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メロディは手のひらに隠して  作者: アフタヌーン朝寝坊
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第1回 通話。来て、言って、 第2回 通話。朝まで、ふたりで、



◇ ◆ ◇ ◆ ◇



キースに突き落とされた。


明日は家に帰ってくださいと言われた。


その数瞬前まで、俺が作ったチョコレートムースに蕩ける可愛い顔に天にも昇る心地にさせられていたのに。


明日はどんな理由を付けたなら、ここに帰ってくることを許してくれるだろうと確かに悩んではいたけれど。


教えてくれた理由は俺を気遣うものだったけれど、それは本心なのだろうか。


もしかして彼が来る日なのだろうか。それとも他の誰かと会う予定があったりするのだろうか。


朝と夕方の電話で多少行動に制限は付くけれど、それに縛られることなく熟せる予定であれば。


ノアは?そう聞き返されることが怖くて、訊ねられないことが多い。


知って傷付くことが怖い。


知られて嫌われることが怖い。


俯きそうになる両頬を手で叩く。


もう来るなと言われたわけじゃない。


また来ると言う言葉に了承も得られた。


拒絶ではない。


今日ははじめて手を振り返してくれた。とても控えめにただ軽く手を挙げただけにも見えたけれど。


いっそのことあの家に一緒に住めたなら。


キャストを辞めた今、夜の仕事に拘る理由は無くなった。


昼の仕事で、あの家から近いなら、同居を許して貰えるだろうか。


娼館の大元である商会でどこか人手が足りないところが近場にあれば転職も簡単そうだ。


俺を気遣う気持ちが本心だったなら、例え恋人同士になれたところで夜の仕事を続けている限り同じことを言われるだろう。


悪くない考えだ。


それまでに会いに行くことに理由を探す必要のない関係になれていたなら幸い。


使用済みのベッドや浴室を綺麗に整えながら考える。


次はいつ行けばいいだろう。また休みの前の日だろうか。でも休んだばかりで次は遠い。


明日が駄目なら明後日か。それでは待てが出来ない犬のようだ。


でも、そう思われても構わない。今すぐにだって会いたい。


そもそも今までだって理由がなくても勝手に会いに行っていたじゃないか。


それを何で今になって悩んでいるんだろう。馬鹿馬鹿しい。


はぁ。会いたい。


キースはどう思っているんだろう。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「もしもし、キース?」


「はい、おはようございます。」


会いたい人の声が耳元で聞こえる。


「おはようございます。電話待っててくれました?」


「いえ。お仕事お疲れ様でした。」


「ありがとうございます。キースは朝ご飯もう食べましたか?」


「いえ、これからです。ノアは?」


「俺もまだです。今日の朝ご飯はなんですか?」


「じゃがいも沢山コンソメスープと、納豆ご飯ですよ。ノアは?」


「俺は帰りにサンドイッチ買って来ました。納豆、まだまだ残ってそうですね。」


「そうですね、まだまだ納豆ご飯の日は続きそうです。」


「……手伝いに、行ってもいいですか?」


「それって……」


理由なんて無くてもいいのに、つい探してしまうのが情けない。


「納豆ご飯が気に入ったってことですか?」


「違います。でも手伝いたいです。」


これは適当な返事を許さない大事な場面だった。納豆は悪くない。けれど好物だと認定されることだけは避けなければならない。


「じゃあ……また近いうちにでも来てください。」


近いうち。明日は?


