19 追手。
秘伝の儀式を始めてから、六日が経つ。
私は右手の掌に、刺繍を施した手袋をはめた。
一メートル先に置いたティーポットを、引き寄せる。
簡単にひゅっと手に吸い込まれるように移動した。
「会得したぁ!!」
手放しで大喜びする。
これで念力魔法が、使い放題。
「よかったですね」
「……」
にこりと微笑むシロ。
無言のクロ。
「回復も早くなったし、明日には完治しそうだね?」
「「……」」
「だから何故黙るの?」
妙なところで黙る。
シロの方はよく喋るようになったけれど、クロは無口だ。でもよく私に触ってくる。
まぁ、シロの方もだけれども。
「君の魔力で、回復しているのだろう。自己回復能力が。元々、ヴァンパイアは高い」
「ええ、本当に」
ラクシアスが、言う。
自分の魔力を回復して、自己回復が高まった。
シロは両手が生えて、あとは左足だ。クロも同じ。
「ねぇ、いい加減、名前教えてよ」
「シロです」
「クロ」
「いや、それ私が名付けた呼び名でしょう」
本名を名乗る気はさらさらないようで、シロとクロが定着しつつある。
私も自分でつけた名前を名乗っている手前、無理矢理聞き出せない。
なんだか、どや顔である。気に入ったのかなぁ。
「まだ正午だが、どうする?」
「あ! 手合わせしてもらっていいですか!?」
太陽を見上げて、次の予定を訊くラクシアスに、嬉々として答える。
「念力の魔法を使いながらの戦いをしてみたくて」
「わかった。やろう」
すんなりと承諾してもらえた私は、飛び跳ねるように格子から出た。
「お願いします!」
私は剣の柄を握り、短剣を引き抜いて、前で構える。
以前のように、剣を抜いたラクシアスは、私から切りかかってくることを待っていた。
なので、腰の剣を抜き、挑む。
重たい剣が叩き込まれても、なんとか受け流す。
びゅっと、短剣を飛ばした。躱されると、初めからわかっていたから、動揺はしない。
その飛ばした短剣を右手で引き寄せる。念力発動。キャッチした。
魔法を唱える時と同じ。手に集中して念じる。
受け止めたそれを振り上げるも、やはり躱されてしまう。
「そういう使い方をするのか、すごいな」
軽く言いながら、ラクシアスは剣を振ってくる。私も反応して、剣を叩き付けた。
お腹が空くまで、それを続ける。
やがて、狩りをして、仕留めた魔獣の血を吸い尽くしてもらう。
「冒険者になるつもりですか?」
「え?」
「戦い方を学んでいるので」
「んー、まぁ、稼ぐなら冒険者がいいかなって、考えていたの。でも、普通に戦う術を持った方が、安全でしょう?」
私は山に住んでいるし。狩りをするし。
「十分強いと思う」
クロが口を開いた。
「本当? ありがとう。まぁ同年代の子よりも、強いとは自負しているよ」
るんるん気分で肩を上げ、鼻を高くする。
血を吸い尽くしてくれた魔獣の肉を切り取って焼いた。
「でもさぁーシロとクロも強いんでしょう?」
「「……」」
「奴隷として捕まえようとした人間が大勢犠牲になったって……」
聞いたけれど、それってやっぱり強かったのだろう。
「……人間を大勢殺しました。……どう思いますか?」
「……酷い人間がいて、ごめんなさい」
「……我々に関して、何かないのですか?」
代わりに謝ったけれど、シロとクロは驚いたように目を開く。
そして、シロは続けて問う。
「何?」
焼き具合を確認してから、私は格子の中の二人を振り返った。
「怖いだとか、不快感だとか、嫌悪感だとか……」
「でも、自己防衛のようなものでしょう?」
「許してくれるのですか?」
