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【もや恋】シリーズ

【もや恋8】帰省しているはずの彼氏がハワイからの中継に映ってた

作者: 水上栞

どこにでもいそうな主人公の、ちょっとモヤモヤする恋愛を描きます。基本、登場人物はダメな人が多いです。予めご了承のうえお読みください。



 目が覚めたら昼前だった。いやー、目覚まし時計に邪魔されない休日の朝っていいよね。それが5日も続くゴールデンウイーク、まじ最高。連休初日の今日はこれから朝風呂でリラックスして、推しの出るテレビを見ながら昼ビールをキメるんだ。人でごったがえす街中には出ず、部屋で思う存分趣味に没頭する。ああ、何と贅沢なバケーションだろう。


 そう言うと寂しい女だと思われそうだが、私にだってちゃんと彼氏はいる。なんなら、この連休は二人で旅行の予定だった。それが中止になったのは、4月の半ば。違約金が発生する寸前のタイミングで、彼が実家から招集されてしまったのだ。



「ごめんな、お袋がまた入院するらしくてさ」



 そう言われてしまえば「気にしないで」と言うしかない。彼氏の駿と私は同い年。お互い入社6年目のアラサーなので、親もだんだん弱ってくる年代だ。特に彼母は数年前に大病を患っているため、また入院となれば心配になるのは当たり前である。



「大丈夫だよ、今ならキャンセル料もかからないし。旅行はまたそのうち行こう」



 そう言って、私は快く彼を送り出した。早朝の列車で出発すると言っていたから、今ごろは病院に着いた頃だろう。連休で親戚一同が集まっているそうなので、いい親孝行になったと思えば、旅行を諦めた甲斐もあるというものだ。






「さて、こっちはこっちで楽しみますか」



 リモコンを片手に、テレビの前にどっかりと陣取る。ローテーブルの上には、ちょっとお高いIPAのクラフトビール。つまみは昨晩デパ地下で買っておいた、魚介のマリネと大好物の黒豚シュウマイ、九条ねぎ入り出汁巻き卵。宅飲みならではのお楽しみ、和洋中ごちゃまぜのラインナップで、楽しいぼっち連休を満喫するのだ。




 テレビのスイッチを入れると、画面にニュースが映し出された。推しの出る番組には5分ほど早いが、流れる映像をぼんやりと眺めつつビールのプルタブを開ける。



「連休初日、〇〇空港は海外旅行へ出かける人々の出国ラッシュで賑わっています」



 私と駿も最初は海外を検討していたけれど、円安で航空券やホテルが高いし、ゴールデンウイークは激混みするから国内旅行に決めたのだ。ちなみに行先は函館、2泊3日の予定だった。イカとウニと塩ラーメンを食べ損なったことが心残りである。






「その瞬間」が訪れたのは、ニュースの終盤。画面に映し出されたホノルル空港の風景を見て、私は思わず目を疑った。なんと実家に帰ったはずの駿が、そこにいたのである。


 ハワイに到着する芸能人を待ち構える現地レポーターの背後。大勢の中の一人だったが、見間違うはずがない。私がプレゼントした黒いキャップをかぶっていたし、Tシャツにだって見覚えがある。


 でも、どうして駿がハワイに? あんたの実家はハワイだったっけ? 頭がパニックになってしまったが、それでもすかさず一発録画のボタンを押していた私の右手グッジョブ。いつも推しが出た瞬間、録画する訓練をしていた成果である。



 やがて画面はバラエティー番組に切り替わり、お目当ての推しが出てきたが頭の中はぐちゃぐちゃである。平和で楽しい連休になるはずだったのに、このどんより重たいムードをどうしてくれる。せっかく開けたクラフトビールも、気が付いたらすっかりぬるくなっていた。


 番組終了後、私は覚悟を決めてさっきの録画を再生してみた。ほんの数秒ほどだったが、何度見ても駿である。そしてよく見るとその隣にいる女性は、彼の会社の受付嬢だ。雨の日に車で駿を迎えに行ったとき、エントランスで見かけた記憶がある。


 その彼女が、駿と一緒にハワイにいる。そう考えると目の前が真っ暗になり、やがて炎のような怒りに支配された。



「嘘ついて、浮気してたってこと?」



 私はその勢いのまま、電話で問いただしてやろうとスマホをつかんだ。しかし次の瞬間、「ちょっと待てよ」と理性がストップをかけた。こういうときは、一旦落ち着いて情報を整理した方がいい。


 もし彼が本当に浮気旅行に行っていたとして、帰国するのは早く見積もっても3~4日後だ。それまでに言い訳できない証拠を押さえた方が賢いし、もしかすると本当に私の勘違いという可能性もある。焦って動いてはダメだ。私はすっかり気の抜けたビールを一気飲みして、作戦を練ることにした。






