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薬師ジェイムズの憂鬱な日々(総集編)  作者: は
番外編:閑話集
14/15

とある冒険者志望の家出少女が運命という名の錯覚をこじらせて吊り橋の真ん中で愛を叫ぼうとするが、やめておけそいつ鈍感系主人公の前に売約済みだ。え、青いアイスティーを用意した?




 獣人族というのは意外と保守的な部分が多い。

 ヒト族の血を定期的に取り入れないと血が濃くなりすぎて大変なことになるとわざわざ祖霊(トーテム)が忠告してくれるのに聞き入れず、取り返しのつかない事態となって滅びかけた氏族が幾つもある。


 たとえば猛牛族(タウロス)

 純血交配を突き進め過ぎた結果、ほぼ女が生まれなくなった。男はというと肉体が肥大化すると共に性格も狂暴となり、魔宮に出没する牛頭巨人と同一視されるようになった。そうなってしまうとヒト族の女では色々と()()()が足りず、ただでさえ少ない猛牛族の女を奪い合う悪循環。

 結局二進も三進もいかなくなった彼らは豊穣神殿に救いを求め、適切な交配相手を紹介される代わりに豊穣神へと帰依することになった。


 私の部族の場合、幸か不幸か定期的にヒト族の婿や嫁が氏族入りする体制が古くから構築されていた。

 というのも草原を渡り歩き鎧牛など野獣を追って暮らす獅子族(レオス)は不器用すぎて弓矢が壊滅的に下手なのだ。特に純血種ともなると両手両足の掌と指が肉球化して弓を持つことすら困難な場合が多く、彼等は風下から忍び寄って徒手空拳で獲物を捕らえることしか出来ない。


 無論近接格闘において獅子族というのは最強の誉れも高く勇ましいのだが、それは真正面から戦ってくれる相手の場合。


 馬鹿正直に戦うよりもさっさと逃げ出す方が生き残りやすいのが野生の世界だ。

 故に弓矢を操り罠を仕掛け、時には河川で魚を釣り上げるヒト族の狩人などは男女を問わず歓迎されやすい。私の祖父がそうだったし、父も同じ理由で部族に迎え入れられた。祖父と父の指導で私はヒト族並に弓矢の扱いが得意になったのだが、身内が身内なので私もいずれ部族の外より婿を迎えるのだろうと漠然と考えていた。


 考えていたのだが。


「光栄に思うがよいグラティアよ。族長が末子レデウスが其方を妻の一人として迎え入れようではないか!」

「寝言は寝て言え」


 幼馴染で女癖の悪い族長筋のボンボンがふざけたことを叫びながら夜這いしてきた。親の定めた婚約者がいて、それとは別に帝都住まいの貴族令嬢が輿入れ予定。だというのに同世代の女子数名が彼の子を孕んでいる。


 部族的にはありかもしれないが、幼馴染みとしては論外である。


 手足の関節を外し股間を蹴り上げ悶絶する幼馴染を放置し、私は部族を出て冒険者になるべく飛び出した。


 ところでご存じだろうか。

 血の濃い獅子族の男子には、男性器にトゲが生えている。

 それだけでも交配相手にヒト族を選ぶ理由に足ると私は信じている。




▽▽▽




 草原の仮設集落から飛び出すこと半月。

 幾つかの街を経由して私はブリストンというヒト族の都市を拠点に定めた。帝国は獣人族を比較的厚遇しているため、帝都などの大都市では顔見知りに発見される可能性が高かった。またブリストンは元いた草原に比べれば気温が低いため、純血の獅子族が追っ手として来るには厳しい土地でもある。


「登録名はカリス、斥候職と弓職の兼任でしょうか」


 ヴィヴィアンという名札を付けた、非常に無駄なほど乳の大きい受付嬢が、カウンター越しにまっこと失礼な視線を私に向ける。

 身元が発覚しないように部族を示す柄織の外套を売ったため、今の私は駆け出しの狩人と大差ない安物の装束を身に着けている。弓こそは使い慣れたものを持っているが、矢は安売りの品を手直ししたものだ。まともに矢じりもついていないので、野兎を狩る程度のことしか期待できない。まっとうな狩人からはさぞやちぐはぐな印象を受けるだろう。


