる。


さっき事情を説明した職員には目線で伝え受話器を取り上げダイヤルする。


微かに震え、冷たくなった指先では、うまくダイヤルできずに番号を間違えた。


ちりりりん。


頼むから出て。


ちりりりん。


「もしもし。」


「キース!無事?」


「ノア?無事ですよ?電話出られなくてごめんなさい。お客さんが来てたので。」


「そうでしたか、よかった、無事で。具合悪かったりしない?」


「え?はい、全然、何とも無いですよ。」


「そっか、よかった。」


「もしかして職場からですか?」


「うん、なんか心配になって。でも何も無いなら良かったです。」


「わざわざすいません。心配おかけしました。」


「いや、良かったです、本当。お客さん?かなり長居しましたね?」


「信徒ではなくて、あのピアノの調律をお願いしてる方ですよ。」


「……調律?」


「はい、今までは3ヶ月に一回だったんですけど次からは半年に一回でいいとか。それもこれも彼が


「あー、すいません、仕事戻らないとなんで、その話はまた今度。じゃあ、また。」


熱に浮かされたように話すわくわくと弾んだ声が、じっくり的確に心を綺麗に踏み荒らしてゆく。


さっきまで居ても立っても居られず、もし今回も出なかったら早退して家まで安否を確認しにいかなければと考えてもいた。


絶対に当たって欲しくないもしもが外れ、心底ほっとししゃがみ込みたい気持ちでいたのも束の間。


俺がひとりで不安になっていたことは理解できても、俺はこんなに心配していたのに、と思うと納得できない。


キースは彼のためにピアノを万全の状態に整えることに執心している様子だった。


調律をするのはその人でキースが何かをするわけじゃない。


その場に留まる必要がないのだから、電話にだって出ようと思えば出られたはずなのに。


いつの間に調律を手配したのだろう。


来る日時がわかっていれば先に伝えておいてくれればこんなに心配することもなかった。


昨日、あんなに楽しくふたりで過ごしていた時にも、頭の片隅では彼のために調律師を呼んだと自己満足に浸っていたりしたのだろうか。


ご飯やお菓子を食べている時なんか、目の前のことしか考えられないとでも言いたげな無心な表情を見せてくれるけれど、その瞬間にも彼を想っているのだろうか。


力任せに受話器を叩きつけた音に騒つく職員たちの声に、はっと我に帰る。


「あ、すいません、癖で、自分の家じゃないの忘れてました、すいません、電話ありがとうございました。」


職員たちに言い訳と平謝りをしつつ事務室を出た。


会いたくて堪らない、会えないならせめて声が聞きたい、そう強く思っていた今朝が羨ましい。


今は顔も見たくない。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇



お読みくださりありがとうございます。

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