 連休二日目。昨夜はあまり眠れなかったが、ようやく冷静に物事を考えられるようになった。まず最初にやるべきことは、映像が本当に駿だったのかどうかの確認だ。そのためには、彼が今どこにいるか確かめる必要がある。


 とは言え、彼の実家に問い合わせるわけにもいかず、さてどうするかなと思ったとき、思い出したのが彼の妹、敦子ちゃんだ。一回だけ駿と一緒に遊びに行ったことがある。彼の実家関係で、こっちの味方になってくれるとしたら彼女しかいない。


 私は敦子ちゃんに電話をして、昨日の一件を包み隠さず打ち明けた。そしてついでにテレビの録画も送って確認してもらった。その結果、やはり駿は「クロ」と確定した。彼は実家に帰っておらず、入院しているはずのお母さんもピンピンしているという。



「ごめんね、せっかくの連休に面倒なことに巻きこんじゃって」


「全然! むしろバカ兄貴がごめんなさい。彼女との旅行キャンセルして、何やってんだか、あのアホンダラ!」



 敦子ちゃんはご立腹である。実家に集合している親戚の前で、兄の所業をぶっちゃけてやると息巻いているが、私がそれを止めた。私に嘘を吐いたのは事実だが、もしかすると致し方ない理由があるのかもしれない。


 実際には、そんな都合のいいストーリーはあるわけがない。でも、私が納得できる言い訳を彼の口から聞きたかった。疑いと不安で押しつぶされそうなのに、それでもまだ彼のことが好きなのだ。できればあの映像を見なかったことにして、連休前の二人に戻りたい。



「じゃあ、ちょっと私に任せてくれる? お兄ちゃんがいまどこで何してるか、探ってみるから」



 敦子ちゃんはそう言って電話を切り、もやもや最高潮のまま私は彼女からの連絡を待った。やがて待つこと約30分、敦子ちゃんからの返事は私のわずかな希望を打ち砕いた。



「友だちにお兄ちゃんの部活の後輩がいて、彼にLINEしてもらったの。やっぱりハワイにいたよ。彼女と旅行ですかって聞いてもらったら、“ひ♡み♡つ♡”のスタンプが返って来たって」



 男の後輩との気安いやり取りなので、油断しているんだろう。まさか私がそのスクショを見ているなんて、想像もしていないはずだ。「ひ♡み♡つ♡」がどういう意味を持つのか謎ではあるが、限りなく黒に近いことは間違いない。



「どうします? うちの親に言ったら、制裁案件ですよ、特に母が。自分をダシにして嘘つかれたんだもん、兄貴ボコられるの確定じゃないかな」



 心なしか敦子ちゃんの声がワクワクしている。お母さんもアグレッシブそうだし、もしかすると血の気の多い家系なのだろうか。だが、私としては家族でボコっていただくよりも前に、自分の手で彼を締め上げたい。


 嘘をついて私の連休を台無しにしたことは、土下座100連発でも足りないくらいだし、何より受付嬢との関係を本人の口からはっきり聞かなくては気が済まない。駿はどんな言い訳をするのか。その答えによって今後の二人の関係が決まる。






 そして連休最終日。私は敦子ちゃんの協力を得て、あちこちから情報を探り出し、駿の帰国便を突き止めた。日本時間の朝11時。これから帰宅して、ゆっくり荷ほどきして、寿司か蕎麦でも食べて明日の仕事のために早寝しようと思っているだろうが、そうは問屋が卸さない。私は到着ロビーに仁王立ちして、ハワイからの乗客を待ち構えた。



 ちなみに諦めの悪い私は、現地時間の深夜に「お母さんの具合どう?」とLINEを入れてみたのだが、いつも即レスのはずの駿の返事は6時間後だった。ハワイの朝7時すぎだ。起きてすぐ慌てて送信したと思われる。



『従兄弟と遊びに行ってた。お袋は思ったより元気そうで安心したよ』



 こめかみの血管が膨らむのを感じつつ「早く良くなりますように」と返信したが、本当は「へえ、あんたの従兄弟はワンピースを着て会社の受付に座ってるんだね」と言ってやりたかった。


 かすかに残っていた「私の思い過ごし」という希望もカラカラに乾ききって、いまや怒りの燃料になっている。さあ出てこい、バカタレ野郎。そう思っていると、例のキャップをかぶった駿が姿を現した。



「駿、おかえり~!」



 とびっきりの笑顔を作って、駿に手を振る。あーあ、固まってるわ。本当に驚いたら、人間は真顔のまま硬直するんだね。私はさっと彼に歩み寄り、車のキーをチャラチャラさせた。



