↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/11

01

 定時上がりの金曜の夜。街灯の照らす通りを歩きながら、私はスマホをちらりと見た。今日も誰からも連絡はない。

 25歳独身彼氏なし会社員、須藤(すどう)由奈(ゆな)。いつも通りの寂しい週末だ。

 アパートの階段をカンカンと鳴らして2階の自宅へと向かう。鍵を開けて一人暮らしの1LDKの部屋に入ると、むわっとした空気を入れ替えるためにまずはベランダの窓を開けた。先日梅雨が明け、ついに夏本番が始まろうとしていた。

 夜風を部屋に入れながら、夕飯の準備をする。今日はカレーだ。

 キッチンでカレーを煮込んでいると、カラカラとベランダの網戸が開く音がした。

 え?と思いそちらを見ると、1人の男が脱いだ靴を片手にぼんやりと突っ立っていた。

 私は突然のことに呆然としながらも、え、ヤバい不審者?警察に電話…と思いつつ、どこか冷静な頭でカレーの火を止めた。

 スマホは男の目の前のローテーブルの上だ。どうしよう、スマホを取りに行くべきか、それともこのまま玄関から逃げて助けを求めるべきか。

 その時、男がこちらを見て、目が合った。歳は20代後半くらいだろうか。黒髪黒目という点は日本人らしい見た目なのに、顔の造作は日本人にしては鼻が高くて彫りが深く、どこか日本人離れしている。だというのに服装はノーネクタイのワイシャツにスラックスと、普通の会社員っぽかった。

 思わず一歩後ずさる。その瞬間、男が大股でこちらに歩いてきて、私の両肩を掴む。


「ひっ…」


 叫ばなければ!息を吸う。そして。


「お願いします!血を吸わせてください!!」


 男が真剣な表情で言った。

 …は?

 こいつ変態か?

 一瞬ぽかんとしてしまったが、私はすぐに気を取り直して叫ぼうと口を開ける。


「どうか!血を吸わないと家に帰れないんです!人助けだと思って!!」

「はぁ?」


 叫ぼうと吸った息は、怪訝な声になって出て行ってしまった。

 血を吸わないと家に帰れない?人助け?何を言ってるのこの人。


「僕、吸血鬼なんですけど、しょ…じょの血を吸わないと一人前になれなくて、そうしないと家に入れてもらえないんです!」


 やっぱこいつ頭がおかしい変態だ。なんだその処女の血を吸わないと一人前になれないって。中二病なの?吸血鬼?現代日本にそんなもんいるわけないでしょ!


「な、何言ってんの…ちょ、手ぇ放してよ…警察」

「警察は呼ばないで!ホントなんです!ちょっと血を吸ったら帰りますから!」


 そう言って男は私のブラウスのボタンを1つ2つと外すと、グイッと肩を出した。私は男の手から逃れようともがくが、力が強くてどうにも逃げられない。

 男の顔が私の首筋に近づいてくる。

 駄目だ、噛まれる…!

 私はぎゅっと目を瞑った。

 …。

 ……。

 ………。

 んん?

 私はいつまで経っても訪れない首筋の痛みに、内心首を傾げた。


「ぐすっ…やっぱり…無理…女性の肌を傷つけるなんて出来ない!」


 私の首元から男の涙声が聞こえる。

 え、なに?私の血を吸うんじゃなかったの?


「あの…」


 私が声をかけると、男は顔を上げた。

 なんとその顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃである。

 私は急に体の力が抜けて、男を警戒していたことも何もかも馬鹿らしくなった。


「ティッシュ、いる?」

「…うん」


 私がティッシュを箱ごと渡すと、男は涙を拭き鼻をかんだ。


「ほら、ちょっと座りなよ」


 私は男をクッションの上に座らせると、放り出されていた男の靴を拾って玄関に置く。ベランダの網戸を閉めて、改めて男の前に座った。

 その頃には男も幾分か落ち着いており、恥ずかしそうに縮こまっていた。なんかちょっと可愛い。


「で?あなたはなんで私の家に侵入したの?というかどうやって登ったの?ここ一応2階なんだけど」


 私が尋ねると、男はぼそぼそと語りだした。


「僕、さっきも言ったけど吸血鬼なんだ。吸血鬼は処女の血を吸うことで本来の力を出すことができるから、それまでは半人前で…今までは両親が許してくれてたけど、この前両親が地方に隠居しちゃって。兄が早く一人前になれって言って僕を家から追い出したんだ。血を吸ってくるまで家には帰ってくるなって」

「…ちょっと待って。まず吸血鬼ってところから信じられないんだけど。中二病なの?そういう設定?」

「違うよ!僕は本当に吸血鬼なの…ほら、ちょっと見て」


 そう言うと男は口を開けた。上の歯の犬歯が尖っていて、いかにも吸血鬼ですって感じだ。入れ歯か?と思って抜こうとしてみたが、びくともしなかった。


「何するの!」

「いや、入れ歯かと思って」

「本物!傷の治りとかも早いんだよ」


 男は尖った犬歯で自分の腕を噛んだ。つぷりと血が浮かんで垂れるのを、男が舐めとるとそこには傷1つなかった。

 私はそれでもまだ半信半疑だった。だって吸血鬼とか言われて、すぐに信じられる?無理でしょ。


「吸血鬼ってあれなの?よく物語に出てくるような、蝙蝠に変身したり、にんにくが苦手だったり、血が主食とか…」

「いや、確かに人間の血は飲むけど、あくまで嗜好品的な感じで、基本は人間と同じ生活を送ってるよ。蝙蝠にもなれないし、にんにくも食べるし。人間と違うのは、身体能力が大幅に高いってことくらい。半人前だと人間よりちょっと身体能力が高いくらいで、一人前だと3階建てのビル位なら飛び越えられるよ」

「ふーん…あ、そうそうさっき処女の血がどうとかって」


 処女の血を吸うことで一人前になれるとか、いったいどんな設定なの?


「僕たち吸血鬼は血を飲まなくても生きていけるけど、処女の血を飲まないと力が解放されないんだ。だから力が解放されていない吸血鬼は、吸血すらできない半人前として扱われる」

「なんで処女の血なの?」

「それは…分からない。そういう生き物なんだとしか」


 うーん…会話は出来てるけど、信じるにはなぁ…。

 私は半目で男を見た。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。