ラケドニア
トリデント軍の敗北に市民たちは動揺した。
生き残った市民からラケドニア兵の狂人ぶりが語られた。
ラケドニア軍には狂気が伴っていると。
まるで狂戦士だ、と。
アガトン議長はすぐさま軍の再編を命じた。
アガトン議長はここまでたやすく市民軍が敗れるとは予想していなかった。
トリデント軍のこのような敗北は初めてであった。
編成された軍はトリデントの防衛を命じられた。
サージュとイーシャもトリデントとラケドニアが戦争状態に入ったことを知った。
「ついに始まったわね、戦争が」
「ああ、おかげで門が硬く閉ざされて都市内から出られなくなった」
「こんなことなら、もっと早くトリデントを出るんだった!」
イーシャはベッドに座っていた。
サージュは宿のイーシャの部屋にいた。
「しかたないさ。突然戦争になったんだ。俺たちの力ではどうしようもない」
「ねえ、市壁が突破されたら、サージュも戦う?」
「その時はね。ラケドニア兵に何を言っても無駄だろうから」
「そんなことにならないよう、心から祈るわ」
ラケドニア軍はトリデントの近くまで侵攻した。
徐々に、少しずつ、まるでトリデントにプレッシャーを与えるように。
トリデント軍はそのプレッシャーに耐えられなかった。
トリデント兵たちは我を忘れてラケドニア軍を攻撃した。
トリデント軍はラケドニア軍の強さを改めて知った。
ラケドニア軍は専門の職業軍人で構成されている。
それに対して、トリデント軍は市民で構成されている。
いくら国防意識は高くとも、戦時には兵士となっても、シロウトの集団であることに変わりはない。
トリデント軍はラケドニア軍に押されると、後退を始めた。
トリデント市内には第三の軍隊が編成され、予備軍とされた。
戦いの様子をサージュは塔から眺めていた。
「あれは……!?」
サージュはラケドニア軍を見て驚いた。
「どうしたの、サージュ?」
「ラケドニア軍から闇の力を感じる」
「え? 闇の力? ラケドニア軍から?」
「あのラケドニア軍は普通じゃない。ラケドニア兵は闇の力で操られているんだ。おそらく、ラケドニアの背後に、闇の魔道士がいる!」
「闇の魔道士ですって!?」
「王よ、初戦の勝利、見事です」
イシャールがラケドニア王リュクルゴスに言った。
「これは吉報、うれしい限り。このまま一気にトリデントを攻撃し、陥落させます。わが軍はトリデントを圧倒しています。我々は勝ちましょう」
「しかし、このままうまく事が運びますかな?」
「わが軍はプロフェッショナル、トリデント兵はシロウト。おのずと勝敗は決まってくるでしょう」
王は自信を持って答えた。
「そうですね。それでは私はこれにて失礼させていただきます。これでもいそがしい身でして」
トリデント軍は防衛戦に回った。
トリデント側は行き詰った。
トリデント市内ではラケドニア軍のすさまじさが語られた。
都市内で待機していた予備軍の兵士たちはおじけずいた。
このまま死ぬのかと、わが身の不幸を嘆く者まで現れた。
今、現在は戦いが中断されていた。
アガトン議長はこの状況を何とか打開したかったが、知恵が思いつかなかった。
今はラケドニア側が軍の再編をしているらしく、それで攻撃が控えられているらしい。
アガトン議長は自身の長い沈黙を破ろうとしたが、できなかった。
「どうしました、アガトン議長、難儀な顔をしておりますな」
「イシャール殿……」
議長執務室にイシャールが姿を現した。
「よいのですか? このままでは防衛軍は壊滅し、トリデントは陥落しますぞ?」
「それはわかっておる。だが、しかし打つ手がないのだ」
議長は苦しい胸の内を吐露した。
「アガトン議長、打つ手ならあるではありませんか」
「それはどういうことか?」
「海軍を使うのです」