「私は……んー、全人類に仲間意識があるわけではないし、ナナドの街のエルフ達みたいにヴァンパイアを嫌ってなんかないよ? もっと言うと、シロとクロのことは嫌ってない」
どういう意味の質問だろうと首を傾げながら、私はそう答える。
ぱぁっと、目を輝かせたのは、シロとクロ。
「シロとクロこそ、人間の私を怒ってない? 嫌ってない?」
「好きです」
「好きだ」
「そっかぁ、ありがとうー」
「「……」」
私が助けたから、好きなのだろうか。恩を感じてくれている。
私は魔獣の肉の焼き加減を、もう一度確認した。
向かい側にいるラクシアスは、じっとシロとクロを睨むように見ている。
私も振り返ってみれば、またバチバチと火花を散らしそうなほど、シロとクロも睨むように見ていた。
彼らは嫌い合っているに違いない。
「お母さん」
「キュウ」
お母さんが舞い降りてきたので、肉を分ける。
んー、ちゃんと料理したものが食べたくなってきた。
リンリンさんの料理が食べたいなぁ。
ナナドの街でも、食堂で食べさせてもらったけれど、野菜スープやパンケーキがメインだった。
肉汁たっぷりの挽肉のハンバーグや、それに乗せたとろけた濃厚チーズ。食べたい。
……考えるのは、よそう。舌がその気になる。
「お母さん。人の姿にする魔法を、今度かけてもいい?」
「キュ?」
「私と同じ言葉を話せるようにするの」
私とお母さんを指差して、説明をした。
首を傾げたお母さんは、やがて「キュウ」と頷く。
「よかった。じゃあ、シロとクロの治療が終わったら、ラクに教えてもらってかけるね」
ようやくこの手首の翼について聞ける。一体どんな意味があるのだろう。
長寿のエルフであるラクシアスも、知らないものだ。特別に、違いない。
ここ数日、過ごしている間に、他にも聞いた。
魔法は、精霊から妖精へ。妖精から人間へ渡った。
魔族は、精霊から教わり、独自のものに変えたらしい。
妖精は、妖精語で魔法を唱える。だから、この前、パティアシアさんの唱えた魔法を聞き取れなかった。
魔族も、魔族語で魔法を唱える。そうシロから聞いた。
「私が教えましょうか?」
「シロ?」
食事を終えた私は、振り返る。
「妖精の魔法より、魔族の魔法の方がいいと思います」
「そんなことはない。妖精の魔法がいい」
穏やかに言うシロに、噛み付くようにラクシアスは反論した。
「お言葉ですが、変身魔法に関しては魔族の方がよりいいですよ」
格子の中に居座ったシロの青い瞳は、怪しく光りながら、微笑みで細くなる。
「……」
ラクシアスは反論できないようで黙りこくった。
でも不服そうな表情だ。
「変身魔法が得意なの?」
「我々も変身しますからね」
「え? 蝙蝠に変身するの?」
「ええ、蝙蝠に変身するのです」
にこっと笑った。
なるほどー。変身かぁ。
ヴァンパイアが蝙蝠に変身するのは、理解できる。前世でもそんな設定を聞いた。
魔族は、変身魔法が得意なのか。色んなものに変身できるかもしれない。
妖精は変身なんて、あまりする必要はないだろう。
「見せてほしいな、蝙蝠の姿。もちろん、完治したあとに、無理じゃなければお願い」
「もちろんです」
「じゃあ……シロに教えてもらう、でいいかな? 私でも覚えられる?」
ラクシアスの機嫌を気にしながら、私は確認しておいた。
「呪文を覚えればいいのです、覚えられるまで教えます」
「ありがとう」
意味深だと気付かずに、お礼を言っておく。
眠りにつくまで、ラクシアスは不機嫌だった。教える役を取られたせいか。
私はお母さんと一緒にまた眠る。両腕を回して、すやすやと眠った。
朝陽で目覚めたら、私は背伸びをする。
「んー……水浴びしたい」
丸まったお母さんのもふもふで温かい中で、私は思っていることを洩らす。
