第3話
第2話から時が20年近く経っています。
第2話の時点では産まれていなかったサラは10代になっており、幼児だったアラナは大人になって結婚し、父アランが二重の意味で父になっていました。
(アランとアラナは実の父娘ですが、アラナが、アランの養子ピエールと結婚したため、細かく言えばですが、嫁舅という関係にもなるためです)
それは、父の再婚問題(父アランが先妻カテリーナが死んだ後、後妻のカサンドラと再婚したこと)について、ようやく先妻カテリーナとの間の娘のサラの気持ちが落ち着き、再婚した実父のアラン・ダヴー将軍の下に帰宅して、同居を始めた頃の話だった。
言うまでもなく、父が再婚した後妻、サラにしてみれば、新しい義母になったカサンドラとサラが微妙にギスギスした所が無くも無いが割り切れるようにはなっていた頃のことでもある。
その日、サラの異母姉アラナと異父兄ピエールは初子のマリーを連れて、実家を訪ねてきたのだが。
アラナは、父が保管していたコートと耳当て付きの軍帽を、偶々、陰干ししているのを見て驚いた。
「それは本物なの。スペイン青師団向けの冬用コートと耳当て付きの軍帽のセットに見えるけど」
アラナの問いかけに、アランは即答した。
「本物だ」
「それって、かなりの値打ちものよ」
アラナは目を見張りながら言った。
「どういうことなの」
サラは姉に尋ねた。
「スペイン青師団向けの冬用コートと耳当て付きの軍帽は、スペインでも意外と遺っていないの。当然、外国には更に遺っていない。何しろ、スペインは冬でもそれなりに暖かいから、帰国したスペイン青師団の将兵の多くにしてみれば、そんなものを持って帰る気にはならないし、軍部も保管にはそれなりの場所と費用が掛かるしで、多くが処分されてしまったのよね。そうなると希少価値が出てくるし、それにそもそもスペイン青師団向けの冬用コートと耳当て付きの軍帽の質自体はいいものだったから、尚更、欲しがる人が出てきた訳」
アラナは、やや丁寧に説明して、一息入れた後で付け加えた。
「だから、それを売りたい、と言ったら、かなりの値段がつくわね」
「そうは言われても、自分としては、第二次世界大戦に従軍した際の記念品の一つだからな、売らないぞ」
アランはそのやり取りを聞いた後で言った。
「分かりました。でも、誰が寄付したのかしら」
アラナは、そのコート等を手に取って名前を懸命に探したが、寄付者の名前が見当たらない。
「寄付者の名前は入っていなかったの」
「入っていたけど、戦場で擦り切れてな。みっともない気がしたので、消してしまった。寄付者が誰かは覚えていない」
父と娘は、更にやり取りをした。
「ふーん。誰が寄付したものかしら。本物となると、却って気になるわね」
アラナは気になって、そう零して懸命に探したが、どうにも見つからないので諦めた。
それを見たサラは尋ねた。
「スペイン青師団向けの冬用コートと耳当て付きの軍帽には、寄付者の名前が入っていたの」
「そうよ」
アラナは即答して、得々と語った。
「第二次世界大戦当時、スペインの国民は様々な形で寄付活動等に協力して、連合国側に味方していたの。表向きスペインは中立国になって、美味しい想いをしていただけだ、と否定的な人もいるけどね。そして、スペイン青師団向けの冬用コートと耳当て付きの軍帽は、そういった寄付活動等で全部が賄われた、と私は聞いているわ」
サラには悪意は全く無かったのだが、姉の言葉を聞いて、ポロリと言ってしまった。
「ふーん。どうして無いのかな。まさかとは思うけど」
それ以上は言わなかったが、周囲に与えた影響は大きかった。
サラの言葉を聞いた父、義母、異父兄、異母姉、4人共が考えたのだ。
これは、義母カサンドラが、父アランにプレゼントしたものだ、とサラは考えたのではないか。
更に亡くなった、カテリーナもそう考えていたのではないか。
実際、カテリーナは、その冬用コートと耳当て付きの軍帽には、決して触れようとはしなかった。
「それは、アランだけのものだから」
というのが口癖だった。
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