「私はこの辺りには詳しくない。地理に明るく、野山を歩ける程度の体力がある駆け出しがいれば紹介して欲しいのだけど」

「それならば新人講習会を受けて気の合った者同士でチームを組まれてはいかがでしょう」


 それは無理。

 まず金がない。街で働くための人脈もないし、狩人以外の仕事が出来る自信もない。最悪、豊穣神殿に駆け込めば助かるとは思うけど、間違いなく部族に連れ戻される。


「薬草採集の手伝いを兼ねた護衛とか、そういうのはどう?」

「ブリストン周辺は回復薬の原料になる薬草が育ちにくい土地で、原料は少し離れた村に頼ってます」

 

 残念でしたとばかりに受付嬢は肩をすくめる。

 なんてことだろう。

 薬草採集は重要な仕事だ。巡回牧師たちの紙芝居でも、薬草採集というのは冒険者が最初に行う基本中の基本的な仕事だと描かれていたではないか。


「日銭を稼ぐのであれば、運河に面した水運業者が荷運びと警備を常時募集しています。非力な方には炊き出しの手伝い等の軽作業を斡旋しておりますよ」


 ぐぬぬ。

 勝ち誇ったような受付嬢の笑顔。無駄に揺れる胸の膨らみが忌々しい。獣人族において乳房が膨らむのは牛系統や山羊系統に限られるため、女性の美という価値基準において胸の大きさというのは絶対的ではないんだぞーと心の中で叫びつつも渡された募集要項に目を落とす。

 日給100ノーブル。

 物凄く良い条件だ。駆け出し冒険者が必死に働いても月に100ノーブルくらいだから、とんでもない額を提示されている。まともじゃないと疑いを持った目で受付嬢を見上げると、澄まし顔で説明の続きを受けた。


「第四皇子殿下が成人の儀を迎えられるという事で、ブリストン市内の主だった工房に依頼されていた彫像の搬送が始まっているんです。人手不足もありますが注文主である貴族諸家の見栄と御祝儀という側面もあって非常に高い報酬が約束されておりますよ?」


 おかげで現在ブリストン支部の駆け出しや新人冒険者達は軒並みそちらで臨時の仕事に就いているのだとか。


「装備を整えるにせよ生活費を稼ぐにせよ、身元不確かな仲間を募って実入りの少なく危険な冒険に手を出すよりは余程マシだと愚考します」


 ぐぬぬ。

 正論だ。正論だよ? 言ってることは正しい。日給100ノーブルの仕事、しかも冒険者組合が駆け出し相手に斡旋してくれる仕事で、こんな好条件の仕事なんて二度とないと思う。思うんだけどさあ。家出同然で故郷を飛び出し、狩りの腕で生きていくためには冒険者しかないよねって決意して訪ねた矢先なんですけど。

 間違ってないけど、正しいとも認めたくない。この気持ち。

 だから──


「そこに浪漫は無いなあ!」


 魂を振り絞ったようなその叫びに、私は思わず振り向いてしまったのだ。

 真新しいが、きちんとした工房で造られたのがわかる金属鎧。大型獣との戦闘を前提に鍛えられたであろう巨大な両手剣を背負い、高級そうな深紅のマントを身に着けたその姿。まるで貴族のような美しい金髪に濃いブルーの瞳は自信に満ち溢れ、神話から飛び出してきたかのような気品さえ感じさせる。

 背後に控えている大盾持ち、槍持ち、そして魔術使い達の表情も輝いている。

 巡回牧師や吟遊詩人がいたら、これこそが後の伝説の始まりだと歌曲の題材にするに違いない。


「日給100ノーブル、確かに大した金額だ。弱者救済の点においては最高の仕事だろう。

 だがな。

 俺達は冒険者だ。

 まだ見ぬ世界に夢とスリルと浪漫を求めて人生を賭ける馬鹿野郎達だ。目の前の100ノーブルよりも価値のあるものが世の中にあることを誰よりも知ってるんだよ!」


 おおー、と拍手が幾つか。

 冷めた目で見ている受付嬢と、入り口の近くで呆れた顔で突っ立っている薬草摘みの少年の姿が視界の端に映る。


「俺様の名はアダムス。アダムス・パシフィック! 今日ここに冒険者として登録し、伝説が始まることを宣言する!」


 その宣言通り、アダムスは伝説をこの街に残すことになった。

 非常に悪い意味で。




▽▽▽




 冒険者とはいかなる職業か。

 そもそも冒険とは何か。

 冒険は仕事なのか。


「戦うだけなら傭兵組合に行けばいいし、獲物を捕まえるなら狩人組合がお勧めだと思う」


 薬草摘みの少年が息を整えつつ、そんな事を言う。

 ほんの少し前まで勇ましく剣を振るっていた連中の姿は無い。待ち伏せしていた小鬼(ゴブリン)の群れに袋叩きに遭い、薬草摘みの少年が投げ込んだ煙幕で小鬼たちが混乱した隙に逃げ出したのだ。扱いきれない盾も折れた槍も大剣もそこいらに打ち捨てられていたが、小鬼たちに奪われると厄介なので薬草摘みの少年が回収していた。


