虚栄の焼却
白竜はサージュたちをフィオレンティアの近郊まで送った。
白竜はサージュたちを降ろすと、西へと飛び去って行った。
サージュはふとフィオレンティアの中が騒々しいと感じた。
「なんだ? フィオレンティアがおかしい」
「え、何、サージュ?」
「これはいったいどうしたんでしょう。町の様子が変です」
「行ってみよう!」
サージュたちは走って、町まで急いだ。
フィオレンティアでは市民たちが暴動を起こしていた。
市民たちは暴徒と化し、町を破壊した。
市民たちは正気ではなかった。
「市民たちよ! 清貧に立ち返れ! 虚栄を捨てよ!」
市民たちは一人の闇の魔道士によって操られ、扇動されていた。
彼の名前はサヴォナローラ(Savonarola)であった。
フィオレンティアの市民は三つに分けられる。
1 資本家階級
2 中産階級
3 貧民階級
この暴動には中産階級と貧民階級が多く加わっていた。
サヴォナローラは市民たちを扇動した。
サヴォナローラはまるで聖職者のように市民たちから熱狂的に迎え入れられ、市民たちは彼の説教に聞き従った。
サヴォナローラの教説では物質と肉体は悪であるとみなされた。
「神の国が近づいた! 市民たちよ! 神の国は貧しき人のものである!
地上の国には虚栄と退廃がはこびっている! 清貧に立ち返り、神の国を地上で実現しよう! 神は貧しきものと共におられる! フィオレンティアの悪を破壊するのだ!」
市民たちは町の中から芸術作品を見つけ出し、サヴォナローラのもとに持ってきた。
「虚栄は焼却されねばならない!」
市民たちは火を起こすと、芸術作品を日の中に投げ入れた。
サヴォナローラからは芸術は虚栄の象徴とみなされた。
「これは虚栄の焼却だ!」
サヴォナローラは芸術の焼却を市民に命じた。
この暴動によって市庁舎は混乱した。
「神の国は近づいた! 御国は貧しき人、持たざる者のものである。
フィオレンティアの悪しき体制を打ち倒せ!」
サヴォナローラの説教にはフィオレンティア共和国の体制転覆と革命が含まれていた。
市長は市庁舎から暴徒を見守ることしかできなかった。
「くっ、なぜ、こんなことに……神よ、我らを守り給え!」
窮地に追い込まれて市長は「神」を思い出した。
暴徒たちは資本家を見つけると殺害した。
なぜなら、サヴォナローラの説教では富者は悪だったからである。
サヴォナローラの目的は政教一致の「神権政体」の樹立であった。
それでもたかが一人の闇の魔道士にここまで大きな暴動を起こす力はなかった。
この暴動の本質は中産階級の人々がひそかに抱いていた空虚感にあった。
どれだけ多くの富を追求したとしても、また物質的繁栄を遂げたとしても、いや経済的繁栄がなされるほどに中産市民には空虚感が大きくなっていった。
富と物があふれても、享楽や快楽を求めても、一向にこの空虚感は消えなかった。
市長は中産市民の空虚感に気づいていなかった。
それはサヴォナローラも同じであった。
彼は自らの力を過信した。
暴徒たちはサヴォナローラを預言者と見なし、その言葉は神から預けられたものと考えた。
サヴォナローラは一流の絵画を火の中に投げ捨てた。
虚栄は焼却されねばならない。
市民が狂って暴動を引き起こす中、サージュたちはフィオレンティアに到着した。
「なんだ、暴動が起きているじゃないか!」
「それに何か変よ!」
「これは闇の魔法で操られています! 誰か闇の魔道士が市民たちを暴徒化させ町で暴れさせているのです!」
「誰だ! そんなことをしでかす奴は!」
「市民たちよ! この世に神の国を実現するのだ!」
サヴォナローラは焼却炉の火を見つめて叫んだ。
「おまえか! この暴動の黒幕は!」
「もうやめて! これ以上暴動を引き起こさないで!」
「むう、何だ、おまえたちは。私の邪魔をするつもりか? 市民たちよ! これらの者どもは我々を妨げるつもりだ! 我々は神の民である! その我々に立ちふさがるのは悪でしかない! これらの者どもを打ち殺せ!」
サヴォナローラの扇動によって市民たちがサージュたちに襲いかかってきた。
「くっ、倒すしかないのか!?」
「サージュさん、わたくしに任せてください」
リエンテは前に出て、杖を正面にかざした。
「水よ!」
辺りは水の泡で満たされた。
市民は眠ってしまった。
眠りのいざないによって市民らは倒れた。
「何!? 私の闇の魔法が!?」
「俺が相手だ!」
サージュは聖剣でサヴォナローラに斬りかかった。
サヴォナローラは杖でサージュの攻撃を防いだ。
サヴォナローラは後退した。
「闇の力を思い知れ!」
サヴォナローラは闇の炎をサージュの周辺噴出させた。
「どうだ!」
しかし、サヴォナローラの攻撃はサージュの水のバリアで防がれた。
サージュはサヴォナローラを斬り捨てた。
「ぐはっ!?」
サヴォナローラは死んだ。サヴォナローラに操られていた市民たちはみな失神した。
「見て、暴動が収まっていくわ」
「ふう、事態を沈静化できたようですわね」
サージュたちは宿に戻った。
市民たちは正気を取り戻したようだった。
イーシャとリエンテはサージュの部屋にいた。
「暴動は沈静化できたようだな」
「それにしても、市民たちがあんなに暴動に参加したなんて……どうしてかしら?」
イーシャには今回の暴動に疑問が残った。
「それはわたくしにも疑問ですわ。あの闇の魔道士にあれだけの市民を暴徒化できる力はありませんでした。つまり自らの意思で暴動に参加した者たちがいたということです」
「虚栄の焼却っていうのが俺には気になる」
「虚栄の焼却?」
「どうも芸術作品を虚栄の象徴と見なして焼き捨てたらしい。それに清貧って言葉も」
「サージュさんはどう、お考えですか?」
「結局、富と物のあくなき追求が精神的に行き詰っていたんじゃないだろうか。どれだけ、経済的、物質的に繫栄しても幸せとは限らないってことさ。
だから清貧に帰れ、とか、虚栄は焼却されねばならない、とかいう言葉が市民の心をとらえたんじゃないだろうか」
「なんだか、フィオレンティアを見る目が変わったわ」
「そうですね。むしろ体制に反動的な言葉が市民たちの心に響いたのかもしれません」