サージュとリエンテ
「う、う、ううう……」
サージュはゆっくりと目を覚ました。
どうやらここは宿らしい。
サージュは自分に起きた状況について、理解することができなかった。
いや、思考がついていけなかった。
とりあえず、自分がベッドで眠っていたことだけは把握できた。
「サージュ、起きたのね!」
「イーシャ?」
サージュは上半身を起き上がらせた。
「イーシャ、俺はどうして……?」
サージュはベッドの隣にいたイーシャを見上げた。
「もう、心配したのよ。サージュは三日間眠りっぱなしだったの」
「三日? 三日も俺は眠っていたのか?」
イーシャは心配そうにサージュをのぞきこんだ。
「うっ!?」
サージュは体に痛みを感じた。
体がバラバラになりそうだ。
「どうしたの!? 大丈夫!?」
イーシャはサージュの体をいたわり、支えた。
「体が痛い……疲れじゃなくて、痛みがある……」
「回復魔法は限界までかけたんだけど……」
「これは医学の領域なんだろ……」
サージュは大きく息をはいた。
「俺が寝ているあいだ、何かあったか?」
「そうね。気になることが一つあったの」
「それは?」
「イシャールのことよ」
「イシャールの?」
「ええ。なんだか変なの。ついこのあいだまではイシャールが『神の子』として君臨していたのにその存在感がすべて消えてしまったの」
「消えた?」
サージュは一瞬耳を疑った。
「うん。まるでイシャールは最初から存在しなかったように。人々から、イシャールの記憶がなくなったみたい」
「闇の魔法が解けたからじゃないか?」
「そうね……今のアレンタは静かなものよ。少し前までは熱狂の渦が人々を巻き込んでいたのに……すべてはイシャールが倒されたからね」
「そういえば、リエンテはどうしてる? あれからどうなった?」
サージュはリエンテのことが気になった。
「リエンテさんならまだ、眠っているわ。特に体に外傷はないから、大丈夫だと思うんだけど、ずっと目を覚まさないの……」
「そっか……リエンテが目を覚ますといいんだけど……うっ!?」
「サージュ、大丈夫!?」
「ははは……とても他人のことを心配していられる体調じゃないな……」
「サージュ、横になったら?」
「ああ、そうするよ」
サージュはイーシャに助けられつつ、体を横にした。
イーシャはベッドの端に座った。
「イシャールが倒されたから、竜の国への遠征も竜との戦争も消えてしまったわ」
「そっか、それはよかった……」
「サージュがイシャールを倒したからよ」
「いや、俺の力でイシャールを倒したわけじゃない」
「どういうこと?」
「俺が勝てたのは聖剣シャイネードがあったからさ。最後にイシャールの攻撃を破ったのは俺じゃない。シャイネードだよ」
サージュは全身を横たえた。
イシャールとの戦いは激しかった。
あれほど真剣に、白熱した戦いは初めてだった。
「シャイネードには特別な力がある。一つは魔法を斬る力。もう一つは光の力だ」
「光の力?」
「ああ、シャイネードには光の力がある。それがイシャールの闇の力を打ち破ったんだ。俺が持っている水の力じゃ、イシャールには対抗できなかった……勝ったのはシャイネードのおかげだよ。俺はまだシャイネードを使いこなせていないんだ……」
「でも、サージュがイシャールに勝ったのは事実よ。それは喜んでもいいと思うわ」
イーシャは優しくほほえみかけてきた。
「そうだな……イシャールを倒したから、人と竜の戦争は阻止できたんだ……」
「少し、眠ったら? その方が体の痛みも和らぐと思うの」
「ああ、そうさせてもらうよ……」
「リエンテさんのことは心配しないで。私が看病しているから」
「ああ、任せたよ……」
サージュは目をつぶった。
ただ、静かに横たわる。
いつしか、サージュは眠りに落ちていった。
イシャールの後、アレンタの元老院はセルウィウスを執政官に選出した。
執政官セルウィウスは国境警備隊の再編と、増援部隊の派遣を元老院で討議した。
セルウィウスの案件は元老院で承認され、すみやかに実行に移された。
アスカニアの秩序は回復した。
イシャールがいた痕跡は完全に消え去り、アレンタの市民たちはイシャールのことを忘れ去った。
真の意味でアスカニアに平穏が訪れた。
市民たちはそれぞれの仕事にいそしんだ。
ただ、平穏な日常が流れていった。
しかし、暗雲は消えていなかった。
暗雲はひそかに確実にアスカニアに近づいてきた。
アレンタの市民たちはそれを知る由もなかった。
リエンテが目を覚ましたのは一週間後だった。
リエンテは目を覚ますと、ベッドから降りて、起き上がった。
「わたくしは?」
リエンテは宿の自室にいることだけはわかった。
リエンテは部屋から廊下に出た。
「リエンテさん、目が覚めたのね!?」
「イーシャさん?」
リエンテは廊下でイーシャと出会った。
イーシャはリエンテに近づいた。
「イーシャさん、わたくしはどうしていたのでしょうか? イシャールのもとに行ったことは覚えているのですが、それからの記憶がないのです……」
「リエンテさんは一週間も眠り続けていたのよ。私はそのあいだ看護していたの」
「わたくしは一週間も眠り続けていたのですか?」
「そうよ」
「それはご迷惑をおかけしました」
リエンテはイーシャに礼をした。
「いいのよ、別に」
「わたくしが眠っているあいだに何かありましたか?」
「そうね、恐れていたこと……竜の国への遠征と竜との戦争は消えてしまったわ。サージュがイシャールを倒したからよ。人々はイシャールのことを忘れてしまったみたい。人々の記憶から、イシャールの存在が消えたの」
「そうですか……人と竜の戦争がなくなったのは本当に良いことです。サージュさんがイシャールを倒してくれたからですね。サージュさんは今、どうしていますか?」
「サージュはボロボロね。リエンテさんより前に目を覚ましたんだけど、全身に痛みがあるみたいで、体を動かすことができないの。今も、ベッドで横になって休んでいるわ。イシャールとの戦い……私は見ていただけだけど、とても激しかったわ。ものすごい激突だったの。イシャールはとても強かったわ。最後までサージュを押していたから……サージュが言うには聖剣シャイネードがあったから勝てたって……」
「そうですか……サージュさんは今眠っていますか?」
「ええ、少し前にサージュの部屋に入って様子を見たときはぐっすり眠っていたわ。リエンテさんは体の調子はどう?」
「わたくしは大丈夫です。特にけがもしていません。少し、サージュさんの様子をうかがってもよろしいでしょうか?」
「ええ、いいわよ」
リエンテはイーシャと共に静かにサージュの部屋に入った。
リエンテは眠っているサージュを見た。
サージュはすやすやと眠っていた。
部屋の照明は消してあった。
そのため、部屋の中は薄暗かった。
「本当にぐっすり、眠っていますね。今は安静にさせておくしかないでしょう」
リエンテは立ち尽くした。
「もう、結構です。わたくしは部屋を出たほうがいいでしょう。失礼します」
そう言ってリエンテはサージュの部屋から出て行った。