 屈辱である。


 草原と違い樹木の多い森林では射線の通りが悪い。

 狩人だった父より教わっていたが、実際に森の中で戦う事はなかった。早撃ちの技術を修めていたが三匹以上の小鬼に接近されてしまうと防御も回避も間に合わず、愛用の弓は早々に弦を切られてしまいただの棒と化した。足技と短剣で牽制することはできたがアダムスをはじめとする連中が小鬼の群れの奥深くに取り残され、撃破どころか彼らの救出さえままならない状況に追いやられてしまったのだ。

 私達は小鬼の討伐に失敗した。

 人数合わせにとアダムスが強引に誘った薬草摘みの少年、ジェイムズが香辛料入りの煙幕を投げ込むことで小鬼は混乱の後に引き上げたようだが、結局一体すら討伐することも出来ずに私達は敗走した。原因を挙げればキリがないというか、杜撰すぎてどうしてこれで成功すると思い込んだのか数刻前までの己を激しく罵倒したくなる。


「その弓、草原の民が好んで使う型だよね。腕の良い狩人なら飛んでる鳥にすら射落とすって、師匠(おばば)から聞いたことがある」


 弦を切られ小鬼の棍棒を受けてしまい歪んでしまった弓の残骸を一瞥し、ジェイムズは怪我をした私の手首を取る。怪我と言っても小鬼の爪で軽く引っ掻かれた程度ではあるが、薄く血のにじんだ傷口は腫れあがり化膿しかかっていた。水筒の水で傷口を丁寧に洗われた後に消毒作用のある薬草を貼られ、包帯で丁寧に固定される。


「棍棒を受け止めた際に筋を痛めてる。消毒を優先したけど本当は添木を当てて固定した方がいい」


 回復魔法の使い手がいれば簡単に治るのだけどと自嘲しながらジェイムズは丸薬を取り出す。

 熱さましと、傷口に入った毒を消すための薬だった。


「興奮状態が続いてる今は痛感が鈍ってるけど、街に戻る頃には酷い事になると思う。組合の医務室に行けば少しはマシな薬も揃ってるし、運が良ければ奇特な神官様が勧誘がてら毒消しの祝福くらいしてくれるんじゃないかな」

「……神職に納める御布施金、ない」

「そっか。じゃあ練習中の試作品で悪いけど、僕が作った回復薬(ライフポーション)を宿の部屋に置いてあるから、その被検体になってくれると嬉しい」


 こちらの事情を察したのか、ジェイムズはそう提案してくれた。

 薬草摘みの少年。

 あのアダムスと同郷で、薬草や回復薬を冒険者組合に納入する際に無理やり冒険者登録に付き合わされ今回の討伐任務にやってきた。生命力の回復には寄与しないけど傷口の消毒などに役立つ生薬素材はこの森でも見つかるらしく、彼の背負い篭には独特の香りを放つ植物がたくさん入っていた。


 アダムス達のように高価な武器を身に帯びてはいないが、しっかりした造りの革長靴に、毒虫が苦手とする草花を用いて染めた厚手の外套は何度も補修された跡がある。杖代わりにしている木の棒は藪を払ったり小鬼を突き飛ばしたりと、八面六臂の大活躍だった。


「借りは、きちんと返すから」

「いや、こっちの方が色々と詫びないといけない事だから」


 気まずそうにジェイムズが説明してくれた内容に私は呆れてしまった。アダムスは村長の息子であり、何事もなければあと数年で後を継ぐ予定らしい。その前に箔付けのためにブリストンの寄宿学校に入学するために村を出てきたのだ。


「……それって拙くない?」

「冒険者の組合憲章がどれだけの拘束力があるのか分からないけど、村に知られたら家督剥奪は避けられないかな」


 馬鹿じゃないの?

