陰謀
ある島に一人の男がいた。
その男はまっぴるまから酒を飲んでいた。
「ベネデット! 酒だ! 酒を持ってこい!」
男は島の中の岩をくりぬいた居住スペースにいた。
テーブルの上にはワイン。
男はイスに座ってもたれかかっていた。
ベネデットと言われた男はこの男の執事で、白い髪をオールバックにし、長身だった。
ベネデットがワインの瓶を机の上に置いた。
「お待たせしました」
「ああ、それにしても、退屈だぜ……どこかにおもしろいことはねーのかよ……」
竜の寿命は人間とは比較にならないほど長い。
事実上不死に近い。
そのため竜族たちは暇な時間を持て余す。
この男も竜であり、今は人の姿をしているにすぎない。
その竜たちも最も血がたぎることがある。
それは「戦い」であった。
『戦いこそがおのれの存在をかっこづける
しかし、そのような戦いなどできる相手など世界を探してもそういるものではない。
竜にとって、弱い者とは無価値な者であり、相手をしてもつまらない者なのであった。
彼らの言い方では人間のような下等種族は相手にする価値がない。
「フッ、おまえはいつもそうして酒を飲んでいるな。死ぬほど退屈と見える」
「こ、これは仮面の魔道士様!」
男はすぐさまひざまずいてこうべをたれた。
「フフフ、私にも一杯もらおうか? アッティラ(Attila)?」
この男アッティラは竜の王であった。
海竜王アッティラ。
それがこの男の名である。
海竜は海を根城とする竜の一派で、代表はシーサーペントが有名だった。
海竜王は竜族の中でも名の知れた存在で、「竜王」の称号を持っていた。
その海竜王が、小柄でスマートな青年の前にひざまずいている姿は、事情を知らな者から見れば異常と見えた。
海竜王はプライドが高い。
そうそう、膝をつく存在ではない。
この仮面の魔道士は海竜王を屈服させるほどの力を持っているのだ。
仮面の魔道士は空いているイスに座った。
そして脚を組む。
「海竜王アッティラ、最近はどうだい? 何か面白いことでもあったかな?」
仮面の魔道士はワインをグラスに注いでいく。
「いえ、特にありません」
「そうかい……それでは欲求が満たせないね。そこでだ、君に仕事を持ってきた」
「仕事、ですか?」
「私は、マリーノ王国を私のものとしたい。あの国は私によって支配されるべきなのだ。君にはマリーノ王国を脅迫してもらいたい」
「マリーノ王国を脅迫、ですか?」
「そうだ。ただし、シルヴィア王女には傷をつけるな。私が王となるには王女との結婚が一番の近道だからな」
そうして仮面の魔道士はワイングラスに口をつけた。
濁った陰謀がうごめきつつあった。