上編
私はお茶の準備をする。
何度も何度も練習して、それなりの腕になったつもりだけれど、彼は喜んでくれるかしら?
お茶菓子も私が用意した。
貴族の令嬢が厨房に立つなんてあり得ない事けど、今日だけだと頼み込んだのは随分前のこと。少し焦げてしまったけれど、ほとんどシェフが作ってくれたものだから、きっと大丈夫。
狐色のクッキーを盛り付け、魔法瓶を手に取る。
お湯の温度を確認し、ティーポットにゆっくりと注ぎ込む。
焦っては駄目。急いでも駄目。
注ぎ終えたティーポットにサッとティーコーゼを被せ、砂時計をひっくり返す。
フフフ。
何だか達成感があるのよね、この一連の流れ。
美味しくなあれと侍女から教わった呪文を唱え、砂が落ちる様子をじっと見つめる。サラサラと落ちていく色付の砂は、私の目を引き寄せて離さない。
シン、と静かな音が屋敷を支配していた。
いつもは少々騒がしい屋敷がこれ程の静寂に包まれているのは、異常だ。
彼女の周りに人気がないのは、彼女が人払いをしたからであり・・・・・その異常には、気付いていないようだ。
私は2つのカップに紅茶を淹れる。
ふわり、と優しい香りが湯気となって空気に溶ける。
私はこの香りだけで満足なのだが、彼に飲んでもらわなければ、意味がない。
最後の仕上げに一滴、液体を落とす。
フフフ、乙女の秘密なの。教えられないわ。
ちょうどお茶の支度が終わったところで、控えめなノックが聞こえた。
無言で扉を開ける。
かなり勢い良く開けたせいか、ノックの主は普段の無表情をかすかに崩し驚いたようだった。
だって、待ち遠しかったんですもの。
今日だけは、大目に見てくれるでしょう?
私は満面の笑みを執事に向けた。
「待ってたわ。」
だから、しらないの。
黒服が赤く湿っているのも。
微かに死臭がするのも。
だって、ねえ?
最後の、夜だもの。