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薬師ジェイムズの憂鬱な日々(総集編)  作者: は
人数足りなくて勝手に冒険者登録されてしまった生産職ですがこのたび目出度く戦力外通知を受けた訳で頼むから面倒ごとに巻き込まないでくださいガチ泣きすんぞ。
1/15

三週間ぶりに顔を見せたドラ息子がドヤ顔で僕を糾弾してくるのですが、僕は悪役令嬢でもないしここは卒業パーティーの会場でもないんですけど誰かツッコミ入れてください。

 田舎村で薬師見習いとして頑張っていた少年ジェイムズは、村長の息子アダムスに拉致同然に連れ出されて冒険者になってしまった。

 が。

 アダムスは最初の依頼で心が折れてしまい、冒険者をやめて学校に通い始めた。梯子を外されたジェイムズは薬師として必死に働きなんとか生活の目途が立った。そうして冒険者登録してから半年後、なぜかアダムスが冒険者ギルドに現れて……


 方向性の違いとやらで一方的に戦力外通告を受けた。


「ジェイムズ、てめーはクビだ。回復師のマリリンちゃんが仲間になった以上、薬草こねるだけのてめーは足手まといでしかねえ」

「さよけ」


 三週間ぶりに顔を見せた同郷の自称剣士アダムスは、化粧くさい少女の肩を抱きながら、罵るように僕がいかに無能なのか熱弁をふるった。


 冒険者ギルドの受付前で。


 マリリンちゃんと呼ばれた美少女(?)の後ろに立っているのは、記憶に間違いがなければアダムスの馬鹿馬鹿しい夢物語に感化されてパーティーを組んだ盾職と槍兵と法術師のはずだ。ちなみに結成時は斥候職兼弓職の女性がいたのだけど、アダムスにしつこく言い寄られて二日経たずに逃げだした。


 同郷の縁がなければ、僕もとっとと逃げたかった。

 アダムスの実家は故郷では代々村長を務めるほどの豪農で、跡取り息子をブリストンの街にある学校へと通わせる程度には財産を持っている。つまりアダムスは勉強するために街に来たのだが、こいつは実家に無断で冒険者登録をした。


 冒険者には災害時の出動義務がある。


 魔物の異常発生、強個体の出現、あるいは古代遺跡の暴走や謎の疫病。

 戦争や地域紛争こそ罰則と引き換えに出兵拒否が認められているが、天災に準ずる異常事態に対して冒険者は決して逃げることを許されない。それが冒険者という職業が誕生した経緯であり、ギルドが国家や宗教を越えて活動する団体として運営されている理由でもある。


 だから村落レベルでも支配階級に属する者は、冒険者として登録することは推奨されない……封建体制の自己否定になってしまうから、というのがギルド創設者の残した言葉だ。事実、貴族や王族が冒険者になるということは、無血で継承権を破棄する手段としてアポロジア大陸では広く認識されている。おかげで地下牢や修道院に生涯幽閉したり暗殺といった貴族社会の悪習は、冒険者ギルドの設立と共にずいぶんと解消されたらしい。


 それなのにアダムスは冒険者登録をした。

 実家に知られたら次男坊に家督が奪われるのに。薬師をしている村のおばばの下で見習いをしていた僕は、このガキ大将に拉致同然に街まで同行を強要され、そのまま冒険者登録をしてしまった。


「しばらく盆暗の道楽に付き合いつつ実地で腕を磨け」


 というおばばからの手紙が薬師ギルドを通じて届かなかったら、速攻で村長に報告の手紙を出していただろう。


 アダムス(ぼんくら)は僕の話に耳を貸さない。尊敬に値しない人間の言葉に従う必要はないらしい。

 アダムス(ゆうしゃ)は登録直後の新人講習十単位を「面倒だ。俺様が受講する価値はない」と断じ、いつの間にか意気投合した新人数名と、アダムス(おぼっちゃま)の装備を見て勘違いした斥候職の女の子と、非常に不本意ながら僕がパーティーを結成した。

 アダムス(ばか)は宣言した。


「俺様のデビュー戦の相手としては不足だがゴブリンで妥協してやろう」


 ちなみに僕の故郷にモンスター種のゴブリンはいない。

 瘴気濃度が低く食料が豊かな環境では、ゴブリンは人類のよき理解者であり隣人だ。限りなく妖精に近しい彼らは人の悪意に敏感で、飢餓や戦争で気が澱むとモンスター種のゴブリンが発生する。ある意味で蝗に近い。モンスター化したゴブリンは暴力と食欲に特化し、知能は低下する一方で中型から大型の獣を襲うほどの攻撃性を有する。