 馬鹿なんだよ。


 心底うんざりとした顔で肩を落とすジェイムズ。同年代の幼馴染みというだけで勝手に子分扱いされ、半ば拉致されてブリストンに来たらしい。今は宿に泊まっているけど、週明けからは薬師組合の職員寮を借りる予定だとか。


「入学式が来週だから、アダムスも冒険者になるのはもう諦めたと思ってたんだけど」

「あの馬鹿が初心者研修を拒否した理由が分かったわ」


 いけすかない受付嬢の言葉を信じるなら、登録直後の冒険者は最低でも数週間の訓練を受けることが半ば義務付けられている。野営の技術、魔宮に関する基礎知識、国や関係機関との接し方や提出書類の形式。古代語を含む複数言語の読解と会話。必須ではないが社会情勢や歴史に関する勉強も推奨されている。

 とてもではないが脳筋には冒険者はつとまらないだろうし、そういった初心者研修を修了した冒険者に対する世間の扱いは単なる肉体労働者ではなく、あらゆる局面で人並み以上の活躍を約束してくれる優れた人材だ。今更ながらにそれを拒否して討伐に出た自分の迂闊さと余裕の無さが悔やまれる。


「それで君みたいに駆け出しで行き詰った女性冒険者を保護して一人前に育ててるチームがあるんだ。ブリストンに戻ったら彼女達に相談すると良いよ」


 チームリーダーは凄腕の弓使いで、星つきの冒険者なんだよ。


 あきらかに憧れの感情を含ませた声で女性だけで構成された冒険者チームを勧めてくるジェイムズの頭を小突いたのは、弓を学んだ者としての誇りがそうさせたものと信じたい。ほら、私は部族でも有望な狩人だったから。




▽▽▽




 信じられない。


 信じられない、信じられない!


 小鬼をなんとか撒いて街に戻ったら、宿の酒場でボンクラ共に迫られた。

 小鬼に負けたのは私のせい?

 酒臭い息で詰られた。罵られた。草原での十数年の暮らしを否定された。

 連中の怪我はすっかり消えている。散らばってるのは、ジェイムズが練習用にと作っていた回復薬だ。宿の部屋に置いてあった筈のものだ、たとえ練習用の薬でも安いものじゃない。冒険者組合の売店で売ってる回復薬よりも効き目が強いと、あの受付嬢も太鼓判を押していた。本来なら冒険者になる必要のない、とても優秀な薬師の卵。それがジェイムズだ。


小鬼(ゴブリン)によって俺様の剣をはじめとして数々の貴重な装備が失われた。チームの損失であり、その補填は全員で行われるべきだが──君には手持ちの金が無いのだろう?」


 であれば、手っ取り早く金になるものを差し出せばいい。アダムスが私の胸元に視線を向ける。


 大盾を失った男が下卑た笑みを浮かべる。

 槍を折られた男が背後に廻ろうとする。

 魔術使いは周囲の目を気にしつつも表情が醜く歪んでいる。

 酒場の主人は金でも掴まされたのか姿は無く、他に客の姿は無い。()()()()()()宿()だと討伐前に説明を受けていたので深く考えずに部屋を取っていた、今ならそれがどれだけ愚かな行為か理解できる。


 ……私は、静かに怒った。

 根拠なく冒険者として大成できると思い込んでいた己の無力さに。冒険者を志す者は高潔であり誰もが英雄の資質を備えていると疑う事すらなかった己の幼稚さに。そして荷物を回収しチーム離脱を告げるだけだからと、冒険者組合で報告するために残ったジェイムズと別れて単独で宿に戻った己の愚かさに。

 怒った。

 瞳孔の形以外まともに獣相が顕現しない半端者の私に、獅子族の血がそれでも流れているのだと自覚できたのがどこか嬉しかった。思考は冷静に、しかし内なる激情に身を委ね、私は己が草原で暮らし数多の禽獣を狩ってきた家の娘であることを遺憾なく証明した。




「うっはー、これは見事でありますな」


 不埒者を叩きのめした後。

 駆け付けてきたジェイムズの同伴者の一人が頓狂な声でアダムスの尻を蹴り転がした。受付嬢ヴィヴィアンは共犯者である宿の主人の胸倉を掴んで事情聴取の真っ最中。ジェイムズはというと、久々のことで加減を忘れて傷めた私の拳を消毒して膏薬を塗ってくれていた。

