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06

 翌朝、昨日と同じくらいの時間に目が覚めた。新君は今日も襲いに来なかった。マジでただの同居人だ。私の魅力が足りないのではなく、新君が紳士もしくはヘタレもしくはその両方なのだろう。多分。

 着替えて寝室を出ると、今日はもう新君も着替えていた。私を待っていたらしい。


「おはよう」


 挨拶をしてから顔を洗って戻ってくると、新君は朝食の準備をしていた。昨日教えたことを早速実践しているらしい。

 手際は良いとは言えないが、慣れない手つきで卵を割っている様子はなんだか微笑ましい。

 うん、いいな。誰かと結婚したらこういう風景が当たり前になるんだろうか…。

 って朝からいったい何を考えているのだか。私は頭を振ると、手伝うべくキッチンに立った。


「そういえば、普通に私の朝食に合わせてもらってるけど、新君は朝はご飯派!とかじゃなかった?」

「家では朝はご飯が多かったけど、別にこだわりはないよ。由奈さんはパン派なの?」

「そういうわけじゃないけど、なんとなくかなぁ」


 2人で朝食を食べながら、他愛もない話をする。


「由奈さん、今日の予定は?」

「今日は特に何もないよ」


 掃除は週に1回しかしないし、洗濯もだいたい3日に1回だ。新君の洗濯物が増えたから、2日に1回でも良いかもしれない。

 買い物も昨日したし、行きたい場所があるわけでもない。


「私はDVDでも借りてきて見ようかなぁ。新君はどうする?どこか行きたいところある?普段の休みはどう過ごしてるの?」

「特に行きたいところはないよ。休みの日は映画を見たり、本を読んだりしてるかな」

「友達と遊びに行ったり、デートしたりしないの?」

「そもそも遊びに行くような友達もいないし、彼女もいないよ…あ、そういえば由奈さんは彼氏とかいないの?今更だけど」

「いないよー。いたら流石に新君に泊まれば?なんて言わないって」


 苦笑しながら言うと、新君はホッとしたようだった。

 それにしても新君、友達いないのか…吸血鬼仲間は…あれか、半人前だからって見下されてる感じなのかな?吸血鬼社会がどういうものなのか知らないから想像だけど。この様子だと、彼女がいたこともなさそうだ。私も人のこと言えないけど。

 朝食後、さっと化粧をすると私はDVDを借りに出かけた。新君もやることがないからと付いてきた。


「そういや新君、スマホだけで放り出されたってことは、この辺に住んでるの?」

「うん。駅の向こう側だけど」


 駅の向こう側か。確か高級住宅街があったから、その辺に住んでるのかな。


「お兄さんに連絡した?心配してるんじゃない?」

「…してない。連絡は来てるけど、返信してない」

「良いの?」

「うん」


 放り出されたことへの意趣返しだろうか?まあ新君も大人だし、私が首を突っ込むようなことじゃないか。

 駅前のレンタルショップに着くと、私は店内をブラブラしながら目につくものを片っ端から見ていく。


「新君はどんな映画を見るの?」

「割と何でも見るよ。ハリウッド映画から日本の恋愛ものまで」

「私も特にこだわりとかないんだよね。今日は私が見たいのと新君が見たいの、1つずつ借りようか」


 結局私は数年前に流行ったアニメ映画を、新君はホラー映画を借りることにした。

 家に帰ると私が選んだアニメ映画をつけて、2人でテレビの前に並んで見る。

 私は映画を見ながらそっと隣の新君を盗み見た。なんかこういうのって、恋人同士のお家デートっぽいかも。いやまぁしたことないから想像の域を出ないんだけど。

 映画を見終わると、感想を少し言い合ってから昼食にすることにした。


「お昼はパスタにしようかと思うけど、良い?」

「うん。作り方教えてくれる?」


 新君はメモを片手に立ち上がった。勉強熱心でよろしい。ただし茹でて既製品のソースと和えるだけだけど。手抜き料理でごめん。でも一人暮らしの女の休日の昼ごはんなんてこんなもんじゃない?私が面倒臭がりなだけかなぁ?

 パスタを作って食べ、新君に皿洗いをお任せする。

 新君が戻ってくると、もう1本のホラー映画を見た。なかなか見ごたえのある映画だったけど、私はキャーキャー言いながらホラー映画を怖がるタイプではないので、怖がって新君に抱き着くという定番のハプニングは起こらなかった。

 また少し感想を言い合って、時計を見るとまだ15時を過ぎたところだった。夕飯の買い出しに行くにはまだ早い。


「ねぇ新君」


 私が話しかけるとん?という表情でこちらを見た。


「吸血しなくていいの?」

「…」


 新君はきゅっと眉間を寄せた。


「そんなに傷つけるのが怖い?別に殺すわけじゃないんでしょ?」

「もちろん、ちょっと血を分けてもらうだけだよ。でも…やっぱり僕は傷つけるのが怖い。他の仲間からは馬鹿にされるけど」

「何か理由があるの?」


 そう尋ねると、新君はしばらく視線を彷徨わせた。


「言いたくないなら言わなくて良いんだけど」


 しかし新君はポツリポツリと語り始めた。


「………昔、小学生の頃なんだけど、友達と皆で遊んでて女の子を怪我させちゃったことがあるんだ。僕は吸血鬼だから他の子よりも少し力が強くて、でもまだ子供だったから力加減がよく分かってなくて。軽く押しただけのつもりだったけど、その子は転んじゃって、血が出たんだ。僕はその時とんでもないことをしてしまったと思って、すごく怖かった。僕には人を傷つける力があるんだって」


 そう言うと、新君は背を丸めて俯いた。


「たったそれだけのことなんだ。子供同士のじゃれあいで、そうやって力加減を覚えていくもんだって言われたけど、僕はその時のことがどうしても忘れられない。情けないよね」


 私は吸血鬼じゃないし、新君の気持ちは分かってあげられない。でもそれが新君にとってすごく大きな出来事で、新君を縛り付けているんだってことは分かった。


「私は吸血鬼じゃないから共感してあげられないけど、情けないとは思わないよ。新君は優しいんだなって思った」

「優しい?」

「だってそうでしょ、自分が他人を傷つけるのを恐れるってことは、傷ついた側の痛みを想像できるってことじゃない?他人を思いやる優しさがあるから、傷つけるのが怖いんだと思ったけど、違う?」


 私がそういうと、新君は目を見開いて私を見ていた。今までそういう考え方をする人が周りにいなかったんだろうか?


「僕は優しい、のかな…?」

「少なくとも私はそう思うけど」


 優しいというか、ヘタレ感が強いけど。でも私はそういう新君が嫌いじゃない。


「あとご両親もそう思ってたんじゃない?新君が吸血できないのを許してくれてたんでしょ?」

「そう…なのかな…」

「まぁ事情をよく知らないから私の想像でしかないけどね」


 新君はしばらく目を瞑って深呼吸すると、優しい笑顔で言った。


「ありがとう、由奈さん」

「どういたしまして?」


 お礼を言われるようなことじゃないけど、第三者に話して少しは気が楽になったのかな?

 そうだといいな。

 しかし吸血が新君にとってトラウマっぽくなってるなら、無理に血を飲ませるのは難しいな。

 ま、いいか。

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