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あなたと共に歩むためなら、手段は選ばない  作者: 五月雨葉月
1章 私を〈私〉として見てくれる人
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2話 出会い、再び

 初めて天使と出会った翌日、まだ胸のざわめきがまだまだ収まらないまま私はまた城下へ向かった。

 もちろん昨日の出来事は両親にこと細かく伝えられ、こっぴどく叱られた。

 曰く、


『シルヴィはお前の近衛騎士なんだから、守護のペンダントをしているとはいえ魔法をロクに使えない自分の傍を離れさせるとは何事か』

『今回はたまたま助けられただけで裏路地は何があるか分からない場所だから、多少のお金を盗られたからと言って一人で追うのではありません』


 等々。

 しばらくのうちは城下へ行くな、とも言われたけど聞くつもりはない。もう一度天使に会えるかもしれない、その可能性がある限り。

 今度はちゃんとお礼を言って名前を聞きたい。

 その思いを曲げるつもりはない。昨日の今日で会えるかは分からないけれど、探すなら今日だと私の第六感が囁いていた。ならば無意味でお説教たらたらな授業を受けている暇なんかない。

 今日は起きて身支度を整えると、朝ごはんも食べずにシルヴィと共に外出したのであった。


「朝から城下に来るの、初めてじゃないかしら? こういう朝ごはんもなかなか美味しいわね」


 朝食を提供している大通り沿いのこじんまりとしたレストランで食事を取る。

 トーストやサラダ、ベーコンが上に乗っている卵焼きとコーヒーがお得な価格で食べられるモーニングセットを頼むと、先に出てきたコーヒーを優雅に啜る。


「……また怒られますよ? どうせ無視されるのでしょうけど」

「説教を聞いても無意味だから聞かないだけよ。興味がないだけ」

「それを無視と言うんです。……はぁ、本当に何があるか分からないんですからご自身の命をまず一番に考えて行動なさってくださいね」

「は〜い。天使様を探せたら考えるわ」

「……まったくもう」


 テーブル席の対面に座るシルヴィがため息をつく。

 シルヴィは昨日、自分が傍を離れなければ……と謝罪をしてきたけれど、元々私が頼んで止めに入らせた訳だし自分自身に対して起こった二次被害の可能性を想定していなかったのだから、シルヴィを責めるのはお門違いだと頭を上げさせた。

 それに、天使様に逢えたのだからむしろ差し引きしてプラス百倍くらい私に得があったと思っている。


「それで、天使様とやらの居場所の予想はついているんですか?」

「まあ、言葉遣いと行動からしてあまり治安の良い所の育ちではない様に感じたわ。暴漢たちが怯えて逃げるほど名の知られた人、という事くらいしか分からない」

「それはまた……昨日の今日で治安の悪いところに行かれるのは賛同しかねますが、駄目と行ってもお一人で行かれようとしますよね?」

「もちろん」

「はぁ、でしたら私がお供しないといけないじゃないですか」


 何だかんだ言って私に協力してくれるシルヴィ。


「貴女を信頼してるから言っているのよ。何があっても守ってくれるって」

「…………。い、行くなら早く行きましょう!」


 照れシルヴィ。この人には、この手に限る。本当に扱い易いから見ていて楽しい。

 まあシルヴィの腕を信頼しているのは確かだし、嘘は言ってないから言うなればリップサービスみたいなもの。

 でも、こんな感じに頬を染めて嬉しそうに早口になるシルヴィを見ていると、時々は感謝を口にするのも良いことだなと思えてくるのだ。


 シルヴィに連れられてお店を出て、昨日私が追い詰められた路地までやって来た。

 嫌な思い出は嬉しいことがあってもなかなか忘れないと言うけれど、私は積極的に記憶を隅に追いやって天使様のことを思い浮かべることで、特に嫌な思いが蘇るなんてことは起きなかった。


「天使様にここで助けられたのよ」

「……うーん、その方はなかなかの魔法の使い手のようですね」

「分かるの?」


 周囲を見回していたシルヴィが、うーん……と唸りながらそう言った。魔法が苦手な私には全然分からないけど、得意な人から見れば分かるものなのかしら?