ここに野宿してから、水浴びしていない。頭から水を被って、汚れを洗い流したいと思った。
「パティアシアのバスルームを、借りればどうだ?」
「……貸してくれますかね?」
「ああきっと。薬草はオレが摘んでおく、朝食もそこで取るといい。ヴァンパイア達の朝食もオレが狩ってくる」
「そこまでしてもらっていいんですか?」
「すっきりしたいだろう? いいから、行ってくるといい」
ラクシアスが促すけれど、嫌い合っているのに、残しておくのは気が引ける。
それでも背中を押されたから、ナナドの街に行くことにした。
「シロ、クロ。そういうことだから、待っててね」
そう声をかけておくけれど、返事はない。
朝は眠っているらしいから、しょうがないだろう。
私は早々と済ませようと、加速の魔法を使ってナナドの街に向かった。
パティアシアさんの店に到着して、ドアをノック。
「あら、アメジスト」
「パティアシアさん、朝早くからごめんなさい。バスルームを借りたくて来ました……いいですか?」
「ずっと付きっきりだったの? あのヴァンパイア達に? もう治って帰った? にしては早すぎるわね」
「ええ、まだですけど……」
「そう……ああ、いいわよ。バスルーム、使って」
「ありがとうございます」
怪訝な顔をされてしまったけれど、バスルームを快く貸してくれると言ってくれた。
案内してくれたバスルームを使わせてもらう。バスルームなんて、本当に久しぶりだ。
タイルの床と壁。清潔そうな空間。白いバスタブ。
お湯を入れてくれるとまで言ってくれたけれど、不仲なラクシアスとシロとクロのことを考えると、ゆっくりしていられない。ありがたく思いつつ断り、一人でシャワーを浴びさせてもらった。
降り注ぐ温かなシャワーに、ホッとする。深く深く息を吐いた。
汚れを洗い流して、パティアシアさんにお手製のシャンプーや石鹸を泡立てて洗う。
甘く爽やかな香りが、飽和する。吸い込んで、また息を深く吐いた。
身体がホカホカしているので、その余韻に浸っていたい。
でもやっぱり、不仲な三人が気になるから、早く戻らなくちゃ。
アイテムボックスから、パティアシアさんに勧められて買ったこれまたお手製のローズオイルで塗りたくった。水滴のついた肌のままで塗れば、フェイスタオルで軽く拭き取るだけで済む。ローズの香りを嗅ぎながら、服を着た。白いリボンが腰についたワンピースとズボンを合わせる。
まだ水分をたっぷり吸っている長い髪を絞れば、ぼたぼたと水が落ちた。
フェイスタオルで何とか拭き取りながら、バスルームを出る。
「バスルーム、貸してくれて、ありがとうございました」
「あら? 髪乾かしてあげるわよ。おいで」
ティーカップを持って廊下で待っていたパティアシアさんは、優しい手つきで私の髪を持ってくれた。
エルフ語で呪文を唱えると、ぽかぽかし始める。温かい風が渦を巻くようにして吹いた。
「さっき三つ編みにしていたわよね? 編んであげる」
「ありがとうございます」
また泣いてしまうのは、堪えておこう。
誰かに髪を触れられる度に、涙目になってはいけない。
いや、まぁ、他人に触れられるって、そんなにないけれど。
私の場合、子どもだから頭を撫でられることが多いのだろう。
それに長い髪だし、うっすら紫色に艶めく白銀髪だ。綺麗だと褒められるくらいだから、触れてくれる。
これはちょっとした幸せだと、思った。
親がいる子どもの当たり前の幸せ。
「ヴァンパイア達は、どうなの?」
「今日くらいで完治します」
「そうなの……今日か」
完治したら襲われるのではないかと警戒しているパティアシアさんは、腕をきつく組んだ。