「お疲れさま~。駐車場はこっちだよ。あれ、こちらは?」



 何も知らないふりをして、受付嬢にも笑顔を大奮発する。よく見ると彼女の他にも連れが4人いて、みんな私と駿を見ながら居心地悪そうにしている。



「えっと、私たちは会社の同僚なんですが……もしかして、彼女さんですか?」


「はい、いつも駿がお世話になってます。なんかお母さんが入院するから実家に帰るって聞いてたんですけど、まさかハワイに行ってたなんてねぇ~」



 場の空気が5度ほど下がった気がするが、知ったこっちゃない。お仲間さんたちは事情を知らなかったようだし、長居は無用だ。私は挨拶もそこそこに駿を連行して、車の助手席に押し込んだ。



「だから、ただのグループ旅行だったんだって!」



 帰りの車の中で、駿はあれこれ言い訳を並べていたが、自己中で支離滅裂で、何でこんな男と付き合っていたのかと、うんざりする内容だった。浮気ではなく未遂だったからと言って、許されると思ったら大間違いだ。


 今回のメンツは男女6名の同僚グループで、その中の受付嬢が駿のお気に入りだった。彼女ナシと嘘をついて旅行に参加したものの、私と別れる気はなかったようで、とりあえず連休に旅行する約束をしておいて、直前にキャンセルすればいいと考えたらしい。


 道理で、違約金の発生するギリギリで断りを入れて来たはずだ。でも、お母さんを理由にしたのはまずかったね。まさかバレると思っていなかったんだろうが、あんたが嘘つきで言い訳がましくて、私を舐めていることはよぉおおくわかった。



 やがて駿のマンションに着き、私は部屋に入るやいなや、クローゼットの中の物を持参したバッグに詰め込み始めた。この部屋に泊まるとき用に置いていた、寝間着や洗面道具などだ。



「おい、何してるんだよ」


「何って、駿とはもう別れるから、自分のものを持って帰るんだよ」


「いや、待てって。嘘ついたのは謝っただろ? 別に浮気したわけじゃないんだから、別れるようなことじゃないだろ?」


「キモいんだよ」



 駿が再び固まった。今の私の心境は、まさに「キモい」のひと言だ。空港で辞去の挨拶をしたとき、受付嬢が言い放った言葉と同じである。



「ちょ、まじキモいんだけど? 彼女いないって言ってたよね。しかも、日本に帰ったらゴハン行こうとか言ってたよね。ほんと無理だわ、キモすぎる。あ、彼女さん、私ら何もないですから。もちろんゴハンも行きませんから。ていうか、もう話しかけてこないでよね、キモっ!」



 キモいを連発された駿は表情を失くし、同僚たちがそれをチベットスナギツネのような目で眺めていた。ほんとにキモいよね。この期に及んでまだ自分が許されると思っているところが、まじキモくて無理なんですけど。



「私の方はもう話すことないんで、あとはご家族と団欒を楽しんでね」



 そう言いながら私は駿のノートPCを立ち上げ、オンライン会議の画面を開いた。モニタの向こうには、駿の父母、敦子ちゃん、ご親戚の方々が勢ぞろいしている。



「ちょ、何で、ええっ?」



 驚いて狼狽える駿に、お母さんの怒りを含んだ氷のような声が突き刺さる。



「誰が入院してるんだって?」



 私は「じゃ、ごゆっくり」と言って玄関のドアを閉めた。実は空港からずっと敦子ちゃんとLINEで繋がっていたので、私と駿のやり取りは実家に筒抜けである。嘘つき息子は、せいぜいこってり絞られればいい。


 ほんの数日前までは、休み明けに彼に会うのが待ち遠しかった。しかし、今はすっからかんな気持である。でも、決して悪くない。とんでもないゴールデンウイークになってしまったが、彼の本性を知れてよかった。


 恋愛中は目が曇るので、誰かがハワイで彼を見かけたと言っても、信じようとはしなかっただろう。そういう意味では、ニュース番組にお礼を言いたい。




 さて、今日は連休の最終日。家に着いたらお風呂に入ってクラフトビールを開けて、失われたバケーションのやり直しだ。正直まだちょっと心は痛むけれど、推しの録画がきっと癒してくれるはず。もうしばらく、生身の男は勘弁願いたい気分である。





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― 新着の感想 ―
[気になる点] クラフトビールの前に、ちゃんとお顔の広い共通の友人知人に別れた報告を事情説明付きで入れたのでしょうか……。 [一言] やっぱり別れ話の時の「キモい」はパワーワード(´∇`)
[良い点] 男だけがクズで受付嬢さんも加勢?してボッコボコにされるのが後腐れなくて爽快でした(о´∀`о)
[一言] セーフティラブ?アウトでしょ(笑
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