マルタ
ある日の夜――
マルタは家で料理を作り終えたところだった。
「ふう、できたわ。あとはあの人の帰りを待つだけね」
マルタは一息ついてイスに座った。
マルタはそうして夫の帰りを待っていた。
ニャア――
「あら?」
ふと外で猫の鳴き声がした。
マルタは家のドアを開けた。
すると、そこには一匹の黒猫がいた。
マルタは猫の頭をなでた。
「どうしたの? おなかがすいたの? ちょっと待っててね」
マルタが何か食べ物を持ってこようと思ったその時。
「親愛なるマルタ先生へ。この猫に私の用件を預けます」
マルタは驚いた。
猫がしゃべったのだ。
「この猫は使い魔なのね」
「お久しぶりです。私はイシャールです。あなたの一生徒であったこの私をお忘れでないことを祈ります」
「イシャール……あの子が……忘れるわけないでしょう」
マルタは魔法学院の魔法使いであり、教師でもあった。
マルタは教師という仕事にやりがいを感じていた。
多くの生徒たちに正しい魔法の道を教えたい。
それがマルタの思いであった。
マルタには多くの生徒たちが教え子としていた。
「私はあなたとお話がしたいのです。案内はこの猫に任せますので、ご足労願います。私のもとにおこし下さい。歓迎します。イシャールより」
猫は語り終えると歩き出した。
猫は振り返ってマルタを見る。
どうやら案内をしようとしているらしい。
「イシャール……」
マルタは家のドアを閉めて、猫の後を追った。
マルタは塔の屋上へといざなわれた。
そこにはイシャールが、正しからざる道へと歩んだかつての教え子がいた。
猫はイシャールのもとに駆け寄っていった。
「お久びりですね、マルタ先生。お会いできてうれしいです」
「イシャール……あなたのことはずっと忘れられなかった。魔法学院で私の教え子の中であなたほど、才能に恵まれていた生徒はいなかった」
「おほめいただいて光栄です。私も先生のことは忘れたことはありません」
イシャールは不敵に笑った。
「私はあなたを正しく導くことができなかった。どうしてなの? なぜあなたは正しい道を歩むことができなかったの? あなたは正しい道からそれて学院から姿を消した!」
「私は自らが思うがままに探究しただけです。そう、闇の探究をね」
「それは異端の道よ! 私は闇の魔法とその領域は異端の道だと教えたでしょう!」
「先生には闇の魔法のすばらしさがお分かりにならないようですね。残念です」
「なぜなの!? どうしてなの!? どうしてあなたは異端の魔道士になってしまったの!? 魔法は人々の幸せに奉仕すべきものよ!」
マルタには異端に落ちたかつての教え子を理解することはできなかった。
「闇の魔法を誰が、いつ、いかなる理由で異端の領域と定めたのですか? 魔法学院ですか? 教師ですか? それともあなたですか? 私はただ固定観念を疑っただけですよ」
「今のあなたを見ているのはつらいわ。用件とは何?」
「そうですね。かつて先生は私に魔法を教えてくださいました。今度は私が先生に闇の魔法のすばらしさを教えて差し上げましょう」
「イシャール!」
イシャールの鎌がマルタを貫いた。
「どうですか、先生? これが闇の力です」
マルタの腹部から血が流れた。
「イシャール……どうして……? どこで私はあなたを誤った道へと進ませてしまったの……」
イシャールはマルタから鎌を引き抜いた。
マルタはその場にばたりと倒れた。
マルタから血が地面にあふれ出した。
「愛しているわ、あなた……」
マルタは死んだ。
イシャールは死んだマルタを見下ろした。
雨が降り出した。
雨は雨足を強めた。
イシャールは自らの手でかつての教師を殺害した。
「ククク、フフフ、フハハハハハ!」
降り注ぐ雨の中、イシャールの哄笑が響き渡った。
マルタの遺体は家へと届けられた。
夫はそれを見て愕然とした。