 たとえゴブリンでもモンスター種を侮ってはいけない。という情報を冒険者ギルドの新人講習で口酸っぱく教わるのだけど、未来の英雄気取りのアダムスと愉快な仲間達はそれを学ぶ機会を自ら捨てて、意気揚々と森に突撃したわけだ。


 いやー。

 五体満足で帰還できたの、奇跡としか言いようがない。討伐? 当然ながら一体も倒せなかった。軽く手傷を負わせたら逃げられて、追いかけたアダムス(のうきん)達がゴブリン達の待ち伏せに捕まって。囲まれたら盾職なんて意味がないし、槍職は接近を許して防戦一方、乱戦で魔術を正確に発動できるような新人は冒険者ギルドに来る前にアカデミーに推薦されるレベルらしい。


 モンスター種と初めて戦って逃げ出さなかっただけマシだとは思う。故郷の村に出没するモンスター種は偶にウルフが流れてくることがあるが、ヒトよりも一回り大きな身体だった。飢えていたのか痩せて動きも遅くなっていたけど、それでもおばばの下で一緒に薬師修行をしていた兄弟子は左足を咬まれてしまい腱を傷めて歩くのがしばらく不得手になったほどだ。


 訓練を受けていない素人がモンスター種とまともに戦えると思うな。


 それは田舎に限らずこの国で暮らす子供が最初に学ぶことの一つなのだけど、よくある英雄物語に出てくる伝説の人は子供のころからモンスター達を次々と倒すものだから、勘違いする者が一定数出てきてしまう。甘やかされて育った村長の長男(アダムス)などはモンスター種の恐ろしさを知る機会もなく英雄物語ばかり読んでいた。無謀だ。危険図書だ。どうしてあいつの乳母はもう少しまともな本を読み聞かせなかったのか。


 悔やんでも仕方ない。

 唐辛子入りの煙玉を斥候職の子に投げ込んでもらい、袋叩きに遭っていたアダムス(おぼっちゃま)達を回収し引きずるようにして街に逃げ帰った。僕たちだって無傷ではない。


 当然依頼は失敗。失敗の報告をしたのは僕と斥候職の子だけで、残りは宿で反省会と称して酒盛りをしていた。僕の部屋に保管していた回復薬(ヒールポーション)を無断で全部使っていた。

 しかも僕と一緒に宿に戻ってきた斥候職の子を飯盛女(兼業娼婦)扱いして迫ったものだから、ゴブリンの棍棒よりもキツイ一撃を喰らって連中は昏倒。そのまま僕と一緒にギルドに駆け込んで、日付が変わる前後に彼女のパーティー離脱が受理された。

 こういうトラブルは最近では珍しくなったんですがねとボヤくギルド受付の職員さんに、僕は何度も下げた。


「ジェイムズ、あんたこれからどうするの?」

「ギルドに謝って新人講習受け直して、ついでに薬師ギルドに登録して、薬草集めてポーション作りながら納品依頼かな」


 ギルド受付の紹介で女性ばかりのチームを紹介された斥候職の子は、チームの勧めもあって隣町のギルド支部で新人講習を受けることにした。都市間の輸送護衛や配達は冒険者の主要な仕事の一つなので、生産職特化の冒険者でもない限りはひとつの街に根付くことはなかなか無いようだ。

 だけどアダムス(ぼんぼん)の護衛というか監視を兼ねて街に留まらざるを得ない僕は、薬師ギルドの所属ということもあり、ギルドでも比較的珍しい「根付き」として活動することになった。 


 というのが、半年ほど前の話。


 あれからアダムスは当初の予定通りに学校の生徒となった。

 学校といっても私塾に近しい形式で、帝都のアカデミーで長年勤めてきた学者夫婦を招いて開いた中規模の施設だ。入学式や卒業式なんて大掛かりなイベントを含めて学校行事は「公式には」存在しない。それでも上等な布地を使った制服は街の内外でも評判で、そこを無事に卒業した生徒は優秀な官吏や商売人になるものが多いため少しずつ通う生徒の数が増えているようだ。


 アダムスの父つまり現村長は学校の初期の卒業生らしく、だからこそ息子にも母校で多くの事を学んでほしかったに違いない。

 で、そのアダムス。

 田舎出身とはいえ、豪農の息子。農家の息子にあるまじき甘やかされ具合で育ったが、英雄志願のため剣の訓練などはやっていたので無駄な肉はそれほどない。あと、悔しいけどハンサム顔。