イシャールは不敵な笑みを浮かべつつ。
「トリデントは陸軍国ではなく海軍国。まだ主力の海軍が手つかずで残っているではありませんか」
「それで、何を、どうしろというのか?」
「主力の海軍で海を渡り、ラケドニアを背後からつくのです」
「!?」
この時、アガトン議長には一筋の光がともった気がした。
「すぐに海軍を編成するといいでしょう。逆にこちらがラケドニアにチェックメイトを打てます」
アガトン議長は陸軍ではラケドニアに勝てないとみて、海軍の編成を始めた。さらに猫の手も頼みと、傭兵の募集も行った。
サージュは傭兵の募集を受けた。
「ラケドニアの闇が本当の敵だ。それを倒して俺はこの戦争を終わらせる」
「でもサージュ、サージュはこの都市の市民じゃないんだから、そんなことしなくてもいいんじゃない?」
イーシャは心配そうに言った。
「でも、俺はこの戦争を黙ってみていられないんだ」
「……はあ、わかったわ。それなら私も募集を受ける」
「いいのか?」
「これでも、回復魔法くらいは使えるんだから!」
かくして、海軍と傭兵隊を乗せた船が出航した。
海軍の船は順調に海を渡り、ラケドニアの背後に到達した。
アガトン議長にとっては起死回生の策だった。
トリデント海軍、ラケドニアの背後に出現!
この知らせに、リュクルゴス王は動揺した。
「なんだと!? そんなバカな!?」
王はちらっとイシャールを見た。
「フフフ、これではこちら側も迎撃するしかないでしょう」
「急いで防衛軍を組織するのだ!」
「は!」
サージュは傭兵隊の一員として戦場に参加した。
トリデント海軍はラケドニア側の不意を突き、破竹の勢いでラケドニア都市に迫った。
トリデント海軍はラケドニアを攻撃した。
イーシャは後方部隊の看護部隊に配属された。主に負傷者を回復魔法で治療するところである。
「よし、行くぞ!」
サージュは戦場に躍り出た。
ラケドニアの市門が破られた。
トリデント軍はラケドニアの中に雪崩のように入り込んだ。
「まさか!? こんなはずでは!?」
王が狼狽する様子を、イシャールはおもしろげに眺めていた。
「さて、これまでだな」
「!? イシャール殿、何を言っている!?」
トリデント軍は王宮にまで迫っていた。
「フッフフフ、王よ、最後にあなたに役立ってもらおうか」
イシャールは鎌を王の前にかざした。
「いったい何を!? ぐおあああああああ!?」
「王よ、あなたに闇の祝福を授けよう。そして闇の力を与えよう。その力で持って、敵を屠るがいい」
王の姿が人からデーモンへと変わっていった。
王はデーモンと化した。
王宮にトリデント軍がなだれ込んだ。
もはやラケドニアの敗北は時間の問題だった。
なだれ込むトリデント兵の前に一体のデーモンが現れた。
デーモンはトリデント兵をいともたやすく撃退した。
「なんだ、こいつは!?」
デーモンの豪腕はトリデント兵を一気に薙ぎ払った。
更にデーモンは闇の息をはいた。
闇の息に呑まれ、多数のトリデント兵が命を落とした。
トリデント兵は動揺し、立ち尽くした。
デーモンは容赦なくトリデント兵を殺した。
そのため、トリデント兵は王宮から退却した。
この様子をアンティゴノス(Antigonos)提督が眺めていた。
「王宮から兵士たちが逃げだしている。いったい何事だ!」
「大変です! 王宮に魔族が現れました!」
「魔族だと!?」
提督は望遠鏡で王宮を見た。
兵士たちが王宮の入口から吹き飛ばされてきた。
「いったい、何をしているのだ! 敵はたった一体ではないか!」
アンティゴノス提督の怒号が響いた。
トリデント兵は再度王宮の中への突入を試みた。
デーモンの前はトリデント兵の死体であふれかえった。
トリデント兵は弱腰になり、臆病風に吹かれた。
結局トリデント兵は再度王宮から退却した。
