エピローグと余談
アラナは想った。
父さんと母さんは、思いも寄らず、色々な縁で結ばれ続けていたようだ。
自分とピエールが出会い、結婚を決めたことから、父さんと母さんは再会して、義母のカテリーナ母さんが病死したこともあって、晴れて父さんと母さんは正式に結婚できた。
でも、それ以前の第二次世界大戦中でも、冬用コートの1件でお父さんとお母さんはすれ違っていたのは、(自分の憶測だけど)間違いないようだ。
勿論、カテリーナ母さんの内心を察すれば、自分としても申し訳ない想いがしない訳ではない。
どうして、父さんは、スペイン青師団向けの冬用コートと耳当て付きの軍帽を、自分から選んで着用するのみならず、それを帰国の際に持ち帰るようなことをしたのか。
カテリーナ母さんが傷つくのは当然ではないか。
でも、その一方で。
自分の両親の深い縁を感じて仕方がない。
異母妹のサラや夫のピエールには、本当に申し訳ない想いがするけれど。
サラは想った。
カテリーナ母さん、本当のところ、どう思っていたの。
私がいつも欲しがった、あの耳当て付きの帽子のこと。
私が欲しい、というたび、母さんの顔にどこか影が走る気がして仕方がなかった。
だから、耳当て付きの帽子が、「スペイン帽」と呼ばれるのを知った際に、母さんにはその由来をどうにも私は聞くことが出来なかった。
何となく、お父さんがカサンドラ母さんのことに行ってしまうのでは、とずっと不安にカテリーナ母さんは駆られていたのでは。
だから、父さんのあのコートと耳当て付きの軍帽に、カテリーナ母さんは触れようとしなかったのでは、と今になってから、私は思ってしまうのだけど。
本当のところはどうだったの。
その場にいる家族5人は、それぞれ想いを巡らせ、暫く静かな時を過ごした。
その日の夕食を家族が共に食べて、アラナとピエールが帰宅し、サラが自分の部屋に引き上げ、アランとカサンドラが寝室に戻った後。
「聞いてはいけないことかもしれないけど」
カサンドラは、意を決してアランに尋ねた。
「あの冬用コートと耳当て付きの軍帽のセットは、私が寄付したものなの」
「バレンシア、饗宴」
アランは、それだけ答えた後、沈黙した。
カサンドラは、その答えを聞いた瞬間に察した。
アランは、私のことをずっと忘れていなかったのだ。
だが、それはカテリーナさんを傷つけることでもあった。
それを想えば、それ以上のことは、私には聞けない。
カサンドラは、無言のままですぐにアランを抱きしめ、二人は長い夜を過ごした。
アランは、長い夜を過ごしながら想った。
かつて、母ジャンヌは、自分のことを自分が瞼の中でさえ知らない父そっくりだ、と半ば非難しながら、言ったことがある。
父と母が不倫関係だったのは、母が自認している。
それを想えば、自分のやったことは、父と同じことで、赦されないことだ。
それでも、あの時、あのコートが目に入った瞬間、自分の物にせざるを得なかったのだ。
それにしても、まさか本当にカサンドラが寄付した物だったとは。
以下、余談になる。
第二次世界大戦後の暫くの間は、仏伊の一部の人、主に第二次世界大戦で対ソ戦に従事した人の間でだけ、耳当て付きの帽子が「スペイン帽」と呼ばれていたのだが、この呼称は徐々にファッション界にも、ある意味、隠語として広まるようになった。
特にパリやミラノに広まったのが大きく、世界的にも耳当て付きの帽子、特にウール製の物を指して、「スペイン帽」、更に、スペイン帽と冬用コートの組み合わせを「スペイン風コート」という業界用語ができるようになり、日本にまで伝わった。
そして、日本では、一般の人まで呼ぶようになった。
だが、その起源を知る人は意外と少ない。
これで完結させます。
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