 気付くものは気付く。目ざとい女生徒などが群がるようになり、冒険者仲間(ゴブリンにふるぼっこ)達が交代で護衛につくようになったらしい。

 どこの王侯貴族だ。

 いや、確かに自警団として冒険者を村で雇う話は珍しくない。年齢や怪我で引退した冒険者が田舎村の門番や狩人あるいは教師や薬師として第二の人生を送るというのは珍しくないし、僕に調薬の基礎を教えてくれた村のおばばも元冒険者だ。先行投資と言ってしまえば説得できるかもしれない。


 でも、あいつらが外で冒険したという話を聞かない。

 形式上は未だ同じパーティなので、ギルドの記録を確認できる。討伐任務、採集、納品、護衛、その他の雑務。どれ一つとして依頼の申し込みすらしていない。


 その間、僕は主に単独で受けられる依頼を中心に活動していた。

 実家から仕送りなんて来る訳がないので、金を稼がないといけない。幸い薬師ギルドの寮を格安で借りられたので、草原や森で薬の材料を掻き集めては調合と納品を繰り返して日銭を稼ぐ。薬草になる植物は年中同じものが生えるわけじゃないから、街中で雑用の仕事も請け負う。薬師見習いとして不衛生な環境は許せないから、街中の清掃業務も積極的にだ。後は森の中で狼やゴブリンに襲われても逃げられるようにギルドで訓練を受けたり、他のパーティーに臨時として参加して実地で対処方法を学びもした。


 別に僕が特別というわけじゃない。

 まっとうに活動している冒険者は大体そんな感じだ。戦いの恐怖や仲間を喪った悲しみを酒で誤魔化す時もあるけれど、商人や薬師以上に信用が物を言う世界だ。無頼漢は速攻で叩き出されるし、ヒトの上前を撥ねるような奴は粛清される。


 それらの合間、月に一度程度ではあるがアダムスの様子を見るために面会をした。田舎に比べれば洗練された街の生活が合っていたのか、アダムス(おぼっちゃま)は田舎者丸出しの僕と会うたびに露骨に顔をしかめていた。護衛の連中も心なしか服装が洗練されていた。


 だから、こいつらもう冒険者やる気なさそうだ。


 というのが、僕の見解だった。時折街にやってきて一緒に昼飯などを食う斥候職の子も同じような意見だった。僕としてはアダムス(ぼんぼん)が学校を卒業するまでの間はこの街に根付き、薬師としての腕と自営できる程度の技術をなんとか身につけたい。そしてアダムスが学校を卒業して故郷の村に帰ったら、冒険者として他の町などへ移動しつつ薬師として身を立てられる場所を探すつもりだった。

 幸いにも僕の薬師としての技術は師匠の教えが良かったのかそれなりに評価され、限定二級の薬師として調薬を認められている。これはギルドでの活動実績が足りないものの技術と知識は一人前という証で、薬師ギルド施設内であれば個人で顧客を得ても良い事になっている。


 で。


 話は冒頭に戻る。

 面会してから三週間ぶり、冒険者ギルドの場に限って言えば半年ぶりにやってきたアダムス(おばかさん)と愉快な仲間達は新メンバーという女の子の素晴らしさを力説しつつ僕に戦力外通知をしたと。

 おどろいた。

 こいつらまだ冒険者を続ける気があったんだ。


「昨日から学校の長期休みが始まったからな! マリリンちゃんという真の仲間を迎えた俺たちに敵はない!」

「あー、うん」


 どうしよう視線が刺さる。

 受付周りにいる冒険者は「誰だこいつ?」って顔を傾げているし、受付職員は「ああ、そんな人もいましたね」とか「あれ、生きていたんですね」なんて表情だ。初日に来て大暴れした時は受付の人にも暴言を吐いていたからなあ、あいつら。


「じゃあ、僕、パーティー脱退ということで。処理お願いします」

「……今まで御疲れ様でした」


 余計なことを言ってこじらせてもいけないから、目が合った受付の人に口頭でパーティー脱退を告げギルドカードを提出する。周囲の冒険者から「え、こいつソロじゃなかったの?」って驚きの視線が割と痛い。

 そして|アダムスと愉快な仲間達くうきのよめないひとたちは、口煩い監視役を排除できたと喜んでいるようだ。職員さんのセリフから、僕が冒険者を引退したと勘違いしたのかもしれない。