目を瞬いたあと、私は「大丈夫ですよ、悪いヴァンパイアには思えません」とフォローしておいた。
パティアシアさんが、曖昧に笑う。ヴァンパイアは、敵にしか思えないのだろう。
「じゃあ戻ります」ともう一度お礼を伝えた私は、加速の魔法で野宿している場所に戻った。
「……?」
格子の荷台しかなかったそこには、馬が引いている馬車が一台ある。
そして大柄な男が一人、金棒を持って立っている姿を見付けた。人間のようだ。
私は顔をしかめてしまう。どうにも、怪しい。
大柄の男が周囲を見張っているうちに、厚手の布を被った格子の荷台に馬を繋げている作業をする男が三人いた。
「何しているんですか?」
私は腰の剣を握りながら、歩み寄り、問うた。
びくっとした男達は、私を見て安堵する。
「人間の子どもか。捕まえてしまえ」
「何しているかと訊いてるんですよ。私の友人を連れて行こうとしているのですか?」
捕まえてしまえ、発言で彼らが奴隷商人の仲間だということはわかった。
気付かなかっただけで、取り逃がしてしまったのだろう。それで仲間が来た。
苛つきながら、私はまた問いながら歩み寄る。
「これは商品だ、オレ達のものなんだよ。お前もそうなる!」
金棒の男がそう言い放つものだから、私は頭にきた。
「ここに商品はない!! 私達は売り物でも、アンタ達のものでも、ない!!」
剣を引き抜いて、私は加速を唱えて、間合いを詰める。
大男の足を切りつけて崩そうとしたが、金棒で防がれた。
ガキン! と弾かれた。
「その剣、叩き折ってやる」
にやつく大男。加速に動じていない。
金棒相手に剣を叩き付けるのは、折れるかもしれないからもう触れないようにしよう。
金棒がぶんっと振られ、私は地面を転がって避ける。
立て直して、剣と短剣を構えた。
今度は、金棒が地面にめり込んだ。地面が割れて、私はよろめいた。
倒れないように剣で支えた私に、大きな手を伸びる。
短剣でその手を切りつけた。
一瞬は怯んだ大男は、もう一度金棒で地面を割って、私を転倒させる。
頭を鷲掴みにされて、持ち上げられた。握り締められてしまう。痛い。
「捕まえた!」
「っ!」
剣と短剣を手放してしまった手で、私はその手を掴む。身体を振り上げて、大きな腕にしがみ付き、右足で顔面に蹴りを入れようとした。でも届かない。空回りした足は、ぷらんと揺れる。
「はは! チビには無理だ! おい、ちっとは戦えるんだ、結構値が張るんじゃないか?」
大男が他所を向いた隙に、私は念力を発動して短剣を引き寄せた。
そして、肘の裏に突き刺した。
痛みで声を上げて、私を手放す大男。剣を拾って、腹を浅く切りつけた。
「くっ! 調子に乗るな! チビ!」
金棒を振られたが、剣で防ぐことなくしゃがんで避ける。
短剣を投げ、念力で操り、ザンザンと肌を切りつけた。
再び、大男は金棒を地面に叩き付けて、ぐらっと揺らす。
よろけても私は宙に漂う短剣を操り、太腿に深く突き刺した。
「”ーー疾風ーー”!!」
「!?」
何かがぶつかって、私は吹っ飛んだ。
風の魔法で、吹っ飛ばされたのだと理解した時は、世界が回って地面に転がっていた。
他の男が見かねて、加勢したみたいだ。
「っ……ううっ」
転がった時に、地面の石に額を切ったらしい。ぬるっとした感触を、額に感じた。
子どもの身体には、強烈な衝撃すぎて、起き上がれない。
立たなくては。シロとクロが、連れていかれてしまう。
「ぅうああっ!」
声を吐き出して、立ち上がる。
「シロとクロは、連れて行かせない!!」
必死に震える身体で踏み留まって、私は言い放った。
20200426




