家付き工房付きで領主認定の薬師だということが故郷にバレた瞬間身に覚えのない許嫁や隠し子が大量に出現するので彼は表向きは底辺冒険者です(強弁)
旧ゲイリー薬師工房にモンスター出現。
その一報が冒険者ギルドに届いたのは、斥候職の子と受付嬢の「殴り合い」が三ラウンド、ギルド長と副ギルド長の「話し合い」が五ラウンド経過した頃でした。
二級薬師ゲイリー。
それは斬新かつ進歩的で容赦ないことで一部有名だった薬師ギルドの凄腕さんです。表立って犯罪歴はありませんが、ブリストンの裏社会がどれだけあくどい真似をしても麻薬の類にだけは決して手を出そうとしないのは、ゲイリー薬師の影響だと聞いています。
ジェイムズ君は彼の弟弟子なんですよね。
先日その工房をジェイムズ君が継承すると聞いて、あの兄弟子からジェイムズ君がどうやって育ったのだろうと真剣に議論したほどです。副ギルド長とベッドの上でですが。
「あ、やっぱり」
と反応したのは、依頼をキャンセルして逃げ帰ってきた黄等級の冒険者チームです。危険を回避できるのは冒険者として得難い資質で、さすが第三等級まで昇進しただけはあります。勝てない相手との戦いを避けるのは決して恥ではないのです、生きて次につなげるのが冒険者というもの。
それにしても、なんと言いますか。
兄弟子がブリストンの街で活動していた頃を知っている者は「ああ、やっぱり」という風に納得していますが、それ以外の若い世代は「ああ、発情キノコ騒動男の兄弟子だから」という反応です。
ゲイリーの現役時代に比べれば、ジェイムズ君は常識的で穏やかで人間関係も……クロスカウンターで床に沈んだ女子力ゼロは除外して……問題ないはずです。
さて。
様々な余韻を楽しむ時間はありません。
「緊急事態を宣言します。青等級以上の戦闘職・斥候職を含むチームはギルド受付まで! それ以外は衛兵と協力して市民の避難誘導ならびに治安維持に動きます!」
私の宣言と共に、ギルド内に良い意味で緊張が走ります。
ジェイムズ君には申し訳ないですが、市民の安全確保を最優先。旧ゲイリー工房は探索と斥候を派遣した後に威力偵察、それから制圧に動きます。
本当に厄介なモノが潜んでいるなら、たとえあのマッド薬師でも放置はしないでしょう。最低限ですけど、その程度の分別はあの男にもあったはずです。まして工房を弟弟子に託したのですから、ジェイムズ君なら対処できる程度の脅威しか存在しないはずです。
非情かもしれませんが、これが当ギルドに打てる現状での最善です。
星付き冒険者が常駐するようなギルドなんて領都クラスの規模でなければ無理な話ですしね。
衛兵への伝達事項をまとめて外回りの職員に託した頃、元帝国軍人のギルド嬢オードリーが声をかけてきました。こういう非常時では元軍人の知識と経験は大歓迎です。
「ギルド長、特別訓練を終えた黄等級カリスと受付嬢ヴィヴィアンが意識を取り戻し、簡易的な手当を受けた後にギルドを飛び出していきました」
「旧ゲイリー工房への斥候隊は?」
「威力偵察隊を含めて編成中、武装確認次第すぐにでも出せます」
「お願い」
私も簡易装着できる革鎧と歩兵剣を手にしながら、オードリーに返答します。
石材運搬のため道幅は広いものの、それでも都市部では騎兵剣や歩兵槍は取り回しが困難です。
建物への侵入を考えれば戦槌類も欲しいですが、ハーフエルフの私が持てるのは金属棒に小さな鉄球を取り付けたような片手棍棒が精一杯。対人としては十分すぎる殺傷力だけど、玄関や窓を叩き壊すには物足りない道具です。
