ピエット
「今日はここで野営しようか」
サージュが言った。
「そうね。もう疲れたわ」
サージュとイーシャは天幕を張った。
イーシャは火を起こした。
もう、夕方になっていた。
「ご飯のしたくをしましょうか」
イーシャは袋からパンを取りだした。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
サージュはイーシャからパンを受け取った。
「おなか減ったな。いただきます」
サージュはパンにかじりついた。
火が赤々と燃えていた。
やがて太陽が落ちて、夜になった。
満天の星々がサージュとイーシャの上にあった。
夜、たき火を前にして。
イーシャはたき火の前に座っていた。
どこかさびしげな表情をしていた。
「イーシャ、どうかしたのか?」
サージュが問いを発した。
「あ、ううん。ちょっと考え事をしていたの」
「考え事?」
サージュはイーシャの隣に座った。
「今ごろ、お父さんやお母さんは何をしているかなあって。気になったの」
「そっか。二人はイーシャが旅に出かけたことは知っているのか?」
「一応、手紙を書いておいておいたわ。もう読まれたと思うけど」
イーシャの目に火は映っていなかった。
「ずいぶん、遠くまで来たじゃない? 旅に出る前は考えられなかったわ」
「そうだな。今日はこんな山の中で野宿だしな」
「サージュはフォルトゥナさんに言ったの? 旅に出るって?」
「ああ、母さんには言った。おまえがいつかそうするだろうと思っていただってさ」
サージュはたき火を見て答えた。
「さすがフォルトゥナさんね。全部見越してたんだ。サージュを拾って育ててきたことはあるわね」
「今ごろ村では何をしているんだろうな」
「私のお父さんとお母さんは夕食を済ませたと思うわ。フォルトゥナさんはどう?」
「そうだな。母さんのことだから祭儀用の服をきれいに整えているんじゃないかな。いつもきれいにしておくんだ」
「こうして野宿していると旅をしているんだって思うわね」
「そっか」
二人はそのまま火を見ていた。
「もう、寝ようか」
「そうね。そうしましょう」
二人は天幕に入った。
地面のざらつきをサージュは感じた。
床が硬い。
「おやすみ」
「おやすみなさい」
二人は横になった。
サージュは早く眠った。
「サージュ?」
イーシャは背中を振り返ってサージュを見た。
「寝ちゃったんだ。私も寝よ」
翌朝、目を覚ましたサージュとイーシャは天幕を片づけた。
二人は緩やかな山道を下って、街道に出た。
「この道は人が行きかっているわね」
「交易路らしいな」
サージュとイーシャは街道を道なりに進んでいった。
物資を運ぶ荷車や行商人、旅人、冒険者らの姿が目に付いた。
「あれ、どうしたんだ?」
「何、サージュ?」
どうもあるところから交通が詰まっているらしい。
道を行きかう人々が立ち往生している。
「すいません、どうして先に行けないんですか?」
サージュは行商人に話しかけた。
「この先に竜が出たんだよ」
「竜?」
「竜が道に座っていて通れないんだ。まったく困ったよ。商売あがったりだよ」
行商人はサージュに答えてくれた。
「竜に襲われたらひとたまりもないからね。最悪、道を引き下がらなければならない」
「ただ、ここは重要な交易路だからね。人や物の行き交いができないのは困るんだ」
「誰かが、何とかしてくれるといいんだが……」
「それでしたら、私がやりましょう!」
その時一人の男が声を出した。
「私がその竜を退治します!」
彼は立ち往生している人たちに向かって宣言した。
どうやら冒険者らしい。
きらびやかな服に羽の付いたハットをかぶっていた。
「竜など私の剣で始末をしてくれましょう!」
彼は剣の鞘をつかんで、衆目に見せびらかした。
「相手は竜だ。お若いの、やめておいた方がいい」
「そうだ。どだい、勝てっこない」
商人や旅人がこぞって彼を説得しようとした。
「心配は無用です! 私は一流の剣の使い手なのですから! では、いざ!」
彼はそう言うと、一人で街道を先に進んでいった。
彼は自信満々だった。
「この先に竜がいるってさ」
「危険ね、ほかに道はないのかしら」
「ほかに道はないんですか?」
サージュは行商人に尋ねた。
「ない。あとは山があるだけだ」
サージュじゃイーシャのところに戻ってきた。