 治療のためとはいえ乙女の手を握るのは随分と気安いのではなかろうか。


「ジェイムズ殿、こやつら綺麗に前歯折れてるでありますよ。生前はさぞや色男だったかもしれませぬが、なんとも間抜け面を晒しておりますな」

「まだ生きてますがなバーバラさん」


 バーバラと呼ばれた女性の魔術使いが、ボンクラ共の惨状に苦笑いしている。

 ヒト族の前歯は獣人族よりも弱いとは知らなかった。あと、折れたら生え変わらないらしい。回復魔術を使えば簡単に治るそうだが、その治療に関しては本人が負担すべきだと答えたのは受付嬢だ。


「カリスさんは先ほどの時点でチーム脱退を受理されていますが、ジェイムズ君は現在も所属中。ここで衛兵に連中を突き出すと参考人としてジェイムズ君も連行されますし、かなりの確率で共犯もしくは主犯を押し付けられるでしょうね」


 その程度の口裏合わせなら咄嗟にやってしまう程度にはクズなんですよ、こういうのは。

 受付嬢の言葉は容赦ない。

 ジェイムズも心当たりあるのか、眉間に皺を寄せている。後で聞いた話だけど、次期村長という立場を利用して故郷の村のみならず近隣の村落まで出向いて「次期村長の妻」という空手形を連発していたらしい。


「……私は故あって旅の途中。一か所に留まるのは避けたい」

「はっはっは。委細承知でござるよカリス嬢、良いオンナというのは程々みすてりあすというものです。ジェイムズ殿とはしばしの別れでござるが、離れた期間が互いの想いを増幅して再会後に燃え上がる一夜を約束してくれるというではありませんか」


 とりあえずバーバラという魔術使いが人の話を聞かないことはよーくわかった。

 あと握力と腕力が凄い。

 本当に魔術遣いなのかと疑いたくなる筋力と、整った体幹。部族の戦士よりも確実に強い。見た目は御伽噺に出てくるようなきれいな魔法使いだというのに、たとえ弓を持っていたとしても勝てるとは思えない。


「バーバラさんはモールトン伯爵領でも十名しかいない一つ星(シングルスター)の冒険者だから、一緒に行動すると勉強になると思う」

「──借りは、かならず返すからな!」


 星付冒険者!

 信じられない、いや、バーバラの身体能力を見れば逆に納得できるか。

 冒険者登録時に受付嬢の説明でも「そういう等級の人達もいます、という程度に覚えておけば十分です。普通に暮らしていく限りにおいて彼らと関わるような罰ゲーム人生はまずありえませんので」と評されていた、あの星付冒険者だぞ。


 あ。


 受付嬢が沈痛な面持ちで手を振ってる。指で摘んで振っているハンカチーフが実にわざとらしい。さりげなくジェイムズの横に立って「このひとはわたしがせきにんもってしあわせにします」と唇を動かした。

 そうか、それが宣戦布告か受付嬢。

 必ずブリストンの街に戻って見せるからな!




▽▽▽




 それから半年くらい経った。

 冒険者組合の初心者研修を受け直しつつ、私はチーム月光猟団の一員として迎え入れられた。

 優れた弓使いで指揮官のアリーシア隊長。

 参謀で魔法学舎出身のバーバラ。

 豊穣神殿から逃げ出してきた、けしからんお色気神官シンシア。

 無機質無表情ついでに無敵のメイド長ダイアナ。

 帝都辺りでは歌劇の題材ともなっている四名の女冒険者を中心に、駆け出しから中堅くらいの女性冒険者が集まっては腕を磨いたり己に合ったチームを探している。私の場合は部族の事情もあるのでもうしばらくは月光猟団の庇護下で活動することにした。


「我々としても優秀な薬師と縁を結べるのだから、とても有り難い話よ」


 アリーシア隊長の言う通り、冒険者組合を通してジェイムズが時々差し入れてくれる試供品は、女性冒険者特有の悩みや問題をいくつも解決してくれる画期的なものが多かった。通常の回復薬も市販品に比べて上質で、ある程度の古傷ならば消してしまえる膏薬のおかげで幸せを掴んだ元チームメンバーもいる。


 討伐依頼を受けず野草や回復薬の納品ばかりしているジェイムズは組合や周囲の信用に比べて冒険者としての等級はとても低い。だからといって彼を侮るような真似をする愚か者はヴィヴィアンら受付嬢達からキツいお仕置きと共に勉強会が開かれるみたい。