「ええ。昨日の魔力の流れがまだ残っているんです。普通なら数分で霧散する筈なのに……。つまり、純度が高くて精度の高い魔法が使われたということです」

「じゃあ天使様は本当の天使様ってこともあり得るのね?」

「天使かどうかは分かりませんが、少なくとも一般の近衛騎士と戦えばほぼ勝てるでしょう。……私相手なら十秒は持つでしょう」

「それは相当強いわね」


 近衛騎士で王族の側付きになれるのは、王族本人の希望は勿論だけれど最も重要なのはその技量だ。側付きの近衛騎士には王族の身の回りのお世話から護衛まで何でもする必要があるので相当な実力がなければなる事はできない、国の最高レベルの実力者達なのだ。

 シルヴィも例外ではなく、魔法に関しては世界で三本の指に入ると言われていて、大抵の相手なら瞬きをし終わらないうちに戦いが終わる。

 そんなシルヴィに天使様が一分も健闘できるというのだから、相当な実力を持っていると言うことに他ならない。

 もちろん普段から本気を出してしまうととんでもない事になりかねないので、昨日みたいになるべく穏便に済ませようとするのだ。


「先程仰ったことが本当であれば、ほぼ独学で魔法を学んだということになりますが……」

「それは……不味いわね。でも、今はまず見つけ出すことよ」

「そうですね」


 独学で学んでいるということは、必ずしも正しい魔法の使い方を出来ているという保証がない。正規の方法ではないということは、常に危険が伴っているのだ。

 でもまずは天使様にお会いすることが先。

 私たちはその後も、この地域を中心にしらみつぶしに探し回ったが結局見つけることは出来なかった。




 夢中になって探していたらいつもの夕飯の時間がとうに過ぎていることに気付いて、王城に戻る前に何か食べて帰ろうと寄ったレストランでの事。


「見つからないわね……」

「何が見つからないの? 昨日追いかけてた財布のこと?」

「「!?」」


 目の前に、天使様がいた。


「どうしたの? あぁ、ごめんね、食事中に急に話しかけちゃって」

「い、いえ……。リーゼ、知り合いですか?」

「…………」


 私の思考が停止し、ぽかんと目の前の、夢にまで見た天使様のお顔を見つめていた。


「な、何かわたしの顔に付いてる?」

「リーゼ?」


 困惑する二人。それを感じつつ、一瞬でオーバーヒートしてしまった思考回路を冷まし、徐々に頭の回転を抑えていく。


「天使様……」

「えっと、天使……? なんのこと?」


 逆に思考を抑えすぎた私は、本心で思ったことをそのまま口にしていた。

 ハッと我に返ったときには既に遅い。

 天使様はきょとんと首を傾げ、シルヴィは『なるほど』と納得したように頷いていた。


「あの、その……天使様」

「それって、もしかしてわたしの事……? アハハ、そんなんじゃないよ。わたしはエリカ。それよりも昨日は大丈夫だった?」

「天……じゃなくて、エリカ様……昨日はその、助けて頂き本当にーー」

「さ、様付けは止めて! 敬語もね。見た感じ同い年くらいに見えるし、そんな柄じゃないし。呼び捨てでいいよ」

「エリカ……さん」

「まあ……それでもいいや」


 思いがけず天使様……エリカさんのお名前を知ることが出来た私。自己紹介と昨日のお礼を言おうとしたのだけれど、驚きと感激とで言葉がつっかえてしまう。


「あの、その。昨日は本当に……ありがとうございました! すっごく怖かったけど、あなたが来てくれたおかげで、えっと、助かりました……」

「そんなに言われると照れるな……」

「なんというか、暗闇に突然現れた太陽みたいに輝いていて……。見惚れてお礼も言わずに別れてしまって……」

「あはは、気にしなくていいよ。わたし人通りのあるところは苦手だから」


 お会いしたら何を言おうか考えていたセリフは全て飛び、思い浮かんだことだけを言っているから、気づかないうちに恥ずかしいことばかり口にしていた。どうしよう、会えた嬉しさで歯止めが効かない……。


