コロッセウム
武闘競技会の日が訪れた。
コロッセウムにはものすごい数の人々が押し寄せてきた。
観客たちでコロッセウムはあふれかえった。
武闘競技会は庶民の娯楽であった。
競技会を観戦するために多くの人々がつめかけるのだ。
客席にはイーシャとリエンテも来ていた。
サージュの試合を見るためである。
「すごい人の数ね。こんなにたくさんの人が見に来るなんて」
客席に座ってイーシャが言った。
「本当ですね。それだけこの武闘競技会を楽しみにしている人たちが多いということでしょう」
コロッセウムは円形の闘技場である。
観客席は円形にぐるりと広がり、砂地の闘技場を取り囲んでいる。
出場する選手は砂地の闘技場で戦い、全周囲から観客たちに観戦される。
コロッセウムは壮観の一言である。
コロッセウムは建築物としての完成度も高い。
コロッセウムの観客席は高いところにあり、低いところにある闘技場を上から下に見ることができる。
「サージュはどこまで行けるかしら?」
「そうですね、サージュさんの実力なら、意外と上位に行けるのではないでしょうか」
一方、サージュは闘技場の控室にいた。
控室には競技会指定の武器が置かれていた。
競技会ではそれらの武器以外使うことはできない。
また、控室は多くの選手であふれていた。
とにかくいろんな人たちがいる。
武闘派というイメージがぴったりだった。
選手はA組かB組に分けられる。
闘技場には出入口が二つあり、互いに向かい合っている。
控室からは闘技場が見えないので、サージュは出入口から闘技場を見ることにした。
開催委員会のアナウンスが流れた。
試合が始まった。
客席の人々が大きな歓声を上げた。
この競技会を主催するのは「武闘競技会開催委員会」である。
戦いで負けとなる条件は二つ。
一つは武器を手放すこと。
もう一つは「まいった」と負けを認めることである。
ゆえに相手の武器をいかに弾き飛ばすかが、勝敗を決める大きな要因になる。
試合は女司会の進行によって行われていた。
戦士たちは互いの武勇を披露した。
サージュはB組の出入口から試合を見ていた。
サージュは少し、緊張していた。
自分の戦いを観戦されるのが恥ずかしかったからだ。
サージュの目の前で一瞬にして勝負が決まった試合があった。
客席から大きな歓声が沸き起こった。
その人はA組の選手であった。
その人は長身で長い髪をした男性であった。
彼は一撃でB組の選手の武器をはじき飛ばし、勝利した。
「ただ今の試合は、ディウス(Dius)選手の勝利です!」
司会が告げた。
サージュはディウスを見て強いと思った。
「それでは続きまして、A組「ガドリオ(Gadorio)選手、B組「サージュ」選手の試合です! 両名入場してください!」
「あっ、サージュの試合だわ!」
「サージュさんは勝てるでしょうか」
イーシャとリエンテは期待に胸をふくらませた。
「よし、行くか!」
サージュは気合を入れた。
サージュは指定用の「剣」を持ち、闘技場に入っていった。
ちなみにこの競技会では女性の出場はできない。
参加できるのは男性のみである。
この競技会の起源は戦争で代表者による「一騎討」にあるらしい。
ゆえに古来から「男の競技」と見なされている。
サージュは闘技場の砂地を歩いて中央に向かった。
「サージュ! がんばってー!」
「サージュさん! 応援していますよ!」
イーシャとリエンテが大きな声援を送った。
サージュは手を振って二人に答えた。
サージュの向こう側、A組の出入口からガドリオが姿を現した。
サージュとガドリオは闘技場の中央で対面した。
ガドリオはスキンヘッドで上半身裸、そして柔らかなズボンをはいていた。
ガドリオの武器は「槍」だった。
ガドリオは体格がよく、筋肉質な体をしていた。
「初戦の相手はこんなガキか。ついているぜ。楽勝だな」
ガドリオが言った。
サージュはむっとした。
「二人とも、準備はよろしいですか? それでは試合開始!」
ガドリオ対サージュの試合が始まった。
大歓声が二人を包み込んだ。
「行くぜ!」
ガドリオがサージュに槍で突きを繰り出した。
サージュはガドリオの攻撃を巧みにさばいていく。
ガドリオはリーチの長さでサージュを攻めるつもりのようだった。
槍のリーチを生かしつつ、サージュの剣を叩き落すつもりらしい。
ガドリオはサージュに接近を許さずに勝負を決めようとした。
当初はガドリオが一方的に攻めていた。
しかし、サージュはガドリオの攻撃を見破り、反撃を加えた。
「!? こいつ!?」
ガドリオは驚いた。
