1‐1 要らないもの
要らないものってあると思う。
おしゃれだと思って買ったけど似合わずに着なくなった服、貰い物だからと取って置いているけど使わなくなった鞄、読む予定もない難しい本、壊れた機械類、た○のこの里。
まあ、これらは別にいい。持っていてもスペースを潰すくらいで済む。
問題は明らかな不利益を被ることがわかっているものだ。
土地は使わなくても持っているだけで税金を取られる、カビてる物はほっといたら広がる、見たくも聞きたくも無いものなどもこれに含まれるだろう。
結論
「アキさん、あの異臭を放つグロテスクなオブジェクトを捨ててください」
「いやだあああ!」
アキさんは目の前でそう叫ぶ。
右目に眼帯、肩あたりまで伸びた黒い髪、両耳に2つずつのピアス、180cmほどの長身、いつ見てもある目のクマ、若干不健康に感じるほど細い体、年がら年中着ているぶかぶかの白衣、何処か掴みどころが無い胡散臭さ、あとマッドサイエンティスト。
大体そんな人だ。
それ以上は私もよく知らない。年齢どころか性別や苗字すらわからない。
そんな人がなぜこんな私の前で転がりながら駄々をこねるような有様になっているのか。
それは私が捨てようとしている悍ましいものが半年ほどかけて作ったアキさんの研究成果だからだ。
「アキさん、私はアキさんがどんな要らないものの研究をしてようがどんなものを作ろうが特に気にしませんが、明確に私の生活に実害があるなら話は別です。そもそもあれは何なんですか」
私の背中側にあるそれを指さしながら問う。
形だけでも気持ち悪い哺乳類の標本のように見えるのに、それが赤黒い色をしているせいで極めて何か生命に対する侮辱を感じる。
だが、それよりもひどいのは匂いだ。
とんでもないことに、密室の地下一階においてあるこの物体から発せられるガソリンを腐らせたような匂いが二階にまで届いてくるのだ。
「……怒らない?」
「話を聞いてから決めますが、話さないなら今すぐ捨てます」
「なずな最近厳しくない?」
この人に会ってそろそろ2年だろうか、確かに最近アキさんは雑に扱ってもいいと気付いた。というか、一々真面目に取り合っていたら私の体が持たない。
「ええっとぉ、障害物関係なく距離に応じて匂いが強くなったり弱くなったりするだけだよ~?」
嘘だな
「それだけですか?」
「……」
アキさんはどう説明しようかと頭を抱えている。そんなにも大事なものなのだろうか、そのまま20秒以上動かないでいる。
アキさんは考え事してると回り見えなくなるから、今のうちにこっそり捨てるか壊すかしよう。
そう思って鼻をつまみながらオブジェクトに向かって10歩ほど歩き、違和感に気づく。
一向にそのオブジェクトに近づけないのだ。
私は振り返りアキさんの方を向くと、アキさんは先ほど見た時より10歩分遠くなっている。もう一度オブジェクトを見て2,3歩進むがやはり距離は縮まない。
明らかな異常である。
「アキさん?これ思い切り精神系か空間系の変異が入ってますよね?」
私は自分の心のイライラを抑えながらできるだけ穏やかな声で聴く。
アキさんは私がこの異常に気付いたことに気付いたらしく、顔を上げた後慌てて目を逸らしながら答える。
「違うんだよ!ええと、……うん、…………ごめんなさい、好奇心抑えきれんくて精神系の変異点に手出しました」
変異点とは、物理法則で説明できないものの総称である。
例としては
叩いた物の材質を金属に変えるハンマー
無数の手が無理やり引き込んでくる海
読むと人格を乗っ取ってくる本
空を飛びなんでも食べる半透明のクジラ
等々。
危険なものから便利なもの、理解出来ないものから面白いものまで無数に存在するが基本的に安全とは程遠い。アキさんはそういう類のものを作っているのだ。
だが、そこまでは別に問題ではない。
アキさんが変異点の研究もしていたのは聞いていた上、基本的にアキさんはなんだかんだ優秀なようで大きいポカはめったにしない。
では何故こんなに怒っているのか。
「精神系は予測が難しいし、耐性がない上に相性の悪い私は死ぬかもしれないからやらないって言ってましたよね?あと、うっかり私が触れるような場所に置かないでください」
基本的にこの2点だ。
普段はとても優しい人なのだが、好奇心が刺激されると何よりもそれを優先してしまう。本当に私やアキさん自身の命も勘定に入れなくなる。
今回も普通に私が死んでもおかしくなかったのでさすがに怒る。
「……面目ねぇです」
「じゃあ捨てていいですか?」
「ダメ」
反省してないだろ。
「理論上は問題ないし、あと1週間くらいで終わるから許して!」
「……じゃあ来週の月曜日の20時まであったら問答無用で壊します」
「うっす」
今のところ私は異常感じてないし1週間この匂いは辛いけど、アキさんにストレスを溜めさせると何しでかすか分からないのでここを妥協点としよう。
そう決めて私は2階の自室に戻ろうとすると、後ろからアキさんが声をかけてきた。
「あ、なずなに見てほしい変異点あるから昼ごはん食べた後もっかい降りてきて~」
「いいですけど、どういうやつですか?」
すると、アキさんは少し困ったような顔をして左上を向いて数秒考えてから簡潔に答えた。
「どうやっても見えない絵画、かなぁ」
……なんだそれ、絵なのに見れないとかそれこそ本当に要らないものじゃん。