「それに、それに……」

「あ、えっと……あ、あー!! そうだ、財布!!」


 きっとこれ以上の長話はされたくなかったのであろうエリカさんが話を切り替えてくれた。正直私もこれ以上恥ずかしいことを言わずに済んで助かった。


「はいこれ」

「ぁ、私の財布……」

「そう。あの後で見つけて取り返しておいたから。ちゃんと残党もシメておいたから安心してね」

「ありがとうございます……。あの、何かお礼をーー」


 させてください、と言おうとしたところで前に差し出された手によって言葉を遮られた。


「わたしは何かを欲しくてあなた、ええと」

「リーゼロッテです」

「リーゼロッテ……リーゼで良いよね? ーーリーゼを助けた訳じゃない。ただのわたしの自己満足だから、お礼なんていらないよ」

「でも、何か受け取って欲しいんです。ただの通りすがりなのに見ず知らずの私を助けてくれた貴女に」


 そう言うとエリカさんも拒みはしないでくれるみたいなので、私は首につけていた二つのペンダントのうちの一つを外してエリカさんに半ば押し付けるようにエリカさんの両手に包み込ませる。


「おまじないみたいなものだけれど……。よかったら貰ってください。要らなかったら売っちゃってもいいから……」

「……ううん、ありがとう。大切にする」


 そっと開いた手のひらの中を少し見つめると、再びペンダントを握りしめて何かを考えるエリカさん。少しして早速自分の首にかけてくれた。


「じゃあ、わたし別の用事があるから出ていくね。裏路地に一人で行ったら駄目だよ?」

「はい。ありがとうございました……」

「バイバーー」

「あ、あの!!」


 立ち上がって手を振りながら、出口へ向かおうとするエリカさんを思わず呼び止める。

 なんだか、ここでさよならしたら二度と会えないかもしれないという気持ちが突然溢れてきたから。


 エリカさんのもとへ駆け寄って、ぎゅっとエリカさんの両手を包み込むようにしてそっと握りしめる。


「あの……よかったら、その。また……会えませんか?」


 驚いたように見開かれた眼。

 そして恥ずかしそうに頬を染めて私から視線を外す。


 その仕草がさっきまでの凛とした格好いいエリカさんの雰囲気とは真逆の、すっごく保護欲を感じるような、独り占めにしたいようなそんな表情で。


 私はこの人の色々な表情、感情を知りたい。そう心から思った。


「……いいよ」


 しばらくの沈黙の後、聞こえるか聞こえないかの声で呟かれた言葉。


「本当ですか!」

「でも、その敬語とさん付けを止めたらね」

「わかり……わかった、エリカ」

「それでよし」


 しおらしい姿はどこへやら。いつの間にかもとのエリカに戻っていた。にっこり笑みを浮かべると、テーブルに置いてある紙ナプキンにポケットから取り出したペンでサラサラッと何かを書いて私に渡してきた。


「私が住んでいる場所の住所。……住所を誰かに教えたの、初めてなんだから」

「……! ありがとう!!」

「……いつでも歓迎するよ」


 あまりの可愛さについ我を忘れて顔を真っ赤にして俯くエリカに抱きつく私。

 それから後の事を嬉しすぎる経験をしたせいで忘れてしまったけれど、『帰りが遅い事への説教を完全に無視して上の空のまま自分の部屋に入っていき(両親談)』、『奇声を発しながらベッドの上でジタバタしていた(シルヴィ談)』らしい。


 ……ともかく、夢ではない証拠に私のテーブルの中には昨日渡された、エリカの住所が書かれた紙ナプキンが丁寧に仕舞われている。

 私は何度めか分からかいけれど、また引き出しを開けて可愛らしい字面を見つめて幸せを噛みしめる。


 紙ナプキンにはこう書いてある。



 “ウェスタ孤児院”



 と。


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