サージュの攻撃が鋭い切れを持っていたからだ。
もっとも、「たかがチビ」と見下していた相手が予想外の攻撃に出たからだったが……
サージュはガドリオのリーチの内側に入ると、ガドリオの腹に剣の一撃を叩き込んだ。
「ぐは!?」
さらに姿勢を崩したガドリオのあごにサージュは剣の柄で打ちつけた。
「ぐがっ!?」
ガドリオは後ろにふらついた。
サージュはガドリオの槍に剣を打ちつけた。
ガドリオの槍が宙を舞い、砂地に落下した。
「勝負あり! 勝者サージュ選手です!」
司会が告げた。
「やったー! サージュ! 勝ちよ!」
イーシャは客席から立ち上がって喜んだ。
「サージュさん! お見事でした!」
リエンテが大声でサージュに言った。
「よし、まず、一勝!」
サージュは自分に言い聞かせた。
ガドリオは地面に倒れこんでしまった。
実行委員が二人現れた。
彼らは負けたガドリオを担架で運んでいった。
サージュは自分の足で闘技場の出入口まで戻った。
サージュの勝利は観客たちにとって意外だった。
どう見てもサージュは少年、大人のガドリオの方が強そうに見えたからだ。
それだけにいっそう歓声がサージュに送られた。
サージュは次々と対戦相手を倒し、勝ち続けた。
中には斧を持った選手もいて、サージュは勝利を収めた。
アレンタのコロッセウムは歓声で沸き起こった。
イーシャは珍しく、夢中になってサージュを応援し観戦していた。
それは突然だった。
ミラネウム(Milaneum)はアスカニアの北西に位置する大都市である。
ファッションや服の最先端都市として名高く、ほかにも絢爛豪華な建築物が都市を美しく飾り立てた。
人々はごく普通に日常を送っていた。
そんなミラネウムに暗雲が立ち込めた。
「? あれは何だろう?」
「どうした?」
「空が黒いわ。どうしたのかしら?」
「こっちに向かってくるぞ!?」
「おい! あれを見ろ!」
「なんだ、あれは!?」
ミラネウムの空から多くの黒い竜たちが来襲した。
この竜たちは四つ足で歩行し、二枚の翼を持っていた。
黒い竜たちはまるで蜂の群れのようにミラネウムに現れた。
「うわあああああ!?」
「きゃああああああ!?」
黒い竜たちはミラネウムの人々に襲いかかった。
竜たちは人々を襲った。
それはむしろ、竜たちによる人間の虐殺だった。
竜たちは明らかに「人間」を攻撃の対象としていた。
竜たちの攻撃により、多くの人々が殺された。
この竜たちの目的は「人間の抹殺」だった。
飛来した黒い竜たちは人間たちを襲い、都市を破壊した。
このニュース――黒い竜たちの来襲はすみやかにアレンタの元老院に報告された。元老院はただちに事態の対応を協議した。
その元老院に続々と新しい報告が各都市からもたらされた。
それは同様の事件が、黒い竜の群れが人々を襲っているという知らせだった。
ヘルクリア、ピアケンティア、アレクサリア、セレモナ、ブルスカ、ラウィエンナ、パレステなどの各都市も同様の事態に陥っていた。
「どういうことだ!?」
「いったい何が起こっているんだ!?」
元老院は混乱した。
この事態を重く見た元老院は「非常事態宣言」をアスカニア全土に発令した。
各属州総督は属州軍を率いて、事態の鎮圧にあたるよう通達された。
元老院はアスカニアの全軍団に、「緊急出撃態勢」を命じた。
すべてのアスカニア軍団は即時出撃できるよう準備すべし、と。
執政官セルウィウスは各法務官、および法務官級の人物たちを軍団の司令官に任命した。
サージュは順調に勝ち続けた。
サージュは鎧の戦士とも戦ったが、苦戦の末、相手の剣をはじき飛ばして勝ちを収めた。
「さて続きましては、A組「ディウス」選手対B組「サージュ」選手との対戦です! 両名ご入場ください!」
観客が拍手を送った。
サージュは闘技場に入った。
向こうの出入口からはディウスが入ってきた。
ディウスは冷静沈着だった。
サージュとディウスは闘技場の中央で対面した。
サージュは即座にディウスが強敵だと悟った。
ディウスは剣を持っていた。
「では、試合開始です!」
サージュは剣を構えた。
サージュはまずディウスに軽く斬りつけた。
ディウスは軽々とサージュの剣を受け流した。
さらにディウスはサージュに斬りこんできた。
ディウスの冷たい刃がサージュを襲った。
「くっ!?」
ディウスの剣筋は鋭かった。
サージュは何とか持ちこたえた。
サージュはディウスへの攻撃を試みた。
しかし、ディウスには隙が無い。
そう攻めても返り討ちになりそうだ。
そうしているうちに、ディウスの方から攻撃してきた。
