白竜
サージュ、イーシャ、リエンテはフィオレンティアから出発し、西の街道を歩いていた。
目的は白竜に会うことである。
「リエンテ、俺たちは白竜のもとを訪れて大丈夫なのか? 竜が住んでいる地に足を踏み入れることになるけど」
「私もそう思うわ。私はできることなら竜が住んでいる領域には入りたくないもの」
イーシャは不安を口にした。
「それは心配には及びません。白竜には、もうすでにあなた方が訪れることをわたくしが知らせておきました。白竜は快く迎えてくれると思います」
リエンテは安心させるように言った。
「白竜か。どんな竜なんだ?」
「まず、大きな白い竜です。ですがとても優しく穏やかでもあります。人間に敵意は持っていません」
「俺は竜を恐ろしいと思う」
「恐ろしい、ですか?」
リエンテはきょとんとした。
「私は怖いと思うわ」
「怖い、ですか?」
「だってあんなに大きな体をしていて、口から息をはき出すんですもの」
「ある意味では、竜は強くて恐ろしくて、怖い存在だな」
「それも必要なのかもしれませんね。人と竜には一定の距離感が」
三人は西の街道を歩き、山の中に入った。
この山の向こうには海が広がっている。
この辺りは辺境らしく、人は誰も歩いていなかった。
標識は立っており、小さな村はこの近場にあるらしかった。
サージュには不安や戸惑いがあった。
リエンテの言葉を信じていないわけではなかったが、それでも、「竜に会う」など初めての体験だからだ。
「白竜は友好的なのか?」
サージュはリエンテに聞いた。
「そうですね、友好とまではいかないと思います。彼はただあるがままを好む方ですから。ですがわたくしのことは信用しています。ですから、わたくしたちをよく迎えてくれると思います」
サージュたちは山道の途中で平坦な場所を見つけた。
「今日はここで宿営しよう」
「わかったわ」
「では、休みましょう」
サージュは木の枝を集めて火を起こした。
三人は火のもとで簡素な食事を取った。
「それにしても、リエンテは珍しいな」
「珍しい、ですか?」
「だって竜なのに旅をして、人間の町を訪れているんだろ?」
「あ、それは私も気になる。リエンテさんはどうして旅をしているの?」
「わたくしは人の営みを見ているのです。人がどう生きているのか、何をしているのか……もちろん、人間と竜の共存についても考えています。わたくしも竜王ですから。わたくしには竜族の問題にかかわる責任と義務があるのです」
「リエンテは人間をどう思っているんだ?」
「わたくしは人間を肯定的に見ています。わたくしにとって人は良き隣人です。わたくしは人を信じたいのです。ですが、わたくしはまだ人を理解しきっていません。人間と竜……双方の種族はまだ会うべき時ではなかったのかもしれません。双方共に、何の準備もなしに、接触が起こってしまいました。竜の側では人間と竜とのあいだに摩擦が生じていることを早くから察知していました。人と竜が出会うことで、対立、緊張、衝突、敵対が起こるのではないかと……今まで人間と竜が対立、衝突することはありませんでした。しかし現実で人間と竜が衝突し、悲劇が起きてしまいました……」
「それは今回の竜王の死について言っているのね?」
「はい。人にも善き人と悪しき人がいるように、竜にも善きものや悪しきものがいることも事実です。全ての竜が善ではありません。わたくしが恐れているのは人と竜が敵対し、憎しみ合うようになることです」
話を終えると、リエンテは大きなため息をついた。
「今日はもう夜になった。もう寝ようか」
「そうね。リエンテさんも」
「そうですね」
サージュたちは天幕の中に入って寝た。
次の日、サージュたちは山の峠を越えて、下りの道を歩いた。
山の下り道からは海が一望できた。
「リエンテ、どこまで行けばいいんだ?」
「海の近くまでです」
サージュらは山を下って、海の近くまでやってきた。
