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3-願い

「いや、えっと……」


「どうです? もし貰っていただけるのなら、この時計もつけますよ」


 店主は『貰っていただけるのなら』と言った。


 話の流れ的に、太田はてっきり売りつけられると思っていたのだが、どうやらそうではないらしい。この猿の手とやらをそうとう手放したいのか、先ほど太田が見ていた時計もつけると言うのだ。生活や借金返済の足しになる現金ではないものの、その時計についている値札には四〇〇〇円と書いてある。

 おそらくそれくらいの価値があるものなのだろう。さらに願いが叶う可能性のある猿の手が手に入るなら貰う以外の選択肢はない。


 猿の手とやらの見た目は確かに気味が悪いが、部屋に飾れば意外と馴染むかもしれない。

 時計なんかは確実にインテリアとして使えるだろう。


 猿の手は使えなければ捨ててしまえばいい。


「もらいます」


「ありがとうございます! やっと手放せました! 本物とか偽物とか関係なく捨てるに捨てれなかったんですよ。わかります? 人形を捨てられないみたいな、あの感じですよ」


 何を買うでもなく、ただ物をもらうだけだというのに感謝までされた太田は、なにか人助けをしたようないい気分になった。


「じゃあ、これも入れときますね」


 猿の手が入った木箱を紙袋に入れた後、四千円の時計もちゃんと入れてくれた。


「せっかくだからこれも入れときます。二年間の苦しみから解放していただいたお礼です」


 店主は何に使うか、そもそもその形で完成品なのか、パーツが足りていないのかもわからない三〇〇〇円の値札のついた何かも入れてくれた。

 合計で七〇〇〇円分の骨董品と願いを叶えてくれると言われる猿の手が手に入った。


 そんな幻想を信じているわけではないが、借金取りから逃げている太田はわずかな可能性に魅せられてしまった。


「いろいろおつけしてもらってありがとうございます」


「いえいえ、お互い様ですよ」


 太田は木箱と骨董品が入れられたナイロン袋を受け取り、その場を後にした。しばらく色々な店を見て回っていると、別行動をしていた妻と出会った。

 手にぶら下げている大きめのナイロン袋に「あなた見るだけって言ったじゃない!」と怒られたが、貰ったものだと説明すると渋々納得した様子だった。袋の中から貰った時計を取り出して見せると、見た目が気に入ったのか実咲は少し機嫌が良くなった。


 それから太田は妻と二人で残りの店を見て回り、ある程度時間を潰してから家に帰った。家の周りに借金取りがいないのを確認してから車を止め、家に入る。

 息の詰まる家に帰ると、さっそく貰った時計と何かよくわからない物を飾った。部屋の緊迫した空気が少し緩んだ気がした。


 ――やはり貰って正解だった。


 太田はまだ誰にも見せていない猿の手を、虫に食われた跡のある茶色く汚れた木箱から取り出した。


 見た目に反して硬い毛が手に刺さる。

 いかにも簡単に折れそうな指なども思ったより硬く、作り物のような感じがした。


 あの店主は願いが三つだけ叶うと言っていた。

 本物かどうかはわからないとも言っていたが、彼にはどちらでも良かった。


 何度でも言うが、この〝猿の手〟が本物なら運がいい。偽物なら偽物で、飾ってみて気味が悪ければ捨てればいい。なにせタダで貰った物だ。


 ちょうど今、妻の実咲はお風呂に入っていて、息子の咲登は自室にいる。この猿の手を気味悪がられることも、猿の手にすがっている自分の姿も今なら誰にも見られることはない。本物か偽物か、確かめるチャンスだ。


 そして彼は猿の手に願った。



 ――借金を返済できる金額『三百万』が欲しい……と。



 翌日、仕事をしていた太田の元へ一本の電話がかかってきた。


「――息子さんが交通事故に遭い、亡くなりました」

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