 この前の手紙では、第二級の薬師免状の目処が立ったと書いてあったもの。

 第二級以上の薬師は自分の工房を持つことが許されると言う。物件次第では私達がブリストンにきた時の宿代わりに使えるようにすると書かれた手紙の内容は、既に月光猟団の主だったメンバーには伝わっている。隊長達は以前より活動拠点をブリストン市に定めたいと言っていたし、大きな問題でもない限りは穏やかな気分でジェイムズと再会できるはずだった。


「魔物の、異常暴走?」

「主に猪系統の魔獸だけどね。でも獣人族には祖霊関係なく効いたみたいだよ」


 半年ぶりの再会といえば聞こえは良いが、ボア系統の魔物達が興奮しながら大挙してきたブリストンの街は数日間封鎖されていた。季節外れの繁殖期を迎えた魔物達は所構わず交尾を始め、その空気にあてられたブリストン市内の獣人族の男女がそれはもう大変なことになったと。


「故郷だと鎧猪の発情を促す効能で知られたキノコがあってね。それが今年は異常発生したからって地元の知り合いから預かって──」

「それを、あのボンクラ共が盗み出して街の外でぶちまけた?」


 大体あってるらしい。

 それ以外にも余罪多数で、全員逮捕。アダムスは家督を弟に移され、寄宿学校も辞めさせられた。初心者研修を受けず依頼も受けていないという理由で冒険者資格も剥奪状態。現在は犯罪者として魔宮探索補助の労役刑に服している。人死にがでなかったので温情に近い判決が出たのだとジェイムズは教えてくれた。


 ところで、このパスタって小麦粉の料理。

 美味しいね。

 チーズがたっぷり入ってるし、塩漬け肉とキノコの食感が素敵。ポカポカする。暑いね、ブリストンの街ってそろそろ秋じゃなかった?


「……あのさ、カリス。身内に獣人族のひと、いる?」

「祖母がひとり」


 純血の獅子族だけどと答えたら、ジェイムズは珍しく血相を変えて鞄の中を探り始めた。

 まあまあ、落ち着きなさいよ。

 何を探してるのか知らないけど、まずは程よく冷やした茶でも飲んで。

 ね?

 程よい苦味が良い感じでしょ。

 色が青い?

 そうね、今日はよく晴れているから空の色が溶け込んだのかもしれないわね。




▽▽▽



 トゲが生えてなくても痛いものは痛かった。


 八つ当たり気味にベッドの上でジェイムズに抗議したら、真面目な顔で「責任とらせてください」と言い出したので「一度寝たくらいで恋人気取りするな、バーカ」と頭突きで返した。


 欲しいのは同情じゃない。

 薬師としては優秀でも女心を分かってないと憤慨してる内にジェイムズは行方をくらませてしまった。


 ああ、うん。


 同情で雁字搦めにしてからトロトロに落とせばよかった? 

 そっすね、さすがっすねバーバラさん。

 そのサイコーな作戦で今までどれだけの男を墜としたんですか?

 え?

 ゼロ?

 よく聞こえないです?

 男性経験ゼロのまま星付冒険者に上り詰めてしまってますます婚期が遠のいてしまったバーバラさあん?

 え、表に出ろ?

 よござんす、こっちも行き場のない怒りが──って、どうしてアリーシア隊長とシンシアさんも戦闘準備万端なんですか? え、流れ弾?


 はっはっは。


 私、この殴り合いに勝てたらジェイムズに素直に告白することに決めました。







拙者にラブコメを書かせるとこういう話になるって言ってたでしょ!!(責任転嫁の逆ギレ)



【登場人物紹介】


・カリス

 本名グラティア。獅子族系統の獣人を祖母に持つ。クォーター。やや縦長の瞳孔以外に獣人としての外見特徴を持たないが、筋力や反射神経それに夜目などの身体能力においては純血種のそれを凌駕しており、夜這いを仕掛けてきた族長の末子を返り討ちにするほどのポテンシャルを有する。

 赤茶けた金髪に少しだけ色の濃い肌。ネコ科の獣を思わせるスレンダーな身体ではあるが、寄せずとも谷間のできる程度には備わっている(何が?)。

 男運が悪いのは自覚している。

 自覚しているが故に、少しでもマシな相手がいいと思ってジェイムズに青いアイスティー(暗喩)を仕込んだ。ヒト族のアレにはトゲが生えてないから痛くないと母と祖母に教わっていたのに、三日くらい真っ直ぐ歩けなかったのはどういうことなの!と実家に問い合わせたところ祖父と父の尊厳が非常に損なわれた。