「海の近くまでたどり着いたわね。これから、どうするの?」
リエンテは六芒星の魔法陣を描いた。
「この中に入ってください。テレポートで白竜が住んでいる島に向かいます」
「よし、行こう」
三人は魔法陣の中に入った。
テレポートによって転送され、サージュは気づくと、見慣れない島に来ていた。
「ここが白竜が住む島か」
「サージュさん、イーシャさん、わたくしが案内します。わたくしの後に付いてきてください」
リエンテは先導して階段を登っていった。
サージュとイーシャはリエンテの後に続いた。
昼の太陽はさんさんと輝いて地上を照らしていた。
サージュは階段の上に登ると、一匹の巨大な竜と出会った。
白い竜と呼ばれるだけあって、体の色は白かった。
四つ足歩行の竜で、背には大きな翼がついていた。
「こうして直接会うのは何十年ぶりでしょうね、白竜」
リエンテは白竜を見て喜んだ。
「何十年ぶりか……そのようなものを私たちは数えないであろう。悠久の時を生きる私たちはそのような時の数など見もしないからだ。美竜王よ、この二人があなたの友人なのか?」
白竜は関心をサージュとイーシャに向けた。
「はい、そうです。サージュさんとイーシャさんです」
「ようこそ、客人よ。ここは竜の庭だ。この私の住まいだ」
丘の上は緑の芝生でしきつめられていた。
「わたくしは人間と竜の共存について話をしたいと思っています」
「だが、その前に、風の竜ワイバードの死について話すべきであろう。風の竜ワイバードは一人の人間によって殺された。ついに人と竜が衝突してしまったのだ。人間が竜王を殺したことで、過激な者が刺激された。どうやら、赤竜サラマンダーが実力行使に出たようだな」
「だから俺たちはその赤竜と戦ったんだ。赤竜がフィオレンティアを襲ったから……」
「今までは人と竜が衝突する可能性はあった。それはあくまで可能性だった。それが現実に起きてしまったのだ」
「今回のワイバードの死は悲劇でした。とても悲しいことです」
「美竜王よ、これは私たち竜族と人間が新しい局面に入ったということだ」
「それはどういうことですか?」
「人と竜が対立する時代だ。ところが双方共に出会う準備も用意も、方針もできていない。いきなり出会うことになってしまったのだ」
「どうして人間と竜がそういうふうに出会うことになったの?」
イーシャが尋ねた。
「人間がこの世界で活発な活動をするようになったからだ。原因の一つに、人間の行動がある」
「それはどんな行動なんだ?」
「政治、軍事、経済、商工業、冒険、旅、観光、をはじめとする人の全活動だ。およそ人間の活動すべてが竜との摩擦を生み出す原因となった。それは人間が竜に近づく可能性を持ってしまったのだ」
「どうして人間が活動的になると、竜と出会ってしまうの?」
「人間が竜が住む領域に足を踏み入れる可能性ができたからだ。風の竜ワイバードは自分の領域に人間が侵入したために、怒り狂って人間の都市を攻撃したのだ。人間の活発な活動は竜だけでなく、ほかにも怪物や魔物と遭遇する可能性を高めた。これは人間の文明が進歩したからでもある。今までは危険として近づかなかった場所にも人間は立ち入るようになった。昔は違った。昔の村落共同体では村の外に出ること自体まれだった。今では商工業の発達によって多くの人間たちが町々を移動している」
「つまり、人間たちの行動の変化が竜との遭遇や摩擦を引き起こすようになったのです」
「人間の文明の進歩、か」
サージュはつぶやいた。
「人の平和と竜の平和は違うのだ」
「何が、どう違うの?」
「私たちは基本的にはただ自然なだけだ。私たちは人間を特別扱いしない。我々にとっての人間観とは犬や猫、羊、ヤギ、牛、豚、蛇、それらいずれとも変わらない。我々はホモ・サピエンスとは見ていないのだ。我々はただ、あるがままを見る。我々にとって、全き自然こそが平和なのだ。それは自然環境が清浄でありさえすればよい。我々にはあるがままこそ自然なのだ。しかし……」