「よし! それではマリリンちゃんをパーティーに加えて新生‘最後の抵抗者(ラスト・レジスタンス)’団の活動開始だ!」


 威勢よく拳を突き上げるアダムスと仲間達。

 ぽかんと眺めている者、氷点下の視線を向けている者、顔を背けている者、何かを堪えている者。様々だ。僕としては所属していたパーティーがそんな名前だとは知らなかったし、ギルドの登録だって『剣士アダムスならびに要監視対象新人で構成されたPT(仮)』という物だった。たぶん提出した書類に不備があったけど、問題児の管理の為にそういう処置がとられたのだと思う。


「その前に俺達の冒険者ランクアップ申請だ。こいつらは半年間、俺様の護衛として活動していた。かなり危険を伴う任務だったので、二つ星級に特進できる筈だ!」


 沈黙が生まれた。

 視線が僕に刺さる。痛い痛い。心が痛い。実績と能力で冒険者の評価は変化し、一種のランク付けがされている。無印から始まり、星付きに至るまでで八階級。星付きになってからも、星の数で七階級。最上位給として月と太陽が存在するが、歴史上ほとんどそれは存在しないようなものだ。


 星付きの冒険者というのは一流どころの称号であり、努力で到達できる最高峰の階位だ。この街を含めて近隣地域でも二桁いるかどうか、それほどまでに希少かつ重いものだ。詐称する者は例外なく袋だたきに遭い、信用を失う。ましてや二つ星など、小国ならば騎士団長に迎え入れられる程の実力者にしか授けられない。

 それを。

 何ら恥じる気配も無く、尊大に、こいつらはギルド職員に言った。誰よりも多くの冒険者を見てきた、その栄光と挫折を見続けてきた彼らにだ。対処次第では流血沙汰も覚悟しないとまずい。表向きアダムスは学生だから、冒険者が市民を攻撃したなんて誤解が広まる可能性もある。


 似たような事を考えたのか緊張した面持ちの冒険者が半数、残りは笑顔のままブチ切れかかっていた。そのような状況でもアダムスは胸を張り、ランクアップを今か今かと待っている。


「アダムスさん」

「おう!」

「あなた方のギルドカードは失効しているので、再発行手続きが必要になります」


 ププッと、誰かが噴き出した。


「それと、失効前に受けた依頼の失敗報告を怠ったこと、新人講習十単位の受講拒否によるペナルティが加算されますので、再発行には二十四ヶ月の資格停止期間と二十単位の再履修が必要です。なお放棄した依頼の違約金に加えて再発行手数料として、一名につき千ノーブルが必要になります」


 あちゃー。

 誰かが漏らした。

 通常の再発行手数料は百ノーブル、つまり大銀貨一枚だ。これだって新人冒険者が真面目に働いたとしても、一ヶ月の稼ぎよりも多い額だ。

 それが、千ノーブル。

 それを、四人分。

 千ノーブルというと、ドワーフたちによる鍛造剣の逸品に金属鎧を買えてしまえる額だ。

 高価値の素材を含む野獣やモンスターを乱獲すれば稼げない額でもないが、冒険者資格を失効中の者がどれだけ素材を得てもギルドは納品を受け付けないだろう。闇市やモグリの業者に持ち込んでも捨て値で買い叩かれるのがオチで、そんなことをすればますますギルドの信用を失う。


 豪農と言えどアダムスの実家でもおいそれとは出せる額ではないし、冒険者の話が伝わった時点で彼は破滅確定だ。わがままな暮らしが今まで許されたのは家督を継ぐ立場だからこそで、それが次男に移動したら部屋住みの小作人にすらなれないだろう。


 それにしても、この金額。

 適正額なのかを確認できる冒険者はこのギルドにはいないと思う。

 真面目に冒険者をやっていくなら、必要な知識と技術を学べる上に任務報酬まで支給される新人講習を拒む理由は無い。

 それら新人講習は冒険者の生存性を少しでも高めたいというギルドと有志によって始められた支援活動の一環であり、先行投資でもある。かつては無頼と同じ扱いを受けていた冒険者の社会的な信用を少しでも回復したいという涙ぐましい努力。


 アダムスは、それを踏みにじった。

 ギルドに喧嘩を売った。

 だから高値で買われたのだろう。だって受付にいたの、ギルドの上層部。いつの間に入れ替わっていたのやら。アダムス達が来るのをどうやって知ったかはわからないけど、すごく楽しそうだ。彼らを冒険者に復帰させる気なんて最初から無いのだろう。僕を含めた冒険者達は、息を呑んだ。


