07
新君との生活は穏やかなものだった。
慣れないながらも新君は家事全般を頑張っていて、私はのんびり過ごすことが出来た。
朝は新君が用意した朝食を食べてから会社に行って、帰ってくると夕食が出来上がっている。これがとても嬉しい。
まず家の電気が付いていて、誰かが出迎えてくれるというのが嬉しい。そして帰ってすぐにご飯が食べられるのがまた良い。簡単な料理ばかりだったけど、新君がスマホ片手に四苦八苦しながら作ったことが想像できて、なんだか温かい気持ちになった。ちなみにお金はいくらか渡してあるので、そこから買い物してもらっている。
新君は私が仕事に言っている間、掃除と洗濯をしてから、余った時間で私の本を読んだり家事効率化の勉強をしたり、料理の勉強をしたりしているらしい。そこまでしなくて良いよと言ったけど、お世話になっている以上は!と意気込んでいたので、ほどほどにね、と言っておいた。
仕事は大丈夫なの?とも聞いてみたけど、吸血鬼は優秀な人材が多いそうで、新君がいなくても問題ないとのことだった。良いのかそれで、と思ったけれど、本人が存外さっぱりとした顔をしていたので、見下してくる仲間がいる職場から離れられて良かったのかな、と思うことにした。
私は新君の吸血できない理由を聞いてから、血を吸うか?と聞くのはやめた。面白半分でやるべきではないと思ったからだ。それにこの生活が意外と快適で、吸血出来たら新君、出て言っちゃうんだよなぁとまで思っていた。
とはいえ、吸血させるのを諦めたわけじゃないんだけど。機会があれば吸わせてやりたい。最初みたいな面白半分というよりは、吸血出来れば新君も脱ヘタレ出来るんじゃないか、という思いが強いけど。
新君がウチに来て1週間。2回目の土曜日のことだった。
私は読んでいる小説の新刊が出たので、朝買いに行って夕方までずっと読んでいた。家事は新君に全部お任せだ。新君が来てまだ1週間だというのに、私は既に実家にいるような寛ぎ方をしていた。
新君が夕飯の買い出しに行くというので、よろしく~と言って送り出す。
しばらく本に夢中になっていると、玄関チャイムが鳴った。
「誰だろ、ネットで買い物もしてないし…」
インターホンはないので、扉越しにどちら様?と尋ねながらのぞき穴から様子をうかがうと、スラックスに若草色のシャツを着たイケメンが立っていた。
「突然申し訳ありません。千村誠と申します。こちらに弟が…新がお世話になっていると思うのですが」
わぉ、新君のお兄さん!
私は鍵を開けてドアを開いた。
「えっと、新君は今出かけてまして。中でお待ちになりますか?」
そう聞くと、お兄さんは待たせてもらいます、と言ってウチに上がった。
とりあえずローテーブルの前にクッションを置いて、そこに座ってもらう。冷蔵庫から麦茶を出して振り返ると、お兄さんは背筋を伸ばして正座していた。
なんか自分にも他人にも厳しそうな人だな、というのが第一印象だ。新君をスマホ一つで放り出したと聞いているからかもしれないけど。
お茶を出すと、お兄さんはありがとうございます、と言って口を付けた。ほんのわずかに眉がピクリと動く。
「ふふ、渋いでしょう?この麦茶、新君が淹れたんですよ。まだ加減が分からなくて、よく失敗するんです」
「新が…?」
お兄さんは驚いているようだ。
「いろいろ家事もやってくれてるんですよ」
新君の失敗エピソードでも話して時間を稼ぐか、と思っていたら玄関のドアがガチャリと開いて新君が帰ってきた。
「ただいまー…由奈さん、お客さ…兄さん!?」
「おかえり。新君にお客さんだよ」
動きが止まった新君から買い物袋を受け取ると、私は中身を冷蔵庫にしまい始めた。
「兄さん、なんでここが…」
「スマホのGPSで調べた。新、お前はいったい何をしているんだ?」
「…家を追い出したのは兄さんだろ」
「追い出したんじゃない、お前がなかなか一人前になれないから、少し強引な手を使っただけだ」
あらら~?なんだか険悪な雰囲気…。
「なかなか帰ってこないと思って調べてみれば、こんなところに転がり込んで…しかも家事までやってるそうだな?こんなヒモ男みたいな生活をして、お前に誇りはないのか!?」
「うるさいな、僕の気持ちも分からないくせに、兄さんはいつも吸血鬼はこうあるべき、あれはするな、こうしろってそればっかりだ。もううんざりなんだよ」
兄弟喧嘩勃発!
え、私はどうしたらいいんだろう?そっと出ていくべき??
「…おい、今吸血鬼といったな?もしかしてそこの女に正体を明かしたのか?」
「そうだよ。由奈さんは信じてくれて、それでも僕を泊めてくれたんだ」
いやー、実は今の今まで半信半疑でしたけど…。お兄さんの反応からして吸血鬼ってのはやっぱり本当なのね。
「馬鹿なことを!人間に正体を明かすなど、気でも狂ったか!?こんなに時間が経っては記憶も消せないではないか!」
えっ…何かめっちゃ物騒な話してません?記憶を消すとか出来るの?怖っ。
「しかもまだ吸血出来ていないなど…恥さらしもいいところだ。あなたも、見知らぬ男を易々と家にあげて、その上家事をやらせるなど非常識すぎる!」
私に矛先が向いたー!しかも正論なだけに反論できない。
「ご、ごめんなさい」
私はとりあえず謝っておいた。だってお兄さんめっちゃ怖いんだもん。イケメンの怒った顔ってすっごい迫力あるのね。
「どういうつもりで新を住まわせている?我が家の財産目当てか?まだ処女のようだが、新を誘惑でもするつもりか!」
ひえー、そんなつもりは全くありません!
私が縮こまっていると、新君が私を守るように目の前に立った。
「僕のことはどうとでも言えばいい。でも由奈さんを侮辱するなら許さない。出て行ってくれ!」
「なんだと!?私はお前のためを思って」
「僕のため?兄さんは出来損ないの弟がいて恥ずかしいだけでしょう!兄さんと話すことはない。出ていけ」
新君はお兄さんの腕を掴むと、ぐいぐい引っ張って玄関から追い出してしまった。
バタンっとドアを閉めると、鍵をかけて新君は大きく息を吐いた。