02
「それで、なんで私のところに来たの?」
世に処女など沢山いるはずだし、私みたいな恋愛拗らせ25歳よりも若い女の子の方が良いのではないだろうか?
「どうしようかとフラフラ歩いてたら良い匂いがして、ついベランダから入ってしまって。あ、2階のベランダ位なら半人前でも飛び乗れるから」
良い匂い?もしかして処女の匂いとか言わないよね?
ベランダから処女臭がしましたとか言われたら爆死出来る自信がある。
「良い匂いって…?」
「カレーの…良い匂いが」
ああー!そっち!
良かったぁ。安心した。
「って吸血しに来たんじゃなかったの?カレー食べに来たの?」
「…実は朝ご飯の後に家を追い出されたから、昼から何も食べてなくてお腹が空いて、つい。それであなたと目が合って、当初の目的を思い出して」
それで、血を吸わせてください、ね。
目の前の男は恥ずかしそうに俯いた。
「お金は?持ってないの?」
「さっさと吸血するようにって財布を持たせてくれなくて。スマホしか持ってない」
…なんともスパルタなお兄さんだ。それとも吸血出来ない男がヘタレすぎるのか。
「職質されなくて良かったね?」
男は私に言われて初めてその可能性に思い至ったらしく、本当に良かった、と大きくため息をついた。
そしてため息とともにぐ~、とお腹の音が鳴った。もちろん私のではない。
「カレー、食べる?」
カレーは大量に作ったし、ご飯も炊けている。
私の提案に男はばっと顔を上げた。
「い、良いの?」
そう聞きながら期待に満ちた顔を見せられれば、悪い気はしなかった。
私はちょっと待ってて、とキッチンに戻り、カレーの鍋を火にかけてから、レタスとトマトのサラダを用意し、ご飯をよそって完成したカレーをかける。2人分をテーブルに並べると、いただきます、と言って食べ始めた。
男はよほどお腹が空いていたのか、がつがつと食べている。
しばらく無言で食べてから、ふと私は気になっていたことを聞いてみた。
「なんで私が処女だって分かったの?」
ゲホッゴホッと男がむせる。落ち着くのを待ちながら、そういえばまだ名前も聞いてないなと思った。名前も知らない男と夜ご飯を食べるなんて、しかもベランダから侵入してきた不審者となんて異常事態だよね…。
「なんでと聞かれると困るんだけど、なんとなく分かるというか、匂いが違うから」
「匂い?」
「正確には匂いではなくて、まとっている雰囲気と言うか空気と言うか…とにかくなんとなく分かる」
私はふーんと返事をしてから、カレーの残りを食べ始めた。男の皿は既にカラだ。
「おかわり食べたかったらご自由にどうぞ」
「良いの!?」
食べっぷりを見てたら本当にお腹が空いていたらしいのは分かったし、適当によそったから足りないかと思ったのだ。
成人男性の一般的な食事量なんて分からないよ。だって彼氏いたことないし。
私がどうぞどうぞと言うと、男はキッチンに自分でおかわりをしに行った。
明日の分のカレーはなくなるかもしれないけど、まぁ明日のことは明日考えよう。
食べ終えて一服、というところで私は口を開いた。
「で、どうするの?」
男は何を?という顔でこちらを見ている。
いやいや、あなたカレー食べに来たんじゃないでしょうが。
「吸血するの?」
「あ」
あ、じゃないよ。カレー食べて満足したの?最初は超必死に血を吸わせてくれって言ってたじゃん。吸うぞってところで泣きながら無理って言ってたけど。お腹いっぱいになって忘れちゃったの?
「いやーそのぉ…」
なぜか言い淀む男。
「やっぱり吸血鬼っていうのも全部そういう設定だったの?」
「違う!それは本当だけど、僕、どうしても女性を傷つけることが出来なくて」
「傷つけなきゃ血が出ないじゃん」
「そうだけど、こんな尖った牙で刺されたら痛いでしょ?傷つけるのが怖くて…だからこの歳になっても半人前で…会社でも馬鹿にされて…」
男の目線がだんだん下がっていく。よく分からないけど、吸血できないことは情けないことなんだろうか?
というか。
「会社員なの!?吸血鬼なのに?」
「吸血鬼って言っても普通に人間として生活してるよ!?日本国籍のれっきとした日本人だし、働かなきゃお金ももらえないし」
確かにそりゃそうだ。なんとなく吸血鬼と言うと古城に住んでて夜な夜な人を襲ってるようなイメージがあるけど、この人普通にサラリーマンみたいな服装だった。
「僕が働いてるのは吸血鬼が経営する、吸血鬼ばっかり働いてる会社なんだけど、一人前になるまでは出社もしなくていいって兄に言われて。どうせ半人前の僕なんか、いてもいなくてもおんなじなんだろうけどさ」
男がはぁ、とため息をつく。なんかネガティブだなぁ。
「じゃあさっさと私の血でも飲んで一人前になれば?」
私はちょっと面白くなってきて、ブラウスのボタンを外して首筋を晒した。すると男は慌てたように横を向き、目まで瞑った。
「わああああ、ちょっと!女性がそんなことするなんて、はしたないよ!」
いやいや、さっきあなたもやったことですけど?
私はそこでふと思いついて、チェストの引き出しを開けてカッターを取り出した。