ディウスの冷たい、鋭い刃がサージュに迫る。
ディウスはサージュの実力を測っているようだった。
本気というよりは試しに斬りつけている、そんな攻撃だった。
サージュは押された。
間合いを取り、反撃のチャンスを狙う。
サージュはディウスを剣で攻撃した。
ディウスは淡々とサージュの剣をさばいた。
ディウスはサージュの剣を受け流すと、体を回転させて、回し蹴りを放った。
「うわっ!?」
サージュはもろにそれをくらった。
サージュは片手で剣を持ちつつ、地面に倒れこんだ。
その隙を逃さず、ディウスはサージュの剣をはじき飛ばした。
「うっ!?」
サージュの剣は宙を飛び、落下した。
「勝負あり! 勝者ディウス選手です!」
わああああああと、歓声が観客から上がった。
「ああ、サージュが負けちゃった……」
「サージュさんの負けですね。残念です」
イーシャとリエンテはがっかりした。
サージュはあの回し蹴りだけは予想していなかった。
まさかそんな攻撃が来るとは……
サージュの前にディウスが手を差し出した。
「ほら、つかまれ」
サージュはディウスの手をつかんで起き上がった。
「いい試合だった。君はなかなかの強さだった」
「ありがとう」
サージュはディウスに礼を言った。
ディウスは笑った。
サージュは勝負には負けたがさわやかな気持ちだった。
この戦いにはフェアプレイの精神があった。
武闘競技会開催委員会に、突然、ある情報がもたらされた。
それは緊急の要件だった。
委員会は事態の理解に時間を要した。
「それでは次の試合に……あっ、ちょっと待ってください! 今、新しいニュースがありました! しばらくお待ちください!」
司会の女性があわただしく放送した。
観客からは不平、不満の声が上がった。
「どうしたんだろう?」
「どうやら何かあったようだな」
サージュとディウスが言った。
「どうしたのかしら? 急に?」
「そうですね。何かニュースがあったようですが……」
「美竜王よ、聞こえるか?」
「白竜? どうしたのですか?」
そこに白竜からのテレパシーがあった。
「緊急事態だ。とうとうフォルネウスが動き出した。人間世界にフォルネウスの眷属が攻撃を始めた」
「何ですって!? それは本当ですか!?」
「フォルネウス――女竜王フォルネウスが人間の抹殺を始めたのだ。今、アスカニアにフォルネウスの軍勢が来襲している。目的はただ一つ、人間の虐殺だ」
「フォルネウス……フォルネウスも人と共存するつもりはないというわけですね。フォルネウスの眷属が人間を虐殺するために送り込まれたのですか……」
「被害は拡大している。これは女竜王フォルネウスの『最終戦争』であり、人間の問題に対しての『最終的解決』ということだ。つまり人間を一人残らず根絶やしにするという、な」
リエンテはけわしい表情をした。
「? リエンテさん? どうかしたの?」
イーシャがふしぎそうに尋ねた。
「それは、ですね……」
「観客の皆さん! 誠に申し訳ありませんが、本日の競技会はここで中止いたします!」
司会の女性が告げた。
観客たちからブーイングの嵐が起きた。
コロッセウム全体が騒々しくなった。
「観客の皆さん! 落ち着いてください! 先ほど元老院より『非常事態宣言』が発令されました。アスカニアの各都市に竜が攻撃を仕掛けてきた模様です! 観客の皆さん! どうか落ち着いて自宅にお帰りください!」
司会はあわただしく伝えた。
「リエンテさん、どういうことなの!? 竜が人間を攻撃しているって!?」
「詳しいことは宿でサージュさんといっしょに話しましょう。今はここから帰ることが先決です」
リエンテが冷静に告げた。
闘技場ではサージュとディウスがたたずんでいた。
「非常事態宣言!? 竜の来襲!? いったい何なんだ!?」
サージュも理解できなかった。
「落ち着け。慌てても事態が悪化するだけだ」
ディウスがサージュに言った。
「ディウス……」
「どうやら、元老院が非常事態宣言を発令したらしい。よくはわからなかったが、竜がアスカニアを攻撃している、と。俺たちにわかるのはそれくらいだ。事態の対処は元老院に任せておくべきだ。それに俺たちが何かしても事態が改善されるとは思わない。まずは帰ることだ、ここからな」
ディウスが淡々と告げた。
アレンタの元老院には次々と悲鳴のような報告が伝えられた。
被害は拡大している。
新たに、ノウィオドゥム、ラキニウム、セレイア、アスコルピウム、ラオディキア、カノニアから竜の群れの来襲が告げられた。
元老院の対応は後手に回った。
元老院はみぞううの危機に翻弄された。