南の村にて
フォルネウスは死んだ。
それによって、眷属のニーズヘッグによる攻撃もなくなった。
アレンタの元老院は非常事態宣言を終息させた。
軍団も平常体制に戻された。
アスカニアには平和がいつもの日常がやってきた。
サージュたちはアレンタに戻ってきた。
「あれ? なんだかアレンタが変わったな」
「そうね。いつもの落ち着きを取り戻したみたい」
「アレンタに日常が戻ったのです。フォルネウスが消えたからでしょう」
サージュたちがアレンタに戻ってきた時、朝日が訪れていた。
空から太陽が昇り、大地を照らした。
「疲れた……それに眠い」
「私も同じよ。今日はもう休みましょう」
「そうですね。わたくしもへとへとです」
三人は宿に戻ると、それぞれの部屋で眠った。
三人ともその日一日中眠っていた。
フォルネウスとの激戦の疲れだった。
次の日、サージュたちは再び公衆浴場を訪れた。
疲れを癒すためである。
その日の午後はアレンタの図書館に行った。
アレンタ図書館はアスカニアでも有名でその蔵書は魔法や、科学に関するものが多かった。
リエンテは机の上に本を積み上げ、メガネをかけてむさぼるように本を読んでいた。
どうやらリエンテは魔法書を好んで読んでいるようだった。
サージュはアスカニアの歴史に興味があったので、歴史の本を数冊手に取り、イスに座って読んだ。
イーシャは図書館を一巡りした後、植物や花などの園芸書を読んだ。
アレンタの図書館は壮麗で美しい建物だった。
内部は理知的な雰囲気で満ちていた。
サージュは歴史の本を読み続けた。
それによると、アレンタは数名の、少数の魔道士たちが建国したらしい。
そして最初から元老院が存在した。
ゆえにアスカニアでは元老院主導体制築かれたという。
あとは内政の整備と外征の繰り返しであった。
「平和か……」
「? どうしたの、サージュ?」
イーシャがふしぎそうに尋ねてきた。
「いや、このところ大きな戦いばかりだったからさ。なんだか気が抜けちゃってね……」
「そうね。今生きているのがふしぎなくらいの戦いの連続だったものね……」
「アレンタにはずいぶん滞在したような気がするな。次はどこに行こうか?」
「サージュ、そろそろ夕方よ。もう閉館になるらしいわ」
「そろそろ出ないとな。リエンテにも声をかけよう。
サージュとイーシャは自分たちの本を片づけた。
「リエンテ、閉館時間だ。もう戻ろう」
「あっ、もうそんな時間ですか? それでは急いで本を片づけますね」
リエンテは本を片づけると、サージュとイーシャに合流した。
「お待たせいたしました。さあ、帰りましょう」
「リエンテは本を読んでいてよかったのか?」
リエンテはにこやかな笑顔を浮かべて。
「はい、とてもよかったですわ。知識を増やすことができました」
サージュたちはアレンタ図書館を出て、宿へと戻った。
サージュたちは宿で夕食を済ませた。
サージュはイーシャの部屋を訪れた。
サージュはドアをノックした。
「イーシャ、入るぞ?」
サージュは部屋のドアを開けた。
「え?」
「あ!?」
サージュは目を見開いて硬直した。
イーシャは着替え中であった。
イーシャは服で体を隠すと、大声を出した。
「きゃあああああああ!?」
「ご、ごめん!」
サージュはドアを閉めた。
サージュはドアの前でたたずんだ。
まさか、着替え中とは思わなかった。
「入っていいわよ、サージュ」
部屋の中から、イーシャの声がした。
「あ、ああ。入るよ?」
サージュは再びドアを開けた。
そして部屋の中に入った。
サージュはイーシャを見た。
イーシャはほおを赤らめて立っていた。
二人のあいだに気まずい雰囲気が立ちこもった。
「あの、その、ごめん」
サージュは目をそらして謝った。
「いいわよ、別に……鍵を閉めていなかった私も悪かったんだから……」
「少し話をしたくて来たんだ」
「じゃあ、座って話しましょう」
サージュとイーシャはベッドに腰かけた。
「それで、話って何?」
「ああ、少し南の村のことを話そうと思ったんだ。みんな今ごろ何をしているのかと思ってね」
「そうね。私たちもう、ずいぶん遠いところまで旅をしてきたものね」
二人は村のことを思い浮かべた。
「イーシャの実家は料亭だったからな……今ごろ料理を食べに来ている人がいるんじゃないか?」
「『イルカ亭』よ。お父さんとお母さんは、料理と接客で忙しいかもしれないわね」
「村長さんはいまだに現役でコメを作っているのかな……稲作は共同作業だからな……」
「フォルトゥナさんは何をしていると思う?」
「母さんは今ごろ、夜空の星を見ているかもしれないな。母さんは太陽や月、星、空、雲、海をよく眺めていたよ」
「なんか、フォルトゥナさんらしいわね、ウフフ」
イーシャが笑顔を浮かべた。
「アレンタにはもうずいぶん長くいたからそろそろここから離れようと思っているんだ」
「次はどこに行くの?」
「まだ決めていない。今アスカニアの地図を見ている最中だ」
「決まったら教えてね。それにしても、アレンタとはお別れなのね……なんだか感慨深いわ。ルブリウス、イシャール、フォルネウス……」
「俺もそうさ。それになんだか消化不良のような気もするんだ」
「? どうして?」
イーシャが隣のサージュを見た。
「いろいろあったし、ありすぎたからかな。ルブリウス、イシャール、フォルネウス……どれもまだ終わってはいないんだ、俺の中ではね……」
サージュは立ち上がった。
「じゃあ、俺はもう寝るよ。おやすみ」
「おやすみ、サージュ」
サージュはイーシャの部屋を出て自分の部屋に戻った。
「平和、か……」
朝、サージュたちは宿で朝食を食べた。
