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琴音という幼馴染

 7月23日の土曜日。

 6畳の和室の部屋に置かれた小さな卓袱台を挟んで話される日本昔話は、終わったようだ。意外と長かった。麦茶を飲み干してしまった。

「要するにその再会する男神と女神へのお祝いが再来週にあるお祭りなの分かった幸一?」

「……とりあえず麦茶」

「アンタ本当に聞いてた?」

 ツッコミを入れながらも差し出したコップに麦茶を注いでくれるのは幼馴染―篠宮琴音である。

「アンタが地域レポートを手伝えって言うから話してるのに」

 夏休みの宿題の話だ。

 自分達の地域の伝統や文化を調べ書きまとめ提出。

 琴音に手伝いを頼んだらすんなり引き受けてくれた。

 持つものは幼馴染である。口が悪いで、お馴染の幼馴染ではあるが。

「こんな社会教師の趣味の押し付け、本当はやりたくないだろ?」

「その代わりに社会科の宿題が少ないんだから文句言っちゃだめよ」

 確かにやる意義が見えない漢字書き取りよりは幾らかマシだ。

 あれで漢字を覚えられるとはとても思えない。

「じゃあ、はーい! 琴音先生にしつもーん!」

「はいどうぞ、七瀬君」

 生徒らしく挙手した俺を先生っぽく当てる琴音。二人しかいないので挙手する必要も当てる必要もないのだが。ただのおふざけだ。

「話を聞く限りだと海の近くに神社があるように言ってましたが、ここが言うほど海の近くにないのは何故ですか?」

 ここと言うのは、現在お邪魔している篠宮家、つまり八夜神社だ。

 その神社の娘である琴音はいわゆる巫女さんという奴である。

 この神社の町内には確かに海があるが、海沿いだと言われれば首を捻ってしまう。

「いい質問ですね。花丸をあげましょう」

「小学生扱いするな」

 花丸って。それが貰えるのは小学生の中でも低学年までだろ。

 先生と生徒なら素直に高校生役でいいはずでは?

「それは、さっきの話の続きよね―女神が男神の旅立った後に波の音を聞くだけで男神を思い出して悲痛で苦しむようになったのよ」

 口調が戻った。先生、生徒ごっこは終わりのようだ。

「それを哀れに思った町人が波の音が聞こえないこの場所まで社を移したのよ」

 物理的に場所を移動したって寂しさが拭いきれるとは思えないのだが。

「じゃあ、前の神社の跡地もどこかにあるんだよな?」

 琴音の表情が少しだけ苦々しくなる。

「もちろんあるわよ……まぁ、幸一が覚えてるわけないわよね―バカだし」

「いや、確かに覚えてないけど……」

 唐突にバカ呼ばわりは酷いだろ?