「明後日、行ってもいいですか?」


「えぇ、ノアの体調が悪くなければ。」


怖気付いた。強引に明日行きますと言えなかった。


「はい、明後日、行きますね。」


あと2回仕事を頑張れば会える。


「はい……」


「ベーグル、食べましたか?」


「いえ、まだです。ノアは?」


「俺もです。夕方食べます。」


「私も今日のおやつにしようかな……」


「ムースは?」


「今日、朝と夜に貰って食べます。」


「……また作りますね。」


「もう練習する必要ないと思いますよ?」


「練習?」


「はい、もうお店で出してもいい出来でしたから。」


「それは、ありがとうございます。すごく簡単で失敗する要素も無かったですけど。」


「生クリームの加減は難しいですよ?」


「そうなんですね……」


「ノア、信じてないですね?」


「そういうわけじゃないですけど……」


「……なんか、元気ないですか?」


「……それは、はい。」


「何かありましたか?」


「逆です。何も無くて……会いたいです。」


「逆?」


「キースに会いたいです。」


「一緒にいないと慰めてあげられないですもんね。明後日ゆっくり話聞きますから。」


「……明日の朝と夕方にも電話していいですか?」


「いいですよ。今日夕方にも電話くれるんでしたね。電話は、話をする元気がある時だけでいいですからね?」


「電話しないと少しも元気になれないんですよ……」


「辛そうですね。話、聞きますよ?」


どうして辛いのは伝わるのに、その理由は伝わらないのだろう。


「いや、これで充分ですよ。」


絶対いつか伝えてみせるけれど、今じゃなくていいか。


もし今、伝わったなら。


家まで走っていかなければならない気がするから、今じゃなくていいか。


「……ノア?」


名前を呼ぶ声が耳元、すぐそばに響く。


「……ノア?」


名前を呼ばれるだけで嬉しくて、胸がどきどきと音を立てる。


「もしもし?ノア?大丈夫?」


俺の気持ちが伝わった時、キースはどんな表情を見せてくれるんだろう。


「キース。」


今すぐ会いたい。


「なんですか?」


「キース。」


抱きしめてキスしたい。


そんな気持ちを込めて名前を呼ぶ。


「もう、ノア、眠いんでしょう?早くご飯食べて休んでください。また夕方に。」


「待って、キース、おやすみって言って。」


「ノア、随分疲れてますね。ちゃんと休んでくださいね。おやすみなさい。」


「……うん、おやすみなさい、キース。」


「それじゃあ、また夕方に。」


「はい、また。」


すでに通話は切れているのに耳から受話器を離せず、好きな人の声を余韻の中に探す。


自分に呆れ受話器を耳から離すと、解放されたそこへ一気に血が流れ込む。


初めての通話は、耳元で囁かれるほど近い声なのに、決して届かない体温にもどかしさが募る。


ひとりで食べる朝ご飯は、どこか味気ない。


お泊まり会を強行するまで3、4日に一度、一緒に食べるだけで、それ以外はこんな朝が当たり前だったのに。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇



ノアと半分ずつにしたベーグルを少しずつ食べる。


残っているのはレモンと紅茶とココア。


ココア味に万が一チョコレートが入っていなかった時の失望感を恐れ、一番初めに手をつける。


心配をよそに中にちりばめられた小さなチョコレートの塊に頬が緩む。


次に、明らかにクリームチーズが入っていることが分かるレモン味を最後に残し、紅茶味を取る。


紅茶味にはクリームチーズは入っていないけれど、生地自体に何かのチーズが練り込まれているように思う。紅茶の良い香りを引き立てるチーズの芳醇な香り。


最後に残しておいたレモン味は予想通り、安定の美味しさ。クリームチーズが入っているところは美味しさが倍増する。


呆気なく食べ終えてしまったそれらは、昨日と食べた量は同じはずなのに、何か物足りなさがある。美味しいことに変わりはないのだけれど。


ノアはどのベーグルが一番気に入っただろう。


ちりりりり。宣言通り電話が鳴る。


「もしもし。」


「もしもし、キース?」


「はい。おはようございます。よく眠れましたか?」


「はい、すっきりしましたよ。」


「それは良かったです。」


「キースはベーグル食べましたか?」


「はい、いただきました。どれも美味しかったです。」


「そっか、口に合ってよかったです。」


「ノアは?食べましたか?」


「はい、さっき食べました。」


「どれが一番好みでした?」


「……ブルーベリーかな。」


「ふふっ、私もです。」


「本当に?」


「えぇ、一番美味しかったです。」


「お揃いですね。」


「ふふっ、そうですね。」


「今日食べた3つではどれがいいですか?」


「どうでしょう……どれも同点ですかね?」


「ココアじゃないんですか?」


「そうですね、たぶんノアのチョコレートムースに満足させられていたからだと思います。」


「そうですか……それは、いいですね。嬉しいです。」


「夜のデザートも楽しみです。」


「夜のデザート……いい響きですね。俺も欲しいです。」


「今度、夜を一緒に過ごせる時には何かデザートを用意しましょうか。」


「いいんですか?」


「もちろん。」


「じゃあ朝まで一緒に楽しみましょうね。」


「え、朝まで?それは無理です!」


「どうして?」


「そんなに大量には準備できないです。あと朝までは起きていられないです。」


「量は必要ないですよ。少しずつゆっくり楽しめばいいだけですから。あとキースは最悪寝ててもいいですよ。」


「ノア、ひとりで楽しむつもりですね?」


「もちろんふたりで楽しみますよ?でもキースが寝てしまったら、ひとりで楽しみますけど。」


「ノア、それはずるいです。眠るまでふたりでじゃないと、だめです。」


「なるほど。じゃあ寝かせないようにしましょうね。」


「いや、寝たいですから。眠くなるまででお願いします……」


「そうでしょう?寝たいでしょう?だから寝かせないようにしましょうね。」


「ノア?話がわからなくなりましたけど、今度素敵なデザート探してきますね。」


「探さなくても俺は知ってますよ、素敵なデザート。」


「そうなんですか?じゃあ、夜泊まれる日には準備をお願いしてもいいですか?」


「準備……あぁ、いいですね。めちゃくちゃ準備したいです。」


「そ、そんなに?じゃあ、お願いしますね?」


「えぇ、勉強しておきますから任せてくださいね。」


「勉強?」


「ふっ。キース、いってらっしゃい、って言って欲しいです。」


「はい。いってらっしゃい。」


「うん……いってきます。また明日電話します。」


「えぇ、待ってます。」


「じゃあまた明日。」


「また明日。」


ぷつり。


業務連絡、家族からの連絡以外で電話を使ったことはなかったけれど、緊張せずに話せてよかった。


顔が見えないからこその楽さはあるけれど、顔が見えないからこその難しさがある。


これはコミュ障を返上した証だろう。


ノアと軽口を叩き合うこともできるようになったし、こうして電話での会話もできるようになった。


私はすごく成長した。


そのことに喜びを感じる。それを証明してくれるノアの声にこそばゆさも感じた。


明日も電話で話す。


明後日にはご飯を食べに来る。


そしてまた今度泊まりに来る。


今まで予定は自分のことだけだった。


明日は買い物に行こう、図書館に行こう。


その明日に誰かが居る。


それが初めてできた友だちで。


嬉しくないわけがない。


でも、欲を言えば……いや、やめておこう。


友だちが存在するだけで嬉しいのに。


もっと一緒に要られたら、もっと楽しいのに。だなんて欲張りすぎる。


これが嬉しい悲鳴っていうやつだろう。違うかな。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇



お読みくださりありがとうございます。

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