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鈴音後輩からの頼み事

「この歳で伝説とか幽霊とか言われてもな……」

 琴音から教えて貰った神社の伝説を提出用紙に書いている途中、ついそんな言葉を零す。

 聞いていたラジオから天気予報のアナウンスが流れる。

どうやら明日の降水確率が高いらしい。

「ふう」

天気予報が終わりイヤホンを外して一息をつく。

 ふと琴音の言葉を思い出す。

―ロマンを知らないの? 

 知らない。「何それ美味しいの?」と食べてみて美味しかったら実はロマンではなく(マロン)だった! くらいに知らない。

 意味が分からんけど。

 非科学的な事は信じない―とまで頭の固い科学者みたいな事は言わない。

都市伝説も噂も幽霊も神様も本当に在るならあるでいい、居るならいるでいいと思う。ただ馬鹿バカしくは思う。

 今のところ都市伝説や噂なんて宿題のレポートに役に立ったくらいの価値しか感じない。

 『今のところ』と言うか『今の』俺にはかもしれないが。

 机の引き出しの奥に大切に閉まってあるそれを見て思う。

 ガラス張りの蓋で密閉された小さな黒箱の中に、衝撃吸収材として置かれた白い綿の上にある小さなピンク色の貝殻。

 桜貝の貝殻である。

 綺麗な形を残してはいるが他の桜貝の貝殻と何の変哲の無い、本来なら小さい頃によく集めていた貝殻が入ったビンの中に一緒にされているはずの一枚。

 それにも関わらず、意味ありげに保管された一枚の意味。

 言わずもがな。

 二枚の貝殻を分け合った二人はいつまでも繋がっていられる桜貝の噂。

 まさにその噂に則った桜貝の貝殻二枚を分け合っただろう一枚。

 今でこそ馬鹿バカしいと思う噂も、小さな俺は純粋に信じていたようだ―ただ。

「誰と分けたんだっけな……」

 肝心の相手を忘れてしまった。

誰かに渡したような記憶が薄っすら、あるような、ないような。

あるかないかハッキリしろと言われれば―ない。それぐらいの記憶。

 実際に一枚を大事に持っている事実は、この貝殻にそれなりの意味があると言う事ではある。そうなると、誰かと分けた片割れなのは確かなのだろうが……。

 その誰かが思い出せない。

 とは言え。馬鹿バカしく思っているお呪いの話だ。真面目に思い出す気もない

 それに幼い頃の交友関係なんてたかが知れている。

大方、琴音か鈴音、大穴で楽。その内の誰かになるのだろう。

 もしそれ以外の誰かだとしても所詮―噂は噂だったと言うだけの話。

「…………」

 しかし―もしだ。

 もし本当にお呪いの効果があるとしたら、例え渡した相手の名前も顔も忘れていても、八夜神社の神様たちのように再会する事になるのだろうか?

「……アホらし」

 保管ケースを机の隅に置いて書きかけのレポートに戻ろうとすると―

「ん?」

 電話の着信音が鳴る。画面には〈鈴音〉の表示。

「もしもし?」

「あ、幸一先輩?」

「別に学校じゃないんだから先輩扱いしなくてもいいんだぞ?」

 何年の付き合いだと思って。

「いえいえ、まさかまさか、学校の御先輩様に対して、そんなそんな」

「敬称は多ければいいってもんじゃねえぞ」

「でも、御先輩様って五千回も敗けた人みたいっスよね? 幸一全敗?」

「さらっと先輩と全敗をかけてんじゃねえよ。そりゃ五千敗もしてれば全敗だろうよ!」

「ところで幸一戦犯?」

「チーム戦だったの!?」

 俺のせいなのか? 五千回も負けたのは?

「幸一惨敗ッスね」

「それ以上俺を負け犬呼ばわりするな!」

「んーどうも呼び慣れてないもんで」

「そんな悪意に満ちた呼び方をするなら。今すぐ戻せ」

「幸兄に? 流石にハズイっスよ」

「まあ……ならいいよ」

 高校に入学する去年までは幸兄だったのに……しかも敬語まで使うようになって。

「恥じらいを持つ女子高生になったんだなお前も」

 嬉しいやら少し寂しいやら。

「破・地雷を持つ女子高生? 僕はどこの武装女子高生なんスか」

「そんな誤解があるか! つうか、何のようだよ!」

 いい加減本題に入れない。

「あーそっス。そっス―ねえ幸一先輩。ちょっと散歩に行って欲しいんスけど?」

「はあ? 散歩?」

 なんで?

「僕、オカ研に入ったんスよ―あ、オカ研って分かるっスか?」

「出前の道具を研究する所だろ?」

 同じ質問で姉妹の知識量を比べてやるよ。

「出前の……道具?」

 分からないのみたいだな。知識量は姉の方に軍配だ。

「……岡本くん?」

「岡本くんはお前のパシリじゃない!」

 誰か知らないけど! 人間を出前の道具呼ばわりするな!

「あはは! 冗談っスよ! 幸一先輩が変な事言うからっスよ」

 ホントかな……。

「で、オカルト研がどうしたんだよ? 海に幽霊が出るとかで忙しいらいしいけど」

「およ? 知ってたんスか? なら話が早いッス。ちょっと調査に行って欲しいんスよ」

「何で俺に? 自分で行けばいいだろ?」

「まあ、その意見は最もッスけど。でもほら? 僕って花の女子高生じゃないッスか。夜道は危険っていうか……」

「武装女子高生なんだから大丈夫だろ?」

 破・地雷でも何でも使え。

「でも僕は花の女子高生っスから火器が全部、花器になっちゃうんスよ」

「じゃあ武装女子高生って華道部員の事なんだな」

 火器が花瓶に変わるとか戦争に対する一種の風刺アートみたいだな。

「だいたい華道部じゃなくてオカ研だろうが。お茶を濁すな」

「茶を濁すって言ったら今度は茶道部みたいッスね」

「だから茶化すな」

 これも茶道部っぽいな……。

「いや先輩、真面目な話、夜道が危険ってだけで十分な理由だと思うんスけど……」

 それもそうだが。同じ理由で琴音も選択肢から除外だったのか?