「しかし、何なんだ?」
「竜の中にもあるべきを追求する者たちがいる。全ての竜が同じことを考えているわけではない。人の平和とは戦争でないこと、経済活動の追求、政治的安定ではないのか?」
サージュは何も答えずに、ただ黙っていた。
白竜の後ろで白い小鳥たちが飛んでいった。
「事実として、我々竜の側にも原因はあるのだ。別に人間の側だけが悪いわけではない」
「それはどういうことなんだ?」
白竜は首を動かしてリエンテを見た。
「我々竜の側でも、人間とどのような関係を持つべきか、決まっていないのだ。戦い、抗争、戦争、融和、友愛、移住――竜の中には戦いを主張する者も多い。人と竜は戦うことになるかもしれぬ。歴史的必然として……でなければ双方が同じ問題意識を持てないからだ」
「結局、わたくしたち竜の側はバラバラなのです。みなで一致した行動をとることができません。ですから、そのようなわたくしたちと、人間が接触することは非常に危険なのです」
「竜の中でも特に危険な存在が二体いる」
「二体?」
「一方は皇竜ルブリウス、もう片方は邪竜フォルネウス」
「何が危険なの?」
「まず、ルブリウスは領土的野心を持っています。ルブリウスは竜族の軍事力を保有しており、人間の国々への侵攻を企てています」
「フォルネウスは最も危険なことを考えている。フォルネウスは人間を癌細胞か病原菌と見なしている。人間を地上から一掃するつもりなのだ。それを一種の浄化と考えている。人間はこの世界オイクメネにとって害悪にすぎないとな」
サージュとイーシャは絶句した。
「今のところ両者は目立った動きを見せていない。しかし、いずれ何らかの行動を開始するであろう。それがいつなのかは私にもわからぬがな」
一同はしばらく沈黙した。
「人と竜が共存できるのか、私にはわからない。出会わないほうが双方にとって好ましいのかもしれぬ。しかし、我々は互いの存在を無視することはできない。何らかの解答が必要なのだ。いずれルブリウスとフォルネウスが強制的に人間に突き付けるであろう。竜の存在についてな。人間も多くの国々に分かれている。竜はバラバラ。これが現状だ」
「人間と竜か……なんだか世界的規模の話だな」
「そんな話をどうして私たちに?」
「わたくしはお二人を信頼しています。ですから、人と竜のことについて知っていただきたかったのです。サージュさん」
リエンテはサージュに向かいなおった。
「サージュさんにぜひとも受け取ってほしいものがあります」
「何だい?」
リエンテは目を閉じ杖を横にかざした。
リエンテの体から光が放たれた。
ふと、上空に光輝くものが現れた。
それはゆっくりとリエンテの前まで下りてきた。
それは一本の剣だった。
「これは?」
「剣?」
「はい、そうです。聖剣シャイネード(Sheineedo)です。人と竜の友愛と希望としてサージュさんに受け取っていただきたいのです」
サージュは剣を手にした。
「なんだろう……自然に手になじむ、そんな剣だ」
「その聖剣を託すほどの者か、あなたの友人は」
「はい、そうです。サージュさんに人と竜の希望を託します」
「話はもう終わりであろう。これ以上話をすることはない」
「そうですね。白竜、わたくしの願いを聞き入れてくれて感謝します。サージュさんと、イーシャさんもです。わたくしの願いを受け入れてくださり、ありがとうございます」
「帰りは私が送り届けよう。私の背に乗るがいい」
白竜は首を低くして、三人が乗れるようにした。
「竜に乗るなんて初めてだ」
「少し、怖いわ」
「白竜、フィオレンティアまでお願いします」
「わかった」
三人が背に乗り込むと、白竜は翼をはばたかせて上昇した。
白竜は空を飛び、三人をフィオレンティアまで連れて行った。