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2-骨董屋

「『猿の手』と言ってもね、ぬいぐるみみたいにふわふわしてないし、アニメみたいに可愛くもない。


 この〝猿の手〟っていうのは、ミイラなの……。おそらくは本物の猿の手のミイラ。

 肘から手首までは毛に覆われていて、干からびた指は細い。一見すると木の枝のようにも見える。


 何百年前のものなのかわからないけれど、それは確かに〝猿の手〟と呼ばれていた。


 その猿の手は『一生の内に三つだけ』なんでも願いを叶えてくれる不思議な代物だった。

 でも、そんな得体の知れない猿の手が何の代償もなく願いを叶えてくれるわけがない。


『願うだけでただただ好きな願いを叶えてくれる』



 なんて都合のいいものなんかじゃなかったの。


 妻子を持つ太田登(おおたのぼる)は、借金に悩んでいた。

 軽い気持ちで借りた〝二十万〟が、返済時には〝二百万〟払えと言われてしまった。今となっては〝三百万〟という額に膨れ上がっている。悪徳な高利貸しから二十万を借りるほどの彼には、三百万という大金は到底払えるものではなかった。


 毎日のようにかかってくる催促の電話、週に二度は必ず訪れる集金の男たち。妻の実咲(みさき)も、一人息子の咲登(さくと)も日に日にやつれていった。


 そんな時、彼は猿の手を手にすることになる。


 よく晴れた日曜日。集金から逃れるため、家からかなり離れたところで開催しているフリーマーケットに行ったときのことだった。


『良いものが、安い価格で売っている』


 今の太田にとって、安いという言葉は心地のいい響きで、吸い寄せられるように妻を連れてフリーマーケットに向かった。

 そのフリーマーケットの情報は、誰かに聞いたのか、テレビでやっていたのか思い出せなかった。思い出せたのは耳から得た情報だということのみ。しかし、太田にとってそんなことはどうでもいいことだった。


 〝経済的で、安いものが買える〟


 その事実だけが、今の彼にとっては重要なことだった。


 ひとつひとつの店を丁寧に見てまわる。


 ブルーシートの上に広げられた食器や、簡易的な物干しに掛けられた衣類が売られた店に、大きなプラスチック製の衣装ケースをいくつも並べて、中に詰め込んだ衣服を売る店。どこの国かわからない絵やアクセサリーを売る店に、昔のおもちゃからつい最近のおもちゃなど並べて売る店。


 そのほとんどが安価で、高くても二〇〇〇円。大体が五〇〇円を下回るようなものばかりだった。


 もちろん中には値段が張るものも置いてあり、万は超えないにしてもそれに近しい値段の骨董品も多く売られていた。


 ――見るだけならタダだ。


 眺めるだけでも、何かご利益がある気がする。到底買うことのできない古き良き骨董品を太田は手に取らずじいっと眺めていた。


「あんた、こういうの好きなのか?」


 えらく真剣な眼差しで骨董品を見ていた太田に興味を持ったのか、店主が話しかけてきた。

 どこか聞き覚えのあるような声をしている店主は、夏場だというのにハットを被りマスクをつけていて妙に胡散臭い。


「いえ。なんだか素敵だなあと思って」


 良いように言いくるめられて何かを買わされないようにと太田は身構える。


「古いものって良いですよね。この一つひとつが過ごした時間が、たったこれだけの大きさに詰め込まれているんです。見ているだけで自分の知らない過去を教えてくれるような、そんな感覚が私は好きなんですよ」


 しかし、太田にはその感情はわからなかった。一つ四〇〇〇円もする壊れて動かない置き時計や、天秤のようにも見えるが載せる場所が一つしかない謎の道具。何に使うかもわからないのに六〇〇〇円もする道具。他にも色々あったがそのどれもが彼には全く必要のないものだった。


 太田からしてみれば、壊れたものにお金を使うくらいなら、家族との外食に使った方が楽しい時間を家族と過ごせてより有意義なものではないかと思えた。


「ところで。失礼なのですが、どこかで会ったことありますか? 聞き覚えのあるような声だったので」


 その場を離れる挨拶がわりに太田は無礼を承知で店主に尋ねてみることにした。


 やはりどうにも聞き覚えがある声だったし、もしかすると昔の知り合いかもしれない。そうだとすれば借金の工面を頼む事も出来るかもしれないと思ったのだ。

 もし違えば、話しの流れでここから離れることもできる。


「あはは、よく言われるんですよ。今日もあなたの前に二人ほど聞かれました。私の声に似てる人ってそんなにいるんですかね」


 骨董品の店主はハットを深くかぶり直しながら、笑って答えた。目線が隠れて怪しい雰囲気が増した。


「すいません」


「いえいえ、お気になさらず。あ、そうだ。これどうですか?」


 太田が警戒していた店主の立て板に水のようなセールストークが始まってしまう。


「骨董品なんですけど、気味が悪いと誰も買っていってくれなくて。私自身、二年ぐらい前に手に入れたんですが、だんだん気味が悪くなってきちゃって。猿の手って言うらしくて、この手に願い事をすれば三つだけ願いが叶うらしいんですよ。売り物ですから私は試したことはないので、真相は定かではないですけどね。いっその事、私の手から離れるように願ってみようかな……とか思っているんですよ」


 店主が背後から引っ張りだしてきた木箱の蓋を開けた。


 その木箱は何年……いや、何十年前の物なのだろうと思うほどに風化していて、中に入っていた猿の手とよばれたものは毛の生えた細い木のようなものだった。


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