バヤガ
サージュとイーシャは森の中を歩いていた。
陽光が木々のあいだからさしていた。
「ねえ、サージュ」
「どうした?」
イーシャが先を歩いていたサージュに声をかけた。
サージュは振り返った。
「そろそろ休まない?」
イーシャが提案した。
「そうだな。そうしよう」
サージュはうなずいた。
イーシャは池の近くの石に腰を下ろした。
「はあ、疲れた」
サージュはイーシャの隣に座った。
「ふう……」
とりあえず、一息つく。
風が二人のあいだを通り過ぎていった。
「ん~! 気持ちいい風ね」
イーシャが背伸びをした。
「どうしたの、サージュ? 考え事?」
「いや、ずいぶん遠くまで来たと思ってね」
「そうね。村がずいぶん懐かしいわ」
二人のあいだには沈黙が続いた。
「もし?」
「はい? なんでしょうか?」
そこに一人の老婆が二人に声をかけてきた。
サージュはそれに答えた。
「お二人は旅の方でしょうか?」
「そうです」
「それはそれは。どこからおこしになられたのですか?」
「南の村からです」
「そうですか。ずいぶんと遠いところからおこしになられたのですね。それではお疲れでしょう? もしよろしければ私の家におこし下さい。旅の方を迎えたいとおもいますので」
「あなたの家に、ですか?」
サージュはいぶかしみ答えを渋った。
悪気があるわけではないが、こういう好意をすなおに受けるのは苦手でもあった。
「どうするイーシャ?」
サージュはイーシャに相談した。
「そうね。せっかくだし、ご好意に甘えましょうか」
「そうか、わかった」
「それでは私の家までご案内します。ついていらしてください」
老婆が歩き出した。二人は老婆の後からついて行った。
「ここが私の家です」
老婆は二階建ての古風な家に二人を案内した。
入口のドアを開けてサージュとイーシャを招き入れる。
「二階に部屋があります。これから食事の用意をしますのでそれまで休んでいてください」
老婆は二人をもてなした。
サージュとイーシャは言われた通り、二階に上がって部屋で休んだ。
「森の中の一軒家か」
サージュはつぶやいた。
辺りでは鳥の鳴き声が聞こえた。
サージュはふわふわのベッドに腰かけた。
家具はよく手入れがなされていた。
部屋にはごみやほこりがなかった。
サージュはベッドで横になった。
イーシャは階段を降りて一階にやってきた。
「おばあさん、私が手伝います」
「おや、これは助かります」
老婆は優しく答えた。
「しかし、あなたはもてなされる立場なのですから、手伝わなくともよいのですよ?」
「私は実家にいたときから、料理の手伝いをしてきたんです。慣れてますから」
「それはそれは……」
テーブルには豪勢な料理がすでにでき上っていた。
「これ、クッキーですよね?」
「ほっほっほ。できたてですよ。食べてみませんか?」
「はい、いただきます」
イーシャはクッキーを一つ口にした。
「おいしい!」
「もっとどうぞ」
「はい」
イーシャはほかのクッキーを食べた。
どれも香ばしい味が舌全体に広がった。
「ふにゃ……?」
ふと、イーシャは急激な眠気に襲われた。
体がふらつく。
意識を保てなくなり、イーシャはその場にばたりと倒れこんだ。
老婆はイーシャを見おろした。
「イヒヒヒヒ。食べ物には眠り薬を入れておいたからねえ。うまい具合に眠ってくれたね。それにしても、若くてうまそうな人間の娘だねえ」
「イーシャに何をした!」
そこにサージュが現れた。
サージュは老婆の妖しい言葉を聞いていた。
老婆はサージュに向かいなおった。
「ヒヒヒヒ、おや聞かれてしまったみたいだねえ。余計なことに首を突っ込まなければ穏やかに死ねたのにねえ!」
老婆は杖を取り出した。
そして、魔法陣を展開し、サージュを亜空間に引きずり込んだ。
「亜空間!? おまえは何者だ?」
サージュは剣を抜いた。
亜空間には荒野が広がっていた。
「あたしはバヤガ(Bajaga)。魔女バヤガさ! それにしても、おまえに気づかれるとは予想していなかったよ! 見られた以上ただで帰すわけにはいかないねえ!」
「つまり、俺たちを殺して食べることが目的だったのか。とんだもてなしがあったものだ」
サージュは剣をバヤガに向けて構えた。
「イーヒヒッヒッヒ! 気づかれたんじゃ、力づくでいくしかないね。いい焼肉にしてやろうじゃないか!」
バヤガは杖を上に上げた。
バヤガの杖から火炎が放射された。
サージュは水の剣を振るい、火炎を斬り裂いた。
「ヒヒヒヒ! ずいぶんといきがいいじゃないか。だが、これならどうだい!」
バヤガは杖から炎の列を放った。
サージュはそれを水の剣で斬り払った。
炎の列は一つずつに分かれてサージュの周囲を取り囲んだ。
「!?」
炎が一斉にサージュに迫り来る。
サージュは大きく跳んで炎を跳び越えた。
そのままバヤガに水の剣で斬りかかる。
バヤガは杖で、サージュの剣を防いだ。
サージュは剣に力をこめる。
「くっ、やるじゃないか!」
バヤガの目が赤く光った。
バヤガは杖から炎を出した。
サージュはとっさに後ろに跳びのいた。
バヤガの炎がサージュに向けて吹き付けられる。
サージュは走って回避した。
バヤガは杖を前に出した。
「火祭りだよ!」
バヤガはいくつもの炎を上空から降り注がせた。
燃え盛る火球がサージュに迫った。
火球は地面に落ちると、爆発した。
サージュは炎の隙間に入り、火球をかわした。
「なかなかしぶといじゃないか。ならこれならどうだい?」
バヤガはサージュの周りに炎を多数出現させた。
炎は踊り、サージュに襲いかかった。
「ヒヒヒ、ようやく焼け死んだかねえ」
バヤガの炎が燃え盛る。
その炎の中から青い光が上がった。
サージュは海の力を解放したのだ。
水が炎をかき消していく。
「何だい、その力は!? あたしの炎を無力化しただって!?」
バヤガは驚愕した。
「これで燃え尽きな!」
バヤガは杖から炎を放った。
サージュはダッシュして水の剣で炎を斬り裂いた。
そしてサージュはバヤガに近づき、剣で斬りつけた。
「ぐぎゃああああ!?」
バヤガが大きな悲鳴を上げた。
「この、あたしが……」
バヤガはそのあと数歩歩くと、そのまま倒れた。
「倒したな」
バヤガの死によって、亜空間は消失した。
もとの世界にサージュは戻ってきた。
すると、そこには家はなく、ただ野原があるだけだった。
「あの家も、バヤガの作り物だったのか」
サージュはイーシャに近づいた。
「イーシャ!」
「ん? サージュ?」
サージュはイーシャを起こした。
「あれ、私はいったい?」
サージュはイーシャに事の結末を話した。
「ウソ……信じられない……何もかも私たちをだます罠だったなんて……」
「結局はすべてバヤガのたくらみだった。家も消えてしまったよ」
「はあ……ショックよ……まんまとだまされたなんて」
イーシャは手で頭を抑えた。
「ごめんね、サージュ。助けてもらって」
「別にいいさ。イーシャの善意が悪かったんじゃない。バヤガの策略が巧妙だった」
「うん、ありがとう、サージュ」