バジーリオ
サージュたちは船でポントゥス近海までやって来た。
「ここまでで、大丈夫です。後はわたくしがお二人を運びましょう。はっ! 竜化!」
リエンテを桃色の光が包み込んだ。
するとリエンテは一匹の美しい竜となった。
四肢を持ち、背には翼があった。
毛の色は桃色だった。
「おー! これがリエンテの竜化か。美竜王というだけあって確かにきれいだな」
「サージュさん、イーシャさん、乗ってください!」
リエンテは背中にサージュとイーシャを乗せて、ポントゥス海に入った。
「ポントゥス王国の首都はシノペ(Sinope)だったらしい。最後の王はミトリダーテ(Mitridate)」
「サージュ、よくそんなに知っているわね?」
「ああ、アンドレア提督から教えてもらったんだ」
「サージュは昔から歴史の授業が好きだったわよね?」
「ああ、計算は退屈だったが、歴史は大好きだったからな。マリーノとポントゥスの歴史にも興味があったし、もしかしたら、あの海賊たちはポントゥスの怨念かもしれない」
「これはこれは仮面の魔道士様! このようなところにわざわざご足労いただき、恐悦至極に存じます」
「うむ」
仮面の魔道士は「玉座」に座った。
このイスは彼のためにあるのだ。
「して、今回の来訪はどのような件で?」
「うむ。こちらに三人の者たちがやってくる。マリーノからの手先だ。よもや後れを取るとは思わないが……」
「はっはっは! 心配ご無用に存じます! 我らを復活させてくださった恩は返そうにも返せません! そのような者など我々が血祭りにして差し上げましょう」
「うむ、ぬかるなよ」
「ははっ! 仮面の魔道士様がマリーノを手にすればポントゥスとマリーノは一つになります。我ら闇の者たちがいっそう忠実にお仕えいたします」
リエンテは廃墟の都の中に着陸した。
そこでサージュとイーシャを下ろし、竜化を解除する。
リエンテはもとの美しい人間に戻った。
「ここが、ポントゥス王国の首都シノペ、か……」
「この都からかつての繁栄の跡が見えるわね」
サージュたちはシノペの町並みを歩いた。
「うっ!? 何だ、これは!?」
「サージュ? う、ううう!? 何これ!?」
「これはこの都の怨念がビジョンを見せるんです!」
サージュたちの頭に直接ビジョンが流れ込んでくる。
「死にたくない! 死にたくない!」
「ぎゃああああああああ!?」
「助けてくれー!」
「いや! いやああああ!!」
「うあーん、お母さーん!」
サージュたちの頭に虐殺、破壊、殺戮、略奪、強姦といったイメージが流れ込んできた。
「これは……戦争の怨念か……」
「その通りよ」
「!? おまえは!?」
そこに王者のごとき姿のスケルトンが現れた。
「我はバジーリオ(Basilio)! この都の王だ! よく来た、マリーノの者ども。その度胸に免じて、楽に死なせてやろう! 行け!」
バジーリオの後方からスケルトンたちが大量に現れた。
サージュたちに向かって突撃してくる。
「これでもくらいなさい! 聖光陣!」
イーシャが光属性大魔法をスケルトンの軍団に叩き込んだ。
聖なる光に浄化され、スケルトンたちは消滅した。
「ぐっ!? 我が手下たちが……よくもやってくれたな! このわしが自らきさまらの相手をしてくれるわ!」
バジーリオが前に出た。
「イーシャ、リエンテ、ここは俺が一人で相手をする! 二人は下がってくれ!」
「わかったわ」
「わかりました」
「我は仮面の魔道士様によって再び命を与えられし者!」
「仮面の魔道士? それがおまえたちの主か?」
「その通りよ! フハハハハハハ! 闇の力はすばらしい! かつて死んだ者も復活させられるのは闇の力だけだ!」
「闇を賛美するか……そんなもの、かりそめのものにすぎない!」
サージュはバジーリオに斬りかかった。
バジーリオは余裕で防ぐ。
「フハハハハハ! 軽いわ! ぬるいわ!」
バジーリオはサージュを押し飛ばす。
「くっ!」
「フハハハハハ! 闇黒剣!」
バジーリオが闇の剣でサージュを攻撃する。
闇の剣はサージュにプレッシャーを与えた。
「くっ! 聖光剣!」
「むっ!?」
バジーリオはサージュと距離を取った。
忌々し気にバジーリオはサージュの剣を見つめた。
「聖なる力を感じるわい……我々アンデッドの天敵よな……光の力とはかくも忌々しいものよ! だが、闇がそれを上回るのだ! 闇黒刃!」
「聖光刃!」
闇と光が正面からぶつかり合った。
二人は一瞬にして移動した。
二人は地面を蹴った。
「はあああああああ!」
「うごあああああああ!」
二人の剣が交差する。
どちらも同じことを考えていたらしい。
「フハハハハハ! 闇の力を思い知れ! 闇黒斬!」
「聖光斬!」
サージュとバジーリオの、光と闇の斬撃がぶつかり合う。
サージュは後退した。
そして水の力を集めて、水の槍を投げつけた。
「フン! そんなもの!」
バジーリオは剣で水の槍を斬り払った。
「はああああああ! がああああああああ!!」
バジーリオは口から闇のビームを放った。
サージュはとっさにスライドしてよけた。
サージュは隙だらけのバジーリオに聖光斬を叩き込んだ。
「もらった! 聖光斬!」
「がはあっ!? な、何!? このわしが!? このポントゥスの王が敗れるなどと!?」
バジーリオは倒れた。
するとシノペの周囲に地震が起きた。
「これは……もしかしてまずいか?」
「サージュさん、イーシャさん! わたくしが竜化します! 乗ってください!」
リエンテは竜化すると、サージュとイーシャを乗せて、ポントゥス海上空を飛行した。
するとポントゥス海の呪氷が溶けてなくなり、ポントゥス王国の首都シノペが無残な姿をさらす、静かな海へと変わった。
「なあ、イーシャ」
「何、サージュ?」
「正しい戦争なんてあるのかな?」
「正しい戦争?」
「歴史的にはそう言うものはない。けれど俺が習った古代では戦争なんてざらにあった。どの国も戦争ばかりしていた。歴史は戦争で満ちている。今回のポントゥスの一件も元をたどればマリーノとの戦争が原因だった。まるで犬同士の縄張り争いみたいなもので……俺は政治家じゃないから政治のことはわからない。でも一部の狂信者は聖なる戦いとか、正しい戦争とか言うかもしれない。それに軍人にとって、自分たちが悪であると認めるのは難しいだろうし、実際不可能だと思う。軍人たちを戦わせるために、大義が必要になる。結局、戦争なんてただの人殺しにすぎないのかもしれないね」
「サージュ……」
「聖なる戦争とか、正しい戦争なんて、一部の宗教家が言い出すことであって、普通の兵士からすればそんな理念より戦利品の方が重要なのかもしれない。シノペで生き残った人は奴隷制度があったころは奴隷に売られたらしい。聖なる、正しい戦争なんて一部の権力者や宗教家が言い出すのだろうけど……戦争とは政治の延長らしいが……」
サージュたちは歴史に思いを寄せつつ、穏やかな海となったポントゥス海を見つめていた。




