【読切版】こちら、低級モンスター絶滅危惧種保護機関です
冒険者という職業をご存じだろうか。
剣や魔法でモンスターを倒して賞金を得て、魔王を討伐するための立派な職業だ。
彼らの活躍で街は安全に保たれているし、安全に食料が手に入り、行商人も旅ができる。
血の気が多くてケンカっ早いやつらではあるが、彼らのおかげで生態系が保たれていっても過言ではない。
だがそれはあくまで、一般的な冒険者の話である。
【こちら、低級モンスター絶滅危惧種保護機関です。】
「喰らえ!列斬刃!」
「燃えなさい!ファイアーブラスト!」
剣士らしき青年が回転切りを繰り出し、魔法使い然とした少女が敵を燃やす。
絶滅危惧種のEXPスライムを狩る彼らの目にはに一切の迷いは無かった。
いまや経験値効率のいい低級のモンスターたちが絶滅の危機に瀕しているのである。
EXPスライム。
軟体系のバッドステータス攻撃を持たないモンスターで、普通のスライムよりもステータスが上だ。
こいつは初心者を卒業したばかりの冒険者でも何とか倒せる強さのわりに、獲得経験値がべらぼうに高い。
同じレベル帯のモンスターなら何十匹分の経験値が、こいつを狩るだけで手に入る。
そりゃあ冒険者たちが血眼になってこいつを狩るわけだ。
今月に入って絶滅危惧種に指定されたモンスターだが、ギルドと冒険者の報連相がいい加減なせいで知らないフリをして狩っていく冒険者は後を絶たない。
まったく最近の若い奴らは加減を知らない。
俺が現役だった頃には教わらなくとも生態系について考えてたってのに。
おまけに最近やたらと増えたチート級に強い身元不明の冒険者たちのせいで更に拍車がかかっている。
「ったく、最近の若いモンは……」
「オジサン臭いですよ、局長。仮にも国家公務員なのですから、口髭ぐらいちゃんと整えてください」
タバコを吸いながらボヤいていると、後から凛とした女に声を掛けられた。
銀髪ストレートに大きな胸の割にすらっとした長身。
かなりの美人だが無表情で青い目からは感情が読み取れない。
「おう、セシル。相変わらず口が悪いな」
「安心して下さい、私が暴言を吐くのは局長だけですから」
「そりゃどーも、ところで向こうにいる冒険者パーティー、どう思う?」
「彼らは以前にも別の者から注意を受けておりました。完全に黒ですね」
「仕方ねーな。俺がビシッと言ってきてやるよ」
剣士と魔法使いのパーティーに向けて軽く手をふる。
「よう、ちょっといいか?」
「あ? 何だよオッサン。すっこんでろ」
「そうよ、あたしたちはあんたと違って忙しいんだからね」
まったく聞く耳を持ちやしねぇ。
だが仮に俺が声を掛けられたとしても、ただの無精髭のでしょぼくれたオッサンだと思うだろう。
モンスターに向き直った冒険者にセシルが声を掛けた。
「お仕事中に失礼いたします。こちら、低級モンスター絶滅危惧種保護機関です。EXPスライムは今月から絶滅危惧種に指定されております。ただちに攻撃を止めてください」
慣れた手つきで紋章の入った手帳を突きつける。
きっちりした制服姿のセシルに強めに言われて冒険者たちがたじろいだ。
だが普段から敵と戦い慣れているだけあってすぐに立て直して反論して来た。
「こいつらを倒して何が悪いんだよ。オレたちが狩らなくてもどうせ他のやつらが狩るんだぜ?」
「そうよ。それなら魔王に挑戦するあたしたちの経験値になったほうがずっといいじゃない」
セシルの青い目が光るのを見て、俺は慌てて肩を押さえる。
「待て待て。穏便にいこうぜ。とにかくだ、お前らは狩りをやめるつもりはないんだな?」
「だとしたら何だってんだよ。お前らを倒せば問題ねーだろ!」
こっちを折れさせるつもりなのか、剣士の青年が斬りかかって来た。
それを躱して腕を抑えて動きを封じる。
「あたしの恋人に何すんのよ!」
杖を持って援護しようとした魔法使いだが、それ以上腕をあげる事はなかった。
なぜなら彼女の腕がEXPスライムに絡まれたせいで固定されていたからだ。
「相変わらずだな、『ビーストテイマー』」
「昔の話です」
にやりと笑うとそっけなく返された。
こいつは本当に可愛くねぇな。
俺たちを見て怯えたように剣士の青年が叫ぶ。
「ふざけるな! 俺たちは上級職だぞ! お前達は一体何者なんだよ!」
青年に向けてセシルは平坦な口調で静かに告げた。
「彼は伝説の『ダークドラゴンナイト』ですよ」
「何! ファフニールを乗りこなしたっていう、あの『ダークドラゴンナイト』か!」
「昔の話だよ。さて、スライムたちは随分とお前らにお冠のようだが、どうする?」
EXPスライムたちは怒ったように色を変えて威嚇している。
「わ、わかったよ! ちくしょう、街に戻るぞ!」
言い捨てて冒険者二人は帰って行った。
「あーあ、行っちまったよ。あの実力じゃあと三十年は魔王はムリだな」
「局長を基準に考えないでください。スライムさんたち、先ほどはありがとうございました」
セシルが警戒されないよう丁寧に腕を伸ばす。
警戒心が強いはずのEXPスライムは、それだけで彼女に心を開いたようだ。
「ああ、やっぱりモンスターは可愛いですね」
EXPスライムを抱きしめながら、セシルが顔を弛ませる。
そのにやけ面を見て苦笑しながら、俺はタバコの火を消した。
「今日も忙しくなりそうですね」
「そうだな。しかし因果なもんだ。モンスターを使役して狩る側だったはずの俺らが、今じゃこんな仕事をしてるんだからな」
「黙っていて下さい、モンスターに集中出来ません」
スライムの柔らかさを堪能していたセシルに叱られる。
今日もまた冒険者どもは言い訳しながら絶滅危惧種のモンスターを狩るだろう。
だが機関に逆らうってんなら好きにすりゃいいさ。こっちも全力で邪魔するだけだ。
何てったって俺らは筋金入りのモンスター愛好家なんだからな。
「アイツらは帰ったよな……。怖かったね~。スライムちゃ~ん」
「局長、色々と気持ち悪いです」
俺はスライムを抱きしめようとして、理不尽な部下に殴られた。