レイス
サージュは海の中に立っていた。
海が波を運んでくる。
波の音がサージュの耳に入る。
海の水はきれいだった。
サージュは地平線を眺めた。海がどこまでも広がっているのが見えた。
この海はふるさとの海と似ていた。
サージュにとって海こそ、ふるさとだった。
サージュは両手で水をすくい、それを頭の上からかけた。
海の水がサージュの体を伝って流れた。
「ねえ、サージュ!」
サージュは強制的に現実に引き戻された。
サージュは目が覚めた。
どうやら、夢を見ていたらしい。
あの海は夢だった。
イーシャがサージュをのぞきこむ。
「サージュ、起きた?」
サージュは起き上がって。
「あ、ああ」
「もう朝よ」
宿の部屋の窓からは太陽の光が差し込んでいた。
サージュが寝入っていたのは昨日のことが原因だった。
闇の魔道士イシャール――
彼との出会いはサージュの旅を根本的に変えた。
サージュはイシャールに負けた。
それがサージュの記憶に鮮明に思い出される。
「どうかしたの?」
「昨日のことを思い出したんだ」
イーシャは心配そうに尋ねた。
「昨日のこと? イシャールのこと? まだ、傷が痛むの?」
「そうじゃない。傷はもう大丈夫だ。ただ、あのイシャールと出会って何かが変わったような気がする」
サージュはベッドから起き上がり立った。
「イシャール……強かったわね。私たちはまったく歯が立たなかった」
「今は気にしてもしょうがないさ。それよりも今日どうしようか考えよう」
「そうね」
サージュは窓のそばに行った。
「今日はあそこに行ってみよう」
サージュは丘の上に建っている城を指さした。
「何、お城?」
サージュとイーシャは宿を出た。
町を出て丘へと向かう。
二人は丘から通じる道を通って、城へ出た。
サージュは城を見わたした。
「古いが入口は開いている。入れるようだ」
「門は開きっぱなしね」
「入ってみよう」
サージュとイーシャは城の中に入った。
城の中はさびれていた。
人が住んでいる気配はない。
城は劣化しており、内部の壁にはヒビや亀裂もあった。
入口の両側には甲冑が飾られていた。
「誰も住んでいないみたいね」
入口からはまっすぐに廊下が走っていた。
サージュとイーシャは廊下をまっすぐに進んでいく。
「クヒヒヒヒヒ! 小僧ども、我の城に何の用だ?」
「誰だ!?」
上方から声がした。
広場の上から異形の存在が降りてきた。
こいつは横に長い体をした亡霊だった。
サージュはとっさに剣を構える。
「俺たちは城を見に来ただけだ」
「我の城をか? クヒヒヒヒ、ウソをつけ。それだけではあるまい。城の宝が目当てじゃろう?」
「私たちは宝には興味がないわ! 私たちは盗賊じゃないのよ!」
亡霊は聞く耳を持たなかった。
「クヒヒヒヒ。ここに来た以上、ただで返すわけにはいかんな」
「俺たちは城を荒らすつもりはない」
「ヒーヒヒヒヒ! この城は我の城! 見物料はおまえたちの命だ! 我はレイス!」
レイスは魔法の弾丸でサージュを狙った。
「クヒヒヒヒ!」
サージュは器用に弾丸をかわした。
レイスは地面から石化の魔法「石灯」を唱えた。
サージュは足で回避した。
イーシャは光の魔法の玉をレイスに放った。
「グオオオ!?」
レイスはダメージを受けた。
その隙にサージュはレイスを斬りつけた。
「これでどうだ!」
横なぎの一閃。
続けてサージュは攻撃した。
「クヒヒヒヒ! そうそうくらうものではない!」
レイスはサージュの斬撃を、手を硬化させて防いだ。
「くっ、硬い!」
サージュは地面を蹴って退いた。
「クアーハハハハハ!」
レイスは闇の魔力で球をいくつも作ると、サージュに向けて攻撃してきた。
複数の魔球がサージュに襲いかかる。
「うわっ!?」
サージュは剣で魔球を防いだものの、すべてを防ぎきることはできず、魔球をくらってしまいダウンした。
レイスが追撃してくる。
レイスは手を伸ばしてサージュを攻撃した。
サージュはすばやく転がってよけた。
イーシャがワンドから光の光線を放った。光がレイスに当たった。
「クオオオオ!?」
イーシャは光の魔法の玉を光の柱を登らしめた。
聖なる光が不浄なものを浄化させていく。
「これで、どう?」
レイスはバリアを破られて聖なる光を受けた。
「行くぞ!」
サージュはレイスに接近し、下から思いっきり斬り上げた。
「グオアアアアア!?」
上空に浮いたレイスの体にサージュは跳び上がって剣を振り下ろした。
「これで、どうだ!」
レイスは地面に激突した。
サージュは様子を見て後ろに下がった。
「クヒヒヒヒ! 小僧ども! よくもやってくれたな! ただでは済まさんぞ!」
「なんだ?」
地面が揺れて振動が走った。
レイスは地面からマグマを噴き出させた。
マグマが噴き上がる。
サージュとイーシャは安全な所に避難してマグマをやり過ごした。
マグマが収まっていく。
サージュは前に出た。
レイスはサージュの全方位に魔球を作り出した。
魔球はサージュに全方位から襲い掛かった。
サージュは姿勢を低くしてダッシュし、魔球をかわした。
そしてレイスに接近し、聖なる刃でレイスに斜めに斬りつけた。
「グアアアアアア!?」
レイスの体をサージュの剣が斬り裂いた。
「今よ! 聖光柱!」
イーシャは聖なる柱をレイスに放った。
聖なる光がレイスの存在を打ち消していく。
「このわしが人間ごときに……グオアアアアアア!?」
レイスは紫の粒子を噴き上げて消えていった。
「ふう、勝てたな」
「やったわね、サージュ!」
「レイスか……手ごわい相手だった」
「私たちはただお城を見に来たのに、あんなのがいるなんてね」
サージュはレイスが消えた位置を見つめた。
そしてため息をついた。
「さて、もう出ようか」
すがすがしい晴れの天気だった。
穏やかな風が吹きつけてくる。
「あの子が出て行ってから、どれくらい経つのかしら?」
サージュの母フォルトゥナは海辺を歩いていた。
ちょうど、稲穂を祭壇にささげた後だった。
それは祭官としてフォルトゥナの仕事だった。
フォルトゥナは青い空を見上げ、それから青い海に目をおろした。
フォルトゥナの耳に波の音が聞こえてくる。
フォルトゥナにとって、この海は特別だった。
15年前、この海辺でフォルトゥナはサージュと出会ったのだ。
「主よ、あの子に海の祝福がありますように。そしてすこやかであられますように」
フォルトゥナは海の前で祈りをささげた。
「フフフ……」
フォルトゥナは自然と笑みをこぼした。
「今、何をしているのかしらね、あの子は。元気でいるといいんだけど……」
カモメの群れがフォルトゥナの頭上を通り過ぎた。