それならば攻撃魔術を含めた様々な魔法を駆使した方が手っ取り早い──というのが、この国の軍人や冒険者達の共通見解ですね。たまに片刃の曲刀で太い柱や石の壁を切断してしまう剣士もいますが、それはもう星付き冒険者の領域です。
「ギルド長、斥候隊出発用意できました」
「では私も共に行きます」
万が一の事態には副ギルド長がいるので安心です。私は準備が整った斥候職の冒険者達と共にブリストンの街に飛び出しました。
出発したのは、先行した二人より五分少々の後。
比較的軽量とはいえ歩兵剣や革鎧の重量は、走る速度に影響します。
まして先行したカリスは狩人あがりの斥候職で、ヴィヴィは素手格闘と体術のエキスパートでした。私達が旧ゲイリー工房に到着するのは、彼女たちより十分近く遅くなるのは最初から分かっていたことです。
「建造物の破壊音なし」
「悲鳴や絶叫もなし」
「血液などの異臭なし」
「瘴気感知できず」
「魔力と地脈の動きに乱れあり」
旧ゲイリー工房を目指しながらも、斥候職の皆さんは情報を解析しています。既に先行した二人は突入しているはずですが、まるで何事もなかったかのような反応です。
あ、いや。
ナニごとを始めている可能性がありますか。一度は肌を重ねつつも、不用意な言葉の応酬ですれ違った男と女。相手への想いを再確認したところに、愛する人の危機。多分ヴィヴィもしれっとした顔で参加するでしょう、あれはそういう女ですからね。
イケます。
麦酒でジョッキ三杯はイケます。
そんな妄想を考えている内に、旧ゲイリー工房に到着しました。
静かです。
ギシギシという音もアンアンという喘ぎ声も聞こえません。
「……ギルド長、脅威確認。樹精の上位変種、瘴気汚染なし、モンスターではない」
斥候職の一人が、開け放たれた工房に視線を向けたまま解析結果を伝えます。
うん。樹精が石の街に居る時点でオカシイよね。
しかも上位変種、あの虹色の魔力って神格到達寸前じゃない?
あんな小さな植木鉢の若木に宿るようなモノじゃないよ?
あれ、大陸エルフの集落に持ち込んだら一族総出で拝み始めるような代物じゃない?
おいおい、狂的薬師なんてものを工房に隠してたのよ。
周りの斥候職、全員が顔面蒼白。
そりゃそうよ。私も似たような状態だから多分。
「カリスとヴィヴィアン、居場所分かる?」
「蔦に絡まって天井に貼り付けられてます。脱衣の痕跡ありますけど、あれは自発的に脱いだとしか」
「負傷の様子はないですね。顔に霊木の葉っぱを貼り付けられてます……確か上級回復薬の原料っすよね、あれ」
よし、あれは敵じゃない。
私達はそういう判断を下し、ギルドで待機している威力偵察部隊と制圧部隊の出動中止を伝えてもらうよう指示を出した。
私自身、歩兵剣を鞘に納めた後は留め金をかけ直し、なおかつ背負うことで容易に抜刀できないようにした。それほど広くない屋内では歩兵剣すら満足に振るえなくなるし、組討術を含めた素手格闘を修めているはずのヴィヴィがああも見事に拘束されているのだ。
「ブリストン冒険者ギルド長、モリガーンです。薬師ジェイムズ殿は御在宅でありますか!」
『ハーイ、少々オ待チクダサーイ☆』
石の床、窓より日が射すあたりに置かれていた植木鉢の霊木が、枝葉を揺らしながら軽い口調で応答してくれやがります。
ぎゃああああ、シャベッタアアアア、などと叫んではいけません。
これでもギルド有数の淑女ですからね。
一緒に入ってきた冒険者達も、なんとか悲鳴を上げずに済んでいます。そりゃそうでしょう、魔力の絶対量は決して多くありませんが放出される質は尋常ではありません。
そんな私達の葛藤を知らずか、霊木の先端が発光すると軽い破裂音と共に全長四十センチほどの可愛らしい女の子が植木鉢の横に現れます。
驚きませんよー?