そこでサージュは今後の予定を話した。
「次の行き先はミラネウムにしようと思う」
「ミラネウム?」
「アスカニアの北西にある大都市、それがミラネウムです。宗教的な建物が多いことでも有名ですわ」
「ああ、地図を見ると、ミラネウムに続く街道が出ているから、それに沿って歩いて行こう」
その日サージュたちはアレンタを去った。
そして、北西の都市、ミラネウムに向かった。
南の村――
青い空が大きく広がっていた。
フォルトゥナはイーシャの実家「イルカ亭」を訪れた。
まだ午前中の、人の入りがすくないころだった。
「いらっしゃいませ! これはフォルトゥナさん、ようこそいらっしゃいました」
イーシャの母ジェシア(Jhesia)が言った。
「ミケルさん! フォルトゥナさんがいらしたわよ!」
「フォルトゥナさんが?」
店の奥からメガネをつけた男性が現れた。
イーシャの父ミケル(Mikel)である。
「これはよくいらっしゃいました。特に何もご用意できませんが、ゆっくりして行ってください」
「おかまいなく。少し、話をしたいと思って来ただけですから」
フォルトゥナは村の祭官である。
宗教的儀礼や祭儀などを司る聖職者であるため、村の人々からは常に敬意を持たれていた。
聖職者は神に仕える専門職である。
「どうぞ」
ジェシアがフォルトゥナにお茶が入ったコップを持ってきた。
フォルトゥナは空いているテーブルの席に座った。
ミケルとジェシアも同じテーブルにやってきた。
「料亭はいつも賑やかなようですね。とても、良き事です」
フォルトゥナが穏やかに口にした。
「そうですね。うちの店もそれでやっていけております」
ミケルが改まって答えた。
フォルトゥナはお茶を口にした。
「イーシャちゃんのことは心配ではありませんか?」
「正直心配しております。わたくしどもには一言もなかったものですから。手紙にはただ、旅に出るとだけ書かれておりました」
ミケルが言った。
「いったい、今ごろ、どこで、何をしているのやら……」
ジェシアが言った。
「イーシャちゃんは私の息子サージュといっしょに旅に出たようなんです」
「そうですか。サージュ君といっしょなら少し、気が楽になります」
とジェシア。
「ええ、わたくしどもはサージュ君を信頼しておりますので」
とミケル。
「二人は昔からの小さいころからの幼なじみですから、いっしょに旅に出ることも自然かもしれませんね」
「わたくしどもは手紙を読んでびっくりしました。娘がいきなり旅に出てしまったのですから。村の外には危険もあるでしょうし……」
ミケルは真剣な口調で話した。
「神の祝福が二人にあるでしょう。私は二人の無事を神に祈っています」
「それはありがたいことです」
「フォルトゥナさん、私は悩んでいるのです。それは娘イーシャのことです。特別、道から外れた育て方をしたわけではないのですが、どうして村から出て行ったんでしょうか?」
ジェシアが言った。
「それは私も気になっているのです。イーシャはなぜ旅になど出たのでしょうか?」
「それは二人が新しい世代だからではないでしょうか」
「新しい世代、ですか?」
「ええ。次の世代とも言えますが、二人は私たちとは異なる生き方をするでしょう。二人とも、この村を嫌っているわけではないでしょうし、イーシャちゃんもお二人を嫌っているわけではないでしょう。二人は村の外に出て、私たちが知らない、多くのものに触れたくて旅に出たのです。この村の外にあるものを、純粋に求めたのでしょう」
フォルトゥナは柔らかく、解きほぐすように答えた。
「そうですか……なんとなく納得できました」
ミケルが言った。
わたくしたちが知らない未知のものを求めて旅に出た、ということでしょうか……ようやくわかったような気がします」
フォルトゥナはミケルとジェシアがいまだに戸惑っていると思った。
この二人は善良な人たちであるが、それゆえに娘が村から出て行ったことをうまく理解できないのであろう。
「ご安心してください。イーシャちゃんは物わかりの良い子ですから、どこにいても元気でやっているに違いありません」
フォルトゥナはミケルとジェシアを安心させようとした。
二人はしぶしぶ納得したがやはり理解は難しいようであった。
「それでは私はこれで失礼します。これから祭壇で祭儀があるので」
フォルトゥナは席を発った。
「いえ、こちらこそわざわざおこし下さって、ありがとうございます」
「大したもてなしもできず、申しわけありません」
ミケルとジェシアは神聖なものへの畏敬の念を持っていた。
それがフォルトゥナへの丁重で礼儀正しい態度を取らせるのだ。
祭官とは背職者である。
フォルトゥナはイルカ亭から外に出た。
「そんなに理解できないことなのかしら、ね」
ミケルとジェシアはイーシャが村の外に出たことを気にしているようだった。
フォルトゥナはこれを一種の世代観念と見ていた。
古い世代と新しい世代の違い。
新しい、次の、来るべき世代が古い世代の枠を破るのは自然なことと思うからだ。
フォルトゥナは祭壇に向かった。
フォルトゥナは聖なる水で祭壇を清めた。
そして神に祈りを捧げた。
もちろん、サージュとイーシャの無事を祈ることも忘れない。
主が私の言葉を聞き届けてくれますように、と。
「サージュは『海の子』よ。元気で旅をしているに違いないわ。イーシャちゃんといっしょに仲良くやっているでしょう」
フォルトゥナもサージュの親であることに変わりはない。
フォルトゥナはサージュが旅に出たことを一種の運命と見なしていた。
それはこの子がたどる道であると。
「主よ、二人をお導きください」