 そんな僕らの表情を横目で見た後、受付の職員(記憶が確かならば副ギルド長)は冷ややかな視線をアダムス達(はやくにげろ)へと向けた。ギルドの上級職員というのは例外なく元は実力確かな冒険者で、余力を残した状態で引退した人たちばかりだ。


「どのような位階の冒険者でも、半年間なんの連絡も無ければライセンスを凍結し場合によっては失効します」


 ずい、とカウンターより身を乗り出すようにして受付の職員は眼鏡をくいと動かす。

 整髪油で固めたカチカチのオールバックはまるで兜のようで、額に浮かんだ青筋には溢れ出した魔力が小さな雷を伴ってバチバチと音を立てている。三十路と思しき優男風ではあるが、制服に押し込めた筋肉の凄味は隠し切れない。アダムス達はその圧力に数歩退いた。


「なにか御質問は?」

「お、俺達はアダムス様の依頼で護衛をずっと」

「冒険者ギルドを介しない私的な依頼については、冒険者の功績として取り扱われることはありません」


 せめて冒険者ギルドに依頼を出していれば話は変わったかもしれないが。

 だが登録直後の冒険者は位階の都合上護衛任務には参加できないし、指名依頼が認められるのは一人前とされる青等級(第四等級)以降だ。どれほど才能に恵まれた新人でも、青等級に昇格するためにはギルドの審査を受ける必要がある。その審査には普段の素行や依頼達成率など今までの仕事の内容が評価されるので、腕っぷしだけでガラの悪い連中はどれだけ戦闘力があっても黄等級(第三等級)止まりだ。もっとも黄等級でも討伐任務の申請に支障はないし、指名依頼を避けるため黄等級に留まるベテラン勢も少なくない……とギルド職員が酒場で愚痴をこぼしているのを幾度か聞いたことがある。


 ちなみに僕は現在赤等級(第二等級)の冒険者で、標準的な素材納入による昇格限界でもある。これより位階を上げるのであれば今までより品質の高い回復薬を定期的に納めたり、あるいは討伐任務を一定数達成しなければならない。


「なおライセンスは失効しておりますが、登録時の魔力パターンならびに生命力パターンは冒険者ギルドにて記録しております。場所を変えて名前を変えて再登録しようとしても、再発行手数料が発生しますのでお気を付けください」


 思い出したように追加した受付職員の言葉に、アダムス達が硬直する。

 まあ、普通に思いつく手段だよね。

 実行する冒険者もたまにいる。しつこい男に言い寄られて、別名義でギルドカードを作り直す女性冒険者とか。そういうのは事前にギルド職員が相談してくれて、上層部が認めた場合は実質無料で再発行してくれる。一日だけ仲間だった斥候職の子が、そのパターンだ。


 唖然とするアダムス達を無視するように受付職員は「それでは業務を再開します。薬師のジェイムズさん、窓口までお越しください」と静かな口調で僕を招き、周りの冒険者たちはアダムス(道化)愉快(あわれ)な仲間達を無視して普段通りの空気に戻った。

 アダムスがまっとうに村長を継ぐのであれば、ここで冒険者資格を失った方が良い。今なら彼の実家は気付いていないはずだから。


「お騒がせして申し訳ありません」

「いえ。冒険者同士の揉め事に対してギルドは基本的に不介入ですが、今回は違いますので」


 先刻アダムズに死刑宣告した受付の職員──変装した副ギルド長は、久方ぶりの受付業務に少々ぎこちない手つきで魔法具の端末を操作しながら、この程度は想定内ですよと僕に微笑んでくれた。

 同性愛疑惑があるというか何人もの美少年を愛人に囲っているという噂のある人だけど、なるほどこの笑顔を直接向けられたら性癖が歪む人もいるだろう。


 そんなことを考えつつも僕は冒険者ギルドに来た当初の目的を果たすべく、鞄の中から油紙に包んだモノを取り出した。ゴブリン族の呪術師(シャーマン)が作成してくれた呪符を貼り付けたそれは、都市ではなかなかお目にかかれないものだ。珍しいものを見たと副ギルド長は眼鏡を動かし、同時に包みの中身がただならぬモノであると察したのか本来の受付職員を呼び出した。


「ジェイムズさん、会議室を手配しますのでお時間をいただけますか。こちらのギルド長と薬師ギルド関係者にも声をかけます」

「……ええと、よろしくお願いします」


 僕としては故郷で師匠に押し付けられた特産物的なモノの扱いについて軽く相談したかったのだけど、予想外に大ごとになりそうで戸惑っている。それは副ギルド長も同じだったようで、僕らは油紙の包みに向けられた第三者の視線に気づくことが出来なかったのだ。




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