 それらの事情とは無関係に薬師ジェイムズとは友情以上の感情を互いに認めており、工房への宿提供も互いにそれとなく下心を自覚してのこと。

 ジェイムズにもう少し腕っぷしというか社会的な信用があれば一夫多妻でも大丈夫じゃないかなとは考えている。そうやって婚期を逃していることに気付いていない。



・ヴィヴィアン=ガノー

 冒険者組合ブリストン支部の名物受付嬢。

 スマホゲーならSSRかつ定期的に度助平コスプレ衣装が課金されるような美女。非常に優秀で次期支部長の次席候補なのだが、本人としては安定した職を持ったちょっと年下だけど姑のいない真面目な薬師の少年辺りと寿退社したいと考えている。年上とかフェロモンばっちし決めた有能冒険者のハンサムマンとかに常時迫られているが、魔術を応用した必殺のボクシングスタイルで華麗にすり抜けている。

 実際のところ暗部としても動けるような冒険者組合の秘蔵っ子の一人であるからして寿退社などと言う安易な人生計画が達成される見通しは全くない。



・ジェイムズ

 片田舎のロイズ村から時々やってきては冒険者組合や薬師組合に薬草や回復薬などを卸していた、将来有望な薬師見習いの少年。幼馴染であり村長の息子であるアダムスに強引に拉致され冒険者登録してしまう。霊木を宿主とする樹精ドライアドから一方的に契約を結ばれており、カリスがジェイムズと正式に結ばれるためにはドライアドに認められる必要がある──が実のところ割と気に入られている模様。



・族長の息子レデウス

 末っ子ではあるが獅子族の血が非常に強く出てるため、いずれは族長になることが確定している少年。年齢的に長兄が既に族長に近い振る舞いをしているため分家を興すことを考え、有望そうな男には声を掛け、有望そうな女には子種を大判振る舞いしていた。その勢いでカリスに夜這いをかけて見事に返り討ちに遭う。

 困ったことにこれがきっかけでレデウスはカリスに対して「本気」となり、後年彼女を追いかけてブリストンの街に……という話のプロットは存在している。



・アダムス=パシフィック

 ロイズ村の次期村長だった。

 次期村長の妻という空手形を百枚以上発行し、隠し子が二桁を突破すると判明した時点で彼に次期村長の資格は存在しなかった訳だが、冒険者登録がトドメとなった。ちなみに寄宿学校でも現地の令嬢とかに似たような事をしている。

 転生者疑惑もあるが普通の人間。転生者が異世界で成り上がる物語が大好きで、そのように生きてみたいと願っていた系。魔宮探索の労役は一年ほどなので、無事に生き残れば傭兵なり狩人なりで生計を立てていけるかもしれない。ただし女性関係の後始末(主に慰謝料と養育費)で莫大な額の借金を背負わせられており、死ぬに死ねない。



・冒険者チーム月光猟団の皆さん。

 主要メンバーは実は星付(努力のみで到達できる最高位)冒険者で構成されているという、(ガチ)美女軍団。

 美人過ぎて帝都では彼女たちを題材とした歌劇が評判を呼び、勝手に作られたプロマイドが飛ぶように売れている。

 そのため、ほどほど人がいるけど帝都程騒がれない地方都市ブリストンに拠点を移して冒険者として真っ当に活動したいと考えている。冒険者としては非常に優秀。優秀なはずなのに恋愛とか婚期というものに恵まれていない。別に百合趣味というわけでもなく、むしろそれ目的の女性冒険者とは距離を置くようにしているから更にたちが悪いともいえる。





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― 新着の感想 ―
[良い点] お久しぶりのジェイムズ君。今回は別視点ですが。客観的に見ても超・優良物件なのは納得ですが、他の男どものダメさと相まって、カリスが好意を寄せるのは無理もありません。 …あとは、シナリオを繰り…
[一言] おぉう、そうか、こっちにヴィヴィとのファイトが入ってましたね。大変失礼しました。  天花粉になりたい人生だった。
[一言] コッチは閑話に組み込まれましたか… あと来そうなのは樹霊観察日記とかかしら?
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