「でも頼むなら普通、神宮先輩だろ?」

 あの人が作った、あの人の研究会なのだから。

「僕が神宮さんから頼まれたので、それはちょっと……」

 俺は先輩なのに神宮先輩は『さん』なのか。

「他の部員は?」

「いません」

「いねぇのかよ……」

 神宮先輩がどういう人間かは知らないが、近付き難い雰囲気はある。

いなくて当然なのかもしてない。

というか普通に入部している鈴音がおかしいのだろうが。

「どうしても駄目なんスか~? 頼むっスよ~幸一先輩~」

「甘えんな」

「え? だ、駄目なんスか……?」

 そんな、マジかよ? みたいな反応されても。

「どうしてもッスか……?」

「…………」

 鈴音の声のトーンが少しだけ落ちる。

ハァ……琴音に甘いって言われたばかりなんだけどな……。

「分かったよ。行ってやるよ」

「え! マジで! やったっス! チョロいっス!」

「喜びと一緒に本音も漏れてるぞ」

 コイツ……。

「ち、違うんスよ先輩? 超ロリーッスって言ったんスよ!」

「言うわけねえだろ! 言ったとして何を伝えたいんだよお前は!?」

「え、えっと、若々しくて可愛らしいですねって事じゃないっスかね?」

 ないッスか? って、知らないっス……。

「じゃあチョロい俺が行ってやるけども、まず、行けない本当の理由を教えろ」

 理由が嘘くさい。一般の理屈として通っても、鈴音の理由として通せるモノではない。夜道が怖いなんて、神宮先輩に近づく度胸のある女子が言う事じゃない。

「それを言うのはちょっと……」

「何だよ? 言えないような事なのか?」

 まぁ、そうでもないと理由を誤魔化す道理はないか。

「でも頼み事をするのに隠し事は失礼っスかね……諦めるっスよ。幸一先輩、実は僕―幽霊が怖いんス」

「お前は今すぐ退部しろ!」

 オカ研の部員が幽霊を怖がるなんてあっていいのか!?

 つうか神社の娘が幽霊怖がってんじゃねえよ!

「いやいや幸一先輩。オカルトって幽霊だけじゃないんスよ? UFOとか超能力だってオカルトの一種なんスから。幽霊が怖くてもやって行けるッス」

「やって行けても相応しくはないだろ!」

「でも、怖いのは苦手だけどホラー番組とかホラー映画を見たい気持ちってあるじゃないッスか? でも実際に会うってなると―ねえ?」

「そういう所が相応しくないって言ってんだよ……」

 本当に何でオカ研に入ったんだよ、お前?

「そういや鈴音―神宮先輩ってどんな人だ?」

「ん? 神宮さんッスか? そうッスね、噂のような怖い人じゃないっスね。いつも静かに本を読んでるだけですし。普通の人にはないオーラってヤツ? その感覚はビンビン伝わってくるっスけど! あとはイケメンっスね」

 最後の一言は余計だろ。まあ、オーラの話は分かるが。

「琴音から聞く限りじゃ楽しくしてるみたいだけど、何かあったら俺に言えよな?」

「おやおや? 幸兄と呼ばれなくともお兄ちゃんをしてくれるんスか?」

 お兄ちゃんをするって何だ。そんな日本語はない。

「俺は馬鹿な後輩を心配してやってるだけだよ」

「『な後輩を心配してやってるだけ』は余計っス」

「それだと俺が馬鹿を自称してるだろうが!」

 俺は馬鹿だよって、そんな潔く認めるの『こころ』のKぐらいだ。

「僕はカバだ」

「夏目漱石も猫は書けてもカバ視点で小説は書けないだろうな!」

「我輩はカバである。名前はデカ」

「間違いなく動物園で飼育されてるカバだな」

 なんとなく猫よりもカバの方が我輩の一人称が似合っている気がするけど。

「ま、心配しなくても大丈夫っスよ。神宮さんあれで結構優しいっスから」

 優しいか……人なんて接して見るまで分からないもんだな。

「まあ、もし僕が泣くような事があったらその時はまた、お兄ちゃんしてくださいっスよ」

「だからそんな日本語はねえよ」

「じゃ、頼みましたよ幸一先輩! 良い結果を待ってます!」

「良い結果ってどっちだよ?」

 いた方がいいのか、いない方がいいのか。

「オカ研にとってはいた方が、僕にとってはいない方が」

「じゃあ、どっちでもいいんだな」

「そっスけど、ちゃんと行くてくださいよ? 証拠の写真をちゃんと後で送って……あ、いや、やっぱ何か写ってそうなんでいいッス」

「お前本当にオカ研辞めれば?」

「と、とにかくお願いするッスよ! 幸一先輩!」

「はいはい、じゃあ切るぞ」

 電話を切る。

 時間を確認すると21時17分であった。

 こういう時は0時とか丑三つ時に行くのがベストなのだろうが。

 まあそこまでしてやる義理はない。宿題の気分転換の散歩くらいに思えばいい。

 桜貝の入った保管ケースを引き出しに戻して、取るもの取って外に出る。

「おー」

 今日の夜空は星が見えない程―満月が光り輝いていた。

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