若草色の短い髪と瞳で、大陸エルフ族のような耳がとても魅力的ですね。迂闊に手を出したら衛兵を呼ばれそうな幼さですけど。
『アナター、オ客サンヨ~☆』
「誤解を招く言い方はやめてくださいって、言ったでしょう!」
あ、ジェイムズ君の悲鳴です。
工房の奥の方で作業をしていたようですね、何事もなければ転居のための清掃と片付けをしていた訳ですし。ええ、何事もなければ。
程なくしてジェイムズ君は樹精の幼女を抱えながらやってきました。
無事に見えますね。
おっかしいなあ。ジェイムズ君、薬師ですよね。魔法の才能とか最低限でしたよね。君が抱えている幼女、世の中の精霊術師達が死ぬほど契約したがってる存在ですよ?
なんか滅茶苦茶なつかれてますよね?
「あのね、ジェイムズ君。忙しいのは重々承知しているんだけど」
「こいつは自宅警備員兼調薬助手の樹精です。地脈と名付けでブリストンの工房に縛っていますが、本来はロイズ村一帯の森を管理していた霊木の樹精でした」
『来チャッタ☆』
まったく悪気のない笑顔で樹精さんが動機を白状します。うん、実に精霊。人類の価値観が通用しそうで全く通じません。
植木鉢と幼女に付いてる地精霊の護符、あれが散逸していたブリストンの地脈を整え直し、樹精に供給されているのでしょう。
おっと、幼女がジェイムズ君に頬ずりし始めた時点で天井から怨嗟の声が漏れ始めたようですね。いけません。
空気を読んだ他の冒険者たちがヴィヴィとカリスを天井から下ろし、ついでに簀巻きにして猿ぐつわを噛ましてくれます。さすがベテラン冒険者、なすべき仕事を把握していますね。
「引っ越しの目処がついたら冒険者ギルドにも顔を出してください。あと、君の兄弟子、何発くらい殴っておきますか?」
「次の帰省時に自分で殴ります」
「そう。じゃあ私の分も一緒にお願いしますね」
ハイと答えたジェイムズ君のイイ笑顔に、やっぱりアノ男がやらかしたのかと理解しました。
いや、他にやらかすヒトいないよね。
▽▽▽
こうして二級薬師ジェイムズ君はブリストンの街に正式に工房を構えることになりました。
帝都でも滅多に出回らない霊木の葉が安定供給され、一部の貴族や商人がジェイムズ君に目を付けたようですが。
えー。
「強く生きろジェイムズ君!」
「我々は無力だ、あまりにも無力だ! だが応援はしているぞ、強くなれジェイムズ!」
「ゲイリーの横暴に負けるな! 俺たちは同志だ!」
といった感じで、ジェイムズ君の日常を調査した結果、権力闘争とか裏ギルドの暗躍とかで生計を立てていらっしゃる皆さんより多大なる同情と応援を集めてしまったようです。
まあ。
ゲイリーですからね。
【登場人物紹介】
ジェイムズ……主人公。本編終了後、帰省して兄弟子に報告と報復。居候が追加された。
樹精……自宅警備員。省エネ化に成功したが性交には失敗。地脈を少しずつ修復中。
ゲイリー……さすがに反省したが、樹精関係はジェイムズの問題なので助言はしなかった。
モリガーン……ギルド長。この後に領主に報告したが「ゲイリーが」の一言で双方納得した。
カリス……本編終了後、当たり前のように工房に転がり込んだ。月光猟団の仲間もなぜか転がり込んだ。
ヴィヴィ……本編終了後、工房に転がり込もうとして失敗。樹精に激しく威嚇されるが諦めるつもりは微塵もないらしい。
裏社会の皆さん……ゲイリー被害者の会。悪いクスリには決して手を出さないよ!をモットーに清く正しい悪の道を生きている。