「俺は竜を倒してこの先に進もうと思う」
「竜と戦うつもり? 勝てそう?」
「イーシャは後ろにいてもいいぞ?」
「何言ってるの! 私だって戦えるって言ったでしょ?」
そう言ってイーシャはワンドを取り出した。
「よし、先に行こう!」
「ええ!」
先に竜のもとに向かった彼は竜と対面していた。
「これが問題の竜ですか。意外と小さいのですね」
その竜はやや小型だった。
全長四メートルほどの大きさであった。
竜は彼の存在に気づいた。
「フフフフ、私の剣のさびにしてあげましょう!」
彼は自信たっぷりに細身の剣を抜いた。
腰を落とし、刺突の構えを取る。
「行きますよ!」
彼は竜の頭を狙って剣で突き刺した。
が、彼の突きは竜の頭から滑ってそれた。
「あれ? おかしいな? そんなはずは?」
呆然としている彼に、竜が突進した。
竜の頭突きが彼に当たり、彼を吹き飛ばした。
彼は数回バウンドして地面に倒れこんだ。
「う、うーん……」
彼は失神した。
その場にサージュとイーシャが現れた。
サージュは男のやられぶりを見て。
「なんだ、あの人! むちゃくちゃ、弱いじゃないか!」
「まったく、何考えているのかしら! 死にたいの!?」
サージュとイーシャは竜と男とのあいだに入った。
サージュは剣を抜き構えた。
イーシャもワンドを構える。
「俺が前に出る! イーシャは後ろから援護してくれ!」
「わかったわ!」
「行くぞ!」
サージュは剣で竜に斬りかかった。
しかし、竜の体は硬く、思うようにダメージが与えられなかった。
サージュはすぐさま後退して距離を取った。
「硬いな」
「イカズチよ! 落ちなさい!」
イーシャが雷の魔法を唱えた。
竜の上方からイカズチが落下し、竜に命中した。
竜は苦悶の表情を浮かべた。
サージュは自らの力を解放した。蒼いオーラにサージュが包まれる。
サージュは「海の力」を持っていた。
その力は荒ぶる海の象徴だった。
海のオーラをサージュは剣にまとわせる。
竜は口から炎をはきだした。
炎はサージュをなめつくした。
しかし、サージュには効かなかった。
海の力で守られていたからだ。
「効かないね」
今度は竜がサージュめがけて突進してきた。
「おっと!」
サージュは横によけて突進をかわした。
そこにイーシャの水の魔法が竜に当たった。
水の泡がはじけ飛ぶ。
「今よ、サージュ!」
竜はひるんだ。
サージュはその隙を逃さずに、竜の頭に剣を打ちつけた。
「グオオオオオオオオオ!?」
大きな叫び声を上げて竜は倒れた。
「ふう、勝ったな」
サージュは剣をさやにしまった。
「やったわね、サージュ!」
「これでこの街道を行けるようになったな」
「ところで、あそこで倒れているあの人はどうするの?」
「見捨てるわけにもいかないし、起こそうか」
サージュは倒れた男に声をかけた。
「もしもし?」
「うーん、うーん、うー……はっ!?」
男は急に目覚めた。
がばっと起き上がり脚で立った。
「私はいったい何をしていたのでしょうか? 竜と戦っていたところまでは覚えているのですが……おや? 竜が死んでいるではありませんか!」
「竜は俺たちが倒した」
「どうやら、私は先を越されてしまったようですね。これから竜に逆転する手はずだったのですが」
「どう考えれば、そういう話になるわけ?」
イーシャは呆れた。
どうやらこの男はかなりの変人らしい。
かかわらないほうがいい、サージュの理性が警告を発した。
「じゃあ、俺たちは先に行くので」
「お待ちを!」
「何か?」
めんどうなことになりそうだ。
「私はあなた方に興味を抱きました。どうかいっしょに街道を歩きませんか?」
「ええ!?」
イーシャが拒絶反応を示した。
「私はピエット(Pietto)と申します。あなた方は?」
「俺はサージュ」
「私はイーシャ」
「ではいっしょにこの先の町まで行きましょう!」
サージュとイーシャは顔を見合わせた。
この男はめんどうと、厄介と、足手まといにすぎないのではないか?
「これはダメって言ってもついてきそうだな」
「嫌って言ってもついてくるわね」
「どうしたのですか? では、いざまいりましょう! 交易都市ヴェノーザ(Wenoodza)へ!」
イーシャは大きくため息をついた。
サージュは頭痛の種を抱え込むことになった。
三人はヴェノーザに向けて歩き出した。