「俺もそこに行った事があるのか?」

「小学生の話なんだけどね……まあ関係ないからこの話は辞めましょう」

 少し話題を変えて。

「じゃあ、桜貝は知ってるわよね? その伝説みたいなのも」

 桜貝はこの町の砂浜で見かける小さな二枚貝だ。

 大きさは1~2cmと小さな貝だが、その美しいピンク色の貝殻は人気が高く、お土産物やアクセサリーの装飾の材料として扱われている。

 殻は薄く、砂を払おうと少し力を入れただけで割れる事もしばしば。

 逆にその儚さが美しさと相まって人気を呼んでいるのかもしれない。

 儚く美しい桜貝には逸話も多い。人魚の涙だったり、縁結びのお守りになるだとか。

 まぁそんな似たような噂というか、迷信みたいな話がこの町にもあるわけで―

「あれだろ? 二枚とも繋がっている桜貝の貝殻を二人で分け合ったら、二人はいつまでも一緒にいられるってやつ」

 校庭の伝説の木の下で告ったら―みたいな噂だ。

 脆くて薄い桜貝の貝殻が二枚繋がったままで見つかる事はほとんど無い。

 その稀少性から出た噂だと思っていたが。

「それね。さっきの話した、女神が男神に桜貝の片割れを渡した事が元になっているのよ。神様も絡んでいかにも霊験あらたかに思えるでしょ?」

「せっかく繋がってた二枚を引きちぎって恩恵が与えられるとは俺には思えないな」

 仇を売って恩を返して貰おうなんて図々しい。

「偏屈なやつ。ロマンを知らないの?」

「知らんな」

「知らないの? アンタのことよ」

「はぁ?」

「身長が低い男」

「誰がローマンだ!」

 酷いことを言う。自分の身長高いからって。

「むかしは身長が高かったのに……まさか伸びが止まるなんて―小1で」

「伸びてるよ! それよりは!」

 止まったのは中学1年だ。それに170センチは小さくない。

「身長を盛るのは辞めなさい? アンタの身長は167よ?」

 何でお前が知ってるんだよ。

「す、少しずつ伸びて今は168だ……」

 正しくは167・5センチだが。四捨五入という計算法は偉大だ。

 ついでに琴音は本当に170センチらしい……モデルの域である。

 数センチの差だが170に届くか届かないかはその数字上の差よりも遙かに大きい。

「大丈夫よ、アンタの程度よりは遥かに高い身長よ」

「全然大丈夫じゃねえ!」

「うるさいわね、本当に赤道みたいな人間ね」

「それは低緯度」

「低い事には変わりないわ」

「ふん、緯度が低くなれば気温が上がるのを知らないのか? それでいくと、俺はとても温かみのある人間だって事になるぜ?」

「そういう挙げ足を取る所が、程度が低いって言ってのよ」

「人のこと散々罵っているくせに自分を棚に上げ過ぎだろ?」

 赤道直下の紫外線くらいキツイ性格してるよ、お前は。

「それで? 宿題のレポートは出来そうかしら?」

 満足したのか琴音は当初の目的の話を戻した。

「まあ、十分だろ」

 高校の宿題程度にそんな本気で取り組むつもりは元々ない。

「そ、力になれてなによりよ」

「俺的には力の限りぶん殴られた感じだけどな」

 言葉で。言葉の暴力で。

 こんな事なら鈴音に頼めばよかった。頼りなるかは別として。

「そういや鈴音は?」

 篠宮鈴音―琴音の妹であり幼馴染、歳は一つした。

「なによ? 他の女の話?」

「自分の妹に嫉妬するな」

 そして俺とお前の関係はただの幼馴染だ。

「部活じゃないかしら? 最近忙しいみたいだし」

「部活?」

 この前まで帰宅部だったハズだが。

「オカ研だって」

「出前で使う道具の研究?」

「……岡持ち?」

「正解」

 出前の時に料理や食器を運ぶ銀色のアレ。

 和久のオッサンの店の手伝いで出前を運ぶ時は俺も重宝している。

 というか喫茶店のくせに何で出前サービスを始めたんだろうか?

 来週の明日、店の手伝いに来いと言われているから聞いてみるか。

「岡持ち研究会ってどんな個性的な部活よ……いや、高校生が岡持ちの研究していたらこれ以上ないアイデンティティになるでしょうけど」

 確かにユニークだ。

 物語にしたら、きっと中華屋か定食屋みたいな飲食店の娘が主人公だろう。

『より安定求め、より早さ極め、より温かく! アナタに美味しく届け! オカ研の娘!』

 そそらねぇ……。

 妄想を広げていると琴音が

「オカルト研究会に決まってるでしょ……?」

 まあ、分かってはいるんだけど……それはそれで疑いたくなるような話なのだ。

「いやでも、オカ研って神宮先輩がい所だろ?」

 神宮功じんぐういさお―孤高の狼。

 全校生徒が少ない事を差し引いても校内で知らない奴はいないと断言出来る程の有名人

「あの人ってヤバそうな噂が色々あるだろ?」

 勝手にオカルト研究会の部室にしている教室は、元々は不良達の溜り場だった所に入学してすぐ乗り込んで占拠したとかなんとか。

「何でそんな所に?」

「さぁね。溢れ出る個性に惹かれたんじゃない? あとイケメンだし」

「アイツそんなミーハーなやつだっけ?」

 俺も神宮先輩の顔くらいは見た事あるが確かに中性的で整った顔をしている。

 ただ、広まっている噂のせいで誰も神宮先輩には近付かない。

「大丈夫なのか? そんな先輩の所にいさせてさ」

「心配?」

「いや、別に」

「嘘ね」

「…………」

 琴音はニヤリと笑う

「相変わらず、年下の子には甘いのね、幸兄」

「お前に兄呼ばわりされるの、ゾッとするから辞めろ」

 同い年の奴に言われても気持ち悪いだけだ。

「つうか、実姉的にそんな先輩の所に行かせて心配じゃねえのかよ?」

「私は本人から少しだけ話を聞いてるからね。普通に楽しそうにしてるわよ? しかも、最近ある噂が立って忙しいんだって」

「噂?」

「どうやら出るみたいよ」

「あーバスが」

「雑にボケないで。田舎だからバスが出る頻度は少ないけど、噂になるほどじゃない」

 雑と言っておきながらツッコミを入れてくれる。律儀な奴だ。

「話の流れから分かるでしょ?」

―幽霊よ、幽霊。

「白いワンピースを着た少女の幽霊が夜な夜な近所の海に出るらしいわ」

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