メインを答えろよ
「んぐ……?」
何かが腹の上にいる?
眠気に押されて目が開かない。仰向けに寝ている俺の鳩尾の上に何か乗っている。
寝苦しい、というか、もはや息苦しい。ピンポイントで胃が圧迫されている。
珍しく目覚ましが来る前に起きた気がする。
何が乗っているかの答えは目を開ければすぐそこなのだが、眠い。
まぁ確認しなくても、ほぼ間違いないと思える答えが寝惚けた頭にも浮かんでいる。
鳩尾を圧迫はしているが、その接触部位には柔らかさを感じる。
そしてこの形、間違いなく―尻だ。
……答えに違和感。
昨日、何食べた? という問いに「オレンジジュース」と返ってくる違和感がある。
もしくは「味噌汁」とか「漬物」だ。
いや、メインを答えろよ! ―という事である。
要は「ハンバーグ」と答えるのが正解で「チャーハン」「唐揚げ」などが正解例だ。
これらは俺の好物なんだけど。
長くなったが、つまり、ここで求められているのは『何が』ではなく『誰が』俺の鳩尾に乗っているかを答える事だろう。
さて誰だろう。推理をしてみようか。
尻の柔らかさから多分女性。尻の小ささから、子柄な女の子……尻の情報が多いな。
与えられた情報が触感しかないから仕方ない。
他に分かるのは体重の軽さから華奢な体であると読み取れる。
そして、そもそも、この家には俺を除けば居るのは残り二人しかいない。
その内一人は、今は家にいないだろうから実質残り一人だけだ。
と、まぁ実は最初から、触覚情報なんて必要とするまでもなく、答えは一人に限られているという世界一無駄な推理をしたわけだが。
しかし誰が乗っているかは分かっても、何故、乗られているのか全く見当がつかない。
それこそ名探偵に推理してもらわないと。
こんな無駄な推理を引き受けてはくれないだろうが。
というか推理せずとも乗っている本人が目の前にいるのだから直接聞けばいいだけだ。
眠気で重たい瞼をゆっくりと開けて、昨日会った、白い髪の幽霊少女に話かける。
「おま……」
続きが出ない。
薄目を開けて見えたのは長い白い髪の少女ではなく―長い黒髪の誰か。
「…………スー」
開けかけた目をもう一度閉じて、寝息を一つ立てて見る。
―え、誰!?
知らない子が俺の部屋にいる。じゃあ、アイツはどこに行った?
「んー」
あたかも寝返りを打ったかのように、首を動かして薄目を開けるが床に寝転がっているせいでベッドの上まで見えない。
「…………」
俺が動いた事に反応したのか、黒髪のそれは這い寄って俺の顔を覗きこもうする。
―え? 何? なになに、なに!?
パニック。
―ちょっ楽! 楽助けてー!
心の中で、全力で妹に助けを求める情けない兄の図がそこにはあった。
もちろん家にいない楽が助けに来るはずもない。
起きている事を悟られないためにも全力で目を瞑る。怖いものに無理やり蓋をする。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
何も起こらない。覗き込んだだけか? それはそれで恐怖なのだが。
お願いですから、何もしないならどこか行ってくれませんか?
「……ねてる?」
今なにか言ったか?
というかこの声―
「おぐぅ!?」
渾身のボディーブローを放たれたかのような衝撃が走る。
パンチではなく尻でだが。謎の黒髪に鳩尾にヒップドロップされた。
「おきた」
暢気な声が上から降りてくる。
「おはよ」
この聞き覚えのある緊張感のない喋り方。
「こーいち?」
昨日出会った幽霊……彼女の声である。
「…………?」
呆けて黙っていると黒髪の少女は首を横に傾けた。
顔に掛かっていた少女の髪が横に流れ顔が露わになる。
「やっぱり昨日の……」
確信的な、見覚えのある無表情の顔がこっちをジッと見つめている。
「幽霊少女」
「おはよ」
「おはよう……」
挨拶を返すと頷く幽霊少女。
「何でお前の髪の毛は黒くなってるんだ?」
今、この状況で最大の謎。次位は俺の上に乗っている理由。
「…………?」
少女は首を傾げている。
「いやお前、昨日まで白髪だっただろ?」
「……………………?」
少女の首が悩む程に傾いていく……いや、傾きすぎだ!?
「分かった! 分からないのは、分かったから!」
もはやホラー映画の角度である。曲がるというか折れてないか? 大丈夫?
ともあれ幽霊少女は自分の髪色が変わった事に気づいてないようだ。
「まぁとりあえず、退いてくれる?」
普通に苦しい。胃が圧迫されないよう腹筋に力を込めているが、そろそろシックスパックを手に入れていてもおかしくない。
―今日はなんと! 少女に乗って貰うだけの筋トレ術をご紹介!
インターネットのいかがわしい漫画の広告にありそうだ。
てか、コイツ全然退かないし。
本当に何をしてるんだよお前?
「おーい?」
呼びかけても無表情で見下ろしてくる。
「はぁ……」
もう力づくで退かしてしまおうか。
このくらい軽い少女を一人持ち上げるなんて屁でもない。
少女の腰に手を回す。特に抵抗はしてこない。簡単にどかせそうだ。
掴んだ手に力を入れようとしたその時、ドタドタと階段を駆け上がる音が聞こえた。
「やばっ! もうそんな時間か!」
目覚ましが―来る!