王宮にサージュが乗り込んだ。
デーモンは王宮の奥へと姿を消していた。
サージュは王宮を奥へと進んでいった。
その途中で、サージュは多くのトリデント兵の死体を見た。
イーシャは回復魔法で負傷者の治療をしていた。
負傷者は次々と運ばれてきて、いそがしくて手が回らなかった。
「サージュ、気をつけて」
イーシャはサージュのことをたえず気にしていた。
サージュはデーモンと対峙した。
デーモンは傲然と待ち構えていた。
「ほう、また会ったな、サージュ」
デーモンの背後にはイシャールがいた。
「イシャール! おまえのしわざだったのか!」
「その通り。フフフ、すべては私の手の上で回っていたのだ。ラケドニア軍が闇の力を手に入れたのも、トリデント海軍がここにやってきたのも、すべて私が仕向けたことだ」
「それはどういうことだ!」
「フッフフフ、サージュ、そう話を急ぐな。ラケドニア兵など私のコマにすぎん。それも使い捨てのな。それはこの王も同じことだ」
「おまえが裏からすべてを操っていたのか!?」
「その通りだ。トリデント海軍をここに差し向けたのもこの私だ」
イシャールは愉快そうに答えた。
「なにがおかしい?」
「フフフフ、私は実に楽しませてもらった。もはやトリデントにも、ラケドニアにも用はない。しかし、おまえと再会したことは予想外だった。どうやらおまえには特別な力があるようだしな」
「イシャール! 俺はおまえを許さない!」
サージュは剣を構えた。
「フッフフフ、私と戦いたいなら、次の舞台まで来てもらおうか」
デーモンが豪腕を振り回してきた。
サージュは冷静に回避する。
「サージュ、おまえと再び出会えることを心より願っているよ」
イシャールはそう言い残して闇の中に消えた。
デーモンは手に魔力を込めて、押しつぶそうとしてきた。
サージュは跳びのいた。
地面が爆ぜた。
サージュは隙を見つけてデーモンに斬りつけた。
デーモンはうめき声を上げた。
サラにサージュは斬りこんだ。
デーモンは腕でサージュを払いのけた。
サージュは後ろに飛ばされた。
サージュはすぐに立ち上がる。
デーモンが手から波動を出した。
サージュはかわした。
デーモンは闇の息をはきつけた。
サージュは水のバリアで身を守った。
デーモンが鋭い爪を繰り出してくる。
サージュは後ろに跳びのいた。
サージュは壁に当たった。
デーモンがサージュに迫る。
デーモンは手に魔力を込めて、サージュを圧死させようとする。
壁がはじけ飛んだ。
サージュは大きくジャンプした。
そうしてデーモンの背後を取る。
サージュは水の剣でデーモンに思いっきり斬りつけた。
大きな衝撃がデーモンに打ちつけられた。
デーモンは壁にぶつかり、倒れた。
デーモンは黒い粒子と化して消えていった。
かくしてラケドニア王リュクルゴスは死んだ。
王を失ったラケドニアにはトリデントに無条件降伏しか残されていなかった。
ラケドニアには多額の賠償金が課せられた。
トリデントを攻めていたラケドニア軍も降服した。
こうして、トリデントとラケドニアとの戦争は終結した。
サージュとイーシャはいったん船でトリデントまで戻った。
「サージュ! 無事でよかった!」
「心配しすぎだよ、イーシャ」
船の上にて。
「あのイシャールが黒幕だったの!?」
「ああ、結局はラケドニアもトリデントもあいつにもてあそばれただけだった。あいつは言っていた。次の舞台で待っていると」
「次の舞台? いったい何のことかしら?」
「わからない。けれど俺はあいつと決着をつける」
サージュの瞳には強い意思が宿っていた。
「とりあえず、船から降りましょ」
「ああ」
サージュは胸にわだかまりを残していた。
サージュには気になった、戦争を背後で操っていたイシャールの存在に。